【教室。窓の外は晴天。だんだん人が増えてきていて、ざわざわし始めている】
*朝、教室で頬杖をついてぼんやりする馬場。昨日は告白された後、逃げるように獅子倉の部屋を出てきてしまった。どうやって家に帰ったかも思い出せない*
馬場:(颯が......俺のこと好き......)
*「俺は、お前が好きなんだ」「ごめん」という獅子倉の声を思い出す。顔は見えなかったけれど、苦しそうな声だった*
馬場:(レンタル彼氏としての演技じゃなくて......? もしかしてずっと前から?)
*レンタル彼氏をすぐに了承してくれたことや「お前の全部が好き」というセリフ、真っ赤になった獅子倉。すべてが獅子倉の気持ちに説得力を持たせてくる*
馬場:(俺は......?)
*「キスすんの、嫌って思わなかったから」「俺、変わるのが怖いんだ」と、矛盾したことを獅子倉に言ってしまったことを思い出し、頭を抱える馬場*
馬場:(いや俺! 意味わかんねぇよ!)
*パタパタという足音の後、雀野の明るい声が聞こえる*
雀野:おっはよー馬場! なぁなぁ今度......どうした?
*額を机に擦り付けている馬場を見て、首を傾げる雀野*
馬場:んー......ちょっとな。アンニュイな気持ち
*ボソボソと答える馬場を見ながら、雀野はリュックをおろす。馬場の前にある自席に、ドサリとリュックを置いた*
雀野:獅子倉と喧嘩か
馬場:ちっ......ちがう......はず
*パッと顔を上げて、目を泳がせる馬場。椅子の背もたれを抱くようにして座った雀野は、正面の馬場を揶揄うようにニヤニヤしている*
雀野:喧嘩かー
馬場:違うって。喧嘩じゃなくて......
*馬場は力なく首を振る。本当に、喧嘩ではない。喧嘩なら謝ればいいが、馬場の心境は複雑だ。額を抑えて眉を寄せ、唸る*
馬場:颯が俺のこと好きで......俺はキスをするのが嫌じゃなくて......
*どうしても言いたいことがまとまらない*
雀野:......惚気、愚痴、相談、どれ?
*じっと馬場を見つめる雀野。馬場は額を抑えたまま即答する*
馬場:相談
*雀野、ニッと笑って頷く*
雀野:オッケー。じゃ、聞くけど。獅子倉がお前のこと好きで、お前が獅子倉とのキスが嫌じゃねぇと。なんか困んのか?
*首を傾げる雀野に、馬場はため息をついた*
馬場:だって......あ.......(そうだ。恋人なら、困らない)
*雀野には、馬場と獅子倉が恋人同志だと伝えていることを思い出す。ハッとして口を押さえる馬場*
馬場:えっと
*言い淀む馬場に、目を細める雀野。空気は柔らかいが、真剣な声*
雀野:馬場さぁ、俺に隠してることあるよな?
馬場:............ごめん、俺......
*嫌な汗が流れる。これまで獅子倉のレンタル彼氏っぷりにドキドキしているせいで誤魔化されていた、嘘をついている、という罪悪感が押し寄せてくる。
真っ直ぐ見つめてくる雀野に説明するのが怖くなって、馬場は口が開いたまま動かない。
しばらくシーンとした後、雀野が眉を八の字にして笑う*
雀野:俺もごめん。浮かれすぎて無理させた
*雀野が先に喋ってくれたから、馬場はホッとして声が出る*
馬場:俺が意地張ったんだ。ほんとごめ......
*もう一度謝ろうとすると、雀野の人差し指が馬場の唇に当たる。嘘をついたことは、もう終わりだと雀野の目が言ってくれる*
馬場:......気づいてたんだな
*馬場の体からも顔からも、力が抜ける。雀野はへらりと笑う*
雀野:気づいてたっていうか......ま、名演技だったよ
*雀野は少し考える素振りを見せたが、馬場はあまり気にせず頷いた*
馬場:な。颯のやつ、演技うまくて。勘違いしちまうっていうか......
*言いかけて、言葉を切る馬場。俯いて、机を見つめる。口元は笑っているが、泣きそうな目をしている*
馬場:......勘違いじゃ、なかったんだけど
馬場:ふざけてた流れでキスしそうに、なって......なんか、俺、嬉しくて
*馬場の声が震える。雀野は椅子の背もたれに体重をかけたまま、耳を傾けてている*
馬場:ドキドキして
*馬場は話しながら両手で顔を隠す*
馬場:でも、今まで通りじゃなくなるのも嫌で。好きって言ってくれたのに......何も言えなかったし......
*馬場が変わりたくないなんて言ったから、獅子倉は苦しそうだったのだと思い至る。それでも告白してきた獅子倉は、馬場との関係を変えたかったんだ。幼なじみという居心地良さを捨ててでも、前に進もうとした。
そんな懸命な気持ちを、馬場は知らないうちに利用していたことになる。その上、上手く受け止めきれずに逃げてしまった*
馬場:俺......レンタル彼氏なんてすげぇ残酷なこと、したなとか......(何言ってんだ俺......ぐちゃぐちゃだ)
*ずっと黙って聞いてくれた雀野。考える素振りを見せた後、俯いている馬場の方へ乗り出す*
雀野:なぁなぁ馬場
*馬場が視線を上げ「なんだ」と問いかける。雀野は明るくウィンクする*
雀野:もっかいだけ、ダブルデート付き合ってくれよ
*目を見開き、大きく瞳を揺らす馬場。また獅子倉に辛い思いをさせるんじゃないかと疑問がよぎる*
馬場:でも
雀野:二人っきりだと、話しにくいだろ? 綺麗な星空見て、四人で和気藹々としてたら自然に喋れるって!
*雀野は満面の笑みで、星空の写真が映るスマートフォンの画面を見せてくる。馬場は勢いに押されて頷いた*
【獅子倉の学校の教室。昼休み。人はまばらで、馬場の教室に比べると静か】
*獅子倉の机には弁当が置いてある。獅子倉の持つスマートフォンには馬場からのメッセージが表示されていた*
馬場のメッセージ:ごめん、無神経なのわかってる。最後だから! 最後に一回だけ、レンタル彼氏してくれませんか?
獅子倉:......最後か......
*暗い表情で呟く獅子倉。スマートフォンに親指を滑らせて入力する*
獅子倉:断れるわけ、ねぇっての
*切なげに微笑む獅子倉。スマートフォンの画面には「お高くつきますよ、お客さん」というメッセージと、おどけた絵文字。獅子倉は送信ボタンを押し、目を閉じる*
【放課後、夜景と星空が有名な高台。山と山の日が傾き始めているのが見える。制服を着た中高生が多い】
*馬場、獅子倉、雀野、郷里が高台を歩く。それぞれ、制服のままである。馬場と獅子倉は微妙な距離を保ったまま、一言も話せない。
雀野は馬場の手を引いて、高台に並んでいる望遠鏡の一つに向かう。*
*馬場は背後の郷里と目の前の雀野を見比べて焦る*
馬場:お、おい......ダブルデートじゃなくて郷里と二人で来るつもりだったろ
雀野:元々、誘おうと思ってたんだよ! 高校生以下は期間限定で、この高台のエリアに入るのが無料だからさ!
*雀野は軽く笑っている*
*仲良く望遠鏡を覗く馬場と雀野を、後ろから眺める獅子倉と郷里。郷里は柔らかく微笑んでいる。その顔に、デートを邪魔されているなんて感じは全くない*
郷里:仲良いよなー
獅子倉:妬ける
*郷里とは反対に、無表情ながらも少し落ち込んだ様子の獅子倉。郷里は目を瞬いて獅子倉を見下ろす*
郷里:え?
獅子倉:俺にはもう、あんな無防備に笑ってくれねぇ
*雀野と笑い合う馬場を眩しそうに見つめる獅子倉。郷里は察したように目を細めた*
郷里:......勇気出したってことか
*獅子倉は表情を変えず、微動だにしないまま淡々と口を動かす*
獅子倉:玉砕した
郷里:頑張ったな
*優しく微笑み、獅子倉の頭にポンっと手を乗せる郷里。獅子倉は少し肩の力を抜いた*
女子高生:あのー!
*突然、見知らぬ女子高生二人に声をかけられ、そちらを向く獅子倉と郷里の二人*
*望遠鏡を覗きながら、頬をくっつけ合う馬場と雀野。山々の隙間で夕日が輝く。雀野は馬場の肩に腕を回す*
雀野:今、俺とこうしててドキドキするか?
馬場:するわけねぇじゃん
*スンッとした表情で答える馬場*
雀野:もし俺が獅子倉に変わったら?
*にやりと笑いながら囁く雀野*
馬場:......っ
*馬場、雀野を獅子倉に置き換えて想像して赤面*
雀野:な? そういうことだって。絶対もう好きじゃんか
*雀野は楽しげに馬場の脇腹を肘でつっつく。馬場はウー、と唸り、誤魔化すように望遠鏡を覗き込む。ずっと獅子倉のことが頭にあって、景色は見ていなかった*
馬場:......恋人になったら、今までの俺たちと......なんか変わっちまうだろ。
*ボソボソと消極的に不安を呟く馬場に、雀野は肩をすくめる*
雀野:もう手遅れだろ
馬場:う
*確かに、もう獅子倉を意識せずにはいられない。ただの幼なじみに完全に戻る、なんて不可能だ*
雀野:変わりたいとこだけ変わって、変わりたくないとこは変わんなきゃいいんだよ
*歯を見せてケタケタ笑う雀野。馬場は望遠鏡から顔を離してジト目になる*
馬場:お前......簡単に言うけどなぁ
*雀野、馬場の言葉に被せてグイグイ顔を近づけて迫る*
雀野:だいたいな。獅子倉はあんなにかっこよくていいやつなんだ。うかうかしてると......あー!
*不意に視線を動かした雀野が声を上げる。雀野が指差した先には、女子高生二人組に話しかけられている獅子倉と郷里がいた。馬場の心臓は、ドクンっと大きく嫌な音を立てる*
女子高生:そう言わずに、一緒に写真だけでも
*真顔の獅子倉と困った様子の郷里に断られても、めげずに話しかけている女子高生。彼女の手が獅子倉に触れそうになった瞬間、馬場は獅子倉に抱きついていた。隣では、雀野が同じように郷里に抱きついている。
雀野は郷里の胸に顔を埋めて声を上げた*
雀野:ごめん! だめ! このかわいいイケメンは俺の恋人だから!
*驚いていた郷里の表情が、嬉しげに緩む。
馬場は無言で獅子倉に抱きついているだけ。獅子倉は目を丸くして馬場を見下ろしている。女子高生たちは、慌てて頭を下げ、立ち去った*
*雀野、眉を寄せて唇を尖らせる。拳でどんどんと郷里の胸を叩いた*
雀野:郷里! ちゃんと断れよー!
郷里:断ってたんだけど......ごめんな?
*拗ねる雀野を抱きしめ返して宥める郷里。雀野がとても小さく見える*
*二人のやりとりを横目に、馬場はそろそろと獅子倉から離れた。視線を全く合わせられずに目が泳ぐ*
馬場:ご、ごめん......つい
獅子倉:いや......びっくり、したけど
*獅子倉は戸惑った様子で前髪を掻き上げた*
馬場:(何やってんだ俺ー!)
*馬場は内心で頭を抱えてのたうち回る*
馬場:(俺は......俺は恋人でもなんでもないのに)
*相思相愛の雀野と郷里をチラリと見て、馬場は胸がギュッと締め付けられる。羨ましくて仕方がない*
馬場:(俺は、颯の......なんでもない......けど)
*胸に熱いものが込み上げてきて、グッと拳を握りしめる*
馬場:(俺も「颯は俺のだ!」っていいたい)
*馬場、緊張で赤くなった顔を上げる。ぎこちない笑みを作って、雀野と郷里に声をかけた*
馬場:す、雀野、郷里。あの、別行動にしないか?
*獅子倉、雀野、郷里の全員が驚いた顔で馬場に注目する*
*馬場、挙動不審に手足を動かす*
馬場:ほら、やっぱこういうとこはさ。雀野たちは二人で楽しみたいだろ?(違う。そうじゃないだろ俺)
*雀野たちのためだと言い訳しようとする自分を自制する馬場。獅子倉の袖を掴み、キュッと唇を噛み締める。決意した目*
馬場:俺......腹括ったから
*雀野、郷里の腕の中でニッカリ笑う*
雀野:ん
郷里:じゃあ遠慮なく、二人でイチャイチャしよっか
*雀野をギュッと抱きしめて微笑む郷里。全部わかっている様子*
*馬場、ずっと隣で無言無表情の獅子倉をおずおずと見上げる*
馬場:あの、颯
獅子倉:......
*見下ろしてくる獅子倉。馬場は獅子倉の袖をシワが残りそうなくらい握りしめる*
馬場:俺と、二人でぇえええ!?
*馬場、驚愕の声を上げる。獅子倉が何も言わずに馬場の手首を握りしめ、勢いよく走り出した*
馬場:お、おい!
*足がもつれそうになりながら獅子倉に引っ張られる馬場。獅子倉は前を向いたまま、古い階段を駆け上がって山に入っていく*
獅子倉:この辺、あの高台を離れたらほとんど人がいない
馬場:へ?
*獅子倉が何を言いたいのか分からず、間抜けな返事をする馬場*
獅子倉:どうせなら、本当に二人っきりになりたい
*馬場を振り返って笑う獅子倉。世界が薄暗くなってきたのに、馬場の目には獅子倉がキラキラして見える*
【高台の更に上。山の中で緑に囲まれているが、開けた場所に出た。誰もいなくて静か。周りはもう暗く、星が輝いている】
*獅子倉は馬場の手首を握ったまま。二人とも疲れて「はぁはぁ」と荒い呼吸。馬場は顔を上げる*
馬場:わ......
獅子倉:プラネタリウムより、綺麗だな
*満天の星空が二人の目に映っている。馬場は口元を緩めた*
馬場:すげぇ......
獅子倉:うん
*獅子倉が馬場の手首から手を離す。馬場の手は獅子倉の手を追いかけた*
馬場:ロマンティックってやつ
獅子倉:そうだな
*星空を見上げて会話しながら、二人の指が絡み合う*
馬場:なぁ、颯
獅子倉:なんだ、コウ
*二人はお互いに見つめ合う。月と星の光しかないが、互いが輝いて見えている*
馬場:俺は......俺も、お前が好きだ
*驚くほど自然に、その言葉を言えた*
*朝、教室で頬杖をついてぼんやりする馬場。昨日は告白された後、逃げるように獅子倉の部屋を出てきてしまった。どうやって家に帰ったかも思い出せない*
馬場:(颯が......俺のこと好き......)
*「俺は、お前が好きなんだ」「ごめん」という獅子倉の声を思い出す。顔は見えなかったけれど、苦しそうな声だった*
馬場:(レンタル彼氏としての演技じゃなくて......? もしかしてずっと前から?)
*レンタル彼氏をすぐに了承してくれたことや「お前の全部が好き」というセリフ、真っ赤になった獅子倉。すべてが獅子倉の気持ちに説得力を持たせてくる*
馬場:(俺は......?)
*「キスすんの、嫌って思わなかったから」「俺、変わるのが怖いんだ」と、矛盾したことを獅子倉に言ってしまったことを思い出し、頭を抱える馬場*
馬場:(いや俺! 意味わかんねぇよ!)
*パタパタという足音の後、雀野の明るい声が聞こえる*
雀野:おっはよー馬場! なぁなぁ今度......どうした?
*額を机に擦り付けている馬場を見て、首を傾げる雀野*
馬場:んー......ちょっとな。アンニュイな気持ち
*ボソボソと答える馬場を見ながら、雀野はリュックをおろす。馬場の前にある自席に、ドサリとリュックを置いた*
雀野:獅子倉と喧嘩か
馬場:ちっ......ちがう......はず
*パッと顔を上げて、目を泳がせる馬場。椅子の背もたれを抱くようにして座った雀野は、正面の馬場を揶揄うようにニヤニヤしている*
雀野:喧嘩かー
馬場:違うって。喧嘩じゃなくて......
*馬場は力なく首を振る。本当に、喧嘩ではない。喧嘩なら謝ればいいが、馬場の心境は複雑だ。額を抑えて眉を寄せ、唸る*
馬場:颯が俺のこと好きで......俺はキスをするのが嫌じゃなくて......
*どうしても言いたいことがまとまらない*
雀野:......惚気、愚痴、相談、どれ?
*じっと馬場を見つめる雀野。馬場は額を抑えたまま即答する*
馬場:相談
*雀野、ニッと笑って頷く*
雀野:オッケー。じゃ、聞くけど。獅子倉がお前のこと好きで、お前が獅子倉とのキスが嫌じゃねぇと。なんか困んのか?
*首を傾げる雀野に、馬場はため息をついた*
馬場:だって......あ.......(そうだ。恋人なら、困らない)
*雀野には、馬場と獅子倉が恋人同志だと伝えていることを思い出す。ハッとして口を押さえる馬場*
馬場:えっと
*言い淀む馬場に、目を細める雀野。空気は柔らかいが、真剣な声*
雀野:馬場さぁ、俺に隠してることあるよな?
馬場:............ごめん、俺......
*嫌な汗が流れる。これまで獅子倉のレンタル彼氏っぷりにドキドキしているせいで誤魔化されていた、嘘をついている、という罪悪感が押し寄せてくる。
真っ直ぐ見つめてくる雀野に説明するのが怖くなって、馬場は口が開いたまま動かない。
しばらくシーンとした後、雀野が眉を八の字にして笑う*
雀野:俺もごめん。浮かれすぎて無理させた
*雀野が先に喋ってくれたから、馬場はホッとして声が出る*
馬場:俺が意地張ったんだ。ほんとごめ......
*もう一度謝ろうとすると、雀野の人差し指が馬場の唇に当たる。嘘をついたことは、もう終わりだと雀野の目が言ってくれる*
馬場:......気づいてたんだな
*馬場の体からも顔からも、力が抜ける。雀野はへらりと笑う*
雀野:気づいてたっていうか......ま、名演技だったよ
*雀野は少し考える素振りを見せたが、馬場はあまり気にせず頷いた*
馬場:な。颯のやつ、演技うまくて。勘違いしちまうっていうか......
*言いかけて、言葉を切る馬場。俯いて、机を見つめる。口元は笑っているが、泣きそうな目をしている*
馬場:......勘違いじゃ、なかったんだけど
馬場:ふざけてた流れでキスしそうに、なって......なんか、俺、嬉しくて
*馬場の声が震える。雀野は椅子の背もたれに体重をかけたまま、耳を傾けてている*
馬場:ドキドキして
*馬場は話しながら両手で顔を隠す*
馬場:でも、今まで通りじゃなくなるのも嫌で。好きって言ってくれたのに......何も言えなかったし......
*馬場が変わりたくないなんて言ったから、獅子倉は苦しそうだったのだと思い至る。それでも告白してきた獅子倉は、馬場との関係を変えたかったんだ。幼なじみという居心地良さを捨ててでも、前に進もうとした。
そんな懸命な気持ちを、馬場は知らないうちに利用していたことになる。その上、上手く受け止めきれずに逃げてしまった*
馬場:俺......レンタル彼氏なんてすげぇ残酷なこと、したなとか......(何言ってんだ俺......ぐちゃぐちゃだ)
*ずっと黙って聞いてくれた雀野。考える素振りを見せた後、俯いている馬場の方へ乗り出す*
雀野:なぁなぁ馬場
*馬場が視線を上げ「なんだ」と問いかける。雀野は明るくウィンクする*
雀野:もっかいだけ、ダブルデート付き合ってくれよ
*目を見開き、大きく瞳を揺らす馬場。また獅子倉に辛い思いをさせるんじゃないかと疑問がよぎる*
馬場:でも
雀野:二人っきりだと、話しにくいだろ? 綺麗な星空見て、四人で和気藹々としてたら自然に喋れるって!
*雀野は満面の笑みで、星空の写真が映るスマートフォンの画面を見せてくる。馬場は勢いに押されて頷いた*
【獅子倉の学校の教室。昼休み。人はまばらで、馬場の教室に比べると静か】
*獅子倉の机には弁当が置いてある。獅子倉の持つスマートフォンには馬場からのメッセージが表示されていた*
馬場のメッセージ:ごめん、無神経なのわかってる。最後だから! 最後に一回だけ、レンタル彼氏してくれませんか?
獅子倉:......最後か......
*暗い表情で呟く獅子倉。スマートフォンに親指を滑らせて入力する*
獅子倉:断れるわけ、ねぇっての
*切なげに微笑む獅子倉。スマートフォンの画面には「お高くつきますよ、お客さん」というメッセージと、おどけた絵文字。獅子倉は送信ボタンを押し、目を閉じる*
【放課後、夜景と星空が有名な高台。山と山の日が傾き始めているのが見える。制服を着た中高生が多い】
*馬場、獅子倉、雀野、郷里が高台を歩く。それぞれ、制服のままである。馬場と獅子倉は微妙な距離を保ったまま、一言も話せない。
雀野は馬場の手を引いて、高台に並んでいる望遠鏡の一つに向かう。*
*馬場は背後の郷里と目の前の雀野を見比べて焦る*
馬場:お、おい......ダブルデートじゃなくて郷里と二人で来るつもりだったろ
雀野:元々、誘おうと思ってたんだよ! 高校生以下は期間限定で、この高台のエリアに入るのが無料だからさ!
*雀野は軽く笑っている*
*仲良く望遠鏡を覗く馬場と雀野を、後ろから眺める獅子倉と郷里。郷里は柔らかく微笑んでいる。その顔に、デートを邪魔されているなんて感じは全くない*
郷里:仲良いよなー
獅子倉:妬ける
*郷里とは反対に、無表情ながらも少し落ち込んだ様子の獅子倉。郷里は目を瞬いて獅子倉を見下ろす*
郷里:え?
獅子倉:俺にはもう、あんな無防備に笑ってくれねぇ
*雀野と笑い合う馬場を眩しそうに見つめる獅子倉。郷里は察したように目を細めた*
郷里:......勇気出したってことか
*獅子倉は表情を変えず、微動だにしないまま淡々と口を動かす*
獅子倉:玉砕した
郷里:頑張ったな
*優しく微笑み、獅子倉の頭にポンっと手を乗せる郷里。獅子倉は少し肩の力を抜いた*
女子高生:あのー!
*突然、見知らぬ女子高生二人に声をかけられ、そちらを向く獅子倉と郷里の二人*
*望遠鏡を覗きながら、頬をくっつけ合う馬場と雀野。山々の隙間で夕日が輝く。雀野は馬場の肩に腕を回す*
雀野:今、俺とこうしててドキドキするか?
馬場:するわけねぇじゃん
*スンッとした表情で答える馬場*
雀野:もし俺が獅子倉に変わったら?
*にやりと笑いながら囁く雀野*
馬場:......っ
*馬場、雀野を獅子倉に置き換えて想像して赤面*
雀野:な? そういうことだって。絶対もう好きじゃんか
*雀野は楽しげに馬場の脇腹を肘でつっつく。馬場はウー、と唸り、誤魔化すように望遠鏡を覗き込む。ずっと獅子倉のことが頭にあって、景色は見ていなかった*
馬場:......恋人になったら、今までの俺たちと......なんか変わっちまうだろ。
*ボソボソと消極的に不安を呟く馬場に、雀野は肩をすくめる*
雀野:もう手遅れだろ
馬場:う
*確かに、もう獅子倉を意識せずにはいられない。ただの幼なじみに完全に戻る、なんて不可能だ*
雀野:変わりたいとこだけ変わって、変わりたくないとこは変わんなきゃいいんだよ
*歯を見せてケタケタ笑う雀野。馬場は望遠鏡から顔を離してジト目になる*
馬場:お前......簡単に言うけどなぁ
*雀野、馬場の言葉に被せてグイグイ顔を近づけて迫る*
雀野:だいたいな。獅子倉はあんなにかっこよくていいやつなんだ。うかうかしてると......あー!
*不意に視線を動かした雀野が声を上げる。雀野が指差した先には、女子高生二人組に話しかけられている獅子倉と郷里がいた。馬場の心臓は、ドクンっと大きく嫌な音を立てる*
女子高生:そう言わずに、一緒に写真だけでも
*真顔の獅子倉と困った様子の郷里に断られても、めげずに話しかけている女子高生。彼女の手が獅子倉に触れそうになった瞬間、馬場は獅子倉に抱きついていた。隣では、雀野が同じように郷里に抱きついている。
雀野は郷里の胸に顔を埋めて声を上げた*
雀野:ごめん! だめ! このかわいいイケメンは俺の恋人だから!
*驚いていた郷里の表情が、嬉しげに緩む。
馬場は無言で獅子倉に抱きついているだけ。獅子倉は目を丸くして馬場を見下ろしている。女子高生たちは、慌てて頭を下げ、立ち去った*
*雀野、眉を寄せて唇を尖らせる。拳でどんどんと郷里の胸を叩いた*
雀野:郷里! ちゃんと断れよー!
郷里:断ってたんだけど......ごめんな?
*拗ねる雀野を抱きしめ返して宥める郷里。雀野がとても小さく見える*
*二人のやりとりを横目に、馬場はそろそろと獅子倉から離れた。視線を全く合わせられずに目が泳ぐ*
馬場:ご、ごめん......つい
獅子倉:いや......びっくり、したけど
*獅子倉は戸惑った様子で前髪を掻き上げた*
馬場:(何やってんだ俺ー!)
*馬場は内心で頭を抱えてのたうち回る*
馬場:(俺は......俺は恋人でもなんでもないのに)
*相思相愛の雀野と郷里をチラリと見て、馬場は胸がギュッと締め付けられる。羨ましくて仕方がない*
馬場:(俺は、颯の......なんでもない......けど)
*胸に熱いものが込み上げてきて、グッと拳を握りしめる*
馬場:(俺も「颯は俺のだ!」っていいたい)
*馬場、緊張で赤くなった顔を上げる。ぎこちない笑みを作って、雀野と郷里に声をかけた*
馬場:す、雀野、郷里。あの、別行動にしないか?
*獅子倉、雀野、郷里の全員が驚いた顔で馬場に注目する*
*馬場、挙動不審に手足を動かす*
馬場:ほら、やっぱこういうとこはさ。雀野たちは二人で楽しみたいだろ?(違う。そうじゃないだろ俺)
*雀野たちのためだと言い訳しようとする自分を自制する馬場。獅子倉の袖を掴み、キュッと唇を噛み締める。決意した目*
馬場:俺......腹括ったから
*雀野、郷里の腕の中でニッカリ笑う*
雀野:ん
郷里:じゃあ遠慮なく、二人でイチャイチャしよっか
*雀野をギュッと抱きしめて微笑む郷里。全部わかっている様子*
*馬場、ずっと隣で無言無表情の獅子倉をおずおずと見上げる*
馬場:あの、颯
獅子倉:......
*見下ろしてくる獅子倉。馬場は獅子倉の袖をシワが残りそうなくらい握りしめる*
馬場:俺と、二人でぇえええ!?
*馬場、驚愕の声を上げる。獅子倉が何も言わずに馬場の手首を握りしめ、勢いよく走り出した*
馬場:お、おい!
*足がもつれそうになりながら獅子倉に引っ張られる馬場。獅子倉は前を向いたまま、古い階段を駆け上がって山に入っていく*
獅子倉:この辺、あの高台を離れたらほとんど人がいない
馬場:へ?
*獅子倉が何を言いたいのか分からず、間抜けな返事をする馬場*
獅子倉:どうせなら、本当に二人っきりになりたい
*馬場を振り返って笑う獅子倉。世界が薄暗くなってきたのに、馬場の目には獅子倉がキラキラして見える*
【高台の更に上。山の中で緑に囲まれているが、開けた場所に出た。誰もいなくて静か。周りはもう暗く、星が輝いている】
*獅子倉は馬場の手首を握ったまま。二人とも疲れて「はぁはぁ」と荒い呼吸。馬場は顔を上げる*
馬場:わ......
獅子倉:プラネタリウムより、綺麗だな
*満天の星空が二人の目に映っている。馬場は口元を緩めた*
馬場:すげぇ......
獅子倉:うん
*獅子倉が馬場の手首から手を離す。馬場の手は獅子倉の手を追いかけた*
馬場:ロマンティックってやつ
獅子倉:そうだな
*星空を見上げて会話しながら、二人の指が絡み合う*
馬場:なぁ、颯
獅子倉:なんだ、コウ
*二人はお互いに見つめ合う。月と星の光しかないが、互いが輝いて見えている*
馬場:俺は......俺も、お前が好きだ
*驚くほど自然に、その言葉を言えた*



