第五話 カブト決意する 

 夏休みが明けて2学期が始まった。相変わらず新藤とは時間が合えば、一緒に虫活をしている。新藤のお母さんの誕生日プレゼントを買いに行った日、新藤のことが好きだと自覚してから、新藤との虫活が待ち遠しいと同時に、虫が苦手なことを隠し続けていることに対する罪悪感がどんどん募ってくる。新藤が嬉しそうな笑顔をオレに向けるたび、胸の奥がズキズキと痛む。果たして新藤に本当のことを言うべきか、このことで頭を悩ますとき、いつもあのキーホルダーのカブトムシが天使と悪魔になってオレの頭にやってくる。
カブトムシ天使「カブト、正直に言ったほうがいいカブ!新藤のことが好きなら尚更、ウソついたまま側にいるなんて、しんどいだけカブよ!新藤ならそうだったんだ!って笑って許してくれるカブよ!」
カブトムシ悪魔「それはどうかな〜。ウソついてたんだって思ったら、距離置かれちまうかもよ。むしろ、今少しずつ平気になってきてるんだから、そのまま平気になっちまえば、ウソでもなくなるんじゃねーか?言わずにこのままいようぜ〜。新藤が友だちじゃなくなるの悲しいだろ?」
天使「新藤もきっとカブトのこと大切に思ってるから、だから言ったほうがいいカブよ!悪魔の言葉に耳を貸さないでカブ!」
悪魔「カブカブカブカブうるせーよ!いいこちゃんぶりやがってー!」
天使「うるせーな!イメージも大事だろうが!こっちだってカブカブ言いたくねーわ!○×!“;=!*…」
こんな風に、頭の中はいつも騒がしい。考えがまとまらなくなって、毎日を終えている。

 『カブト、明日の放課後暇?虫の観察付き合えるかな?』
こんな風に前もって連絡が来たのは、プレゼント選びの日以来だった。
『明日はバイトもないし大丈夫』
『よかったー!それでお願いがあってさ、朝虫除けするときに、もし残ってたらでいいんだけど、明日はオレがあげた虫除けつけてきてくれないかな?もし全部使ってたら、オレのあげるから教えて!』
『分かった。まだ残ってるから、それ付けてく』
『ありがとうー!じゃあ、また明日な!』
どういう意味があるのだろう?聞けばいいのだが、明日になれば分かるだろうと聞かなかった。スマホのカメラロールを出し、新藤の手にツノゼミが乗っている写真を見返す。これはきっといいチャンスだ。明日、虫が苦手だということを新藤に言おう。一晩で決意を固めよう。忘れないように、眠る前に新藤からもらった虫除けを前に出しておいた。

 翌日、オレは放課後のことが気になって、授業にも全く身が入らない。いつもと様子の違うオレを見兼ねて一朗が声をかけてきた。
「おいカブト、なんか心ここに在らずって感じだけど大丈夫か?」
「ああ、大丈夫……じゃないな、あんまり」
「なんかあったら聞くから言えよな!」
「ありがとう。あ!一朗って、彼女に告白した側?された側?」
急なオレの質問に一朗がギョッとした顔をした。
「オレは〜された側だな。……え?え?もしかして、告白すんのか?」
一朗が興奮して聞いてくるので、シマッタと思いながらも、どうにかごまかす。
「いや、そういうんじゃないよ。そういうんじゃないけど、ちょっと気になってさ」
「どういうことだよ〜詳しく聞かせろよ〜」
全然ごまかせておらず、マズいなと思っていたら先生が入ってきた。
「あ〜聞きたかったのにな。今度教えてくれよ」
そう言ってオレの肩にポンと手をおき、
「うまく伝えられるといいな」
と言い残して、一朗は席に戻って行った。オレの友だちはいいヤツだ。

 放課後になり、新藤の案内で今日の公園へやってきた。
「カブト今日はありがとうな。実は一緒にやりたいことがあってさ!」
「やりたいことってなんだ?」
一緒にというワードに緊張感が走る。
「トンボをさ、指に留めたいんだよ」
「……トンボを、指に?」
そう言ったオレの表情はどうだったのか。新藤が慌てて、オレだけでいいからさ!と付け足した。
「オレだけでいいから、もし上手くいったら写真撮ってくれよ!汚れるとマズいから、カブトはいつもの場所からカメラアップにして撮っていいからさ」
一緒にあのトンボの中に入って行くかと思ったら、一気に緊張してしまったが、行かなくて大丈夫と言われたのでホッとした。
「分かった。いい写真撮れるようにがんばるな!」
笑顔で、よろしくと言って新藤は、トンボが飛び回っているところへ行き、手を前に出して動かないように静かに座っていた。そしてそんな新藤をオレはやっぱり少し距離のあるところから眺めているのだった。
 どのくらい経っただろうか、新藤の指にトンボが数匹近づいてきて、そのうちの一匹がとうとう留まった。新藤が顔でオレに合図をした。声は出さずに、口を開けて、撮って!と言っていたから、オレも手に持っていたスマホを素早く新藤に向けて、アップにした。スマホに写る驚いた新藤が、そーっと来てと、口を動かしたのをみて、オレは無意識で新藤に近づいていたことに気づいた。ごめんごめんと手を顔の前に合わせ、新藤とトンボの写真を撮る。すると新藤が再び驚いた顔を見せたと思ったら、新藤の指に留まっていたトンボが飛んでいってしまった。
「カブト、頭」
新藤が小声でそう言って、インカメにした自分のカメラをオレに向ける。そこには、オレの頭にトンボが留まっている姿が映っていた。驚いたけど、オレはなぜだか嬉しくて、
「写真撮って」
とお願いしていた。それから新藤のシャッター音でトンボが飛び立ったあとは、2人で遠慮なく大笑いした。
「今のすごかったなー!まさかカブトの頭に留まるなんて」
笑いすぎて出てきた涙を拭いながら新藤が言った。
ほんとだなと、オレも笑いながら応える。よし、新藤に言うなら今だと思い、固めた決意を行使しようとして新藤の名前を呼ぼうとしたとき、
「あれ?カブトー!カブトだよな?」
そう声がした。見ると、中学時代の友人だった。
「おお!2人とも久しぶり」
そう言ったオレの頭に、嫌な予感が走る。
「カブト、何してんの?なんか虫取りみたいな感じだけど、あれ?お前虫嫌いだよな?中学んとき、小さいハエが飛んでてだけで、イヤだーって逃げてたよな?克服したのか?」
オレは、予想していなかった展開に、え、とか、それは、とか言ってシドロモドロになってしまい、新藤のほうを向くことができない。すると、
「カブトの友だちか?久しぶりにあったんだろ?ゆっくり話せよ。オレ先に帰るから。じゃ!」
新藤はそう言ったあと、
「カブト、今までごめんな」
と鞄を取りながら、オレにしか聞こえない声でそう言って、その場を去っていった。
「オレら、カブトの友だちいても気にしね〜のに、気使わせちゃったな。カブトまぢ久しぶりじゃん!って、あれ?なんか泣いてる?大丈夫?」
顔は笑っているはずだけど、目からは涙が流れていたようで、久しぶりに会った友人が隣で慌てていたけど、オレの耳には何も入ってこなかった。