秋中の好きな子の特徴完全に俺だろ!! 

 と思ったのも束の間、山瀬さんが、 

「私かも」

 と言い放った。教室は騒然。そのあと秋中は何も言わなかった。

 秋中の好きな人は山瀬さんなのか。

 俺は落胆する。
 なんでこんな気持ちになるのか分からない。

***

 気持ちに決着をつけるために、

「秋中の好きな人って誰?」

 と正解を聞いてしまおう。

「誰だと思う?」

 ダメか。友達でも教えてもらえないのか。

「分からないから聞いてるんだけど」

「なんで気になったの?」

「えっ?」

「僕がの好きな人、桜屋くん気になるんでしょ?」

「そうだね」

「どうして?」

 どうして? 

 そんな事は俺が一番聞きたい。理由は分からないけど、秋中の好きな人が気になるのだ。

「なんとなく」

「考えてみてよ」

 考えるって何を考えればいいんだよ。

 秋中を見つめるが、教えてくれそうにない。

「山瀬さんのこと好きなの?」

 雪城さんを見習って直球に。

 秋中は想像してなかったようで、鳩が豆鉄砲を食ったようくらったような顔をした。

「違うけど」

「えっ?」

「え?」

「違うの?」

「違うよ」

 秋中って、山瀬さんのこと好きじゃないの?

 秋中は嘘をついてるようには思えない。山瀬さんのことが好きなわけじゃないのか。モヤモヤが解消された気がする。

「それが聞きたかっただけ?」

「ん?」

「桜屋くんは俺が山瀬さんのこと好きか気になってたの?」
 秋中はどこか悲しそうな声をしていた。

「そうかも」

 自分でも分かっていなかったが、そういう事だろう。

「桜屋くん、山瀬さんのこと好きなの?」

「えっ?」

 その発想はなかった。山瀬さんを思い浮かべる。可愛いけど、別に好きとかではないな。

「そういうわけじゃないな」

「本当?」

 秋中が顔を覗かせて、目を合わせる。

「うん」

「じゃあさ、桜屋くんは僕が女子と仲良くしてるの嫌?」

「嫌っていうか……」

 分からない。

「嫌ならやめようかな」

「やめなくていいよ」

「なんで?」

 なんでって、

「特に深い意味はないけど」

「じゃ僕が女子と仲良くしてるの好き?」

 秋中が教室で女子たちと会話していた様子を思い出す。

「うーん」

「好きなの?」

 秋中が山瀬さんと話してる時、俺は、

「好きじゃないかも」

「そうなんだ」

 秋中の言葉の語尾に音符がついた気がした。

「そうだね」

「じゃ嫌なんだよ」

「そうなのかな?」

「そうだといいな」

「えっ?」

「そうなんじゃないかなって」

 さっきとちょっと言ってることが違う気がするけど、

「そうかも」

 言及はしなかった。

***
 
 うちの高校に読書ブームが到来した。

 学校の王子様が読書が好きな子が好きと言ったからだろう。

 教室を見渡すと、ほとんどの女子は休み時間に読書をしている。

 図書室の利用も盛んになり、本好きの図書委員としては嬉しい忙しさである。 

 とは言え数日で飽きられるかと思っていたが、二週間近く経った今も図書室は大盛況で、読書をしながら秋中をチラチラ見る女子たちで溢れている。

「今日は大賑わいね」

 カウンターに座っている俺の隣に司書さんがやってくる。

「毎日これだと大変ですよね」

 図書委員は当番制なので俺は週に一度だけだが、司書さんは毎日だから疲れるだろう。

「毎日じゃないわよ」

「どういうことですか?」

「秋中くんが来ない日は、ここまでいないもの」

「秋中が来ない日あるんですか?」

 最近秋中は弁当を食べ終えると、教室から出て行ってしまうので図書室に来ているものだと思っていた。

「来ないわよ」

 司書さんは口を手で隠して上品に笑った。

「そうなんですね」

「秋中くんが来るかもしれないからって毎日来る子もいるけど、彼が来るのは月曜だけね」

「月曜って」

「桜屋くんがいる日だけよ」

「えっ」

 秋中は窓際の席で本を読んでいる。太陽の光に当たっているせいか、キラキラ輝いてみえる。

 秋中が図書室に来ているのは俺がいる日だけ。

***

 次の日の昼休み。

 秋中は弁当を食べ終わったあと、教室を出て行った。

 後をつけようかと思ったけど、それはなんだか恥ずかしくて数分待ってから教室を出た。

 まずは図書室、司書さんは俺がいる日だけと言っていたけど勘違いかもしれない。

 ドキドキしながら図書室の扉を開けると、昨日とは全く違う雰囲気だった。

 隅々まで秋中を探して歩くが見当たらない。本当に居ないようである。

 司書さんは俺の存在に気づいたようで、

「来てないわよ」

 と、にこやかに教えてくれる。

「そうなんですね」

 まるで俺の心を見透かされているようで、逃げるように図書室を出た。

 どこに行こう。

 秋中が行きそうなところが思い当たらない。

 もしかしたら教室に戻っているかもと、教室に戻ってみたがいなかった。

 行くあてもなく校舎の中を彷徨っていると、無意識に校長室の前に向かっていた。

 今は6月だから、写真はアジサイとかかななんて考えながらたどり着くと、紫のマッチが集まったみたいな花でみたことがある気がするけど、名前が思い出せない。

 写真の前で首を傾げていると、校長先生が部屋から出てきて、

「ラベンダーだよ」

 と教えてくれた。

「ラベンダー、可愛いですね」

「そうだろ、中庭に咲いてるから良かったら見に行ってごらん」

 と言われたので、俺は中庭に向かうことにした。

 中庭が見える廊下まで降りてくると、誰かが窓から中庭を見ている。

 近づくと、それは秋中だった。

「秋中?」

 俺が声をかけると、秋中は目を見開いた後に俺の肩に触れた。

「桜屋くん?」

「そうだけど」

「幻覚じゃなくて」

「何それ、本物だよ」

 秋中が変なことを言うから、面白くて笑みが溢れる。

 あっ、そうだ。

「いるよ」

 俺は秋中の手を握って、目を合わせた。

「桜屋椋介です」

 初めて話した日の放課後の秋中を再現してみた。俺の周りにも少女漫画みたいな花びらが舞っただろうか。

「マネしないで」

 秋中は子どものように無邪気に笑う。

「秋中、ラベンダー見てたの?」

「よく分かったね?」

「俺もラベンダー見にきたから」

「そうなの?」

 秋中は窓から身を乗り出して、ラベンダーが植えてあるプランターを指差す。

 校長先生が撮った写真通りの花が咲いている。

「可愛いね」

「でしょ」

「毎日これを見にきてたの?」

「えっ?」

「最近、昼休みに教室に居なかったから」

「いないの気づいてたの?」

「あぁ、うん」

 秋中のことをずっと考えているのがバレてしまう。

「ここで待ってた」

「誰を?」

 秋中は俺の目をじっと見つめる。

「秘密」

 強い風が吹いて、ラベンダーの香りが俺たちを包んだ。

***

 事件は突然起こるものである。

 山瀬さんが秋中に弁当を作ってきたのだ。

「秋中くん、これどうぞ」

 雪城さんは後ろで保護者のように見守っている。

「ごめんね、自分の弁当あるから要らないよ」

 秋中は弁当箱を見せながら、申し訳なさそうな表情をした。

「なら私がそれを食べるから、秋中くんは私が作ってきたの食べて」

 山瀬さんは食い下がる。

「いや、それは……」

 さすがの秋中も言葉に詰まっている。

「いいでしょ」

「えっと、」

 と秋中が考えていると、

「受け取ってあげろよ」と教室のどこからか聞こえてきて、それに乗るように「何をためらってるんだ」「付き合ってるんだろ」などなどが飛び交う。

 俺は秋中が山瀬さんを好きではないと知っているけど、みんなの認識だとラブラブな2人なんだろう。

「秋中くん、あやの弁当のどこが嫌なの? あや毎日練習して、やっと食べさせられるレベルになったって喜んでたんだよ。正直最初から美味しかったけど、秋中くんに食べてもらうからってさ」

 雪城さんは黙っているのが耐えられなかったのか、早口で訴えた。

「ええっと」

 たじろぐ秋中を初めて見た気がする。

「みきいいよ、秋中くん困ってるし」

「でもさ」

「私が勝手に作ってきちゃったからだし、秋中くん明日も作ってくるから受け取ってもらえる?」

 秋中は唇を噛んで、下を向く。

「ごめんだけど、明日もその先も貰えない」

「えぇ、なんで?」

 山瀬さんは秋中の机に手をついた。

「ごめんね」

「なんで、なんでダメか教えてよ」

 秋中は少し悩んだ後、

「好きな子に嫉妬されたら困るから?」

 と答えた。

 山瀬さんは持っていた弁当を落として、教室を出て行ってしまった。雪城さんも山瀬さんを追いかけるように出ていく。

 教室中がざわつく中、勇者が声を上げた。

「山瀬さんが好きな子じゃなかったら、秋中の好きな子って誰なんだよ」

 確かに。

 山瀬さんが好きな子だと思ってたから、気を取られていたが、山瀬さんは好きな子じゃない。

 じゃ誰なんだよ。

 俺は秋中のいる方を見ると、目が合う。

「それは秘密だよ」

 秋中はカラッとしていた。

***

 秋中の好きな子は俺かもしれない。

 なんて妄想が頭から離れない。

 秋中の好きな子って俺? そう聞いたら、イエスかノーかで答えてくれるだろう。

 しかし問題は、俺のこと好き? と聞けるかどうかである。よほどの自信があるか、モテ男しか許されないセリフを俺が言えるかどうか。

 答えはノーである。

 そうだ、弁当を作ろう。

 悩んだ末にたどり着いたのが手作り弁当だった。

 渡して断られたら、俺は好きな子じゃない。受け取ってくれたら、俺は好きな……まぁそれはその時に考えよう。 

 帰り道にスーパーに寄って野菜と卵を手に取る。

 質問し合った時に書いた紙は何度も見ているので覚えている。

 秋中の好きな食べ物はハンバーグ。

 肉の売り場までやってきて、睨めっこをする。作るのは厳しいか?

 普段料理をする人間ならいいけど、やらない人間が弁当に手作りのハンバーグはちょっと、と冷凍食品売り場に向かった。

 スーパーの袋を下げて帰ると、母がすぐさま気づいた。

「どうしたの?」

 母に気づかれずに弁当を作るのは不可能だろう。

「弁当を作ろうと思って」

「えっ?」

 と母が驚いた顔を見て、別に俺が自分で弁当を作る必要がなかったことに気がついた。

 秋中が俺が作った弁当と俺の母が作った弁当の違いを分かるはずがない。

「弁当を作って持って行こうかなって」

「それはいいけど、突然どうしたの?」

「えっと」 

 正直に言うべきだろうか。

 目を泳がせていると、

「別になんでもいいけど、教えてあげようか?」

 と母が話題を変えてくれたので助かった。

 夕飯を食べた後、卵焼きの作り方を教えてもらったが形がいびつになってしまって、明日の朝作れるか不安になる。

 山瀬さんのように練習期間が必要だろうか。

 でも、と悩んでいると母が「少しくらい気にしない。食べてみ」と俺の口に俺が作った卵焼きを放り込む。

「どう?」

 美味しいというほどではないけど。

「まぁまぁ」

「食べれればいいんじゃない?」

「そうだね」

「それとも好きな子にあげるの?」

「えっ」

「形を気にしてたから、自分用じゃないのかなって」

 母の勘は鋭い。やっぱり隠し事はできない。正直に言うべきだろうか。

「えっと」

 てか、なんて説明すればいいんだ? 好きな子では、ないか?

「別にいいけど、包丁とか火には気をつけてね」

 と母は去って行ってしまった。
 
***

 次の日の朝、俺は早起きをして弁当を作りに取り掛かる。

 昨日教えてもらった卵焼き、ウインナーを茹でて、野菜を切る。冷凍のハンバーグをレンジに入れ、弁当箱に詰めたら完成だ。

 こんなもんだろ。

***

 ホームで電車を待っている時、何度もカバンに入っている弁当を確認した。

 弁当作ってきたんだけどいる? 何度も何度も頭の中でシュミレーションをする。

 要らないと言われた場合は、あぁそっか俺が食べるからいいよ。いると言われた場合は……まぁそのまま渡せばいい。
 電車が到着してドアが開く、いつも通りの席に秋中は座っている。

「桜屋くん、おはよう」

「おはよう」

 ここまではいつも通り。

 秋中は話すことがないのか、手に持っていた小説を開いて読み始めた。

 俺はカバンの中に手を突っ込んで弁当を掴んだ。

「あ、あのさ」

 秋中は小説を閉じて、俺を見る。

「どうしたの?」

「作ってみたんだけど」

 カバンの中から弁当を取り出して、秋中に手渡す。

 秋中は無言で受け取り、何も言わなかった。秋中の反応が怖くて、俺は目を逸らして、中吊り広告を凝視する。

 今日も1日ファイトと男性がガッツポーズをしている。エナジードリンクの広告である。ファイトに力を押されて、秋中の方を見ると、秋中は弁当の中身を開けていた。

「えっ?」

「開けちゃったのまずかった?」

「大丈夫だけど」

「よかったぁ、俺が食べていいってことだよね?」

「うん」

「桜屋くん、作ってくれたの?」

「そうだよ」

「ありがとう。嬉しい」

 秋中は舐め回すように俺の作った弁当を見て、「食べるの勿体無いな〜」とニコニコしている。そんなに喜んでくれるなら、

「また作ってくるよ」

「本当に?」

「もちろん」

「やった〜」

 今度はハンバーグ手作りに挑戦したっていい。とりあえず、秋中が嬉しそうで良かった。と本来の目的を忘れかけていた。

 そういえば秋中が弁当を受け取らなかった理由って好きな子に嫉妬されちゃうからだった気がする。

 ならば教室で渡さないと意味がなかったのでは?

 てか、なんで俺こんなことしてるんだっけ???