「椋介くん、練習に付き合って」
俺が帰ろうと廊下に出たところを風音に引き止められた。
「なんの?」
「劇の練習」
夏休みが終わると、本格的に文化祭の準備が始まった。
俺たちのクラスの出し物は『シンデレラ』の劇である。
「俺、演技なんか出来ないけど」
「大丈夫だよ、読むだけでいいから」
もちろん多数決で王子様役は風音になり、お姫様役はちょっとだけ揉めたが演劇部の田島さんが選ばれ、平和的に解決をした。
「田島さんにお願いすれば?」
「部活があるから無理だって」
「そっか、他にはいないの?」
俺は道具係だ。
「僕は椋介くんがいいな」
結局、風音の好きな子は俺なのか曖昧なまま。
「まぁ、いいけど」
仮に俺が風音の好きな子だったとして、そうだったらどうなるんだろう?
付き合う?
男同士だけど、そういうの気にしないのかな?
俺はそういうの、風音の後ろ姿を眺めながら考える。
そういうの、俺は……。
「椋介くん、これを一緒に使おう」
風音は劇の台本をめくって、こちらに見せてきた。
「わかった」
俺は風音に近づいて、台本を軽く読む。
初めは王子様とお姫様が舞踏会で会うシーンから、王子様は様々な女性たちとダンスを踊っているが釈然としない。そこへ遅れてシンデレラがやってくる。
「まぁ、素敵な場所」
シンデレラが辺りを見渡しながら言うセリフを、俺は台本に目を向けたまま読んだ。
王子様は一瞬で目を奪われて、シンデレラの元に近づいて手を差し伸べる。
のは、やらないから次のセリフを読んでくれと風音に視線を送ると、台本を奪われて、手を差し伸べられる。
「よかったら僕と一緒に踊りませんか?」
「動作までやるの?」
「椋介くん、『ぜひ、お願いします』だよ」
「えっ? あぁ、ぜひ、お願いします」
風音は俺の手を取って、ステップを踏み出したので俺はなんとなく合わせて踊る。
「風音、ここまではちょっと」
「椋介くん、『とても楽しいわ』だよ」
「とても楽しいわ」
風音は満足そうに微笑む。
「僕もとても楽しいです」
これはいつまで続けるのだろうか。
風音に合わせて動いていると、「24時に鐘なる」と風音が言った。
「えっ?」
24時でシンデレラが帰るのは知っているけど、セリフなどは覚えていない。
「椋介くん、『もう帰らなきゃ』って慌てながら教室を出て」
教室を出る? と思いつつも言われた通りに、
「もう帰らなきゃ」
と急ぎながら教室のドアを開けて廊下に出た。
「待ってください」
風音が追いかけて来た。
「椋介くん、早く行かないと追いつかれちゃうよ?」
「えっ?」
本当にどこまで続けるつもりなのだろうか。
「椋介くん、『ごめんなさい』って階段を降りて」
「あぁ、うん。ごめんなさい」
俺は階段に向かって歩き、いやちょっと小走りをして階段を降りようとしたところで、
「椋介くん、ちゃんと片方のスリッパを落としてね」
と風音に言われたので、階段の途中で右足のスリッパを脱げてしまったように脱いだ。
どこまで続ければいいのか分からず、とりあえず階段を夢中で降りていると、上から「椋介くん戻って来て」と声がした。
教室まで戻ってくる。右足のスリッパは風音が持ったままである。
「じゃ、ガラスの靴を履かせるところね」
「あぁ、うん」
最後までやるつもりらしい。
風音は少し声を変えて、
「王子! ガラスの靴がピッタリな娘がおりましたぞ」
と使用人のセリフを読んだ。
「椋介くん、椅子に座って」
俺は慌てて近くの椅子に座った。
風音は俺の前にひざまづいて、スリッパを足元に置く。
シンデレラになった気分で、ゆっくりとスリッパに足を入れた。
「ピッタリだ」
風音は本当に驚いたように目を見開いている。
いやいやスリッパだからと、おかしくなって笑ってしまう。
「何か、面白かった?」
王子様ではなく、風音が俺の顔を覗くように見ている。
「スリッパがピッタリって、なんだろって」
風音にも伝わったようで、声を出して笑ってくれた。
「確かに面白いかも」
「でしょ」
風音は台本を手に取って、最後のページを俺に見せた。
「じゃ、ここの続きからね」
まだ続けるのかと思ったが、ここまで来たら最後でやらないと気持ちが悪い。でも、最後のシーンって……。
「あなたはあの時の女性ですよね?」
俺は頷く。
「また会えてよかった」
風音は勢いよく抱きついてきた。
ち、近い。
心臓の音が伝わってしまいそうで、ドキドキが増していく。
至近距離で風音と目が合った。
風音の好きな子って俺ですか?
「僕と結婚してくれませんか?」
俺は風音のことを好きなのだろうか?
「もちろんです」
「嬉しい」
風音の甘い声に自分のことだと錯覚してしまいそう。
これはシンデレラの劇の練習。
これは王子様とお姫様の物語。
風音の眼差しに吸い込まれているようで、ただでさえ近いのにもっともっと近づいてくる。
このままだと触れてしまう。
俺は目を閉じた。
何も起こらない。
いや、何も起こらなくて正解なんだけど。
なんか、本当にキスをされるかと思った。
当然だが実際もキスをするフリで、キスはしない。
でも、風音の視線が演技だとは思えなかった。
というのは、俺の自意識過剰か。
もういいだろうと目を開けると、風音の顔はまだ近い距離にいた。
目が合うと、風音は慌てて離れる。
「練習に付き合ってくれてありがとう」
***
文化祭、当日。
俺は背景を移動させる担当なので、後ろから劇を鑑賞している。
劇は問題なく進み、最後のシーンまでやってきた。
「あなたはあの時の女性ですよね?」
シンデレラ役の田島さんが頷く。
「また会えてよかった」
王子様役の風音は優しく微笑むだけで、抱きついたりしなかった。
あれ?
俺は近くにあった台本をめくると、動作の指示は特に書かれていなかった。
もしかしてキスシーンも勘違いかと思ったけど、そこはバッチリと書いてあった。
台本が配られた時にクラスでちょっとした騒動になったもんなと思い出す。
「僕と結婚してくれませんか?」
「もちろんです」
「嬉しい」
風音と田島さんの距離が段々と近づいていく。
途中で止まる。
キスをしているフリ。
本当にキスをするわけではない。
頭では分かっているのに、気を抜いたら2人の間に割り込んでしまいそう。
あと少しで本当にキスをしてしまいそうなところで、バタンと俺の前にあった背景が倒れる。
ダンボールで軽いので急いで元に戻したが、雰囲気を壊してしまった。
申し訳ない気持ちになるが、それよりも風音が田島さんといい雰囲気にならなかったことに安堵する。
***
俺は居づらくなって、クラスの中から抜け出して、校舎の中をウロウロしている。
ラストシーンの雰囲気を壊した上に後片付けに参加しないって、めっちゃ印象悪いよなと思いつつも戻る気にはなれない。
いつの間にか校長室前まで来ていたようで、写真がコスモスになっているのに気がついた。
そういえば風音の好きな花がコスモスだった気がする。秋に咲く花だからコスモスが好きなのか。
写真に見とれていると、肩になにかが触れた。
振り向くと整った顔立ち、宝石のような瞳の王子様ではなく、制服姿に戻った風音がいた。
「ごめん、大丈夫?」
「大丈夫、というかごめん」
「なにが?」
「劇、最後のところ台無しにしちゃった」
「気にしなくていいよ」
「いやいや、よくないでしょ」
「僕は嬉しかったよ」
何を言ってるんだと、風音を見るが冗談を言っているわけではなさそうだった。
「なんで?」
「止めてくれたんでしょ?」
「どういうこと?」
「僕が誰かとキスをするのが嫌で止めてくれたのかなって」
「いやいや、そういうつもりは」
なかっただろうか?
「違うの?」
「違うというか、本当にキスするわけじゃなかったし」
「そうだけど、嫌だったんじゃない?」
そう。
たぶん、そういう事だと思う。
でもそれを認めてしまうと、まるで俺が風音のことを好きみたいじゃないか。
風音に視線を向けると、目が合って微笑んだ。
「僕は好きだよ。入学式で目が合って、ここで初めて話した時から、ずっと好き。椋介くんは?」
やっぱり入学式の日に話したのは風音だったのか。
風音の好きな子、それって俺のこと。
ここまで言われてしまったら、認めてしまおう。
「俺はいつの間にか好きになってたよ」
俺が帰ろうと廊下に出たところを風音に引き止められた。
「なんの?」
「劇の練習」
夏休みが終わると、本格的に文化祭の準備が始まった。
俺たちのクラスの出し物は『シンデレラ』の劇である。
「俺、演技なんか出来ないけど」
「大丈夫だよ、読むだけでいいから」
もちろん多数決で王子様役は風音になり、お姫様役はちょっとだけ揉めたが演劇部の田島さんが選ばれ、平和的に解決をした。
「田島さんにお願いすれば?」
「部活があるから無理だって」
「そっか、他にはいないの?」
俺は道具係だ。
「僕は椋介くんがいいな」
結局、風音の好きな子は俺なのか曖昧なまま。
「まぁ、いいけど」
仮に俺が風音の好きな子だったとして、そうだったらどうなるんだろう?
付き合う?
男同士だけど、そういうの気にしないのかな?
俺はそういうの、風音の後ろ姿を眺めながら考える。
そういうの、俺は……。
「椋介くん、これを一緒に使おう」
風音は劇の台本をめくって、こちらに見せてきた。
「わかった」
俺は風音に近づいて、台本を軽く読む。
初めは王子様とお姫様が舞踏会で会うシーンから、王子様は様々な女性たちとダンスを踊っているが釈然としない。そこへ遅れてシンデレラがやってくる。
「まぁ、素敵な場所」
シンデレラが辺りを見渡しながら言うセリフを、俺は台本に目を向けたまま読んだ。
王子様は一瞬で目を奪われて、シンデレラの元に近づいて手を差し伸べる。
のは、やらないから次のセリフを読んでくれと風音に視線を送ると、台本を奪われて、手を差し伸べられる。
「よかったら僕と一緒に踊りませんか?」
「動作までやるの?」
「椋介くん、『ぜひ、お願いします』だよ」
「えっ? あぁ、ぜひ、お願いします」
風音は俺の手を取って、ステップを踏み出したので俺はなんとなく合わせて踊る。
「風音、ここまではちょっと」
「椋介くん、『とても楽しいわ』だよ」
「とても楽しいわ」
風音は満足そうに微笑む。
「僕もとても楽しいです」
これはいつまで続けるのだろうか。
風音に合わせて動いていると、「24時に鐘なる」と風音が言った。
「えっ?」
24時でシンデレラが帰るのは知っているけど、セリフなどは覚えていない。
「椋介くん、『もう帰らなきゃ』って慌てながら教室を出て」
教室を出る? と思いつつも言われた通りに、
「もう帰らなきゃ」
と急ぎながら教室のドアを開けて廊下に出た。
「待ってください」
風音が追いかけて来た。
「椋介くん、早く行かないと追いつかれちゃうよ?」
「えっ?」
本当にどこまで続けるつもりなのだろうか。
「椋介くん、『ごめんなさい』って階段を降りて」
「あぁ、うん。ごめんなさい」
俺は階段に向かって歩き、いやちょっと小走りをして階段を降りようとしたところで、
「椋介くん、ちゃんと片方のスリッパを落としてね」
と風音に言われたので、階段の途中で右足のスリッパを脱げてしまったように脱いだ。
どこまで続ければいいのか分からず、とりあえず階段を夢中で降りていると、上から「椋介くん戻って来て」と声がした。
教室まで戻ってくる。右足のスリッパは風音が持ったままである。
「じゃ、ガラスの靴を履かせるところね」
「あぁ、うん」
最後までやるつもりらしい。
風音は少し声を変えて、
「王子! ガラスの靴がピッタリな娘がおりましたぞ」
と使用人のセリフを読んだ。
「椋介くん、椅子に座って」
俺は慌てて近くの椅子に座った。
風音は俺の前にひざまづいて、スリッパを足元に置く。
シンデレラになった気分で、ゆっくりとスリッパに足を入れた。
「ピッタリだ」
風音は本当に驚いたように目を見開いている。
いやいやスリッパだからと、おかしくなって笑ってしまう。
「何か、面白かった?」
王子様ではなく、風音が俺の顔を覗くように見ている。
「スリッパがピッタリって、なんだろって」
風音にも伝わったようで、声を出して笑ってくれた。
「確かに面白いかも」
「でしょ」
風音は台本を手に取って、最後のページを俺に見せた。
「じゃ、ここの続きからね」
まだ続けるのかと思ったが、ここまで来たら最後でやらないと気持ちが悪い。でも、最後のシーンって……。
「あなたはあの時の女性ですよね?」
俺は頷く。
「また会えてよかった」
風音は勢いよく抱きついてきた。
ち、近い。
心臓の音が伝わってしまいそうで、ドキドキが増していく。
至近距離で風音と目が合った。
風音の好きな子って俺ですか?
「僕と結婚してくれませんか?」
俺は風音のことを好きなのだろうか?
「もちろんです」
「嬉しい」
風音の甘い声に自分のことだと錯覚してしまいそう。
これはシンデレラの劇の練習。
これは王子様とお姫様の物語。
風音の眼差しに吸い込まれているようで、ただでさえ近いのにもっともっと近づいてくる。
このままだと触れてしまう。
俺は目を閉じた。
何も起こらない。
いや、何も起こらなくて正解なんだけど。
なんか、本当にキスをされるかと思った。
当然だが実際もキスをするフリで、キスはしない。
でも、風音の視線が演技だとは思えなかった。
というのは、俺の自意識過剰か。
もういいだろうと目を開けると、風音の顔はまだ近い距離にいた。
目が合うと、風音は慌てて離れる。
「練習に付き合ってくれてありがとう」
***
文化祭、当日。
俺は背景を移動させる担当なので、後ろから劇を鑑賞している。
劇は問題なく進み、最後のシーンまでやってきた。
「あなたはあの時の女性ですよね?」
シンデレラ役の田島さんが頷く。
「また会えてよかった」
王子様役の風音は優しく微笑むだけで、抱きついたりしなかった。
あれ?
俺は近くにあった台本をめくると、動作の指示は特に書かれていなかった。
もしかしてキスシーンも勘違いかと思ったけど、そこはバッチリと書いてあった。
台本が配られた時にクラスでちょっとした騒動になったもんなと思い出す。
「僕と結婚してくれませんか?」
「もちろんです」
「嬉しい」
風音と田島さんの距離が段々と近づいていく。
途中で止まる。
キスをしているフリ。
本当にキスをするわけではない。
頭では分かっているのに、気を抜いたら2人の間に割り込んでしまいそう。
あと少しで本当にキスをしてしまいそうなところで、バタンと俺の前にあった背景が倒れる。
ダンボールで軽いので急いで元に戻したが、雰囲気を壊してしまった。
申し訳ない気持ちになるが、それよりも風音が田島さんといい雰囲気にならなかったことに安堵する。
***
俺は居づらくなって、クラスの中から抜け出して、校舎の中をウロウロしている。
ラストシーンの雰囲気を壊した上に後片付けに参加しないって、めっちゃ印象悪いよなと思いつつも戻る気にはなれない。
いつの間にか校長室前まで来ていたようで、写真がコスモスになっているのに気がついた。
そういえば風音の好きな花がコスモスだった気がする。秋に咲く花だからコスモスが好きなのか。
写真に見とれていると、肩になにかが触れた。
振り向くと整った顔立ち、宝石のような瞳の王子様ではなく、制服姿に戻った風音がいた。
「ごめん、大丈夫?」
「大丈夫、というかごめん」
「なにが?」
「劇、最後のところ台無しにしちゃった」
「気にしなくていいよ」
「いやいや、よくないでしょ」
「僕は嬉しかったよ」
何を言ってるんだと、風音を見るが冗談を言っているわけではなさそうだった。
「なんで?」
「止めてくれたんでしょ?」
「どういうこと?」
「僕が誰かとキスをするのが嫌で止めてくれたのかなって」
「いやいや、そういうつもりは」
なかっただろうか?
「違うの?」
「違うというか、本当にキスするわけじゃなかったし」
「そうだけど、嫌だったんじゃない?」
そう。
たぶん、そういう事だと思う。
でもそれを認めてしまうと、まるで俺が風音のことを好きみたいじゃないか。
風音に視線を向けると、目が合って微笑んだ。
「僕は好きだよ。入学式で目が合って、ここで初めて話した時から、ずっと好き。椋介くんは?」
やっぱり入学式の日に話したのは風音だったのか。
風音の好きな子、それって俺のこと。
ここまで言われてしまったら、認めてしまおう。
「俺はいつの間にか好きになってたよ」


