折に触れ織りをまとう

「まぁまぁ。良いじゃないですか」
「俺は、昨日も寝てないんですが!」
「まぁまぁ。来たじゃないですか。本当に」
俺の隣で、彼はからからと笑う。
こんなに笑っているのを見るのは初めてだ。
彼の家に行ったら、
濃紺の着物を着付けられた。
彼は茶色とクリーム色の縞の着物を着て深緑色の帯を締めた。
「今日は豊年祭りです」
「はぁ」
そして、
ふたりで、オレンジ色の提灯が輝く祭りに繰り出した。

何処からひとがこんなに集まって来たのかと思うくらい目抜き通りは混雑していた。
たこ焼きや焼きそば、リンゴ飴などの屋台も華やかだ。
お囃子の声が近づいてくる。踊りもあるのだろう。
「あ、リンゴ飴ひとつ」
「はいよ」
彼は早速ひとりだけ、リンゴ飴を買って食べ始めた。
(あ、唇が赤くなった)
「神社まで辿り着いたらお酒が飲めますよ」
「はぁ」
何だか物凄く賑やかだな。お盆でもないのに。
東京では見た事のない光景だ。
「リンゴ飴と日本酒って結構合うんですよねぇ」
「はぁ」
彼は、今日はとても機嫌が良さそうだ。ずっと笑顔だ。透き通る清水のような笑顔。
そう言えばこのひとはいつも笑顔を絶やさない。
初めて、
俺がこの村で、織物機械化のプレゼンテーションをした時でさえ。

「来たの」
「あぁ、来たよ」
「あっちに綿飴があったよ」
「そうかい、ありがとう」
……甘党?
道行くひとが彼に気軽に声を掛けて行く。
子どもたちも、若いひともそしてお年寄りも、男女問わず。
「あ、東京の会社のおっちゃんだ」
「おっちゃん!?」
俺、まだ30代前半だぞ!
「子どもに比べたら、僕達なんておっちゃんですよ」
そのひとはいつの間にか、リンゴ飴から綿飴に持ち替えてからからと笑っていた。
虫の音。リーン、リーン、リーン。
祭りのざわめき。笑い声、お囃子の音。提灯のぬくもり溢れる光。
ここにある何もかもが、心をこめて時間をかけてつくられている。
ひととひととの繋がりでさえも。

「東京のひとから見たら、僕達の姿は、
さぞかし前時代的で非生産的なんでしょうね」

神社の境内に入ったら、一瞬、灯りがなくて暗く見えた。
彼の横顔が、
「それでも、ここにはここの幸せがある。
ひととひととが繋がり、独りじゃないと言う、根本的な幸せが」
白く浮かび上がる。宵闇に。(幻惑)
柔らかいテノールの声が俺を諭すように、優しくつむぎだされる。

「先祖代々の田畑を潰してまで、
得たい利益なんて僕達にはないんですよ」

それはきっと都会育ちの俺とは、
芯の部分から違うここでの生き方なのだ。

「えー、今日お集まりいただいたのは、他でもありません」