【緑に囲まれた山の上。満天の星空の下。柔らかい風が二人の頬を撫でている】
*馬場は真っ直ぐに颯の顔を見つめた*
馬場:颯、俺の彼氏になってください
*獅子倉、黙って馬場を見つめる。手を繋いだまま、二人ともの心音が大きくなっていく。
無言の状態が続く。
獅子倉が握っている手に力を込める。馬場を引き寄せ、抱きしめる。
馬場の頬が、獅子倉の肩に触れた。
馬場は目を閉じ、獅子倉の背に腕を回す。
星が瞬く空の下、二人は互いの心音と体温を確かめ合う。
磁石みたいに離れられない。
次に目を合わせた時、獅子倉の瞳からは馬場への愛が溢れていて、星よりも輝いていた*
馬場:(キラキラだ)
*獅子倉の顔が近づいてくる。目を閉じる前に、コツンと額がぶつかった。鼻先が触れ合い、吐息が掛かる距離で、獅子倉が迷っているのを感じる。
きっと、昨日馬場が拒否したからだ。
馬場は抱きしめる腕に力を込めた。
自分が言わなければ、と震える唇を動かす*
馬場:キス、していいか?
獅子倉:こっちのセリフとるな。かっこわるいだろ
*泣きそうな、嬉しそうな表情の獅子倉。笑い合って、二人とも目を閉じる。
顔を寄せて、そっと口付けあった*
【二人は星空を見上げながら、地べたに座っている】
獅子倉:夢みたいだ
*馬場の手に自分の手を乗せて、獅子倉はしみじみと呟いた。馬場は口元がにやけるのを抑えきれないまま、獅子倉の肩に頭を乗せる*
馬場:そんなに?
獅子倉:俺の人生、お前への片想いでできてるんだぞ
*甘く囁きながら、獅子倉は馬場の頭に頭を擦り寄せてくる。馬場は「ふは」と笑ってしまう*
馬場:大げさ
*獅子倉の体温を感じながら、馬場は目を細めた*
馬場:こっからは両思いの人生だな
獅子倉:幸せ
*言葉通り幸せそうな獅子倉の声。馬場は顔が見たくなって、寄せ合っていた頭を離す*
馬場:......なんか、わかった
獅子倉:なにが
*不思議そうな獅子倉の顔。馬場はポフンと獅子倉の頭に手を置いた*
馬場:雀野が郷里を「かわいいかわいい」って言ってた気持ち
獅子倉:俺、かわいい?
*素直に頭を撫でられてくれる獅子倉に、心がモゾモゾして温かくなる馬場。ギュッと首に抱きつく*
馬場:かわいい。かわいい! 俺の颯、かわいい!
獅子倉:お前の方がかわいい
*獅子倉が抱きしめ返してくる。ゆったりと頭を撫でられて、馬場は心地よくて目を閉じる。そうすると、獅子倉をもっと近く感じられる気がする*
獅子倉:いつもキラキラして、笑顔でも泣き顔でもキレ顔でも間抜け面でも......全部好きだ
*髪に口付けてくる獅子倉。馬場は顔を上げて唇を寄せる*
馬場:俺も、颯の全部が好きだよ
*唇が触れるか触れないかのところで伝えると、返事をするようにキスされる*
馬場:(幸せだ......ずっと)
獅子倉:ずっと、こうしてたいな
*心を読まれたのかと驚く間もなく、獅子倉はまた口付けてきた*
【別の日の放課後。ハンバーガー屋。学生の溜まり場になっていて賑わっている】
*四人掛けのテーブルに、馬場、獅子倉、雀野、郷里が座っている。顔をテーブルの中央に集めてヒソヒソ声で話していたが、馬場がのけぞって声を上げる*
馬場:え! 最初から知ってたのか!?
*周囲はざわざわしているので誰も気にしていない*
雀野:最初からっていうか......初めてダブルデートでここに来た日、お前が照れちゃってトイレいったろ?
*雀野は頬を掻きながらへらりと笑う。
馬場は目線を上に上げて、記憶を探る。
初めてダブルデートした日、髪にキスしてきた獅子倉のレンタル彼氏っぷりに狼狽し、恥ずかしさを誤魔化すためにトイレに行ったことを思い出す。
今思い出しても恥ずかしくて、馬場は口元を覆って相槌を打つ*
馬場:あー......
雀野:その間に。な?
*居心地悪げに背もたれに体を預けた獅子倉に、ニヤリと目配せする雀野*
【回想。初デート、同じハンバーガー屋】
*馬場が席を立ったのを見送った獅子倉は、背筋を伸ばす。雀野と郷里に真剣な目を向けた*
獅子倉:あのさ、実は俺とコウが付き合ってるっての嘘なんだ
雀野:う、嘘?
*目を見開く雀野。獅子倉は膝に手を置いて頭を下げる*
獅子倉:申し訳ねぇ。コウのやつ、引っ込みつかなくなっちまったみたいで。俺に偽物の恋人役頼んできた
*静かに、真摯に謝る獅子倉*
雀野:そっか......
*雀野はしょんぼりと項垂れる。郷里は、雀野の頭を優しく撫でた*
郷里:獅子倉くん、話してくれてありがとう
雀野:俺、調子乗って馬場に嘘つかせちまった
*テーブルの上で拳を握り締め、泣きそうな表情の雀野*
*獅子倉は首を左右に振る*
獅子倉:そもそも見栄張ったあいつが悪い。ただ、悪気はなかったんだって知っといて欲しい。あいつ、恋人の演技すんの下手すぎるだろ。本格的にボロが出る前に伝えたかった
*真剣な表情の獅子倉。雀野と郷里は顔を見合わせる*
郷里:全然、気づかなかったよ
*驚いた声の郷里の横で、雀野はウンウンと忙しなく頷いた*
雀野:すげぇ自然だった。でも、恋人距離じゃなくて幼馴染距離だったんだな
*感心した声の雀野*
郷里:それに獅子倉くん......
*意味ありげな郷里の視線。獅子倉は無表情のまま、前髪を掻き上げる*
獅子倉:ま、お察しの通り......俺はあいつに惚れてるけど。関係を崩す勇気がなかったから......今回はちょっとラッキー......
*戻ってくる馬場に気がついて、優しく目を細める獅子倉*
【回想終了】
雀野:ってわけで、獅子倉の応援も兼ねてダブルデートに誘ったりしてたんだ
*雀野、フライドポテトを食べながら楽しそうに話を締めくくる。馬場、テーブルに突っ伏してため息を吐く*
馬場:俺だけなんも知らなかったのかよ
郷里:ごめんなぁ。嘘つかなくていいって伝えてあげれば良かったんだけど
*郷里は眉を八の字にして手のひらを合わせる。獅子倉はしれっとした顔でハンバーガーを食べた*
獅子倉:ダブルデートでレンタル彼氏させてもらうのが都合よすぎて。......おかげで意識してくれただろ?
*唇を片端だけ上げる獅子倉に見られて、顔が熱くなる馬場*
馬場:......ぐぬ......
*元はといえば自分の蒔いた種のため、言い返すこともできず頭を抱える*
獅子倉:幼稚園の時から好きとか、色々......俺は一つも嘘ついてねぇよ
馬場:恥ずかしいやつめ
*清々しい笑顔で追い討ちをかけてくる獅子倉。馬場はテーブルに突っ伏してしまう*
雀野:ごめんな馬場ー!絶対に脈ありだと思ったからさー
*悪びれなく軽い調子で言う雀野を、馬場はテーブルからジト目で睨み上げる*
馬場:お前なぁ
雀野:怖い顔ー!
*雀野、逃げるように郷里の背中に隠れるふりをする。でも、白い歯を見せて明るい笑顔である*
雀野:結果的によかっただろ?
馬場:............うん
*馬場、たっぷり間をとってから頷く。耳まで真っ赤*
獅子倉:素直
*獅子倉、馬場の赤い頬をツンツンとつっつく*
馬場:悔しい
*むむむ、と唇をへの字に曲げる馬場。ジュースのストローに口をつけ、ゴクゴクと飲む*
*フーッと一息ついてから、雀野と郷里を照れくさそうに見る馬場*
馬場:ありがとな。颯の協力してくれて
雀野:だろ? お前も、付き合えて幸せ!
*郷里の背中から完全に体を出し、声を弾ませる雀野。馬場は、はにかむように笑う*
馬場:そうだけど......それだけじゃなくて
*「幼稚園のころからずっと好き」「関係を崩す勇気が出ない」という獅子倉の言葉を思い出す。自分よりも、獅子倉の方がずっと長い時間悩んでくれていたんだと思う馬場*
馬場:颯の味方、してくれただろ。颯、心強かったと思う
*自然と優しい笑顔になる馬場の言葉に、三人は目を見開く。隣に座る獅子倉が、無言で馬場を抱きしめてきた*
馬場:な、なんだ!?
*馬場は驚き、目を瞬かせる。その様子を穏やかに見守る郷里が口を開いた*
郷里:馬場くんと獅子倉くん、相思相愛だなー
*柔らかく微笑む郷里に、馬場の頬が赤くなる*
馬場:へ
獅子倉:激メロ彼氏だからな
*獅子倉、真顔で宣言。馬場は顔が引き攣ってしまう*
馬場:何言ってんだお前
郷里:俺たちも負けてられないな
*郷里が雀野に笑いかけると、雀野は満面の笑みで郷里の腰に抱きつく*
雀野:なんだそれなんだそれー! 俺の郷里、世界一かわいい!
獅子倉:コウ
*雀野と郷里の仲睦まじい様子をチラ見して、獅子倉がじっと見つめてくる。馬場は獅子倉が「かわいい」と言って欲しいことを察して、コホンと咳払いする*
馬場:は、颯......
獅子倉:うん
*輝いて見える獅子倉の顔。馬場は頬を赤く染め、目を閉じて顔を背けた*
馬場:............さすがに人前じゃ無理
獅子倉:俺の彼氏照れ屋でメロい
*獅子倉、淡々としているがどこか嬉しそう。馬場は照れた顔のままツッコむ*
馬場:メロいって言いたいだけだろお前
雀野:俺の彼氏もメロいーメロメロ
*郷里の胸に顔を埋めて満足そうな雀野。馬場は苦笑した*
馬場:舐めてるみたいになってるぞ
郷里:かわいいからなんでもいいや
*ニコニコと雀野の頭を撫でて甘やかす郷里。馬場はつられてポンと獅子倉の頭に手を乗せた*
馬場:......ま、そうか
*和やかな四人の時間。またダブルデートしよう、と笑い合った*
【家の最寄駅から住宅街へと向かう2人。夕焼けで世界がオレンジ色。すれ違う人たちがいる】
*二人は肩が触れ合う距離。幼い頃からよく一緒に通った道を並んで歩きながら、馬場はオレンジ色の空を見上げる*
馬場:日が沈むの、早くなったよな
獅子倉:昼間は夏の暑さの癖にな
*淡々と答えながら、獅子倉はずっと馬場の横顔を見ている*
*獅子倉の視線に気づいた馬場、口角を上げる。コンコンと肩を当てる*
馬場:ねぇねぇ、ワタシまだ帰りたくないわ!
*ふざけて女の子のような口調で喋る馬場。獅子倉は肩を抱き寄せてくる*
獅子倉:イイトコ寄り道しますかお嬢さん
*ノリを合わせてくれる獅子倉と笑い合う。それから、スルリと獅子倉の腕から抜ける馬場。後頭部で指を組む*
馬場:二人になれる場所あるかなー
獅子倉:俺の部屋
*食い気味に即答する獅子倉*
馬場:ヤダ部屋に連れ込むなんて大胆ね?
*楽しげに小芝居する馬場。獅子倉、胸に手を当てて腰を折る*
獅子倉:邪な気持ちしかございませんので
馬場:はいアウトー
獅子倉:ダメかー
*二人とも淡々とした口調。さして残念そうでもなく、肩をすくめる獅子倉*
*ポンッと手を叩く馬場*
馬場:逆に俺の部屋くる? いっつもお前の方だし
獅子倉:お前の部屋、ぐちゃぐちゃで落ち着かねぇ
*獅子倉は手でバツを作り、フルフルと首を振る。馬場は足の踏み場もない自分の部屋を思い出し舌を出す*
馬場:片付けてくれてもいいんだぞ
獅子倉:せっかく片付けても、明日にはごちゃごちゃになってんだろ。嫌だよ
*獅子倉、真顔になってしまう。その通りなのである*
馬場:俺たち、一緒に暮らせなさそー
*苦笑しながら馬場が呟くと、獅子倉はパッと馬場の方を見る。上を向いたり下を向いたり腕を組んだりして唸り始めた*
獅子倉:......やっぱ俺がお前の部屋片付ける
*真面目な顔で獅子倉が出した結論に、馬場は笑ってしまう*
馬場:そこは「ちゃんと片付けられるようになれ」だろ。俺を甘やかしすぎだよホンモノ彼氏
獅子倉:レンタル彼氏がホンモノ彼氏に進化した
馬場:光太郎は、ホンモノ彼氏のために「部屋を片付ける」のスキルを覚えようと努力することを決めた
獅子倉:「スキルを覚えた」じゃねぇのかよ
馬場:修行しないと覚えられないスキルなんだよ
*ポンポンと言葉を投げかけ合い、二人は顔を見合わせて笑う*
*獅子倉、微笑みながら小さく息を吐く*
獅子倉:ま、その辺はゆっくりな
馬場:じゃあどうする?
*獅子倉は馬場の手に触れてくる*
獅子倉:このままもう少し、歩こうぜ
*二人の指が絡み合った*
獅子倉:手を繋いで
*夕焼けに照らされて、綺麗な獅子倉の顔。馬場はじっと見つめて、頷く*
*家への道を逸れて、しばらく歩く。よく遊んだ公園を見かけて、馬場は立ち止まった。幼稚園のころからレンタル彼氏を始めた頃までの思い出が蘇る*
馬場:幼稚園のころから俺のこと好きって、お前すごいな
*滑り台、砂場、ブランコとオーソドックスな遊具がある公園だ。敷地は木に囲まれている。二人は懐かしみながら歩く。薄暗くなってきたから、もう誰も遊んでいない*
獅子倉:そうか? ひたすら仲良く遊んでた相手を好きになるの、普通じゃね?
馬場:何回も喧嘩してたけどな
獅子倉:んー......そう言われりゃそうだな。喧嘩するほど仲がいいってやつか
*クスッと笑う獅子倉を見ながら、未だに恋人だなんて不思議だと馬場は思う。でも、もう幼なじみにも戻れない*
獅子倉:ま、仲良いやつは他にもいるけどな。お前だけは......ずっと特別だったんだよ
*獅子倉は公園の遊具を見ながら、噛み締めるように伝えてくる*
*トクンと胸が高鳴り、握った手にギュッと力を込める馬場*
馬場:......やっぱお前の部屋行くか
獅子倉:散歩は不満か?
*獅子倉、馬場を見下ろして首を傾げてくる*
*馬場は軽く首を振り、獅子倉を真っ直ぐに見上げた*
馬場:気兼ねなくキスがしたくなった
*言ってから少し恥ずかしくなったが、馬場は獅子倉から目を逸らさない。獅子倉は驚いた顔をして、それからたまらないと言うように口元を緩める*
獅子倉:お前......かわいいな
*木の影に馬場を引っ張る獅子倉。キョロキョロと周りに誰もいないのを確認してから、獅子倉は馬場の額に口付ける*
馬場:お前もな
*唇に弧を描く馬場。獅子倉の頬にキスを返す*
馬場:かわいい
獅子倉:敵わねぇ
*獅子倉、馬場を強く抱きしめる。馬場もギュッと抱きしめて頬を寄せた*
馬場:颯、大好きだ
獅子倉:俺も。ずっとずっと好きだ、コウ
*世界は紫に染まっていく。二人は木の影で、そっとキスをした*
おしまい
*馬場は真っ直ぐに颯の顔を見つめた*
馬場:颯、俺の彼氏になってください
*獅子倉、黙って馬場を見つめる。手を繋いだまま、二人ともの心音が大きくなっていく。
無言の状態が続く。
獅子倉が握っている手に力を込める。馬場を引き寄せ、抱きしめる。
馬場の頬が、獅子倉の肩に触れた。
馬場は目を閉じ、獅子倉の背に腕を回す。
星が瞬く空の下、二人は互いの心音と体温を確かめ合う。
磁石みたいに離れられない。
次に目を合わせた時、獅子倉の瞳からは馬場への愛が溢れていて、星よりも輝いていた*
馬場:(キラキラだ)
*獅子倉の顔が近づいてくる。目を閉じる前に、コツンと額がぶつかった。鼻先が触れ合い、吐息が掛かる距離で、獅子倉が迷っているのを感じる。
きっと、昨日馬場が拒否したからだ。
馬場は抱きしめる腕に力を込めた。
自分が言わなければ、と震える唇を動かす*
馬場:キス、していいか?
獅子倉:こっちのセリフとるな。かっこわるいだろ
*泣きそうな、嬉しそうな表情の獅子倉。笑い合って、二人とも目を閉じる。
顔を寄せて、そっと口付けあった*
【二人は星空を見上げながら、地べたに座っている】
獅子倉:夢みたいだ
*馬場の手に自分の手を乗せて、獅子倉はしみじみと呟いた。馬場は口元がにやけるのを抑えきれないまま、獅子倉の肩に頭を乗せる*
馬場:そんなに?
獅子倉:俺の人生、お前への片想いでできてるんだぞ
*甘く囁きながら、獅子倉は馬場の頭に頭を擦り寄せてくる。馬場は「ふは」と笑ってしまう*
馬場:大げさ
*獅子倉の体温を感じながら、馬場は目を細めた*
馬場:こっからは両思いの人生だな
獅子倉:幸せ
*言葉通り幸せそうな獅子倉の声。馬場は顔が見たくなって、寄せ合っていた頭を離す*
馬場:......なんか、わかった
獅子倉:なにが
*不思議そうな獅子倉の顔。馬場はポフンと獅子倉の頭に手を置いた*
馬場:雀野が郷里を「かわいいかわいい」って言ってた気持ち
獅子倉:俺、かわいい?
*素直に頭を撫でられてくれる獅子倉に、心がモゾモゾして温かくなる馬場。ギュッと首に抱きつく*
馬場:かわいい。かわいい! 俺の颯、かわいい!
獅子倉:お前の方がかわいい
*獅子倉が抱きしめ返してくる。ゆったりと頭を撫でられて、馬場は心地よくて目を閉じる。そうすると、獅子倉をもっと近く感じられる気がする*
獅子倉:いつもキラキラして、笑顔でも泣き顔でもキレ顔でも間抜け面でも......全部好きだ
*髪に口付けてくる獅子倉。馬場は顔を上げて唇を寄せる*
馬場:俺も、颯の全部が好きだよ
*唇が触れるか触れないかのところで伝えると、返事をするようにキスされる*
馬場:(幸せだ......ずっと)
獅子倉:ずっと、こうしてたいな
*心を読まれたのかと驚く間もなく、獅子倉はまた口付けてきた*
【別の日の放課後。ハンバーガー屋。学生の溜まり場になっていて賑わっている】
*四人掛けのテーブルに、馬場、獅子倉、雀野、郷里が座っている。顔をテーブルの中央に集めてヒソヒソ声で話していたが、馬場がのけぞって声を上げる*
馬場:え! 最初から知ってたのか!?
*周囲はざわざわしているので誰も気にしていない*
雀野:最初からっていうか......初めてダブルデートでここに来た日、お前が照れちゃってトイレいったろ?
*雀野は頬を掻きながらへらりと笑う。
馬場は目線を上に上げて、記憶を探る。
初めてダブルデートした日、髪にキスしてきた獅子倉のレンタル彼氏っぷりに狼狽し、恥ずかしさを誤魔化すためにトイレに行ったことを思い出す。
今思い出しても恥ずかしくて、馬場は口元を覆って相槌を打つ*
馬場:あー......
雀野:その間に。な?
*居心地悪げに背もたれに体を預けた獅子倉に、ニヤリと目配せする雀野*
【回想。初デート、同じハンバーガー屋】
*馬場が席を立ったのを見送った獅子倉は、背筋を伸ばす。雀野と郷里に真剣な目を向けた*
獅子倉:あのさ、実は俺とコウが付き合ってるっての嘘なんだ
雀野:う、嘘?
*目を見開く雀野。獅子倉は膝に手を置いて頭を下げる*
獅子倉:申し訳ねぇ。コウのやつ、引っ込みつかなくなっちまったみたいで。俺に偽物の恋人役頼んできた
*静かに、真摯に謝る獅子倉*
雀野:そっか......
*雀野はしょんぼりと項垂れる。郷里は、雀野の頭を優しく撫でた*
郷里:獅子倉くん、話してくれてありがとう
雀野:俺、調子乗って馬場に嘘つかせちまった
*テーブルの上で拳を握り締め、泣きそうな表情の雀野*
*獅子倉は首を左右に振る*
獅子倉:そもそも見栄張ったあいつが悪い。ただ、悪気はなかったんだって知っといて欲しい。あいつ、恋人の演技すんの下手すぎるだろ。本格的にボロが出る前に伝えたかった
*真剣な表情の獅子倉。雀野と郷里は顔を見合わせる*
郷里:全然、気づかなかったよ
*驚いた声の郷里の横で、雀野はウンウンと忙しなく頷いた*
雀野:すげぇ自然だった。でも、恋人距離じゃなくて幼馴染距離だったんだな
*感心した声の雀野*
郷里:それに獅子倉くん......
*意味ありげな郷里の視線。獅子倉は無表情のまま、前髪を掻き上げる*
獅子倉:ま、お察しの通り......俺はあいつに惚れてるけど。関係を崩す勇気がなかったから......今回はちょっとラッキー......
*戻ってくる馬場に気がついて、優しく目を細める獅子倉*
【回想終了】
雀野:ってわけで、獅子倉の応援も兼ねてダブルデートに誘ったりしてたんだ
*雀野、フライドポテトを食べながら楽しそうに話を締めくくる。馬場、テーブルに突っ伏してため息を吐く*
馬場:俺だけなんも知らなかったのかよ
郷里:ごめんなぁ。嘘つかなくていいって伝えてあげれば良かったんだけど
*郷里は眉を八の字にして手のひらを合わせる。獅子倉はしれっとした顔でハンバーガーを食べた*
獅子倉:ダブルデートでレンタル彼氏させてもらうのが都合よすぎて。......おかげで意識してくれただろ?
*唇を片端だけ上げる獅子倉に見られて、顔が熱くなる馬場*
馬場:......ぐぬ......
*元はといえば自分の蒔いた種のため、言い返すこともできず頭を抱える*
獅子倉:幼稚園の時から好きとか、色々......俺は一つも嘘ついてねぇよ
馬場:恥ずかしいやつめ
*清々しい笑顔で追い討ちをかけてくる獅子倉。馬場はテーブルに突っ伏してしまう*
雀野:ごめんな馬場ー!絶対に脈ありだと思ったからさー
*悪びれなく軽い調子で言う雀野を、馬場はテーブルからジト目で睨み上げる*
馬場:お前なぁ
雀野:怖い顔ー!
*雀野、逃げるように郷里の背中に隠れるふりをする。でも、白い歯を見せて明るい笑顔である*
雀野:結果的によかっただろ?
馬場:............うん
*馬場、たっぷり間をとってから頷く。耳まで真っ赤*
獅子倉:素直
*獅子倉、馬場の赤い頬をツンツンとつっつく*
馬場:悔しい
*むむむ、と唇をへの字に曲げる馬場。ジュースのストローに口をつけ、ゴクゴクと飲む*
*フーッと一息ついてから、雀野と郷里を照れくさそうに見る馬場*
馬場:ありがとな。颯の協力してくれて
雀野:だろ? お前も、付き合えて幸せ!
*郷里の背中から完全に体を出し、声を弾ませる雀野。馬場は、はにかむように笑う*
馬場:そうだけど......それだけじゃなくて
*「幼稚園のころからずっと好き」「関係を崩す勇気が出ない」という獅子倉の言葉を思い出す。自分よりも、獅子倉の方がずっと長い時間悩んでくれていたんだと思う馬場*
馬場:颯の味方、してくれただろ。颯、心強かったと思う
*自然と優しい笑顔になる馬場の言葉に、三人は目を見開く。隣に座る獅子倉が、無言で馬場を抱きしめてきた*
馬場:な、なんだ!?
*馬場は驚き、目を瞬かせる。その様子を穏やかに見守る郷里が口を開いた*
郷里:馬場くんと獅子倉くん、相思相愛だなー
*柔らかく微笑む郷里に、馬場の頬が赤くなる*
馬場:へ
獅子倉:激メロ彼氏だからな
*獅子倉、真顔で宣言。馬場は顔が引き攣ってしまう*
馬場:何言ってんだお前
郷里:俺たちも負けてられないな
*郷里が雀野に笑いかけると、雀野は満面の笑みで郷里の腰に抱きつく*
雀野:なんだそれなんだそれー! 俺の郷里、世界一かわいい!
獅子倉:コウ
*雀野と郷里の仲睦まじい様子をチラ見して、獅子倉がじっと見つめてくる。馬場は獅子倉が「かわいい」と言って欲しいことを察して、コホンと咳払いする*
馬場:は、颯......
獅子倉:うん
*輝いて見える獅子倉の顔。馬場は頬を赤く染め、目を閉じて顔を背けた*
馬場:............さすがに人前じゃ無理
獅子倉:俺の彼氏照れ屋でメロい
*獅子倉、淡々としているがどこか嬉しそう。馬場は照れた顔のままツッコむ*
馬場:メロいって言いたいだけだろお前
雀野:俺の彼氏もメロいーメロメロ
*郷里の胸に顔を埋めて満足そうな雀野。馬場は苦笑した*
馬場:舐めてるみたいになってるぞ
郷里:かわいいからなんでもいいや
*ニコニコと雀野の頭を撫でて甘やかす郷里。馬場はつられてポンと獅子倉の頭に手を乗せた*
馬場:......ま、そうか
*和やかな四人の時間。またダブルデートしよう、と笑い合った*
【家の最寄駅から住宅街へと向かう2人。夕焼けで世界がオレンジ色。すれ違う人たちがいる】
*二人は肩が触れ合う距離。幼い頃からよく一緒に通った道を並んで歩きながら、馬場はオレンジ色の空を見上げる*
馬場:日が沈むの、早くなったよな
獅子倉:昼間は夏の暑さの癖にな
*淡々と答えながら、獅子倉はずっと馬場の横顔を見ている*
*獅子倉の視線に気づいた馬場、口角を上げる。コンコンと肩を当てる*
馬場:ねぇねぇ、ワタシまだ帰りたくないわ!
*ふざけて女の子のような口調で喋る馬場。獅子倉は肩を抱き寄せてくる*
獅子倉:イイトコ寄り道しますかお嬢さん
*ノリを合わせてくれる獅子倉と笑い合う。それから、スルリと獅子倉の腕から抜ける馬場。後頭部で指を組む*
馬場:二人になれる場所あるかなー
獅子倉:俺の部屋
*食い気味に即答する獅子倉*
馬場:ヤダ部屋に連れ込むなんて大胆ね?
*楽しげに小芝居する馬場。獅子倉、胸に手を当てて腰を折る*
獅子倉:邪な気持ちしかございませんので
馬場:はいアウトー
獅子倉:ダメかー
*二人とも淡々とした口調。さして残念そうでもなく、肩をすくめる獅子倉*
*ポンッと手を叩く馬場*
馬場:逆に俺の部屋くる? いっつもお前の方だし
獅子倉:お前の部屋、ぐちゃぐちゃで落ち着かねぇ
*獅子倉は手でバツを作り、フルフルと首を振る。馬場は足の踏み場もない自分の部屋を思い出し舌を出す*
馬場:片付けてくれてもいいんだぞ
獅子倉:せっかく片付けても、明日にはごちゃごちゃになってんだろ。嫌だよ
*獅子倉、真顔になってしまう。その通りなのである*
馬場:俺たち、一緒に暮らせなさそー
*苦笑しながら馬場が呟くと、獅子倉はパッと馬場の方を見る。上を向いたり下を向いたり腕を組んだりして唸り始めた*
獅子倉:......やっぱ俺がお前の部屋片付ける
*真面目な顔で獅子倉が出した結論に、馬場は笑ってしまう*
馬場:そこは「ちゃんと片付けられるようになれ」だろ。俺を甘やかしすぎだよホンモノ彼氏
獅子倉:レンタル彼氏がホンモノ彼氏に進化した
馬場:光太郎は、ホンモノ彼氏のために「部屋を片付ける」のスキルを覚えようと努力することを決めた
獅子倉:「スキルを覚えた」じゃねぇのかよ
馬場:修行しないと覚えられないスキルなんだよ
*ポンポンと言葉を投げかけ合い、二人は顔を見合わせて笑う*
*獅子倉、微笑みながら小さく息を吐く*
獅子倉:ま、その辺はゆっくりな
馬場:じゃあどうする?
*獅子倉は馬場の手に触れてくる*
獅子倉:このままもう少し、歩こうぜ
*二人の指が絡み合った*
獅子倉:手を繋いで
*夕焼けに照らされて、綺麗な獅子倉の顔。馬場はじっと見つめて、頷く*
*家への道を逸れて、しばらく歩く。よく遊んだ公園を見かけて、馬場は立ち止まった。幼稚園のころからレンタル彼氏を始めた頃までの思い出が蘇る*
馬場:幼稚園のころから俺のこと好きって、お前すごいな
*滑り台、砂場、ブランコとオーソドックスな遊具がある公園だ。敷地は木に囲まれている。二人は懐かしみながら歩く。薄暗くなってきたから、もう誰も遊んでいない*
獅子倉:そうか? ひたすら仲良く遊んでた相手を好きになるの、普通じゃね?
馬場:何回も喧嘩してたけどな
獅子倉:んー......そう言われりゃそうだな。喧嘩するほど仲がいいってやつか
*クスッと笑う獅子倉を見ながら、未だに恋人だなんて不思議だと馬場は思う。でも、もう幼なじみにも戻れない*
獅子倉:ま、仲良いやつは他にもいるけどな。お前だけは......ずっと特別だったんだよ
*獅子倉は公園の遊具を見ながら、噛み締めるように伝えてくる*
*トクンと胸が高鳴り、握った手にギュッと力を込める馬場*
馬場:......やっぱお前の部屋行くか
獅子倉:散歩は不満か?
*獅子倉、馬場を見下ろして首を傾げてくる*
*馬場は軽く首を振り、獅子倉を真っ直ぐに見上げた*
馬場:気兼ねなくキスがしたくなった
*言ってから少し恥ずかしくなったが、馬場は獅子倉から目を逸らさない。獅子倉は驚いた顔をして、それからたまらないと言うように口元を緩める*
獅子倉:お前......かわいいな
*木の影に馬場を引っ張る獅子倉。キョロキョロと周りに誰もいないのを確認してから、獅子倉は馬場の額に口付ける*
馬場:お前もな
*唇に弧を描く馬場。獅子倉の頬にキスを返す*
馬場:かわいい
獅子倉:敵わねぇ
*獅子倉、馬場を強く抱きしめる。馬場もギュッと抱きしめて頬を寄せた*
馬場:颯、大好きだ
獅子倉:俺も。ずっとずっと好きだ、コウ
*世界は紫に染まっていく。二人は木の影で、そっとキスをした*
おしまい



