高校2年生初日。
校長室前に飾ってある写真を見ていた。
今年も綺麗だな。
桜の写真に見とれていると、肩になにかが触れた。
振り向くと整った顔立ち、宝石のような瞳、噂の王子様と目が合う。
「ごめん、大丈夫?」
女子がよく話している王子様が俺を心配している。
「大丈夫」
「よかった」
王子様は微笑んで丁寧に頭を下げたあと、その場を去った。
肩が軽く触れ合っただけで、転んだりしたわけではないのに律儀だなと、後ろ姿を目で追う。
***
通学の電車は必ず先頭車両に乗るようにしている。
理由は単純、改札から遠いので乗っている人が少ないからだ。
しかしそれは数日前までの話。
現在は瞳を輝かせた女子たちで溢れている。
原因は秋中風音である。
成績優秀、スポーツ万能、誰にでも優しく接するので王子様と呼ばれモテている。
こいつのせいで、先頭車両仲間の単語カードを凄まじい速さでめくっていた先輩、大量の付箋が貼られた参考書を読んでいた先輩、鈍器のような厚さの小説を読んでいた先輩、その他さまざまな人たちは居なくなってしまった。
俺も違う車両に移動すればいいのだけれど、おそらく秋中の目当ては俺である。
電車に乗ると、いつも俺が座る席の向かいに座って読書をしているのだ。
って、あっ、目が合ってしまった。てかなんで本を読んでいるのに俺と目が合うんだ?
じっと見つめてたなら分かるけど、今一瞬だけ視線をやっただけなのに、秋中は嬉しそうに微笑んで、
「桜屋くん、おはよう」
と俺、桜屋椋介の隣の席に座る。
「おはよう」
一応同じクラスなので、友達として振る舞う。といってもこれ以上の会話をしたことがない。
今日で一週間。
毎日挨拶を交わすだけで、秋中は読書を再開する。隣の席に座るだけなら目を合わせるのも挨拶をするのも必要ないのに。
いつも周りに人がいてキラキラらしている秋中と、教室の隅でひっそりとしている俺は正反対で、気が合うとは思えない。
秋中が同じ車両に乗るようになった前日、俺は秋中とぶつかった。ぶつかったといっても軽く肩が触れ合っただけで、転んだりするほどの衝撃はなかった。
それくらいだ。それくらいしか秋中との接点がない。それくらいで同じ車両に乗ってくるだろうか。
それとも俺の自意識過剰?
でも隣の席に座ってくるし、なにか理由があるのだろう。
実は昔遊んだことがあって、俺は忘れてるけど秋中は覚えているから気づいて欲しいのか?
「秋中って、南町にいたことある?」
突然の質問に秋中は戸惑いながらも、
「ないよ」
と答えた。俺は生まれも育ちも南町だから、秋中と昔遊んでいた説は消えた。
そうなると、あの日の肩が触れたしかないけど、そんなことあるだろうか。ぶつかった肩が痛んで因縁をってわけでもなさそうだし。
秋中は読書を再開した。本、本か。俺は図書委員会に所属している。そういえば、秋中が図書室に来ていたかもしれない。
図書委員会。教室でよく読書をしている。
本好きとして認知されていてもおかしくない。ということは本好き仲間として俺と仲良くなりたいのか?
秋中の取り巻きに本好きの1人や2人居そうだけどと周りを見渡したが本を読んでいる女子は居なかった。
「秋中って本好きなの?」
ややあって、頷く。
秋中の反応は薄く、会話が広がりそうになかったので俺は視線を正面に戻した。
車窓の景色が見覚えのあるものになって、高校の最寄駅が近づく。仲良くしたいから隣の席に座っているわけではないのか。
何事もなかったように電車から降りて、改札に向かう。
「桜屋くん」
改札を出たところで呼び止められて振り向くと、秋中が光り輝くような瞳で見つめている。
「桜屋くん、一緒に行こう」
「いいけど」
そう俺が答えると、秋中は弾むような足取りで隣にやってきた。
「桜屋くんは何色が好き?」
数歩進んだところで、秋中は突拍子もない質問をしてきた。いや、それは俺も人のことを言えないか。
「青だけど」
「青いいよね、空とか」
「うん。青空が好き」
本日は晴天、綺麗な青空が広がっている。
秋中はスマホを取り出して、何かを打ち込み始めた。何をしているんだろうと秋中を見ていたら、塀の上で白い猫が毛づくろいをしているのに意識が向く。
「桜屋くん猫好きなの?」
「えっ?」
「猫見てたから」
「まぁ猫は好きかも」
「そうなんだね!」
秋中はスマホに何かを打ち込んだ。
「猫の種類は?」
「おばあちゃんちで飼ってたのがハチワレだったから、ハチワレかな」
「ハチワレ?」
「模様のこと、額のところが漢数字の8みたいになってるやつ」
「こういうこと?」
秋中は人差し指で山を作り額に当てた。
それがなんだかおかしくて、腹を抱えて笑う。
「そうそう」
「こういうこと?」
秋中は味をしめたようで繰り返す。
俺の笑いが収まると、秋中はまたスマホで何かを打ち込み始めた。
何をしているのか気になって見ていると、秋中が俺の視線に気づいた。
「ごめんね、忘れることはないと思うけど、万が一忘れたら困るから」
「何を?」
「桜屋くんが好きなもの」
「俺が好きなものメモしてるってこと?」
「そうだよ」
友達の好みをメモなんてしたことないけど、秋中は当然のような表情だったので受け入れた。
こういうマメなところがモテるのだろうか。マネしてみようかなと秋中に先ほどされた質問を返す。
「秋中は好きな色なに?」
「オレンジかな」
「オレンジね」
俺もスマホを手に取って、オレンジとメモ帳に打ち込む。
次、猫が好きか聞いてみるかと顔を上げると秋中と目が合う。
「俺も秋中の好みをメモしてみたんだけど」
スマホの画面を見せると、秋中は目を丸くして微笑んだ。
「じゃあさ、放課後質問し合おうよ」
***
教室では秋中と話すことはなく、いつも通りに時間が進んだ。今朝の出来事は幻だったのかもしれない。
ホームルームが終わって秋中の様子を伺うが、友達と談笑をしている。やっぱり幻だったんだろうと教室を出た。
「桜屋くん」
と昇降口で秋中に引き止められた。
「気づいたらいなくなってて焦ったよ」
走ってきたのだろう。秋中の呼吸は乱れている。
「ごめん、忘れてたわけじゃないんだけど」
「嫌だった?」
「いやいや、そんなことないよ!」
手を横に振って、身振りでも気持ちを伝える。
「本当に?」
秋中が不安そうな表情をするので、本当のことを言うしかない。
「幻かと思って」
「まぼろし?」
「今朝、秋中と話したのが非現実のように思えて、幻でも見えちゃったのかなーなんて」
数秒も耐えられなくて、すぐさま謝る。
「ごめん、変なこと言った」
「いるよ」
「えっ?」
秋中は俺の手を握って、目を合わせた。
「秋中風音です」
まるで少女漫画の一コマのようで、周りに花びらが舞った気がした。
今朝初めて話した同性のクラスメイトにこの対応ならモテるし王子様と言われるのは頷ける。
俺が女の子だったら今ので完全に恋に落ちていただろう。
***
質問し合う場所はファミレスが選ばれて、秋中はチョコレートパフェ、俺はチーズケーキを頼んで、食べながら質問をすることにした。
「まずは連絡先を交換しよう」
秋中がスマホを俺に向けたので友達登録をすると、トーク画面によろしくお願いしますと頭を下げたペンギンをスタンプが送られてきた。
「ペンギン好きなんだ?」
「そうだよ」
俺はペンギンが好きとスマホに打つ。
「あっ、ずるい」
秋中が拗ねるような声で言った。
「なにが?」
「質問始めちゃってる」
「まずかった?」
「ルールとか決めてなかったから」
「ルールいる?」
「いるよ」
「例えば?」
「答えたくない質問とか」
変なことを聞く予定はなかったし、秋中がイジワルをするようにも思えなかったが、決めておいたほうがいいのだろうか。
「それは答えなくていいんじゃない?」
「同じ質問を答えるってどう?」
「同じ質問?」
「そうしたら言いづらいことを質問しないかなって」
「確かに」
「じゃ決まり」
秋中はノートと筆箱を取り出した。
「それに書くの?」
「そうだよ」
「スマホじゃなくて?」
「こっちの方が雰囲気良くない?」
秋中の考えに賛同して、俺もノートと筆箱を取り出した。ノートは授業で使ってるやつだけど、切り取ればいいだろう。
「初めに基本的なところから、名前は秋中風音。誕生日は3月27日、血液型はA型。兄弟は姉が2人」
俺は秋中の言ったことを書き留めた。
秋中も何かを書き始めたので覗いてみると、チーズケーキ、メロンソーダと書いていた。2つとも俺の手元にあるものだ。
「マメだね」
「なにが?」
「人が食べたものまでメモしてるんだなって」
「あぁ、うん」
「俺もマネしよ」
秋中がファミレスで頼んだのはチョコレートパフェとオレンジジュース。
こんなことまで書く必要あるのかと眺めていると、
「桜屋くんの番だよ」
と催促された。
「あっ、と、桜屋椋介、4月18日生まれ、AB型。兄弟は弟が1人」
秋中は書き終えると、「どっちから質問しようか?」と尋ねる。正直どっちからでもいいけど、公平にジャンケンをすることになった。
秋中はパー、俺はチョキ。
「桜屋くんからどうぞ」
質問を考えてなかったので慌てて頭を働かせる。なんでもいい。なんでもいいけど、なんでもいいが一番迷う気がする。
「えっと、好きな数字は?」
言ったあとで、好きな食べ物とかにすればよかったと後悔した。
「49」
秋中は迷わずに答える。
「なんで49なの?」
秋中はイタズラっぽく笑って、「秘密」と人差し指を立てて口元に当てた。
「立て続けに質問はダメだよ。桜屋くんの好きな数字は?」
俺は呆気に取られつつ、18と誕生日の数字を選んだ。
「誕生日明日だよね」
「そうだけど」
なんで秋中が俺の誕生日を知ってるのかと思ったけど、さっき教えたのを思い出した。
「予定ある?」
「夕飯は豪華になると思うけど」
「放課後、誰かと誕生日パーティーみたいなのは?」
「しないしない」
そんな友達居ないし。
「よければ、俺にくれない?」
秋中の大きな瞳が俺を真っ直ぐに見つめる。
「なにを?」
「時間、誕生日お祝いしたい」
「いいけど」
「やった」
秋中は顔をほころばせた。嬉しそうな秋中が俺を見る。
「質問の続き、好きな食べ物は?」
「ラーメン」
「なら明日食べに行かない?」
「あぁ、うん」
流れるように予定が決まるので驚いた。
「もしかして夕飯、ラーメンになったりする?」
「いや、ラーメンはないと思う」
「じゃ決まりね」
秋中は口角を上げながら、ラーメンが好き。明日食べに行くとノートに書いている。
俺は残り一口になったチーズケーキを頬張った。
秋中のパフェはまだ半分以上残っている。
「食べる?」
「えっ?」
「パフェ見てたから」
「いや、大丈夫」
食べたくて見たわけじゃないけど、俺は食べたそうな表情をしていたのだろうか。
「秋中の好きな食べ物は?」
「ハンバーグかな」
「いいね、ハンバーグ美味しそう」
好きな食べ物はハンバーグ、次の質問は何にしよう。ふと校長室の前に飾ってあった写真を思い出した。秋中とぶつかった場所。
「好きな花は?」
秋中は少しだけ悩んでから、
「コスモス」
と様子を伺うように答えた。
「秋の花だから?」
「まぁそんな感じ。桜屋くんは桜?」
「正解」
「名前に入ってるもんね」
「そう、だから親近感があって」
「そういうの分かる」
秋中はスプーンを手に取ってパフェを食べた。
すると、スプーンに乗せたチョコレートアイスとコーンフレークを自分の口元ではなく、俺の目の前に運ぶ。
「あげる」
「いいよ」
そんなつもりはなかったので、手を横に振る。
「チョコレート嫌い?」
「違うけど」
「じゃあアイス?」
「違うけど」
「コーンフレーク?」
「違うけど」
ややあって、秋中は深呼吸をしてから、
「なら僕のことが嫌い?」
と首を傾げる。冗談で聞いているのではなく、真剣なのが目を見て分かる。
これで食べなかったら、秋中を嫌いということになってしまう。
俺は差し出された一口を勢いよく食べた。
「ありがとう。美味しい」
「よかった」
秋中は満足そうだった。そのまま秋中は最後までパフェを食べ切って、
「そろそろ帰ろうか」
と、こちらを見る。
「いいの?」
「えっ?」
「質問、俺が2つ秋中は1つしかしてないから」
「あぁ、パフェ嫌いか聞いたから」
「それ含まれるの?」
「含まなくていい?」
「いいよ」
やっぱり律儀なやつだなと、笑った。
「じゃあさ、初恋はいつ?」
空気が変わった気がした。今までの質問とは毛色が違いすぎる。
「幼稚園のころかな?」
「幼稚園か、ルール破っていい?」
「えっ?」
「どんな子か教えて欲しい」
記憶を遡る。二つ結びをしていて、よく話しかけてくれたあの子を思い出す。ニッコリとした表情が飛び込んできた。
「いいよ。笑顔が素敵な子」
「こんな感じ?」
秋中は歯を見せて微笑んだ。細められたまぶたの隙間から放つ視線は、俺を焦がすように熱く耐えきれない。
「秋中は?」
同じ質問に答える。そういうルールだったから聞いてみたけど、恥ずかしくなって「やっぱり、なし!」と僕は慌てて手でバツを作った。
その手を秋中が掴んで、バツをほどく。
「今」
「えっ?」
「初恋は今してる」
胸の辺りがざわつく。
友達ってこんな感じだったけ???
校長室前に飾ってある写真を見ていた。
今年も綺麗だな。
桜の写真に見とれていると、肩になにかが触れた。
振り向くと整った顔立ち、宝石のような瞳、噂の王子様と目が合う。
「ごめん、大丈夫?」
女子がよく話している王子様が俺を心配している。
「大丈夫」
「よかった」
王子様は微笑んで丁寧に頭を下げたあと、その場を去った。
肩が軽く触れ合っただけで、転んだりしたわけではないのに律儀だなと、後ろ姿を目で追う。
***
通学の電車は必ず先頭車両に乗るようにしている。
理由は単純、改札から遠いので乗っている人が少ないからだ。
しかしそれは数日前までの話。
現在は瞳を輝かせた女子たちで溢れている。
原因は秋中風音である。
成績優秀、スポーツ万能、誰にでも優しく接するので王子様と呼ばれモテている。
こいつのせいで、先頭車両仲間の単語カードを凄まじい速さでめくっていた先輩、大量の付箋が貼られた参考書を読んでいた先輩、鈍器のような厚さの小説を読んでいた先輩、その他さまざまな人たちは居なくなってしまった。
俺も違う車両に移動すればいいのだけれど、おそらく秋中の目当ては俺である。
電車に乗ると、いつも俺が座る席の向かいに座って読書をしているのだ。
って、あっ、目が合ってしまった。てかなんで本を読んでいるのに俺と目が合うんだ?
じっと見つめてたなら分かるけど、今一瞬だけ視線をやっただけなのに、秋中は嬉しそうに微笑んで、
「桜屋くん、おはよう」
と俺、桜屋椋介の隣の席に座る。
「おはよう」
一応同じクラスなので、友達として振る舞う。といってもこれ以上の会話をしたことがない。
今日で一週間。
毎日挨拶を交わすだけで、秋中は読書を再開する。隣の席に座るだけなら目を合わせるのも挨拶をするのも必要ないのに。
いつも周りに人がいてキラキラらしている秋中と、教室の隅でひっそりとしている俺は正反対で、気が合うとは思えない。
秋中が同じ車両に乗るようになった前日、俺は秋中とぶつかった。ぶつかったといっても軽く肩が触れ合っただけで、転んだりするほどの衝撃はなかった。
それくらいだ。それくらいしか秋中との接点がない。それくらいで同じ車両に乗ってくるだろうか。
それとも俺の自意識過剰?
でも隣の席に座ってくるし、なにか理由があるのだろう。
実は昔遊んだことがあって、俺は忘れてるけど秋中は覚えているから気づいて欲しいのか?
「秋中って、南町にいたことある?」
突然の質問に秋中は戸惑いながらも、
「ないよ」
と答えた。俺は生まれも育ちも南町だから、秋中と昔遊んでいた説は消えた。
そうなると、あの日の肩が触れたしかないけど、そんなことあるだろうか。ぶつかった肩が痛んで因縁をってわけでもなさそうだし。
秋中は読書を再開した。本、本か。俺は図書委員会に所属している。そういえば、秋中が図書室に来ていたかもしれない。
図書委員会。教室でよく読書をしている。
本好きとして認知されていてもおかしくない。ということは本好き仲間として俺と仲良くなりたいのか?
秋中の取り巻きに本好きの1人や2人居そうだけどと周りを見渡したが本を読んでいる女子は居なかった。
「秋中って本好きなの?」
ややあって、頷く。
秋中の反応は薄く、会話が広がりそうになかったので俺は視線を正面に戻した。
車窓の景色が見覚えのあるものになって、高校の最寄駅が近づく。仲良くしたいから隣の席に座っているわけではないのか。
何事もなかったように電車から降りて、改札に向かう。
「桜屋くん」
改札を出たところで呼び止められて振り向くと、秋中が光り輝くような瞳で見つめている。
「桜屋くん、一緒に行こう」
「いいけど」
そう俺が答えると、秋中は弾むような足取りで隣にやってきた。
「桜屋くんは何色が好き?」
数歩進んだところで、秋中は突拍子もない質問をしてきた。いや、それは俺も人のことを言えないか。
「青だけど」
「青いいよね、空とか」
「うん。青空が好き」
本日は晴天、綺麗な青空が広がっている。
秋中はスマホを取り出して、何かを打ち込み始めた。何をしているんだろうと秋中を見ていたら、塀の上で白い猫が毛づくろいをしているのに意識が向く。
「桜屋くん猫好きなの?」
「えっ?」
「猫見てたから」
「まぁ猫は好きかも」
「そうなんだね!」
秋中はスマホに何かを打ち込んだ。
「猫の種類は?」
「おばあちゃんちで飼ってたのがハチワレだったから、ハチワレかな」
「ハチワレ?」
「模様のこと、額のところが漢数字の8みたいになってるやつ」
「こういうこと?」
秋中は人差し指で山を作り額に当てた。
それがなんだかおかしくて、腹を抱えて笑う。
「そうそう」
「こういうこと?」
秋中は味をしめたようで繰り返す。
俺の笑いが収まると、秋中はまたスマホで何かを打ち込み始めた。
何をしているのか気になって見ていると、秋中が俺の視線に気づいた。
「ごめんね、忘れることはないと思うけど、万が一忘れたら困るから」
「何を?」
「桜屋くんが好きなもの」
「俺が好きなものメモしてるってこと?」
「そうだよ」
友達の好みをメモなんてしたことないけど、秋中は当然のような表情だったので受け入れた。
こういうマメなところがモテるのだろうか。マネしてみようかなと秋中に先ほどされた質問を返す。
「秋中は好きな色なに?」
「オレンジかな」
「オレンジね」
俺もスマホを手に取って、オレンジとメモ帳に打ち込む。
次、猫が好きか聞いてみるかと顔を上げると秋中と目が合う。
「俺も秋中の好みをメモしてみたんだけど」
スマホの画面を見せると、秋中は目を丸くして微笑んだ。
「じゃあさ、放課後質問し合おうよ」
***
教室では秋中と話すことはなく、いつも通りに時間が進んだ。今朝の出来事は幻だったのかもしれない。
ホームルームが終わって秋中の様子を伺うが、友達と談笑をしている。やっぱり幻だったんだろうと教室を出た。
「桜屋くん」
と昇降口で秋中に引き止められた。
「気づいたらいなくなってて焦ったよ」
走ってきたのだろう。秋中の呼吸は乱れている。
「ごめん、忘れてたわけじゃないんだけど」
「嫌だった?」
「いやいや、そんなことないよ!」
手を横に振って、身振りでも気持ちを伝える。
「本当に?」
秋中が不安そうな表情をするので、本当のことを言うしかない。
「幻かと思って」
「まぼろし?」
「今朝、秋中と話したのが非現実のように思えて、幻でも見えちゃったのかなーなんて」
数秒も耐えられなくて、すぐさま謝る。
「ごめん、変なこと言った」
「いるよ」
「えっ?」
秋中は俺の手を握って、目を合わせた。
「秋中風音です」
まるで少女漫画の一コマのようで、周りに花びらが舞った気がした。
今朝初めて話した同性のクラスメイトにこの対応ならモテるし王子様と言われるのは頷ける。
俺が女の子だったら今ので完全に恋に落ちていただろう。
***
質問し合う場所はファミレスが選ばれて、秋中はチョコレートパフェ、俺はチーズケーキを頼んで、食べながら質問をすることにした。
「まずは連絡先を交換しよう」
秋中がスマホを俺に向けたので友達登録をすると、トーク画面によろしくお願いしますと頭を下げたペンギンをスタンプが送られてきた。
「ペンギン好きなんだ?」
「そうだよ」
俺はペンギンが好きとスマホに打つ。
「あっ、ずるい」
秋中が拗ねるような声で言った。
「なにが?」
「質問始めちゃってる」
「まずかった?」
「ルールとか決めてなかったから」
「ルールいる?」
「いるよ」
「例えば?」
「答えたくない質問とか」
変なことを聞く予定はなかったし、秋中がイジワルをするようにも思えなかったが、決めておいたほうがいいのだろうか。
「それは答えなくていいんじゃない?」
「同じ質問を答えるってどう?」
「同じ質問?」
「そうしたら言いづらいことを質問しないかなって」
「確かに」
「じゃ決まり」
秋中はノートと筆箱を取り出した。
「それに書くの?」
「そうだよ」
「スマホじゃなくて?」
「こっちの方が雰囲気良くない?」
秋中の考えに賛同して、俺もノートと筆箱を取り出した。ノートは授業で使ってるやつだけど、切り取ればいいだろう。
「初めに基本的なところから、名前は秋中風音。誕生日は3月27日、血液型はA型。兄弟は姉が2人」
俺は秋中の言ったことを書き留めた。
秋中も何かを書き始めたので覗いてみると、チーズケーキ、メロンソーダと書いていた。2つとも俺の手元にあるものだ。
「マメだね」
「なにが?」
「人が食べたものまでメモしてるんだなって」
「あぁ、うん」
「俺もマネしよ」
秋中がファミレスで頼んだのはチョコレートパフェとオレンジジュース。
こんなことまで書く必要あるのかと眺めていると、
「桜屋くんの番だよ」
と催促された。
「あっ、と、桜屋椋介、4月18日生まれ、AB型。兄弟は弟が1人」
秋中は書き終えると、「どっちから質問しようか?」と尋ねる。正直どっちからでもいいけど、公平にジャンケンをすることになった。
秋中はパー、俺はチョキ。
「桜屋くんからどうぞ」
質問を考えてなかったので慌てて頭を働かせる。なんでもいい。なんでもいいけど、なんでもいいが一番迷う気がする。
「えっと、好きな数字は?」
言ったあとで、好きな食べ物とかにすればよかったと後悔した。
「49」
秋中は迷わずに答える。
「なんで49なの?」
秋中はイタズラっぽく笑って、「秘密」と人差し指を立てて口元に当てた。
「立て続けに質問はダメだよ。桜屋くんの好きな数字は?」
俺は呆気に取られつつ、18と誕生日の数字を選んだ。
「誕生日明日だよね」
「そうだけど」
なんで秋中が俺の誕生日を知ってるのかと思ったけど、さっき教えたのを思い出した。
「予定ある?」
「夕飯は豪華になると思うけど」
「放課後、誰かと誕生日パーティーみたいなのは?」
「しないしない」
そんな友達居ないし。
「よければ、俺にくれない?」
秋中の大きな瞳が俺を真っ直ぐに見つめる。
「なにを?」
「時間、誕生日お祝いしたい」
「いいけど」
「やった」
秋中は顔をほころばせた。嬉しそうな秋中が俺を見る。
「質問の続き、好きな食べ物は?」
「ラーメン」
「なら明日食べに行かない?」
「あぁ、うん」
流れるように予定が決まるので驚いた。
「もしかして夕飯、ラーメンになったりする?」
「いや、ラーメンはないと思う」
「じゃ決まりね」
秋中は口角を上げながら、ラーメンが好き。明日食べに行くとノートに書いている。
俺は残り一口になったチーズケーキを頬張った。
秋中のパフェはまだ半分以上残っている。
「食べる?」
「えっ?」
「パフェ見てたから」
「いや、大丈夫」
食べたくて見たわけじゃないけど、俺は食べたそうな表情をしていたのだろうか。
「秋中の好きな食べ物は?」
「ハンバーグかな」
「いいね、ハンバーグ美味しそう」
好きな食べ物はハンバーグ、次の質問は何にしよう。ふと校長室の前に飾ってあった写真を思い出した。秋中とぶつかった場所。
「好きな花は?」
秋中は少しだけ悩んでから、
「コスモス」
と様子を伺うように答えた。
「秋の花だから?」
「まぁそんな感じ。桜屋くんは桜?」
「正解」
「名前に入ってるもんね」
「そう、だから親近感があって」
「そういうの分かる」
秋中はスプーンを手に取ってパフェを食べた。
すると、スプーンに乗せたチョコレートアイスとコーンフレークを自分の口元ではなく、俺の目の前に運ぶ。
「あげる」
「いいよ」
そんなつもりはなかったので、手を横に振る。
「チョコレート嫌い?」
「違うけど」
「じゃあアイス?」
「違うけど」
「コーンフレーク?」
「違うけど」
ややあって、秋中は深呼吸をしてから、
「なら僕のことが嫌い?」
と首を傾げる。冗談で聞いているのではなく、真剣なのが目を見て分かる。
これで食べなかったら、秋中を嫌いということになってしまう。
俺は差し出された一口を勢いよく食べた。
「ありがとう。美味しい」
「よかった」
秋中は満足そうだった。そのまま秋中は最後までパフェを食べ切って、
「そろそろ帰ろうか」
と、こちらを見る。
「いいの?」
「えっ?」
「質問、俺が2つ秋中は1つしかしてないから」
「あぁ、パフェ嫌いか聞いたから」
「それ含まれるの?」
「含まなくていい?」
「いいよ」
やっぱり律儀なやつだなと、笑った。
「じゃあさ、初恋はいつ?」
空気が変わった気がした。今までの質問とは毛色が違いすぎる。
「幼稚園のころかな?」
「幼稚園か、ルール破っていい?」
「えっ?」
「どんな子か教えて欲しい」
記憶を遡る。二つ結びをしていて、よく話しかけてくれたあの子を思い出す。ニッコリとした表情が飛び込んできた。
「いいよ。笑顔が素敵な子」
「こんな感じ?」
秋中は歯を見せて微笑んだ。細められたまぶたの隙間から放つ視線は、俺を焦がすように熱く耐えきれない。
「秋中は?」
同じ質問に答える。そういうルールだったから聞いてみたけど、恥ずかしくなって「やっぱり、なし!」と僕は慌てて手でバツを作った。
その手を秋中が掴んで、バツをほどく。
「今」
「えっ?」
「初恋は今してる」
胸の辺りがざわつく。
友達ってこんな感じだったけ???


