折に触れ織りをまとう

その日、俺は東京へとんぼ帰りだった。
会社に帰ったらデスクには書類が山積みだった。
「どうよ、田舎の方は」
「うるさい」
軽口を叩く同僚に付き合っている暇がある訳もなく、とりあえず紙パックの牛乳で惣菜パンを流しこみながら書類をチェックする。
- 何度来ても答えは同じですよ。
透き通る笑顔で俺の言葉をばっさりと切る頑ななあの青年。
最初にあの村へ行った時、電車も通っていないしバスも町の最寄り駅から3時間に1本で立地は最悪だと思った。
こんな不便なところに俺みたいな若い人間が住んでいる。さぞかし不自由をして暮らしているんだろう。そう、思いこんでいたけれど。
とん、からり。とん、からり。
機織りをする凛とした彼の姿からはそんな悲壮感は全く感じられない。
ピンと背を伸ばし、静かに織り機と向き合う。
足でペダル踏む引くと、糸が引っ張られて上に上がり、経糸(たていと)()緯糸(よこいと)を打ち込み、(おさ)で組み込む。
1反折るのに1か月以上掛かる。彼は普段は農協で働いていると言うからもっと掛かるだろう。
俺、
1か月も掛かってひとつのものを作った事なんてあるかな。
カレーパンを食べながらじっと考えてみる。
夏休みの工作だってそんなに時間は掛からなかった。
1か月掛けて折った織物を手縫いで着物にする -
「!」
今、

俺が着ているスーツもそうやって作られたんだよな。
そうだ、このスーツも、
あの美しい男が織ったんだ。ひとつひとつの織り目はあの男の流れるように美しい、しかしとてもていねいな手作業。

俺は思わずスーツの胸に手を当ててみた。
- お帰りください。
確かに採算は合わないかも知れない。手間ばかり掛かって、1枚がなかなか出来上がらなくて。
それでも。
(とん、からり。とん、からり)
俺は、パソコンを立ち上げてアプリを開く。
RRRRR...
「何だよ、電話」
俺が、イラッとしてスマートフォンを開くと、

「『お祭り行きませんか』」
澄んだ明るい声が耳を潤した。

「何なんですか、いきなり」