ホームルームが終わると、全校生徒は体育館へ集まり、文化祭の開会式に参加した。校長先生の挨拶、生徒会長の言葉。その間中、ぼくの手はずっと震えっぱなしだった。

 あれだけ蒼空が温めてくれたのに、すでに指先の血の気は失せて冷たくなっていた。膝の上に置いた手を見ると、またかすかに震えている。

 放送部の舞台発表は昼休みを挟んだすぐ後だった。それまでの時間は、舞台発表や展示を見て回ることができる。

「翔、文化祭一緒に回ろうよ」

 開会式が終わると、蒼空が駆け寄ってきた。でも、ぼくは首を振った。

「ううん。悪いんだけど、本番までずっと練習したいから……」

「練習も大切だけど、リラックスしないと。今までしっかり練習してきたんでしょ? だったらせっかくの文化祭なんだから、一緒に楽しもう!」

 そういって、ぼくの手を強く引き、体育館を後にした。

 校門までの通りには、三年生のクラスが模擬店を出店していた。焼きそば、かき氷、フライドポテト。美味しそうな匂いが鼻をくすぐるけれど、今のぼくにはどうにも受け付けなかった。胃がキリキリと痛む。

「何か食べる?」

 蒼空が振り返って聞いてきたが、とても食欲はなかった。首を振ると「そっか」といって、模擬店のエリアを通り過ぎた。

 校舎内に入ると、各クラスの前で呼び込みの生徒たちの声が聞こえてくる。

「メイド喫茶やってまーす!」

「巨大迷路に挑戦してみませんか?」

「お化け屋敷やってます! 怖いですよー」

 みんな笑顔で文化祭を楽しんでいるのがよくわかる。その中をぼくは一人、どんよりとした表情で歩いている。自分だけが場違いに思えて、ますます憂鬱になった。

 そのとき、写真部の展示の前を通りかかった。ぼくは何かに導かれるようにその教室へ入っていった。

「翔?」

 蒼空が不思議そうにぼくの後を追ってきた。写真がパネルになって、展示用のパーテーションに掲示されている。ぼくはゆっくりその前を見て歩いた。そして一枚の写真の前で足が止まった。

 山の端から顔を出す太陽の写真。その光が周りの風景をくっきりと浮かび上がらせて、真っ暗闇から世界を明るみに出す瞬間を捉えた一枚だった。

 ぼくの心もその太陽で照らされたように、ふわりと軽くなった。

「きれいな写真だね」

 蒼空がぼくの隣に立って呟いた。

「うん……なんだか、勇気をもらえそう」

 その写真を見つめながら、ぼくは深く息を吸った。少しだけ、緊張が和らいだような気がした。