第四話 カブトの夏休み
高校生になって初めての夏休みが始まった。夏休みはバイトの時間がいつもより伸び、昼間から勤務に入ることも増えた。バイトが休みの日は家でダラダラしたり、一朗が部活のない日は一緒に遊んだりしながら過ごしていた。夏休みに入って気づいたのだが、オレは新藤の連絡先を知らない。交換した記憶もなければ、やりとりした記憶もないから当たり前だ。いつも学校帰りそのまま虫活に行っていたので、連絡をとるタイミングがなかったのだ。虫の写真だって、全部新藤のスマホで撮っていたし。セミの声を聞いたり、コンビニの電気に集まる虫なんかを見ると、新藤の顔が浮かんでくる。アイツ、オレが写真撮ってやらなくても大丈夫なのかな?まあ今までも1人でやってたんだろうし、大丈夫か。朝虫除けスプレーを塗るたび目に入る新藤からもらった虫除けオイルを見て、少し寂しいような気持ちになりながら、バイトや遊びに気持ちを傾けていった。それでもたまに、新藤がいそうな公園を覗いてみたりしたが、新藤を見かけることはなかった。
「あんた夏休みバイトばっかだけど、あの虫の友だちと遊んだりしないの?」
バイトが休みの日に、ボーッとテレビを見ているオレを見かねて母が聞いてきた。
「アイツの連絡先も知らないんだよな。ってかさ、母さん、オレってなんでこんなに虫嫌いなの?生まれつき?」
そういえば、気づいたときには虫から逃げる日々を送っていたから気にしていなかったが、オレの虫嫌いはいつからなのだろうと最近気になっていたのだ。
「生まれつきなわけないでしょう。むしろ、虫大好きだったよカブトは。さすがカブト!って思ったもんね。あんたが3歳くらいのときかな〜虫好きすぎて、よく虫に手を出してたのね。そしたら、同じ日に、まずはアリに噛まれて、次は毛虫触ってかぶれて、そのあとクワガタに指挟まれて、極め付けは蜂に刺されたのよ!それから、イヤ〜ってなった気がするわ。確か」
え?!とても意外だった。生まれつきもしくは前世から虫がキライなんだろうと思っていたら、小さいときは大好きだったなんて。
「え?オレ、虫好きだったの?」
「そうよ!あ、写真もあるよ!」
そういって母がアルバムを取ってきてくれた。その中には、セミを捕まえた笑顔のオレや、青虫にツンツンしているオレの写真がしっかりとあった。
「オレ、こんなに虫好きだったんだ」
「そうよ!それが今や、毎朝虫除けスプレーだもんね〜。でも今虫の友だちとかできたんでしょ?少しは平気になってきてるんじゃない?家でも前より蚊とか蝿で騒がないし。いい友だちできてよかったね〜」
母にそう言われ、新藤を思い浮かべる。新藤、夏休みも黙々と虫活してるのかな?してるんだろうな。オレも一緒に……。ん?!一緒になんて思ったんだ?虫活は誘われていくもんで、オレから行きたいなんて考えたことなかったのに。
「カブトなんか顔赤くない?大丈夫?」
アルバムを見ていた母がオレの顔をみてそう言ったので、なんだか恥ずかしくなって、大丈夫と言いながら慌てて部屋へ戻った。
夏休みが始まって2週間が過ぎた頃、いつも通りコンビニで働いていると店内に大荷物を持った新藤が入ってきた。
「カブト!久しぶり!元気だった?」
進藤はまっすぐオレの方にやってきた。そして日に焼けた新藤はなんともなかったような(実際なんにもないのだけど)いつものテンションで話しかけてきた。オレはこの状況に混乱してしまい、え、え?とひとしきり狼狽えたあと、
「元気だったよ」
と答えた。そう言った後、こんなことが言いたいわけではないのにと頭を動かし、じゃあどんなことが言いたかったんだ?と頭に問われて、とても不思議な気持ちになったところで、一旦落ち着いた。
「それは良かった。オレさ、父さんの研究にくっついて南の島に虫の観察に行ってきたんだ。そこで色んな虫を見つけて、カブトに教えたいって思ったら、オレカブトの連絡先知らないのに気づいてさ。カブト、オレに連絡先教えてよ」
そう言われて、心から喜んでいる自分がいることに気づいた。そこで、ピンポンピンポンとお客さんが入ってきた音楽がなり、今がバイト中だと思い出す。
「あと15分で上がりだから、ちょっと待てる?」
「分かった!じゃあ、外で待ってるね」
新藤が自動ドアの外に出ていったあとの15分は、今まで体感したことのないくらい長い15分だった。チキンを揚げるタイマー、壊れてるのでは?と何度も見に行ったくらいだ。
「おまたせー!ごめんな、待たせて」
新藤はコンビニの電気に集まる虫を眺めていた。
「全然!こっちこそ急に来ちゃってごめんな。ってか、カブトのコンビニ店員かっこよかった!」
久しぶりの新藤の笑顔と、かっこいいなんて言われて、胸がギュッとなった。
「なんか、オオルリオサムシみたいだった!」
「オオ……?なんだって?」
「オオルリオサムシ!」
新藤はスマホで検索して、その虫の画像を見せてくれた。
「確かに光っててかっこいいけど、制服の色で言ってないか?」
その虫は、何色かあるようで、新藤がこっちのほうと見せてくれたのは、制服と同じ藍色がかった虫だったのだ。
「え?あ〜、確かに制服の色はあるかもしんないけど、それだけじゃなくって。昔、虫探してたときにこの虫がパッと出てきたことがあって。今まで見たことない色でキレイに光ってて、すごく驚いたんだよ。でさ、コンビニに入って、商品の棚とかの間からカブト見つけたときも、光ってたわけじゃないけど、本物のカブトだ〜って嬉しくて驚いたんだ。その感覚が似てたのかな〜。オオルリオサムシ思い出しちゃった」
思わぬエピソードを聞き、オレは恥ずかしくなってしまった。
「な、なるほどね。って、なんでオレのバイト先知ってたんだよ!言ったことあったっけ?」
照れたことを悟られないように、話題を変えてしまった。
「あったよ!いつだったっけな?ここのコンビニでバイトしてるから、休みの日しか付き合えないんだよな〜って言ってたことがあった!オレ、割と記憶力いいからさ。それで、さっきこっち帰ってきて、そのままカブトのところに来たってわけ!」
そのまま来てくれた事実に、オレはものすごく嬉しくなった。
「だからこんなに大荷物なんだな。どうだったんだよ、島は」
「すごかったぞー!南の島に行ったんだけど、そこ特有の虫がたくさんいて」
そう言ってスマホを取り出し、見せてくれたカメラロールは相変わらずピンボケの写真ばかりだが、ちょっと待ってなと上手く撮れた写真を探すために送る新藤の指の動きがとてもかわいいなと思ってしまった。そしてそう思ったのなんで?と再び頭がはてなマークを発生させたところで、
「これとか!」
と言った新藤の言葉でそのはてなマークは飛んで行った。新藤が見せてくれた写真には、とても大きな蝶が写っていた。
「わお!これはなんというか、大きくてなんか奇妙だな」
それを聞いて新藤が笑う。
「確かに奇妙だよな。本物は本当に奇妙だったぞ。ちなみにこれは蛾!デカいし、なんか暗示をかけられてるみたいだった。でもとってもキレイだった」
うっとりした目を空に向ける新藤の目には、この蛾がヒラヒラ飛んでいる姿が浮かんでいるのだろうか。その瞳の奥に映る虫たちが、羨ましいなと思ってしまった。
「そうだった!それで!」
とオレの方をバッと向いた。
「カブトの連絡先教えてよ!」
そう言った新藤のその瞳にはオレがしっかり写っているようで、素直に嬉しくなった。
「オレも夏休みに入って、新藤の連絡先知らないなって気づいたんだよ。交換できてよかった」
無事に互いの連絡先を登録したあとオレがそう言うと、だよなー!と新藤が笑った。
「じゃあ、もう目的達成したし、帰るわ。夏休み時間合うときに、また一緒に虫の観察しようぜ!」
小さくなるまで大きな荷物を持った新藤を見送った。その後ろ姿を見て、あんな大荷物で、そのままやってきてくれた事実に改めて胸が温かくなるのを感じた。
「そう言えば新藤のお父さんって、なんか研究してるのか?」
連絡先を交換してから、たまに新藤から虫活の誘いが来るようになった。今日は夏休みだし、せっかくだからと、電車に乗って少し遠くの虫スポットへやってきた。
「言ってなかったっけ?オレの父さん大学の教授なんだよ。虫の研究してるんだ。ま〜父さんは虫全般じゃなくて、主に鳴く虫を研究してるんだ」
「へ〜そうだったんだ。知らなかったや。で、今日はどんな虫が目当てとかあるの?」
オレがそう言っても返事がなく、不思議に思って新藤の方を見ると、オレを見つめて目をパチパチさせていた。
「新藤どうかしたのか?」
それから新藤は首を横に振り、
「なんでもないよ。今日はツノゼミ探したいなって思ってるんだ」
といつもの笑顔で教えてくれた。セミというもんだから、よく木についているクマゼミとかミンミンゼミとかをイメージしていたら全く違った。とても小さいその虫を、新藤はカゴにいれて連れてきてくれた。そもそもツノゼミは、見た目がセミに似ているだけでセミの仲間ではなく、カメムシの仲間とのことだった。今日見つけたツノゼミはマルツノゼミといって、5mmくらいしかない、とても小さいかわいらしい虫だった。こんなに小さくても写真撮れるかな?と心配だったが、最近のスマホのカメラ機能は本当に素晴らしく、しっかり表情まで写すことができた。カゴから外へ返すとき、新藤が指にツノゼミを乗せた。その姿をみて、オレは思わず自分のスマホのシャッターを切っていた。
「え、カブト、何写してんだよー!」
「めっちゃいい写真撮れた!」
理由は分からないから、そう言ってごまかした。
新藤に会ってからの夏休みは瞬く間に過ぎていった。部屋のカレンダーを見ると、気づいたら二学期が翌週に迫っていたから驚いた。
ポン
スマホが鳴った。新藤からだった。
『明日暇?時間あったら、付き合ってほしいところがあるんだけど』
いつも当日に、今暇?という連絡がくるもんだから、前日にこういう連絡が来て驚いた。
『明日大丈夫だよ』
そう送るとすぐに新藤からかわいくデフォルメされたカメムシがありがとうと言ってるスタンプと、待ち合わせ場所と時間の書かれたメッセージが送られてきた。明日、どんな用事なんだろう?どうせいつもの虫活だろうなとは思ったものの、いつもと違う誘いにほんの少しドキドキして寝つきが悪かった。
翌日、指定された場所に行くと、そこには虫とり網とカゴを持っていない新藤がいた。
「カブト、今日はよろしく!」
と勢いよく言われ、その見慣れない姿に戸惑ったオレに気づいた新藤が、どうかしたか?と聞いてきた。
「いや、虫取り網とカゴを持ってない新藤を初めてみた気がする」
素直にそういうと、確かにそうかもな!と言って笑われてしまった。到着!と案内された場所は市街地のショッピングセンターだった。そこで何をするのか、はは〜んここで昆虫展でもやってるんだなと思っていたら、
「実は今日、母さんの誕生日でさ。プレゼント選びに付き合って欲しい」
と言って、目の前で両手をパンッと合わせた。
「え?誕生日プレゼント?あ、だから虫カゴとか持ってないんだ。って、え?オレ、役に立つかな〜」
ハッキリ言って自信がない。実の母の誕生日プレゼントもまともにあげた記憶がないのだ。
「大丈夫だよ!カブトなら!オレすぐ虫系のものに目がいっちゃうから、それを制して目的に戻してくれるだけで助かる!だから、頼む!」
その気迫に押され、分かったと言うと、一生恩にきるよ!と大袈裟に感謝されてしまった。
ショッピングセンターは平日だけど、それなりに賑わっていて、夏休みだからオレらのような学生の姿もよく見かけた。たくさんのテナントから、新藤は虫関連のグッズをすごい勢いで探し当てていた。しかし自分でも言っていただけあって、それ以外は何も目に入っていないようで、だからオレはダメなんだ〜と頭を抱えているのがおもしろかった。そしてそんな新藤を隣に、オレは頭をフル回転させた。
「新藤のお母さんって、好きなものとか、好きな色とか、欲しがってるものとかないか分かる?」
「う〜ん、ウチの母さんとそんな話したことないんだよなー。いつも虫の話ばっかだし」
新藤が母親に虫の話を熱弁している様子が目に浮かぶ。
「じゃあさ、身につけてるもので大事にしてるものとか、新藤が覚えてるものとかない?」
う〜んと言って、長考に入った。その間、オレはどんなものがあるだろうかとディスプレイに目を向ける。少ししてから、あ!と声を出した新藤が有力な情報を話してくれた。
「うちの母さん、最近から老眼鏡デビューしてさ。まずは100均のからとかって使ってるんだけど、ほら老眼鏡ってずっとかけてないだろう?そこで、ケースも買った方が良かったかな〜とか言ってたんだよ!だから、メガネケースなんていいかもしんない!」
「よし、じゃあ、それにしよう!」
2人で雑貨屋さんを巡り、新藤がこれいいかもといったパステルカラーの黄緑色のメガネケースを購入した。
それから2人で、アイスを食べた。新藤が食べたアイスはミントチョコとストロベリーで、それすら虫に見え、それを伝えると、
「さすがにオレでもまだ昆虫食はしたことないな。気にはなるけど、好きだから手を出せないというかなんというか」と
真剣に悩んでいたので笑ってしまった。帰り際、今日はありがとうと新藤が何か丸いものを手渡してきた。手の中を覗くと、そこにはトイカプセルがあって、その中には虫のキーホルダーが入っていた。
「さっきカブトがトイレ行ってる間に、近くのガチャガチャ見てたら見つけてやったんだ。そしたらカブトムシが取れたから、オレ嬉しくなっちゃって、これカブトにあげるな!」
「……ありがとう。オレ、これ嬉しい」
手のひらに乗ったカブトムシのキーホルダーを見つめる。
「そうか、それは良かった!今日は本当にありがとう。じゃあ、次はもう学校でなー!」
そう言って帰る新藤の後ろ姿を見て、オレは新藤のことが好きになっていることにようやく気づいた。手の中のカブトムシに目を遣ると、カブトこれからどうするんだい?と訴えかけているような眼差しをオレに送ってくる。
高校生になって初めての夏休みが始まった。夏休みはバイトの時間がいつもより伸び、昼間から勤務に入ることも増えた。バイトが休みの日は家でダラダラしたり、一朗が部活のない日は一緒に遊んだりしながら過ごしていた。夏休みに入って気づいたのだが、オレは新藤の連絡先を知らない。交換した記憶もなければ、やりとりした記憶もないから当たり前だ。いつも学校帰りそのまま虫活に行っていたので、連絡をとるタイミングがなかったのだ。虫の写真だって、全部新藤のスマホで撮っていたし。セミの声を聞いたり、コンビニの電気に集まる虫なんかを見ると、新藤の顔が浮かんでくる。アイツ、オレが写真撮ってやらなくても大丈夫なのかな?まあ今までも1人でやってたんだろうし、大丈夫か。朝虫除けスプレーを塗るたび目に入る新藤からもらった虫除けオイルを見て、少し寂しいような気持ちになりながら、バイトや遊びに気持ちを傾けていった。それでもたまに、新藤がいそうな公園を覗いてみたりしたが、新藤を見かけることはなかった。
「あんた夏休みバイトばっかだけど、あの虫の友だちと遊んだりしないの?」
バイトが休みの日に、ボーッとテレビを見ているオレを見かねて母が聞いてきた。
「アイツの連絡先も知らないんだよな。ってかさ、母さん、オレってなんでこんなに虫嫌いなの?生まれつき?」
そういえば、気づいたときには虫から逃げる日々を送っていたから気にしていなかったが、オレの虫嫌いはいつからなのだろうと最近気になっていたのだ。
「生まれつきなわけないでしょう。むしろ、虫大好きだったよカブトは。さすがカブト!って思ったもんね。あんたが3歳くらいのときかな〜虫好きすぎて、よく虫に手を出してたのね。そしたら、同じ日に、まずはアリに噛まれて、次は毛虫触ってかぶれて、そのあとクワガタに指挟まれて、極め付けは蜂に刺されたのよ!それから、イヤ〜ってなった気がするわ。確か」
え?!とても意外だった。生まれつきもしくは前世から虫がキライなんだろうと思っていたら、小さいときは大好きだったなんて。
「え?オレ、虫好きだったの?」
「そうよ!あ、写真もあるよ!」
そういって母がアルバムを取ってきてくれた。その中には、セミを捕まえた笑顔のオレや、青虫にツンツンしているオレの写真がしっかりとあった。
「オレ、こんなに虫好きだったんだ」
「そうよ!それが今や、毎朝虫除けスプレーだもんね〜。でも今虫の友だちとかできたんでしょ?少しは平気になってきてるんじゃない?家でも前より蚊とか蝿で騒がないし。いい友だちできてよかったね〜」
母にそう言われ、新藤を思い浮かべる。新藤、夏休みも黙々と虫活してるのかな?してるんだろうな。オレも一緒に……。ん?!一緒になんて思ったんだ?虫活は誘われていくもんで、オレから行きたいなんて考えたことなかったのに。
「カブトなんか顔赤くない?大丈夫?」
アルバムを見ていた母がオレの顔をみてそう言ったので、なんだか恥ずかしくなって、大丈夫と言いながら慌てて部屋へ戻った。
夏休みが始まって2週間が過ぎた頃、いつも通りコンビニで働いていると店内に大荷物を持った新藤が入ってきた。
「カブト!久しぶり!元気だった?」
進藤はまっすぐオレの方にやってきた。そして日に焼けた新藤はなんともなかったような(実際なんにもないのだけど)いつものテンションで話しかけてきた。オレはこの状況に混乱してしまい、え、え?とひとしきり狼狽えたあと、
「元気だったよ」
と答えた。そう言った後、こんなことが言いたいわけではないのにと頭を動かし、じゃあどんなことが言いたかったんだ?と頭に問われて、とても不思議な気持ちになったところで、一旦落ち着いた。
「それは良かった。オレさ、父さんの研究にくっついて南の島に虫の観察に行ってきたんだ。そこで色んな虫を見つけて、カブトに教えたいって思ったら、オレカブトの連絡先知らないのに気づいてさ。カブト、オレに連絡先教えてよ」
そう言われて、心から喜んでいる自分がいることに気づいた。そこで、ピンポンピンポンとお客さんが入ってきた音楽がなり、今がバイト中だと思い出す。
「あと15分で上がりだから、ちょっと待てる?」
「分かった!じゃあ、外で待ってるね」
新藤が自動ドアの外に出ていったあとの15分は、今まで体感したことのないくらい長い15分だった。チキンを揚げるタイマー、壊れてるのでは?と何度も見に行ったくらいだ。
「おまたせー!ごめんな、待たせて」
新藤はコンビニの電気に集まる虫を眺めていた。
「全然!こっちこそ急に来ちゃってごめんな。ってか、カブトのコンビニ店員かっこよかった!」
久しぶりの新藤の笑顔と、かっこいいなんて言われて、胸がギュッとなった。
「なんか、オオルリオサムシみたいだった!」
「オオ……?なんだって?」
「オオルリオサムシ!」
新藤はスマホで検索して、その虫の画像を見せてくれた。
「確かに光っててかっこいいけど、制服の色で言ってないか?」
その虫は、何色かあるようで、新藤がこっちのほうと見せてくれたのは、制服と同じ藍色がかった虫だったのだ。
「え?あ〜、確かに制服の色はあるかもしんないけど、それだけじゃなくって。昔、虫探してたときにこの虫がパッと出てきたことがあって。今まで見たことない色でキレイに光ってて、すごく驚いたんだよ。でさ、コンビニに入って、商品の棚とかの間からカブト見つけたときも、光ってたわけじゃないけど、本物のカブトだ〜って嬉しくて驚いたんだ。その感覚が似てたのかな〜。オオルリオサムシ思い出しちゃった」
思わぬエピソードを聞き、オレは恥ずかしくなってしまった。
「な、なるほどね。って、なんでオレのバイト先知ってたんだよ!言ったことあったっけ?」
照れたことを悟られないように、話題を変えてしまった。
「あったよ!いつだったっけな?ここのコンビニでバイトしてるから、休みの日しか付き合えないんだよな〜って言ってたことがあった!オレ、割と記憶力いいからさ。それで、さっきこっち帰ってきて、そのままカブトのところに来たってわけ!」
そのまま来てくれた事実に、オレはものすごく嬉しくなった。
「だからこんなに大荷物なんだな。どうだったんだよ、島は」
「すごかったぞー!南の島に行ったんだけど、そこ特有の虫がたくさんいて」
そう言ってスマホを取り出し、見せてくれたカメラロールは相変わらずピンボケの写真ばかりだが、ちょっと待ってなと上手く撮れた写真を探すために送る新藤の指の動きがとてもかわいいなと思ってしまった。そしてそう思ったのなんで?と再び頭がはてなマークを発生させたところで、
「これとか!」
と言った新藤の言葉でそのはてなマークは飛んで行った。新藤が見せてくれた写真には、とても大きな蝶が写っていた。
「わお!これはなんというか、大きくてなんか奇妙だな」
それを聞いて新藤が笑う。
「確かに奇妙だよな。本物は本当に奇妙だったぞ。ちなみにこれは蛾!デカいし、なんか暗示をかけられてるみたいだった。でもとってもキレイだった」
うっとりした目を空に向ける新藤の目には、この蛾がヒラヒラ飛んでいる姿が浮かんでいるのだろうか。その瞳の奥に映る虫たちが、羨ましいなと思ってしまった。
「そうだった!それで!」
とオレの方をバッと向いた。
「カブトの連絡先教えてよ!」
そう言った新藤のその瞳にはオレがしっかり写っているようで、素直に嬉しくなった。
「オレも夏休みに入って、新藤の連絡先知らないなって気づいたんだよ。交換できてよかった」
無事に互いの連絡先を登録したあとオレがそう言うと、だよなー!と新藤が笑った。
「じゃあ、もう目的達成したし、帰るわ。夏休み時間合うときに、また一緒に虫の観察しようぜ!」
小さくなるまで大きな荷物を持った新藤を見送った。その後ろ姿を見て、あんな大荷物で、そのままやってきてくれた事実に改めて胸が温かくなるのを感じた。
「そう言えば新藤のお父さんって、なんか研究してるのか?」
連絡先を交換してから、たまに新藤から虫活の誘いが来るようになった。今日は夏休みだし、せっかくだからと、電車に乗って少し遠くの虫スポットへやってきた。
「言ってなかったっけ?オレの父さん大学の教授なんだよ。虫の研究してるんだ。ま〜父さんは虫全般じゃなくて、主に鳴く虫を研究してるんだ」
「へ〜そうだったんだ。知らなかったや。で、今日はどんな虫が目当てとかあるの?」
オレがそう言っても返事がなく、不思議に思って新藤の方を見ると、オレを見つめて目をパチパチさせていた。
「新藤どうかしたのか?」
それから新藤は首を横に振り、
「なんでもないよ。今日はツノゼミ探したいなって思ってるんだ」
といつもの笑顔で教えてくれた。セミというもんだから、よく木についているクマゼミとかミンミンゼミとかをイメージしていたら全く違った。とても小さいその虫を、新藤はカゴにいれて連れてきてくれた。そもそもツノゼミは、見た目がセミに似ているだけでセミの仲間ではなく、カメムシの仲間とのことだった。今日見つけたツノゼミはマルツノゼミといって、5mmくらいしかない、とても小さいかわいらしい虫だった。こんなに小さくても写真撮れるかな?と心配だったが、最近のスマホのカメラ機能は本当に素晴らしく、しっかり表情まで写すことができた。カゴから外へ返すとき、新藤が指にツノゼミを乗せた。その姿をみて、オレは思わず自分のスマホのシャッターを切っていた。
「え、カブト、何写してんだよー!」
「めっちゃいい写真撮れた!」
理由は分からないから、そう言ってごまかした。
新藤に会ってからの夏休みは瞬く間に過ぎていった。部屋のカレンダーを見ると、気づいたら二学期が翌週に迫っていたから驚いた。
ポン
スマホが鳴った。新藤からだった。
『明日暇?時間あったら、付き合ってほしいところがあるんだけど』
いつも当日に、今暇?という連絡がくるもんだから、前日にこういう連絡が来て驚いた。
『明日大丈夫だよ』
そう送るとすぐに新藤からかわいくデフォルメされたカメムシがありがとうと言ってるスタンプと、待ち合わせ場所と時間の書かれたメッセージが送られてきた。明日、どんな用事なんだろう?どうせいつもの虫活だろうなとは思ったものの、いつもと違う誘いにほんの少しドキドキして寝つきが悪かった。
翌日、指定された場所に行くと、そこには虫とり網とカゴを持っていない新藤がいた。
「カブト、今日はよろしく!」
と勢いよく言われ、その見慣れない姿に戸惑ったオレに気づいた新藤が、どうかしたか?と聞いてきた。
「いや、虫取り網とカゴを持ってない新藤を初めてみた気がする」
素直にそういうと、確かにそうかもな!と言って笑われてしまった。到着!と案内された場所は市街地のショッピングセンターだった。そこで何をするのか、はは〜んここで昆虫展でもやってるんだなと思っていたら、
「実は今日、母さんの誕生日でさ。プレゼント選びに付き合って欲しい」
と言って、目の前で両手をパンッと合わせた。
「え?誕生日プレゼント?あ、だから虫カゴとか持ってないんだ。って、え?オレ、役に立つかな〜」
ハッキリ言って自信がない。実の母の誕生日プレゼントもまともにあげた記憶がないのだ。
「大丈夫だよ!カブトなら!オレすぐ虫系のものに目がいっちゃうから、それを制して目的に戻してくれるだけで助かる!だから、頼む!」
その気迫に押され、分かったと言うと、一生恩にきるよ!と大袈裟に感謝されてしまった。
ショッピングセンターは平日だけど、それなりに賑わっていて、夏休みだからオレらのような学生の姿もよく見かけた。たくさんのテナントから、新藤は虫関連のグッズをすごい勢いで探し当てていた。しかし自分でも言っていただけあって、それ以外は何も目に入っていないようで、だからオレはダメなんだ〜と頭を抱えているのがおもしろかった。そしてそんな新藤を隣に、オレは頭をフル回転させた。
「新藤のお母さんって、好きなものとか、好きな色とか、欲しがってるものとかないか分かる?」
「う〜ん、ウチの母さんとそんな話したことないんだよなー。いつも虫の話ばっかだし」
新藤が母親に虫の話を熱弁している様子が目に浮かぶ。
「じゃあさ、身につけてるもので大事にしてるものとか、新藤が覚えてるものとかない?」
う〜んと言って、長考に入った。その間、オレはどんなものがあるだろうかとディスプレイに目を向ける。少ししてから、あ!と声を出した新藤が有力な情報を話してくれた。
「うちの母さん、最近から老眼鏡デビューしてさ。まずは100均のからとかって使ってるんだけど、ほら老眼鏡ってずっとかけてないだろう?そこで、ケースも買った方が良かったかな〜とか言ってたんだよ!だから、メガネケースなんていいかもしんない!」
「よし、じゃあ、それにしよう!」
2人で雑貨屋さんを巡り、新藤がこれいいかもといったパステルカラーの黄緑色のメガネケースを購入した。
それから2人で、アイスを食べた。新藤が食べたアイスはミントチョコとストロベリーで、それすら虫に見え、それを伝えると、
「さすがにオレでもまだ昆虫食はしたことないな。気にはなるけど、好きだから手を出せないというかなんというか」と
真剣に悩んでいたので笑ってしまった。帰り際、今日はありがとうと新藤が何か丸いものを手渡してきた。手の中を覗くと、そこにはトイカプセルがあって、その中には虫のキーホルダーが入っていた。
「さっきカブトがトイレ行ってる間に、近くのガチャガチャ見てたら見つけてやったんだ。そしたらカブトムシが取れたから、オレ嬉しくなっちゃって、これカブトにあげるな!」
「……ありがとう。オレ、これ嬉しい」
手のひらに乗ったカブトムシのキーホルダーを見つめる。
「そうか、それは良かった!今日は本当にありがとう。じゃあ、次はもう学校でなー!」
そう言って帰る新藤の後ろ姿を見て、オレは新藤のことが好きになっていることにようやく気づいた。手の中のカブトムシに目を遣ると、カブトこれからどうするんだい?と訴えかけているような眼差しをオレに送ってくる。

