最近の変化といえば、秋中とお昼を一緒に食べるようになったくらいだろうか。
月曜は俺の図書委員があるから軽く食べられる菓子パン、火曜と木曜は俺が作ってきた弁当、水曜と金曜は秋中が用意した弁当を食べている。
秋中が用意した弁当は手作りだけど、
「これ、秋中が作ってるの?」
秋中は箸を止めて、
「そうだよ」
とニッコリとした。
「そうなんだ」
「イマイチだった?」
「すごく美味しい」
「よかった」
なんだかんだで俺も自分で弁当を作っているけど、これって友達なのか?
お互いの弁当を作りあってるなんて、まるで恋人のような……。
卵焼きを食べている秋中と目が合った。
どうしたの? という表情をするので、俺は首を振ってミニトマトを口の中に放り込んだ。
***
水槽の中を泳ぐ魚。
秋中を水族館に誘ったら、二つ返事でオッケーされた。
水族館って恋人と行くからと、山瀬さんに断ったじゃなかったっけ?
隣で水槽の中を熱心に見る秋中に目をやる。
俺たち、恋人じゃないよな?
なんて言ったら、山瀬さんたちの会話を盗み聞きしていたのがバレてしまう。
「なんで水族館に来てくれたの?」
俺は視線を水槽の中に戻して聞いた。
秋中も水槽の中を覗いたまま。
「なんでだと思う?」
なんでって?
こっちが聞いているのにと秋中を見る。秋中もこちらを向いた。
「考えてみてよ」
「考える?」
「そう、なんで僕が桜屋くんと水族館にに来たのか」
秋中の目を見つめても何を考えているか、さっぱり分からない。
「水族館が好きだから?」
「ちょっと違う」
「俺と遊びたかったから?」
「それもあるけど、ちょっと違う」
「じゃ、なんで?」
「もうちょっと考えてみて」
分からない。というか、俺たち恋人じゃないよね?
告白されたとかないし、それはない。そもそも秋中の好きな子が俺で確定したわけじゃないし。
でも、水族館って恋人と行きたい場所だったはず。
「秋中って好きな子いるんだよね?」
「そうだよ」
「その子と付き合ってる?」
「付き合ってないよ」
それって、
「同じクラスにいるんだよね?」
「そうだよ」
俺のこと、
「いつから好きだったの?」
「入学式」
「えっ?」
「入学式の日に一目惚れした」
それって俺のことじゃないな???
俺たちが出会ったのは高2の春だ。
今までの言動は俺の勘違い?
「そうなんだ」
秋中はじっと俺のことを見ている。
「うーんと、イルカショー見に行こう」
秋中は早歩きで進んでいくので、俺は見失わないように追いかける。
イルカが泳いでるプールまでやってくると、秋中は足を止めて、こちら確認する。
「時間が迫ってたから、急いじゃったけど大丈夫?」
俺が頷くと、秋中は空いている席を見つけて座った。
プールではイルカが自由に泳いでいる。
「さっきのさ、」
秋中が何か言いかけたのと同時に、
「本日はご来場いただき、ありがとうございます!」
とプールの上にあるステージに立ったお姉さんが手を振っている。
お姉さんが注意事項を言い終えると、音楽が流れてイルカショーが始まった。
飼育員さんの合図でイルカたちがジャンプをしたり、尾ヒレを振ったりしている。
イルカショーが終わって、秋中は席を立つ。
「さっきのさ、」
何かを決意したような秋中の瞳と水しぶき。
水しぶき?!
冷たい。髪の毛やシャツが濡れている。秋中も頭から水を被ったようで、びしょびしょだ。
「すいません」
スタッフの男性が慌てて駆け寄ってきた。
「イルカが間違えて、飛んでしまったようで」
と頭を下げる。
そんな事があるのか。
俺は呆然としていると、
「大丈夫ですよ」
と秋中は王子様のスマイルを見せた。
後からタオルを持ったスタッフも来て、お詫びにと水族館で販売しているTシャツを貰った。
俺のは青いペンギン、秋中のはピンクのペンギンが眠っているイラストが描いてあって、ペアルックのようだ。
恋人のデートみたいになってしまったとTシャツを見ていると秋中は俺の心を読んだように、
「恋人みたいだね」
と笑いながら手を握ろうとする。
「いやいや」
俺は近づいてきた手を振り払う。
「なんで?」
「いや、そこまではちょっと」
「なんで?」
「なんでというか……」
恥ずかしいし。
「恋人じゃないから?」
秋中は潤んだ瞳で見つめる。何を言ってるんだ?!
「そういう問題じゃない」
「じゃあなんで?」
「そんなこと言われても……」
なんか変だしくらいしか。
「僕のことが嫌なの?」
秋中は首を傾げて見つめる。俺はこの表情に弱い。
ここで拒否したら、俺が秋中のことを嫌いということになってしまう。
手を繋ぐのに恋人だからとか関係ないだろ。友達でも繋ぐ、たぶん。俺は勢いよく手を握った。
手を繋いだまま、離すタイミングが分からずに色々な水槽を見ていくと、ペンギンコーナーにたどり着いた。
よく見るペンギン、少しでかいペンギン、頭に黄色い羽があるペンギンと、何種類かが同じ場所にいるようだった。
「りょうすけ」
俺の名前が呼ばれる。
それは秋中の口から発せられたもの。
「なに?」
秋中の顔を見る。
俺の視線に気づいて秋中もこちらを見た。
別に友達なんだから、名前で呼ばれてもおかしくはない。
おかしくはないのに、このむず痒さはなんだろう。
「りょうすけって、よく泳いでるね」
「は?」
「りょうすけ」
秋中は、ガラスの向こうで楽しそうに泳いでいるペンギンを指差す。
「りょうすけ?」
「赤とピンクとタグがついてるから、多分あれがりょうすけだと思うよ」
秋中の視線を追うと、ペンギンの名前が書いてある表があった。
リョースケ
ペンギンのリョースケくんね、秋中とか風音は居ないかと探したがいない。
ペンギンの名前か。
秋中は俺の名前が椋介なのは知っているのだろうか。
知っているだろうな。知っていて、からっているのだ。
ペンギンのリョースケは気持ちよさそうに泳いだまま。
「りょうすけ」
また秋中が名前を呼ぶ。
俺のことじゃないから、無視をする。
「りょうすけ」
ペンギンの名前をそんなに呼ぶもんじゃないだろ。
「りょうすけ、好きだよ」
「え?」
秋中を見るが、今もなお泳いでいるペンギンのリョースケを目で追っている。耳が赤くなって恥ずかしそうに見えるのは、俺の気のせいだろうか?
ならば、
「風音、行こう」
「えっ?!」
ものすごい勢いで秋中は俺を見たあと、ペンギンの名前の表を確認する。
「ペンギンの名前じゃないから」
笑いながら俺が伝えると、
「じゃ、僕のこと?」
秋中は目をしばたたかせた。
「そうだよ、風音行こう」
俺が手を引くと、
「椋介くん、次はなにを見る?」
と秋中の弾むような声が返ってきた。
これってデートですか???
でも好きな人って俺じゃないんだよな……。
***
夏祭りに行くと母に伝えておいたら、浴衣を用意していてルンルンで着せてくれたので、俺は着る予定のなかった浴衣姿で電車を待っている。
電車の中は祭りに向かうであろう人たちで溢れている。
人混みの中から風音を探すが見つからない。
約束はしてないが、いつもと同じ車両にいると思ったけど。
「椋介くん」
と肩を掴まれて、振り返ると前髪をセンター分けにして浴衣を着ている風音がいた。
「かっこいい」
俺が見惚れていると、
「そんなにかっこいい?」
風音はキメ顔をした。
「えっ?」
「かっこいいって言ってたから」
「誰が?」
「椋介くんが」
「俺が?!」
口に出したつもりはなかったので、恥ずかしい。
「違った?」
「違くない」
俯きながら答えると、風音は顔を覗かせた。
「椋介くんは可愛いね」
「可愛くないよ」
「可愛いよ」
可愛いと言われるのは嬉しくないが、ニコニコしている風音を見るのは嬉しい。
「かっこいいの方がいいけどね」
「かっこいいよ」
「どっち?」
「かっこいいし、かわいい」
「それって両立する?」
「するよ」
俺は納得がいかず、唸っていると、
「ここにいるじゃん」
風音の人差し指が俺の頬に触れる。
見上げると、目が合った。
「なに?」
「かっこいいと可愛いが両立してる」
風音のキラキラした眼差しに、なんだよそれとか言いたかった言葉が吸い込まれていく。
数秒の沈黙を破ったのは、車内のアナウンスでもうすぐ駅に着くらしい。
「お祭り楽しみだね」
俺は話を逸らした。
駅に着いたら、人はたくさんいた。
お祭りが行われている商店街は学校とは反対側で、見慣れない道を進んでいく。
「こんな所に楽器屋があったんだ」
年季の入った建物でレコードやギターが置いてあるのが外から見れた。
「椋介くん、知らなかったの?」
風音は知っている様子である。
「こっちの方に来ないからね」
「学校と反対だもんね」
「うん。全然知らないかも」
「そうなんだ。なら今度遊ぼう」
「いいね」
「じゃ約束」
風音は友達がたくさん居るから、この辺でよく遊んだりしているのだろうか。
お祭りだって誰かに誘われていたのではないだろうか。
好きな子と一緒に行きたかったじゃないだろうか。
メインの会場に近づくにつれて、どんどんと人の波は大きくなっていく。
風音を見失うようにしなければ。
風音の手が俺の右手に伸びてきた。
「はぐれないように」
俺は握られた手を見つめながら、進んでいく。
「秋中じゃん!」
風音は女子数名のグループに話しかけられる。
同じクラスの人だ。
風音の好きな子がいるかもしれない。
手を離さないと。
俺が振りほどこうとすると、風音は強く握り返した。
やっぱり友達同士で手は握らない。
俺も負けじと手を離そうとするが、振りほどけない。
「秋中くんは誰と来ているの?」
話しかけてきた子が俺の顔を見た。
さすがにクラスメイトだって分かるよな?
「いつも弁当一緒に食べてる子だ」
どうやら名前は覚えられていないらしい。
「そうだよ、じゃあね」
風音は素っ気ない態度でその場を離れようとするが、
「えー! 一緒に回ろうよ」
と、風音の浴衣の袖を引っ張る。
「うーん、ごめんね」
風音は優しく断るが、
「一緒に回るのよくない? ね、桜屋くん」
と俺に同意を求めてきた。ちゃんと名前を覚えていたらしい。
同じクラスの女子。風音の好きな子がこの中にいるかもしれない。
風音は俺と来ているから遠慮しているだけで、一緒に回りたいのかもしれない。
でも俺は2人きりがいい。
返事に迷っていると、
「ダメ、椋介行くよ」
風音は握った手を強く引いて、その場を離れる。
お祭りの屋台がなくなっても進み続けるので、俺は足を止めた。
風音は我に帰ったようで、俺を見て苦笑いした。
「通り過ぎちゃった」
「びっくりしたよ」
俺は笑いを返した。
「戻ろうか」
「そうだね」
「椋介くんは何か食べたいものある?」
「じゃがバター」
お祭りに来たらじゃがバターを絶対に食べると決めている。理由は好きだから。
「好きなの?」
俺が食い気味に答えたからか、風音はきょとんとした表情をしている。
「大好き」
「覚えておくね」
いつも通りの風音だ。
さっきの行動は、なんだったの?
友達と一緒に回ってもよかったんじゃないの?
好きな子はあの中に居ないの?
聞きたいことはあるけど、今はじゃがバターでいいや。
屋台はすぐに見つかって、コーンやマヨネーズなどのトッピングが乗せ放題だったので、山盛りにした。
「コーンがメインみたいだね」
って風音が言って、確かにと思いながら食べた。
その後もタコ焼きやリンゴ飴、焼きそばなどとお祭りを満喫して、花火の時間が近づいてくる。
人はさらに増えて、思うように進めない。
「椋介くん、こっち行こ」
風音は細い路地を曲がって、お祭りの会場から遠ざかっていく。
「なにかあるの?」
「秘密」
「えっ?」
「花火の穴場」
たどり着いた場所は俺たちの通っている高校だった。
風音は裏口から校舎に入っていく。
「いいの?」
「大丈夫」
風音は自信満々に進んでいくが、
「いや、勝手に入ったらダメじゃない?」
と俺が引き止めると、
「許可は貰ってるよ」
と微笑んだ。
昇降口に着くと、カメラを持った校長先生が待っていて、
「秋中くん、桜屋くん、こんばんは」
と当然のように話しかけてくる。
「こんばんは」
戸惑いながらも返事をした。
校長先生の後に続いて階段を登る。
「2人は私の写真を見てくれているから、内緒で特別席に招待してあげる」
屋上に着くと、
「みんなには内緒だからね」
校長先生は念を押した。
俺はたまに見にいく程度だから、校長先生が俺のことを知っているとは思っていなかった。
てか、風音も写真を見てたのか。
俺以外に見ている人がいたとは驚きである。
あの場所で写真を見ている人を見かけたことなんて、一度も……、一回だけあるかもしれない。
入学式の日だ。
校長先生が挨拶で話していて気になって見ていたら、同じ学年の人に話しかけられて、あれって、もしもかして。
隣で花火を見ている風音。
視線に気づかれて、目が合い、微笑まれる。
「どうしたの?」
心臓の鼓動か花火の音か分からない。
月曜は俺の図書委員があるから軽く食べられる菓子パン、火曜と木曜は俺が作ってきた弁当、水曜と金曜は秋中が用意した弁当を食べている。
秋中が用意した弁当は手作りだけど、
「これ、秋中が作ってるの?」
秋中は箸を止めて、
「そうだよ」
とニッコリとした。
「そうなんだ」
「イマイチだった?」
「すごく美味しい」
「よかった」
なんだかんだで俺も自分で弁当を作っているけど、これって友達なのか?
お互いの弁当を作りあってるなんて、まるで恋人のような……。
卵焼きを食べている秋中と目が合った。
どうしたの? という表情をするので、俺は首を振ってミニトマトを口の中に放り込んだ。
***
水槽の中を泳ぐ魚。
秋中を水族館に誘ったら、二つ返事でオッケーされた。
水族館って恋人と行くからと、山瀬さんに断ったじゃなかったっけ?
隣で水槽の中を熱心に見る秋中に目をやる。
俺たち、恋人じゃないよな?
なんて言ったら、山瀬さんたちの会話を盗み聞きしていたのがバレてしまう。
「なんで水族館に来てくれたの?」
俺は視線を水槽の中に戻して聞いた。
秋中も水槽の中を覗いたまま。
「なんでだと思う?」
なんでって?
こっちが聞いているのにと秋中を見る。秋中もこちらを向いた。
「考えてみてよ」
「考える?」
「そう、なんで僕が桜屋くんと水族館にに来たのか」
秋中の目を見つめても何を考えているか、さっぱり分からない。
「水族館が好きだから?」
「ちょっと違う」
「俺と遊びたかったから?」
「それもあるけど、ちょっと違う」
「じゃ、なんで?」
「もうちょっと考えてみて」
分からない。というか、俺たち恋人じゃないよね?
告白されたとかないし、それはない。そもそも秋中の好きな子が俺で確定したわけじゃないし。
でも、水族館って恋人と行きたい場所だったはず。
「秋中って好きな子いるんだよね?」
「そうだよ」
「その子と付き合ってる?」
「付き合ってないよ」
それって、
「同じクラスにいるんだよね?」
「そうだよ」
俺のこと、
「いつから好きだったの?」
「入学式」
「えっ?」
「入学式の日に一目惚れした」
それって俺のことじゃないな???
俺たちが出会ったのは高2の春だ。
今までの言動は俺の勘違い?
「そうなんだ」
秋中はじっと俺のことを見ている。
「うーんと、イルカショー見に行こう」
秋中は早歩きで進んでいくので、俺は見失わないように追いかける。
イルカが泳いでるプールまでやってくると、秋中は足を止めて、こちら確認する。
「時間が迫ってたから、急いじゃったけど大丈夫?」
俺が頷くと、秋中は空いている席を見つけて座った。
プールではイルカが自由に泳いでいる。
「さっきのさ、」
秋中が何か言いかけたのと同時に、
「本日はご来場いただき、ありがとうございます!」
とプールの上にあるステージに立ったお姉さんが手を振っている。
お姉さんが注意事項を言い終えると、音楽が流れてイルカショーが始まった。
飼育員さんの合図でイルカたちがジャンプをしたり、尾ヒレを振ったりしている。
イルカショーが終わって、秋中は席を立つ。
「さっきのさ、」
何かを決意したような秋中の瞳と水しぶき。
水しぶき?!
冷たい。髪の毛やシャツが濡れている。秋中も頭から水を被ったようで、びしょびしょだ。
「すいません」
スタッフの男性が慌てて駆け寄ってきた。
「イルカが間違えて、飛んでしまったようで」
と頭を下げる。
そんな事があるのか。
俺は呆然としていると、
「大丈夫ですよ」
と秋中は王子様のスマイルを見せた。
後からタオルを持ったスタッフも来て、お詫びにと水族館で販売しているTシャツを貰った。
俺のは青いペンギン、秋中のはピンクのペンギンが眠っているイラストが描いてあって、ペアルックのようだ。
恋人のデートみたいになってしまったとTシャツを見ていると秋中は俺の心を読んだように、
「恋人みたいだね」
と笑いながら手を握ろうとする。
「いやいや」
俺は近づいてきた手を振り払う。
「なんで?」
「いや、そこまではちょっと」
「なんで?」
「なんでというか……」
恥ずかしいし。
「恋人じゃないから?」
秋中は潤んだ瞳で見つめる。何を言ってるんだ?!
「そういう問題じゃない」
「じゃあなんで?」
「そんなこと言われても……」
なんか変だしくらいしか。
「僕のことが嫌なの?」
秋中は首を傾げて見つめる。俺はこの表情に弱い。
ここで拒否したら、俺が秋中のことを嫌いということになってしまう。
手を繋ぐのに恋人だからとか関係ないだろ。友達でも繋ぐ、たぶん。俺は勢いよく手を握った。
手を繋いだまま、離すタイミングが分からずに色々な水槽を見ていくと、ペンギンコーナーにたどり着いた。
よく見るペンギン、少しでかいペンギン、頭に黄色い羽があるペンギンと、何種類かが同じ場所にいるようだった。
「りょうすけ」
俺の名前が呼ばれる。
それは秋中の口から発せられたもの。
「なに?」
秋中の顔を見る。
俺の視線に気づいて秋中もこちらを見た。
別に友達なんだから、名前で呼ばれてもおかしくはない。
おかしくはないのに、このむず痒さはなんだろう。
「りょうすけって、よく泳いでるね」
「は?」
「りょうすけ」
秋中は、ガラスの向こうで楽しそうに泳いでいるペンギンを指差す。
「りょうすけ?」
「赤とピンクとタグがついてるから、多分あれがりょうすけだと思うよ」
秋中の視線を追うと、ペンギンの名前が書いてある表があった。
リョースケ
ペンギンのリョースケくんね、秋中とか風音は居ないかと探したがいない。
ペンギンの名前か。
秋中は俺の名前が椋介なのは知っているのだろうか。
知っているだろうな。知っていて、からっているのだ。
ペンギンのリョースケは気持ちよさそうに泳いだまま。
「りょうすけ」
また秋中が名前を呼ぶ。
俺のことじゃないから、無視をする。
「りょうすけ」
ペンギンの名前をそんなに呼ぶもんじゃないだろ。
「りょうすけ、好きだよ」
「え?」
秋中を見るが、今もなお泳いでいるペンギンのリョースケを目で追っている。耳が赤くなって恥ずかしそうに見えるのは、俺の気のせいだろうか?
ならば、
「風音、行こう」
「えっ?!」
ものすごい勢いで秋中は俺を見たあと、ペンギンの名前の表を確認する。
「ペンギンの名前じゃないから」
笑いながら俺が伝えると、
「じゃ、僕のこと?」
秋中は目をしばたたかせた。
「そうだよ、風音行こう」
俺が手を引くと、
「椋介くん、次はなにを見る?」
と秋中の弾むような声が返ってきた。
これってデートですか???
でも好きな人って俺じゃないんだよな……。
***
夏祭りに行くと母に伝えておいたら、浴衣を用意していてルンルンで着せてくれたので、俺は着る予定のなかった浴衣姿で電車を待っている。
電車の中は祭りに向かうであろう人たちで溢れている。
人混みの中から風音を探すが見つからない。
約束はしてないが、いつもと同じ車両にいると思ったけど。
「椋介くん」
と肩を掴まれて、振り返ると前髪をセンター分けにして浴衣を着ている風音がいた。
「かっこいい」
俺が見惚れていると、
「そんなにかっこいい?」
風音はキメ顔をした。
「えっ?」
「かっこいいって言ってたから」
「誰が?」
「椋介くんが」
「俺が?!」
口に出したつもりはなかったので、恥ずかしい。
「違った?」
「違くない」
俯きながら答えると、風音は顔を覗かせた。
「椋介くんは可愛いね」
「可愛くないよ」
「可愛いよ」
可愛いと言われるのは嬉しくないが、ニコニコしている風音を見るのは嬉しい。
「かっこいいの方がいいけどね」
「かっこいいよ」
「どっち?」
「かっこいいし、かわいい」
「それって両立する?」
「するよ」
俺は納得がいかず、唸っていると、
「ここにいるじゃん」
風音の人差し指が俺の頬に触れる。
見上げると、目が合った。
「なに?」
「かっこいいと可愛いが両立してる」
風音のキラキラした眼差しに、なんだよそれとか言いたかった言葉が吸い込まれていく。
数秒の沈黙を破ったのは、車内のアナウンスでもうすぐ駅に着くらしい。
「お祭り楽しみだね」
俺は話を逸らした。
駅に着いたら、人はたくさんいた。
お祭りが行われている商店街は学校とは反対側で、見慣れない道を進んでいく。
「こんな所に楽器屋があったんだ」
年季の入った建物でレコードやギターが置いてあるのが外から見れた。
「椋介くん、知らなかったの?」
風音は知っている様子である。
「こっちの方に来ないからね」
「学校と反対だもんね」
「うん。全然知らないかも」
「そうなんだ。なら今度遊ぼう」
「いいね」
「じゃ約束」
風音は友達がたくさん居るから、この辺でよく遊んだりしているのだろうか。
お祭りだって誰かに誘われていたのではないだろうか。
好きな子と一緒に行きたかったじゃないだろうか。
メインの会場に近づくにつれて、どんどんと人の波は大きくなっていく。
風音を見失うようにしなければ。
風音の手が俺の右手に伸びてきた。
「はぐれないように」
俺は握られた手を見つめながら、進んでいく。
「秋中じゃん!」
風音は女子数名のグループに話しかけられる。
同じクラスの人だ。
風音の好きな子がいるかもしれない。
手を離さないと。
俺が振りほどこうとすると、風音は強く握り返した。
やっぱり友達同士で手は握らない。
俺も負けじと手を離そうとするが、振りほどけない。
「秋中くんは誰と来ているの?」
話しかけてきた子が俺の顔を見た。
さすがにクラスメイトだって分かるよな?
「いつも弁当一緒に食べてる子だ」
どうやら名前は覚えられていないらしい。
「そうだよ、じゃあね」
風音は素っ気ない態度でその場を離れようとするが、
「えー! 一緒に回ろうよ」
と、風音の浴衣の袖を引っ張る。
「うーん、ごめんね」
風音は優しく断るが、
「一緒に回るのよくない? ね、桜屋くん」
と俺に同意を求めてきた。ちゃんと名前を覚えていたらしい。
同じクラスの女子。風音の好きな子がこの中にいるかもしれない。
風音は俺と来ているから遠慮しているだけで、一緒に回りたいのかもしれない。
でも俺は2人きりがいい。
返事に迷っていると、
「ダメ、椋介行くよ」
風音は握った手を強く引いて、その場を離れる。
お祭りの屋台がなくなっても進み続けるので、俺は足を止めた。
風音は我に帰ったようで、俺を見て苦笑いした。
「通り過ぎちゃった」
「びっくりしたよ」
俺は笑いを返した。
「戻ろうか」
「そうだね」
「椋介くんは何か食べたいものある?」
「じゃがバター」
お祭りに来たらじゃがバターを絶対に食べると決めている。理由は好きだから。
「好きなの?」
俺が食い気味に答えたからか、風音はきょとんとした表情をしている。
「大好き」
「覚えておくね」
いつも通りの風音だ。
さっきの行動は、なんだったの?
友達と一緒に回ってもよかったんじゃないの?
好きな子はあの中に居ないの?
聞きたいことはあるけど、今はじゃがバターでいいや。
屋台はすぐに見つかって、コーンやマヨネーズなどのトッピングが乗せ放題だったので、山盛りにした。
「コーンがメインみたいだね」
って風音が言って、確かにと思いながら食べた。
その後もタコ焼きやリンゴ飴、焼きそばなどとお祭りを満喫して、花火の時間が近づいてくる。
人はさらに増えて、思うように進めない。
「椋介くん、こっち行こ」
風音は細い路地を曲がって、お祭りの会場から遠ざかっていく。
「なにかあるの?」
「秘密」
「えっ?」
「花火の穴場」
たどり着いた場所は俺たちの通っている高校だった。
風音は裏口から校舎に入っていく。
「いいの?」
「大丈夫」
風音は自信満々に進んでいくが、
「いや、勝手に入ったらダメじゃない?」
と俺が引き止めると、
「許可は貰ってるよ」
と微笑んだ。
昇降口に着くと、カメラを持った校長先生が待っていて、
「秋中くん、桜屋くん、こんばんは」
と当然のように話しかけてくる。
「こんばんは」
戸惑いながらも返事をした。
校長先生の後に続いて階段を登る。
「2人は私の写真を見てくれているから、内緒で特別席に招待してあげる」
屋上に着くと、
「みんなには内緒だからね」
校長先生は念を押した。
俺はたまに見にいく程度だから、校長先生が俺のことを知っているとは思っていなかった。
てか、風音も写真を見てたのか。
俺以外に見ている人がいたとは驚きである。
あの場所で写真を見ている人を見かけたことなんて、一度も……、一回だけあるかもしれない。
入学式の日だ。
校長先生が挨拶で話していて気になって見ていたら、同じ学年の人に話しかけられて、あれって、もしもかして。
隣で花火を見ている風音。
視線に気づかれて、目が合い、微笑まれる。
「どうしたの?」
心臓の鼓動か花火の音か分からない。


