それから最終下校時刻になるまで、ぼくと蒼空は明日の文化祭本番に向けて、練習をすることにした。久しぶりに二人きりの放送室。夕暮れの光が差し込む中、いつもの場所に並んで座る。
ぼくの手元にある脚本を見た蒼空が、驚いた声をあげた。
「これ……全部翔が作ったの?」
脚本には赤ペンで何度も修正が入っていて、ところどころ付箋が貼ってある。
「うん。最初はいつもと同じでいいやって思ってたんだけど、部活が廃部になるかどうかがこの公開放送にかかっているって思うと……。読み直すたびに、アラが見えてくるんだよね」
力なく笑うと、蒼空が脚本を手に取った。真剣な表情でページをめくっていく。
「見てもいい?」
「もちろん。でも、一人用に作り直しちゃったから……」
蒼空は脚本に目を落とした。一ページ一ページ、丁寧に読んでいく。しばらくすると顔をあげて、にっこりと微笑んだ。
「全然問題ないよ! それに、すごくいいと思う。構成もしっかりしてるし、聴いてる人を飽きさせない工夫もある。でも、一人用になってるから、二人用に書き直さなきゃね」
そう言うと、ペンを握り脚本を訂正し始めた。さらさらとペンを走らせる音が、静かな放送室に響く。
その姿を見ていると、心の中が温かくなった。蒼空がいれば、絶対大丈夫だ。二人なら必ずこの苦難も乗り越えることができるはずだ。そう思えた。
「よし! こんな感じでどう?」
蒼空が脚本の手直しを終えて、ぼくに手渡してきた。二人の掛け合いがバランスよく配置され、聴きやすい構成になっている。
「すごくいいと思う! さすが蒼空だね」
「そっか、よかった! で、朗読は向田邦子の『無邪気な人々』にするんだね」
ぼくはこくりと頷いた。本のページを開いて、蒼空に見せる。
「なんでこの短編にしたの?」
蒼空の問いに、ぼくは少し考えてから答えた。
「内容がさ、日常の一コマを描いてるんだけど、その人たちの何気ない行動や言動に……相手を傷つけない心遣いがにじんでるから」
蒼空は目を見開いた。真剣な表情でぼくの話を聞いている。
「今回のことも、もし相手の気持ちを考えていたら、あの子もあんな行動はしなかったと思う。だから、放送を聴いてくれる人たちにも、他人の気持ちを考えてほしいと思ったんだ……」
そこまで言うと、なんだか大それたことをしているように感じて、ぼくは俯いてしまった。頬が熱くなるのを感じる。
「翔……すごいね。そこまで考えて選んだんだ」
「ぼくなんか、そんな大した人間じゃないのに、偉そうなこと言っちゃってるよね」
へへっと苦笑すると、蒼空が突然ぼくを抱きしめた。
「そんなことない。翔は、すごく頑張り屋さんだし、周りのことをよく見てる。本当にすごいよ」
急に抱きしめられて驚いたが、嫌ではなかった。蒼空の体温がじんわりとぼくを包んでくれて、心地よかった。彼のシャツから、ほんのりと柔軟剤の香りがした。
「ありがとう、蒼空」
小さく呟くと、蒼空はゆっくりとぼくから体を離した。夕日が完全に沈みかけていて、放送室はオレンジ色に染まっている。
「じゃあ、明日の本番に向けて練習しようか?」
ぼくは頷くと、二人で音声調整卓の前に座った。マイクの位置を調整し、ヘッドホンを装着する。
久しぶりの蒼空との掛け合い。しばらくやっていなかったのに、息がぴったり合っていてうれしかった。お互いの声が重なり合い、調和していく感覚。これこそが、ぼくたちの「空と音のレター」だ。
「翔、さっきより声が出てるよ」
練習の合間に、蒼空が優しく言った。
「蒼空がいるからだよ」
素直にそう答えると、蒼空は照れたように頬を染めた。
これなら、明日の本番も二人できっと乗り越えられる――そんな確信で胸が熱くなった。
窓の外では、秋の虫たちが鳴き始めている。いよいよ明日は文化祭だ。ぼくたちの声が、全校生徒に届く日。
ぼくの手元にある脚本を見た蒼空が、驚いた声をあげた。
「これ……全部翔が作ったの?」
脚本には赤ペンで何度も修正が入っていて、ところどころ付箋が貼ってある。
「うん。最初はいつもと同じでいいやって思ってたんだけど、部活が廃部になるかどうかがこの公開放送にかかっているって思うと……。読み直すたびに、アラが見えてくるんだよね」
力なく笑うと、蒼空が脚本を手に取った。真剣な表情でページをめくっていく。
「見てもいい?」
「もちろん。でも、一人用に作り直しちゃったから……」
蒼空は脚本に目を落とした。一ページ一ページ、丁寧に読んでいく。しばらくすると顔をあげて、にっこりと微笑んだ。
「全然問題ないよ! それに、すごくいいと思う。構成もしっかりしてるし、聴いてる人を飽きさせない工夫もある。でも、一人用になってるから、二人用に書き直さなきゃね」
そう言うと、ペンを握り脚本を訂正し始めた。さらさらとペンを走らせる音が、静かな放送室に響く。
その姿を見ていると、心の中が温かくなった。蒼空がいれば、絶対大丈夫だ。二人なら必ずこの苦難も乗り越えることができるはずだ。そう思えた。
「よし! こんな感じでどう?」
蒼空が脚本の手直しを終えて、ぼくに手渡してきた。二人の掛け合いがバランスよく配置され、聴きやすい構成になっている。
「すごくいいと思う! さすが蒼空だね」
「そっか、よかった! で、朗読は向田邦子の『無邪気な人々』にするんだね」
ぼくはこくりと頷いた。本のページを開いて、蒼空に見せる。
「なんでこの短編にしたの?」
蒼空の問いに、ぼくは少し考えてから答えた。
「内容がさ、日常の一コマを描いてるんだけど、その人たちの何気ない行動や言動に……相手を傷つけない心遣いがにじんでるから」
蒼空は目を見開いた。真剣な表情でぼくの話を聞いている。
「今回のことも、もし相手の気持ちを考えていたら、あの子もあんな行動はしなかったと思う。だから、放送を聴いてくれる人たちにも、他人の気持ちを考えてほしいと思ったんだ……」
そこまで言うと、なんだか大それたことをしているように感じて、ぼくは俯いてしまった。頬が熱くなるのを感じる。
「翔……すごいね。そこまで考えて選んだんだ」
「ぼくなんか、そんな大した人間じゃないのに、偉そうなこと言っちゃってるよね」
へへっと苦笑すると、蒼空が突然ぼくを抱きしめた。
「そんなことない。翔は、すごく頑張り屋さんだし、周りのことをよく見てる。本当にすごいよ」
急に抱きしめられて驚いたが、嫌ではなかった。蒼空の体温がじんわりとぼくを包んでくれて、心地よかった。彼のシャツから、ほんのりと柔軟剤の香りがした。
「ありがとう、蒼空」
小さく呟くと、蒼空はゆっくりとぼくから体を離した。夕日が完全に沈みかけていて、放送室はオレンジ色に染まっている。
「じゃあ、明日の本番に向けて練習しようか?」
ぼくは頷くと、二人で音声調整卓の前に座った。マイクの位置を調整し、ヘッドホンを装着する。
久しぶりの蒼空との掛け合い。しばらくやっていなかったのに、息がぴったり合っていてうれしかった。お互いの声が重なり合い、調和していく感覚。これこそが、ぼくたちの「空と音のレター」だ。
「翔、さっきより声が出てるよ」
練習の合間に、蒼空が優しく言った。
「蒼空がいるからだよ」
素直にそう答えると、蒼空は照れたように頬を染めた。
これなら、明日の本番も二人できっと乗り越えられる――そんな確信で胸が熱くなった。
窓の外では、秋の虫たちが鳴き始めている。いよいよ明日は文化祭だ。ぼくたちの声が、全校生徒に届く日。



