折に触れ織りをまとう

綺麗な手だな。

初めてその手を見た時、純粋にそう思った。

とん、からり、とん、からり。
軽快で爽やかな音が畳の部屋に響いている。
開け放した障子からの向こうの庭には赤紫のコスモスや紅色や青色のセージ、薄いピンクのトラノオなどの花が軽やかで涼しい風に揺すぶられている。
俺は、
古いがよく手入れの行きとどいた清潔な畳にあぐらをかいて、
藍色の織物が少しずつ長くなっていくのをぼんやりと眺めていた。大きな木製の織り機とその前に座るひとによって。

俺は大手服飾会社の企画部に在籍している。
この度、高級感のある新ブランドを立ち上げる事になり、俺が着目したのはこの東北の田舎の村にある伝統工芸の織物だった。たまたまインターネットで発見したのだが。
昔ながらの製法で、春に畑に麻の一種である植物を植え、夏に刈り取り、繊維を取り出して糸を紡ぎ、機織りで反物にする。
全てが手作業で作られるその織物は、夏、とても涼しく着られ、そして丈夫な事を、
「なぁに、見てらっしゃるんですか」
ここに来て初めて知った。
ちなみに今俺が着ている紺のスーツもその織物で作られたものだ(高価)。
「これが仕事ですから」
「何度来ても答えは同じですよ」
9月も終盤に近付き、朝や夜は随分寒くなって来たが、昼間にはまだ夏の名残。
それでも流れる風は涼しくなり、夕方になると虫がリーンリーンと風流に鳴く。
透明になった青い空。重そうに垂れた金色の稲穂。緑が濃くなったあぜ道とうっすら赤や黄色に染まり始めた山々 -
って、

「そう言わずに一度考えてみてはいただけませんか。
この織物も工場で機械化すれば少しは、」
「嫌です」
にっこり。
俺は微笑んでいるけれど心から笑ってはいないと容易に推測されるその笑顔にまたしても固まった。
柔らかそうな茶色の清潔に切り揃えたみじかい髪。優しいラインを描く眉、髪と同じ色の丸い瞳と長い睫毛、高くすうっとした鼻、薄い紅色の唇、そして、透明感のある白い肌。華奢な身体をクリーム色の薄手の着物で包む。
糸と糸が規則正しく並ぶ織り機は長身の彼よりもはるかに大きく存在感があり、10畳の部屋を支配している。おとぎ話の中で美しい姫が使っている機織り機はきっとこんな感じなのだろう。
何処から見ても非の打ち所のない美丈夫だ。声も声色も着心地の良い織物のように柔らかい。
しかし、
「お帰りください」
この村で唯一の男性の織子である同い年の彼は、
全く、とりつくしまがなかった。