最近の変化といえば、秋中とお昼を一緒に食べるようになったくらいだろうか。

 月曜は俺の図書委員があるから軽く食べられる菓子パン、火曜と木曜は俺が作ってきた弁当、水曜と金曜は秋中が用意した弁当を食べている。

 秋中が用意した弁当は手作りだけど、

「これ、秋中が作ってるの?」

 秋中は箸を止めて、

「そうだよ」

 とニッコリとした。

「そうなんだ」

「イマイチだった?」

「すごく美味しい」

「よかった」

 なんだかんだで俺も自分で弁当を作っているけど、これって友達なのか?

 お互いの弁当を作りあってるなんて、まるで恋人のような……。

 卵焼きを食べている秋中と目が合った。 

 どうしたの? という表情をするので、俺は首を振ってミニトマトを口の中に放り込んだ。


***

 水槽の中を泳ぐ魚。

 秋中を水族館に誘ったら、二つ返事でオッケーされた。

 水族館って恋人と行くからと、山瀬さんに断ったじゃなかったっけ?

 隣で水槽の中を熱心に見る秋中に目をやる。

 俺たち、恋人じゃないよな?

 なんて言ったら、山瀬さんたちの会話を盗み聞きしていたのがバレてしまう。

「なんで水族館に来てくれたの?」

 俺は視線を水槽の中に戻して聞いた。
 秋中も水槽の中を覗いたまま。

「なんでだと思う?」

 なんでって? 

 こっちが聞いているのにと秋中を見る。秋中もこちらを向いた。

「考えてみてよ」

「考える?」

「そう、なんで僕が桜屋くんと水族館にに来たのか」

 秋中の目を見つめても何を考えているか、さっぱり分からない。

「水族館が好きだから?」

「ちょっと違う」

「俺と遊びたかったから?」

「それもあるけど、ちょっと違う」

「じゃ、なんで?」

「もうちょっと考えてみて」

 分からない。というか、俺たち恋人じゃないよね?

 告白されたとかないし、それはない。そもそも秋中の好きな子が俺で確定したわけじゃないし。

 でも、水族館って恋人と行きたい場所だったはず。

「秋中って好きな子いるんだよね?」

「そうだよ」

「その子と付き合ってる?」

「付き合ってないよ」

 それって、

「同じクラスにいるんだよね?」

「そうだよ」
 
 俺のこと、

「いつから好きだったの?」

「入学式」

「えっ?」

「入学式の日に一目惚れした」

 それって俺のことじゃないな???

 俺たちが出会ったのは高2の春だ。

 今までの言動は俺の勘違い?

「そうなんだ」

 秋中はじっと俺のことを見ている。

「うーんと、イルカショー見に行こう」

 秋中は早歩きで進んでいくので、俺は見失わないように追いかける。

 イルカが泳いでるプールまでやってくると、秋中は足を止めて、こちら確認する。

「時間が迫ってたから、急いじゃったけど大丈夫?」

 俺が頷くと、秋中は空いている席を見つけて座った。

 プールではイルカが自由に泳いでいる。

「さっきのさ、」

 秋中が何か言いかけたのと同時に、

「本日はご来場いただき、ありがとうございます!」

 とプールの上にあるステージに立ったお姉さんが手を振っている。

 お姉さんが注意事項を言い終えると、音楽が流れてイルカショーが始まった。

 飼育員さんの合図でイルカたちがジャンプをしたり、尾ヒレを振ったりしている。

 イルカショーが終わって、秋中は席を立つ。

「さっきのさ、」

 何かを決意したような秋中の瞳と水しぶき。

 水しぶき?!

 冷たい。髪の毛やシャツが濡れている。秋中も頭から水を被ったようで、びしょびしょだ。

「すいません」

 スタッフの男性が慌てて駆け寄ってきた。

「イルカが間違えて、飛んでしまったようで」

 と頭を下げる。

 そんな事があるのか。

 俺は呆然としていると、

「大丈夫ですよ」

 と秋中は王子様のスマイルを見せた。

 後からタオルを持ったスタッフも来て、お詫びにと水族館で販売しているTシャツを貰った。

 俺のは青いペンギン、秋中のはピンクのペンギンが眠っているイラストが描いてあって、ペアルックのようだ。

 恋人のデートみたいになってしまったとTシャツを見ていると秋中は俺の心を読んだように、

「恋人みたいだね」

 と笑いながら手を握ろうとする。

「いやいや」

 俺は近づいてきた手を振り払う。

「なんで?」

「いや、そこまではちょっと」

「なんで?」

「なんでというか……」

 恥ずかしいし。

「恋人じゃないから?」

 秋中は潤んだ瞳で見つめる。何を言ってるんだ?!

「そういう問題じゃない」

「じゃあなんで?」

「そんなこと言われても……」

 なんか変だしくらいしか。

「僕のことが嫌なの?」

 秋中は首を傾げて見つめる。俺はこの表情に弱い。

 ここで拒否したら、俺が秋中のことを嫌いということになってしまう。

 手を繋ぐのに恋人だからとか関係ないだろ。友達でも繋ぐ、たぶん。俺は勢いよく手を握った。

 手を繋いだまま、離すタイミングが分からずに色々な水槽を見ていくと、ペンギンコーナーにたどり着いた。

 よく見るペンギン、少しでかいペンギン、頭に黄色い羽があるペンギンと、何種類かが同じ場所にいるようだった。

「りょうすけ」

 俺の名前が呼ばれる。

 それは秋中の口から発せられたもの。

「なに?」

 秋中の顔を見る。

 俺の視線に気づいて秋中もこちらを見た。

 別に友達なんだから、名前で呼ばれてもおかしくはない。
 おかしくはないのに、このむず痒さはなんだろう。

「りょうすけって、よく泳いでるね」

「は?」

「りょうすけ」

 秋中は、ガラスの向こうで楽しそうに泳いでいるペンギンを指差す。

「りょうすけ?」

「赤とピンクとタグがついてるから、多分あれがりょうすけだと思うよ」

 秋中の視線を追うと、ペンギンの名前が書いてある表があった。

 リョースケ

 ペンギンのリョースケくんね、秋中とか風音は居ないかと探したがいない。

 ペンギンの名前か。

 秋中は俺の名前が椋介なのは知っているのだろうか。
 知っているだろうな。知っていて、からっているのだ。

 ペンギンのリョースケは気持ちよさそうに泳いだまま。

「りょうすけ」

 また秋中が名前を呼ぶ。

 俺のことじゃないから、無視をする。

「りょうすけ」

 ペンギンの名前をそんなに呼ぶもんじゃないだろ。

「りょうすけ、好きだよ」

「え?」

 秋中を見るが、今もなお泳いでいるペンギンのリョースケを目で追っている。耳が赤くなって恥ずかしそうに見えるのは、俺の気のせいだろうか?

ならば、

「風音、行こう」

「えっ?!」

 ものすごい勢いで秋中は俺を見たあと、ペンギンの名前の表を確認する。

「ペンギンの名前じゃないから」

 笑いながら俺が伝えると、

「じゃ、僕のこと?」

 秋中は目をしばたたかせた。

「そうだよ、風音行こう」

 俺が手を引くと、

「椋介くん、次はなにを見る?」

 と秋中の弾むような声が返ってきた。

 これってデートですか???
 でも好きな人って俺じゃないんだよな……。

***

 夏祭りに行くと母に伝えておいたら、浴衣を用意していてルンルンで着せてくれたので、俺は着る予定のなかった浴衣姿で電車を待っている。

 電車の中は祭りに向かうであろう人たちで溢れている。

 人混みの中から風音を探すが見つからない。

 約束はしてないが、いつもと同じ車両にいると思ったけど。

「椋介くん」
 と肩を掴まれて、振り返ると前髪をセンター分けにして浴衣を着ている風音がいた。

「かっこいい」

 俺が見惚れていると、

「そんなにかっこいい?」

 風音はキメ顔をした。

「えっ?」

「かっこいいって言ってたから」

「誰が?」

「椋介くんが」

「俺が?!」

 口に出したつもりはなかったので、恥ずかしい。

「違った?」

「違くない」

 俯きながら答えると、風音は顔を覗かせた。

「椋介くんは可愛いね」

「可愛くないよ」

「可愛いよ」

 可愛いと言われるのは嬉しくないが、ニコニコしている風音を見るのは嬉しい。

「かっこいいの方がいいけどね」

「かっこいいよ」

「どっち?」

「かっこいいし、かわいい」

「それって両立する?」

「するよ」

 俺は納得がいかず、唸っていると、

「ここにいるじゃん」

 風音の人差し指が俺の頬に触れる。

 見上げると、目が合った。

「なに?」

「かっこいいと可愛いが両立してる」

 風音のキラキラした眼差しに、なんだよそれとか言いたかった言葉が吸い込まれていく。

 数秒の沈黙を破ったのは、車内のアナウンスでもうすぐ駅に着くらしい。

「お祭り楽しみだね」

 俺は話を逸らした。

 駅に着いたら、人はたくさんいた。

 お祭りが行われている商店街は学校とは反対側で、見慣れない道を進んでいく。

「こんな所に楽器屋があったんだ」

 年季の入った建物でレコードやギターが置いてあるのが外から見れた。

「椋介くん、知らなかったの?」

 風音は知っている様子である。

「こっちの方に来ないからね」

「学校と反対だもんね」

「うん。全然知らないかも」

「そうなんだ。なら今度遊ぼう」

「いいね」

「じゃ約束」

 風音は友達がたくさん居るから、この辺でよく遊んだりしているのだろうか。

 お祭りだって誰かに誘われていたのではないだろうか。

 好きな子と一緒に行きたかったじゃないだろうか。

 メインの会場に近づくにつれて、どんどんと人の波は大きくなっていく。

 風音を見失うようにしなければ。

 風音の手が俺の右手に伸びてきた。

「はぐれないように」

 俺は握られた手を見つめながら、進んでいく。

「秋中じゃん!」

 風音は女子数名のグループに話しかけられる。 

 同じクラスの人だ。

 風音の好きな子がいるかもしれない。

 手を離さないと。
 俺が振りほどこうとすると、風音は強く握り返した。

 やっぱり友達同士で手は握らない。
 俺も負けじと手を離そうとするが、振りほどけない。

「秋中くんは誰と来ているの?」

 話しかけてきた子が俺の顔を見た。

 さすがにクラスメイトだって分かるよな?

「いつも弁当一緒に食べてる子だ」

 どうやら名前は覚えられていないらしい。

「そうだよ、じゃあね」

 風音は素っ気ない態度でその場を離れようとするが、

「えー! 一緒に回ろうよ」

 と、風音の浴衣の袖を引っ張る。

「うーん、ごめんね」

 風音は優しく断るが、

「一緒に回るのよくない? ね、桜屋くん」

 と俺に同意を求めてきた。ちゃんと名前を覚えていたらしい。

 同じクラスの女子。風音の好きな子がこの中にいるかもしれない。

 風音は俺と来ているから遠慮しているだけで、一緒に回りたいのかもしれない。

 でも俺は2人きりがいい。

 返事に迷っていると、

「ダメ、椋介行くよ」

 風音は握った手を強く引いて、その場を離れる。

 お祭りの屋台がなくなっても進み続けるので、俺は足を止めた。

 風音は我に帰ったようで、俺を見て苦笑いした。

「通り過ぎちゃった」

「びっくりしたよ」

 俺は笑いを返した。

「戻ろうか」

「そうだね」

「椋介くんは何か食べたいものある?」

「じゃがバター」

 お祭りに来たらじゃがバターを絶対に食べると決めている。理由は好きだから。

「好きなの?」

 俺が食い気味に答えたからか、風音はきょとんとした表情をしている。

「大好き」

「覚えておくね」

 いつも通りの風音だ。

 さっきの行動は、なんだったの?

 友達と一緒に回ってもよかったんじゃないの?

 好きな子はあの中に居ないの?

 聞きたいことはあるけど、今はじゃがバターでいいや。
 屋台はすぐに見つかって、コーンやマヨネーズなどのトッピングが乗せ放題だったので、山盛りにした。

「コーンがメインみたいだね」

 って風音が言って、確かにと思いながら食べた。

 その後もタコ焼きやリンゴ飴、焼きそばなどとお祭りを満喫して、花火の時間が近づいてくる。

 人はさらに増えて、思うように進めない。

「椋介くん、こっち行こ」

 風音は細い路地を曲がって、お祭りの会場から遠ざかっていく。

「なにかあるの?」

「秘密」

「えっ?」

「花火の穴場」

 たどり着いた場所は俺たちの通っている高校だった。
 風音は裏口から校舎に入っていく。

「いいの?」

「大丈夫」

 風音は自信満々に進んでいくが、

「いや、勝手に入ったらダメじゃない?」

 と俺が引き止めると、

「許可は貰ってるよ」

 と微笑んだ。

 昇降口に着くと、カメラを持った校長先生が待っていて、
「秋中くん、桜屋くん、こんばんは」

 と当然のように話しかけてくる。

「こんばんは」

 戸惑いながらも返事をした。

 校長先生の後に続いて階段を登る。

「2人は私の写真を見てくれているから、内緒で特別席に招待してあげる」

 屋上に着くと、

「みんなには内緒だからね」

 校長先生は念を押した。 

 俺はたまに見にいく程度だから、校長先生が俺のことを知っているとは思っていなかった。

 てか、風音も写真を見てたのか。

 俺以外に見ている人がいたとは驚きである。

 あの場所で写真を見ている人を見かけたことなんて、一度も……、一回だけあるかもしれない。

 入学式の日だ。

 校長先生が挨拶で話していて気になって見ていたら、同じ学年の人に話しかけられて、あれって、もしもかして。

 隣で花火を見ている風音。

 視線に気づかれて、目が合い、微笑まれる。

「どうしたの?」

 心臓の鼓動か花火の音か分からない。