第七話 カブト伝える
あの日から約一週間が経っていた。今日から新藤が登校する。新藤から話がしたいとメールが来たあと、新藤は父が罹っていたインフルエンザに移り、そのまま学校を休んでいたのだ。今日は、いつもと時間の流れが違う気がした。あっという間にお昼と思ったら、まだあと1時間もあるのかと思ったり、何度も時計と新藤を見つめていた。
「カブト大丈夫か?最近様子おかしいけど、今日は一段とおかしいぞ」
最近は一朗に心配ばかりかけているなと思った。
「ああ一朗、確かにちょっとおかしいかもしれないな」
オレの言葉を聞いて、一朗は眉根を上にあげた。
「まあ自覚があるなら大丈夫だろ。なんかあったら話くらい聞けるから、遠慮なく言えよな」
そして爽やかな笑顔でオレの肩にポンと手を置く。そこから一朗の優しさが沁みて少し落ち着いた。
「ありがとう。そのときは頼む」
「おう」
一朗の優しさをオレの勇気の応援団にして、放課後を迎えた。
「新藤、ちょっと移動してもいい?」
放課後、新藤を誘って2人であのトンボの広場にやってきた。
「とりあえず、新藤元気になって良かったよ」
そう言うと、新藤も微笑み、
「オレも熱出たとき、まぢかよ!って驚いたけど、今日学校来れて良かった」
2人でこんなこともあるもんだなーと言って笑うと、先に話していい?と新藤が言ったので、いいよと応えた。オレは嘘をついていたことを責められるのだろうと覚悟した。
「オレ実はさ、カブトが虫苦手なの、なんとなく知ってたんだよ」
「え?嘘?え?」
新藤の一言めに、オレは心の底から驚いた。そんなオレのリアクションを見て、申し訳ない笑顔になった新藤が続ける。
「そう、知ってたんだよ。カブト、隠してるつもりかも知れないけど、結構顔にでてるからさ。でもオレ、それなのに、カブトが付き合ってくれるのが嬉しくて、甘えちゃったんだ。苦手なことに付き合わせて本当にごめん」
そう言って新藤は頭を下げた。そしてそのまま、
「もしカブトが良かったらでいいんだけどさ、オレ、カブトと遊ぶの楽しくて。だから、虫以外のことでいいから、これからも一緒に遊んでくれないかな……調子にのったこと言ってるのは分かるから、もちろんムリならいいんだ」
と言った。オレは頭の中が混乱していた、想像していたのと違う。なんて答えたらいいのか落ち着かず、思わず顔を動かすと、チラッとあのカブトムシのキーホルダーと目が合った。その背後に、天使と悪魔が出てきて、2匹が、いけー!と言っていた。オレはあの日持っていた覚悟をもう一度引っ張り出した。
「新藤、オレさ、そう、実は虫が嫌いだったんだよ」
そう言うと新藤の頭がもっと深く沈み込んだ。
「虫嫌いってバレるとみんなにバカにされる気がして、初めはひた隠しにしてたのは本当。でもさ、新藤と虫活してるとさ、なんていうか、虫がかわいくみえてくるときもあってさ。オレ、こんな風に虫のことかわいいとか思えることあるんだって、驚いた。夏休みだって、新藤と連絡取れなかった間、すごくつまらなくて、新藤が虫活してるならオレも一緒にやりたいなーって思ったりもしたくらいだ。新藤と一緒に虫活してると本当に楽しくて、でも新藤にウソついてることがしんどくなってきてさ、あのトンボの日に、このこと伝えようと思ってたんだよ。そしたら、あんな風にばれちゃって。ウソついてて、本当にごめん」
「カブトはなんも悪くないよ!オレのほうが、そんな気持ちにさせててごめん」
慌てて否定する新藤にオレはかぶりを振り、もう一度カブトムシのキーホルダーをみた。
「でさ、新藤虫活じゃなくていいから一緒に遊んでほしいって言ってくれただろ?オレ、それすごく嬉しいよ」
新藤の顔が明るくなる。オレは言葉を続けた。
「でもさ、それはできない、かな」
眉間に皺を寄せ俯く新藤をみるのはツライが、もう話すと決めたのだ。
「だよな、イヤだよな。調子乗ったこと言ってごめんな」
心なしか新藤の声が震えている気がする。
「そういうことじゃないんだよ。新藤、聞いてくれよ。オレさ、いつの間にか新藤のこと好きになってたみたいで、あ、これは恋的な意味でな。だから、こんな気持ち隠したまま新藤と一緒に遊べないなって。もう新藤にウソつきたくないからさ。だから、ごめん。今日は最後に、もう一回トンボチャレンジしたくて、それでここまで来てもらったんだ。どうかな?」
できないと言われる覚悟を持ちつつ、新藤なら最後にやると言ってくれるのではという期待もこめて、返事を待った。グスッグスッ聞こえてきたのは、鼻をすする音だった。泣かせてしまったか。新藤をみると、目からこぼれる涙を必死に拭っている様子で、オレは慌てた。
「泣くほどイヤな気持ちにさせてごめん。もう帰るから。本当にごめん」
そう言って立ちあがろうとしたら、新藤がオレの服のスソを捕まえて離さないので、もう一度座り直し、新藤が落ち着くのを待った。そして、涙を拭った新藤が、
「…オレもさ、カブトのこと好きだから。嬉しくて、泣いてた」
と言った。
「まぢかよ」
オレがこの言葉を発するまで、それは一瞬先のことだったような気もするけど、ものすごく長い時間おいて言ったような気もして、分からなくなった。でもそのあとすぐに、まぢと言って満面の笑みになった新藤をギュッと抱きしめるのは全部一瞬のできごとだった。新藤がオレの背中に手を回してくれて、自分がしたことに気づいて勢いよく離れた。
「急にごめん!嬉しくて抱きついてた!」
「オレも嬉しいから大丈夫。それでめちゃくちゃホッとした」
オレもと言って、それから2人で笑みを浮かべた。
一世一代の告白が、まさかのうまくいった後、今日もう一つの目的であるトンボチャレンジをしようと立ち上がった。やるぞ!と息をまいて、トンボの群れの中に入ろうとしたが、なかなか一歩を踏み出せず躊躇していると新藤が
「今日は、いつものカブトの場所から虫を眺めてみたい」
と言った。新藤の顔をみると、それは遠慮ではなく本心だと分かったため、じゃあそうしようと2人で並んで座り、飛び回るトンボたちを眺めた。トンボは空中で急に止まったかと思うと、そこからすごい勢いで前に進んだりを繰り返した。
「トンボって、枝とか葉っぱの先っぽによく留まるんだけど、ちょうどいいところに指があったら、そこにも留まるんだって。身体を太陽に当てたいからそうやって留まってるって言われてるみたい。本当か分かんないけど」
新藤がそう言ったので、オレは目の前に人差し指を出してみた。
「そうなんだ。この前はオレの頭にも留まってたな。あ、そういやさ、母さんに聞いたら、オレ小さいときは虫が大好きだったんだって」
え?!ものすごく驚いた様子で新藤が目を丸くさせていた。
「そう、オレも驚いたんだけど。おんなじ日に、アリに噛まれて、毛虫でかぶれて、クワガタに挟まれて、蜂に刺されて嫌になったらしい。オレさ、昔は大好きだって聞いて、すごく嬉しくなったんだよね」
「そうだったんだ」
すごく優しい顔で新藤が言った。いつかこの指にトンボが留まってくれる日が来るだろうか?そのとき隣に新藤がいてくれるといいなと赤色のメガネをして飛び回っているトンボたちをみながら思った。
あの日から約一週間が経っていた。今日から新藤が登校する。新藤から話がしたいとメールが来たあと、新藤は父が罹っていたインフルエンザに移り、そのまま学校を休んでいたのだ。今日は、いつもと時間の流れが違う気がした。あっという間にお昼と思ったら、まだあと1時間もあるのかと思ったり、何度も時計と新藤を見つめていた。
「カブト大丈夫か?最近様子おかしいけど、今日は一段とおかしいぞ」
最近は一朗に心配ばかりかけているなと思った。
「ああ一朗、確かにちょっとおかしいかもしれないな」
オレの言葉を聞いて、一朗は眉根を上にあげた。
「まあ自覚があるなら大丈夫だろ。なんかあったら話くらい聞けるから、遠慮なく言えよな」
そして爽やかな笑顔でオレの肩にポンと手を置く。そこから一朗の優しさが沁みて少し落ち着いた。
「ありがとう。そのときは頼む」
「おう」
一朗の優しさをオレの勇気の応援団にして、放課後を迎えた。
「新藤、ちょっと移動してもいい?」
放課後、新藤を誘って2人であのトンボの広場にやってきた。
「とりあえず、新藤元気になって良かったよ」
そう言うと、新藤も微笑み、
「オレも熱出たとき、まぢかよ!って驚いたけど、今日学校来れて良かった」
2人でこんなこともあるもんだなーと言って笑うと、先に話していい?と新藤が言ったので、いいよと応えた。オレは嘘をついていたことを責められるのだろうと覚悟した。
「オレ実はさ、カブトが虫苦手なの、なんとなく知ってたんだよ」
「え?嘘?え?」
新藤の一言めに、オレは心の底から驚いた。そんなオレのリアクションを見て、申し訳ない笑顔になった新藤が続ける。
「そう、知ってたんだよ。カブト、隠してるつもりかも知れないけど、結構顔にでてるからさ。でもオレ、それなのに、カブトが付き合ってくれるのが嬉しくて、甘えちゃったんだ。苦手なことに付き合わせて本当にごめん」
そう言って新藤は頭を下げた。そしてそのまま、
「もしカブトが良かったらでいいんだけどさ、オレ、カブトと遊ぶの楽しくて。だから、虫以外のことでいいから、これからも一緒に遊んでくれないかな……調子にのったこと言ってるのは分かるから、もちろんムリならいいんだ」
と言った。オレは頭の中が混乱していた、想像していたのと違う。なんて答えたらいいのか落ち着かず、思わず顔を動かすと、チラッとあのカブトムシのキーホルダーと目が合った。その背後に、天使と悪魔が出てきて、2匹が、いけー!と言っていた。オレはあの日持っていた覚悟をもう一度引っ張り出した。
「新藤、オレさ、そう、実は虫が嫌いだったんだよ」
そう言うと新藤の頭がもっと深く沈み込んだ。
「虫嫌いってバレるとみんなにバカにされる気がして、初めはひた隠しにしてたのは本当。でもさ、新藤と虫活してるとさ、なんていうか、虫がかわいくみえてくるときもあってさ。オレ、こんな風に虫のことかわいいとか思えることあるんだって、驚いた。夏休みだって、新藤と連絡取れなかった間、すごくつまらなくて、新藤が虫活してるならオレも一緒にやりたいなーって思ったりもしたくらいだ。新藤と一緒に虫活してると本当に楽しくて、でも新藤にウソついてることがしんどくなってきてさ、あのトンボの日に、このこと伝えようと思ってたんだよ。そしたら、あんな風にばれちゃって。ウソついてて、本当にごめん」
「カブトはなんも悪くないよ!オレのほうが、そんな気持ちにさせててごめん」
慌てて否定する新藤にオレはかぶりを振り、もう一度カブトムシのキーホルダーをみた。
「でさ、新藤虫活じゃなくていいから一緒に遊んでほしいって言ってくれただろ?オレ、それすごく嬉しいよ」
新藤の顔が明るくなる。オレは言葉を続けた。
「でもさ、それはできない、かな」
眉間に皺を寄せ俯く新藤をみるのはツライが、もう話すと決めたのだ。
「だよな、イヤだよな。調子乗ったこと言ってごめんな」
心なしか新藤の声が震えている気がする。
「そういうことじゃないんだよ。新藤、聞いてくれよ。オレさ、いつの間にか新藤のこと好きになってたみたいで、あ、これは恋的な意味でな。だから、こんな気持ち隠したまま新藤と一緒に遊べないなって。もう新藤にウソつきたくないからさ。だから、ごめん。今日は最後に、もう一回トンボチャレンジしたくて、それでここまで来てもらったんだ。どうかな?」
できないと言われる覚悟を持ちつつ、新藤なら最後にやると言ってくれるのではという期待もこめて、返事を待った。グスッグスッ聞こえてきたのは、鼻をすする音だった。泣かせてしまったか。新藤をみると、目からこぼれる涙を必死に拭っている様子で、オレは慌てた。
「泣くほどイヤな気持ちにさせてごめん。もう帰るから。本当にごめん」
そう言って立ちあがろうとしたら、新藤がオレの服のスソを捕まえて離さないので、もう一度座り直し、新藤が落ち着くのを待った。そして、涙を拭った新藤が、
「…オレもさ、カブトのこと好きだから。嬉しくて、泣いてた」
と言った。
「まぢかよ」
オレがこの言葉を発するまで、それは一瞬先のことだったような気もするけど、ものすごく長い時間おいて言ったような気もして、分からなくなった。でもそのあとすぐに、まぢと言って満面の笑みになった新藤をギュッと抱きしめるのは全部一瞬のできごとだった。新藤がオレの背中に手を回してくれて、自分がしたことに気づいて勢いよく離れた。
「急にごめん!嬉しくて抱きついてた!」
「オレも嬉しいから大丈夫。それでめちゃくちゃホッとした」
オレもと言って、それから2人で笑みを浮かべた。
一世一代の告白が、まさかのうまくいった後、今日もう一つの目的であるトンボチャレンジをしようと立ち上がった。やるぞ!と息をまいて、トンボの群れの中に入ろうとしたが、なかなか一歩を踏み出せず躊躇していると新藤が
「今日は、いつものカブトの場所から虫を眺めてみたい」
と言った。新藤の顔をみると、それは遠慮ではなく本心だと分かったため、じゃあそうしようと2人で並んで座り、飛び回るトンボたちを眺めた。トンボは空中で急に止まったかと思うと、そこからすごい勢いで前に進んだりを繰り返した。
「トンボって、枝とか葉っぱの先っぽによく留まるんだけど、ちょうどいいところに指があったら、そこにも留まるんだって。身体を太陽に当てたいからそうやって留まってるって言われてるみたい。本当か分かんないけど」
新藤がそう言ったので、オレは目の前に人差し指を出してみた。
「そうなんだ。この前はオレの頭にも留まってたな。あ、そういやさ、母さんに聞いたら、オレ小さいときは虫が大好きだったんだって」
え?!ものすごく驚いた様子で新藤が目を丸くさせていた。
「そう、オレも驚いたんだけど。おんなじ日に、アリに噛まれて、毛虫でかぶれて、クワガタに挟まれて、蜂に刺されて嫌になったらしい。オレさ、昔は大好きだって聞いて、すごく嬉しくなったんだよね」
「そうだったんだ」
すごく優しい顔で新藤が言った。いつかこの指にトンボが留まってくれる日が来るだろうか?そのとき隣に新藤がいてくれるといいなと赤色のメガネをして飛び回っているトンボたちをみながら思った。

