君と出会ったのは高校の入学式。
僕、秋中風音はモテる。
顔が良いようで何もしてなくてもカッコいいと言われ、主に女の子からよく話しかけられた。
新しい環境がいい。
高校は地元から電車で30分かかる場所を選んだ。僕を知っているのは数名だけ、でも顔が良いらしく知らない女の子たちが「あの人カッコいい」と指さされてるのが分かる。
***
「新入生のみなさん、周りを見渡してください」
入学式の校長先生の言葉で、周りがキョロキョロし始める。なんだかバカらしくて、校長先生に視線を向ける途中、
前に座ってるクラスの男と目が合った気がした。
「君たちがこの場所にいるのは奇跡です」
目が合った男は僕を見たわけではなく、すぐに違う方向を向いてしまった。
「同じ時代の同じ年に生まれ、近くの場所に住んでいて同じ高校を選んだ。運命と言ってもいいかもしれません。世界は想像する以上に大きいので、この場所で出会えたことに感謝を」
その運命に出会った気がした。
さっきの目が合った瞬間がまるで映画のワンシーンのように脳裏に焼き付いている。
彼と会って話してみたい。
入学したばかりで知らない人だらけなのに、隣のクラスとなると話すきっかけが見当たらないが、運命ならタイミングがあるだろう。なんてロマンチックなことを考えて、顔を忘れないようにと目が合った瞬間を頭の中で反芻する。
「校長室前に趣味の写真が飾ってあるので、時間がある時に見に来てくださいね」
校長先生は挨拶を締めくくった。
***
校長室の前に行くと先客がいた。
もしかしてと近づくと、さっき目が合った男だった。
「綺麗だね」
桜の写真を見ながら、さりげなく話しかけた。
「えっ?」
彼は驚きながら、僕を見る。目が合ったのは今ので2回目だ。
「突然ごめん」
「いえいえ」
彼は僕の足元を見た。
おそらくスリッパの色を確認したのだろう。学年によって違くて、僕たちの学年は青。
「大丈夫、綺麗だよね」
僕が同級生か先輩か分からなかったのなら、入学式で目が合ったのは覚えてないか。
残念だけど、ここで出会えてよかったと思うことにする。
スリッパには名字が書いてあるから、僕も彼の足元を見る。桜屋くんか。
「青いいよね」
「えっ?」
「僕たちの学年カラー」
「あぁ、うん」
色のことは気にしてなかったので、反応に困ってしまった。
「俺の好きな色、青だから」
「そうなんだ」
「青って空の色だからさ、これとかいいなって」
桜屋くんが青い空と桜が半々で写っている写真を指差した。
「綺麗だよね」
僕が同意すると、桜屋くんは花が開いたような表情をした。綺麗。
「そうだよね! 俺の名前に桜って入ってて桜が好きなんだよね、あっ俺の名字桜屋なんだけど」
さっきスリッパを見て知っていたけど、知らなかったという風に頷く。
「僕の、」
と名乗ろうとしたら、桜屋くんのスマホが鳴った。母さん帰ったんじゃないのかよと呟いて、
「ごめんね、またね」
と去って行ってしまった。
***
またねのまたは1年間訪れなかった。
周りが寄ってくるばかりで、自分から仲良くなりたいと思ったのが初めてで、話しかけ方が分からない。
2年生のクラス分けを見て、ガッツポーズをした。
桜屋くんと同じクラスだ。
入学式からちょうど1年の4月9日、桜屋くんと会話した校長室の前に行くと、桜屋くんがいた。
この場所には定期的に訪れていたが、桜屋くんと鉢合わせたことはなかった。
ツキが向いてきたんだ。
でも話しかけ方が分からず、僕が近づいても桜屋くんは桜の写真に夢中で気づかない。
こっちを見てよ。
肩が触れる距離まで近づく、というか触れてしまった。
「ごめん、大丈夫?」
やっとこっちを見てくれた。
「大丈夫」
1年前のこと覚えているかなと期待したけど、桜屋くんは僕のことを珍しそうに見ているだけ。
「よかった」
何かしらの作戦を考えよう。
***
一晩考えた結果は同じ電車の車両に乗ること。
先頭車両に乗っていることは知っていたから、同じ車両に乗って桜屋くんが乗ってくるのを待つ。
適当に座った席だったが、当たりだったようで桜屋くんは向かい側に座った。
やっぱりツキが向いている。
近づきたい。出来れば隣に座りたいけどとチラチラ見ていたら目が合って、
「桜屋くん、おはよう」
と近づいて隣の席に座る。
それ以来、隣の席に座る許しを得るために桜屋くんに視線を送る。
ある日、
「秋中って、南町にいたことある?」
と聞かれた。
知らない町の名前と突然の出来事で、ないと答えるしかできなかった。
後から調べたら桜屋くんが乗ってくる駅の近くで、もしかしたら桜屋くんの地元なのかもしれない。
ややあって、
「秋中って本好きなの?」
と聞かれた。
好きか嫌いかなら好きだけどと頷くが、今本を持っているのは桜屋くんがよく読んでいるからという理由なので詳しくはない。
上手く会話が出来ないまま、学校の最寄駅に着いてしまう。
桜屋くんの後ろ姿を追う。このままでいいのか?
せっかく桜屋くんから話しかけてくれたのに、今なんじゃないか!
「桜屋くん、一緒に行こう」
と話しかけた。
入学式の日を思い出してほしくて、好きな色を聞いた。青って答えるだろうと質問して、予想通りの青と青空が好きというのが返ってくる。
あの桜屋くんだ。
ずっと見ていた桜屋くんが近くにいる。
些細なことでも知ることができて嬉しい。
忘れないようにスマホにメモを残していると、桜屋くんが興味を持ってくれた。
このチャンスを逃すな!
「じゃあさ、放課後質問し合おうよ」
***
桜屋くんの誕生日が明日だと知って、どうにかお祝いしたいと考えた。
プレゼントなら、青空のブックカバーと桜の栞がある。どちらも、なんでもない日に本屋で桜屋くんを思い出して買ったものだ。
桜屋くんの質問は面白かった。
最初に聞くのが好きな数字って、なんだそれ。
4月9日という意味で49と答えた。桜屋くんはなんの数字か聞いてくれたけど、教えない。
自分で考えてほしい。まぁ入学式の日なんて覚えてないか。
次は好きな花を聞かれて入学式の会話を覚えているのかと思ったけど気のせいだろう。
僕は秋桜と答えた。
ねぇ、コスモスって秋の桜と書くの知ってる?
2人の名前の頭文字みたいで、特別な花なんだよねって気づいてほしい。
こんなこと気持ち悪がられてしまいそうだから、気づかないでほしい。
***
これでもう桜屋くんと友達になれただろう。
桜屋くんがいつも座る席の隣に座って待つ。桜屋くんは当然のように僕の隣に座ってくれる。
僕の向かいの席に座ってたんじゃなくて、この席が好きだったんだと思い知ると、偶然の喜びと僕のことを意識していたわけではないという悲しさが喧嘩した。
桜屋くんは僕があげた青空のブックカバーと桜の栞を使ってくれている。来年のプレゼントは何にしよう。
毎朝の電車が僕の楽しみだ。
***
同じクラスの山瀬さんが好きなタイプを聞いてきた。
この場合、好きな女の子の特徴を聞かれてるのだろうけど、そもそも人を好きだと思ったのが桜屋くんくらいしかない。桜屋くんのことでいいやと一目惚れと答える。
気づくかな?
桜屋くんは読書をしている。
気づかないか、入学式のこと覚えてなさそうだったし。
同じクラスに僕の好きな人はいる。
山瀬さんはクラス中に聞こえるくらいの音量だし、僕も同じくらいに話したから桜屋くんの耳にも届いているはず。
桜屋くんが意識してくれますように。
桜屋くんに念を送っていると、目が合った。
「秘密」
桜屋くんのことだって、気づいてくれた?
***
次の日は隣のクラスの雪城さんが話しに来た。
山瀬さんと雪城さんは仲良しだ。去年同じクラスだったから分かる。
雪城さんは好きな子の特徴を聞いてきたので、僕は桜屋くんのことを思い浮かべる。
「髪型はどんな子?」
桜屋くんの髪型ってなんていうだろう。普通のやつ、特徴って言われても困る。
「短いかな」
「色は?」
「黒」
と答えていると、山瀬さんの特徴にも当てはまっていたようで、雪城さんは勘違いをする。
僕が答えに困っていると、2人は楽しそうに会話を始めて、やっぱり仲良さそうでいいなと微笑ましい。
好きな人の特徴、桜屋くんのことを言ったつもりだっけど、気づいてくれたかなと桜屋くんの席を見ると、目が合った。
気づいてくれてる? 意識してくれてる?
次の日の朝、桜屋くんが「昨日は大変だったね」と話しかけてくれる。
「何が?」
「あの、みきさんがきて、あやさんとかと話してたやつ」
みきさん? あやさん?
一瞬なんのことか分からなかったけど、山瀬さんと雪城さんのことか。
「名前で呼んでるの?」
僕だって桜屋くんに名前で呼んで欲しいのに。
「あぁ、そう呼び合ってたから」
「桜屋くんは周りに合わせるタイプなの?」
あいにく風音と呼ぶ友達はいない。
「というか、名字知らないし」
桜屋くんは申し訳なさそうに小声だった。
あぁ、そういう事か!
その日も雪城さんは話しかけにきたので、雪城さん。山瀬さんと僕は桜屋くんに教えるように呼んだ。
***
桜屋くんと会話できるようになってからも校長室前の写真を見に行く習慣は消えずに、定期的に訪れていた。
紫の花に変わっている。
可愛い花だなと見ていると、校長室から校長先生が出てきた。
「秋中くん」
僕がよく来ているので、校長先生に名前を覚えられてしまった。
「可愛い花ですね」
「ラベンダーいいでしょ」
あぁ、この花、ラベンダーっていうのか。見覚えも聞き覚えもあるけど一致していなかった。
「はい」
「これね、学校で撮った写真なんだよ」
「学校でですか?」
校長先生は花が好きで植物園などの場所に写真を撮りに行くのが多いらしい。
「そうそう中庭にあってね」
「そうなんですね」
「よかったら、見てきてね」
僕は花が好きってわけじゃないから植物園などの場所を聞いても行こうとは思わないが、学校なら見てこようかな。
「行ってみます」
「待ち人が来るといいね」
「えっ?」
「ああいや、いつも誰かを待ってるようだったから」
「そんな風に見えます?」
「違ったか? ごめんごめん、ラベンダーの花言葉があなたを待っていますだから、冗談を言ったんだ」
校長先生は笑う。
僕も一緒に笑ったが、本当に冗談だったのだろうか。僕の下心がバレてしまっているような気がした。
***
桜屋くんが水族館に誘ってくれた。
雪城さんたちとの会話を聞いていたのだろう。
そういえば弁当を作ってきてくれたのも、僕が山瀬さんの弁当を断ったあとだった気がする。
桜屋くんが意識してくれている。
僕が山瀬さんに断ったことを試すように行動している。
そうだよ。
僕が好きなのは桜屋くんだよ。
水槽の中を泳ぐ魚を見ていると、
「なんで水族館に来てくれたの?」
桜屋くんは確信を迫るような質問をする。
「なんでだと思う?」
気づいてほしい。
これは僕のわがままである。
「水族館が好きだから?」
水族館は好きだけど、
「ちょっと違う」
「俺と遊びたかったから?」
もちろん、
「それもあるけど、ちょっと違う」
「じゃ、なんで?」
いっそ言ってしまうか?
「もうちょっと考えてみて」
どうしても桜屋くんの口から聞きたい。
「秋中って好きな子いるんだよね?」
「そうだよ」
目の前にいるよ。
「その子と付き合ってる?」
「付き合ってないよ」
「同じクラスにいるんだよね?」
「そうだよ」
桜屋くん、もう気づいているよね?
「いつから好きだったの?」
「入学式」
「えっ?」
しまったと思ったが引き返せない。
「入学式の日に一目惚れした」
でも嘘はつけない。
桜屋くんを好きなのは入学式の日からだから。
「そうなんだ」
桜屋くんの表情から察するに困惑している。
やっぱり入学式の日に僕と会話したのは覚えていないか。
薄々気づいていたが、ショックだった。
そして、僕が桜屋くんを好きだって気づいてくれそうだったのに、リセットされてしまった。
なんて説明すればいいだろう。
焦りながら、イルカショーに向かった。
***
いつも通り校長室の前の写真を見ていると、
「秋中くん、夏の夜空に咲く大きな花を見たくない?」
校長先生に声をかけられた。
夏の夜空に咲く大きな花。
「花火ですか?」
「正解」
校長先生は楽しそうだ。
「見たいですけど」
どういう意味だろうと首を傾げる。
「なら、夏祭りの日に学校の屋上へ招待してあげるね」
「いいんですか?」
「もちろん、私も写真を撮りたいからね、あと桜屋くんだっけ? 誘ってあげなさい」
「えっ?」
椋介も一緒に行っていいか尋ねようかと思っていたら、校長先生から提案されるとは驚いた。
「彼も私の写真のファンみたいだからね」
あぁ、そういうことか。本当に心が見透かされてるのかと思ったけど、さすがに違うよな?
「声かけてみます」
「待ってるね」
***
校長先生が言った通り、夏の夜空に大きな花が咲いている。
「風音も校長先生の写真見てたんだね」
「そうだよ」
「もしかして入学式の日にいた?」
花火の音をかき消すように胸が高鳴った。
「いたよ」
「そっか」
「僕の名字は秋中で、秋が入ってるから秋のものが好き」
あの日、言えなかった言葉の続きを。
椋介くんは不思議そうな表情で僕を見つめる。
フィナーレのようで、色鮮やかな花火が連続して打ち上がる。


