【馬場の部屋。床に漫画やカバンが置いてあって雑然としている。窓から夕日が差し込む】

*馬場はシーツのよれたベッドに寝そべっていた。制服のワイシャツと黒ズボンのまま、仰向けでゴロゴロしている*
馬場:あー......
*呻きながら、複雑そうな顔でスマートフォンを見る。獅子倉から「最近うちに来ないな」とメッセージが届いていた*

馬場:なんか......緊張しちまうんだよなぁ
*馬場、ため息をつく。レンタル彼氏をしてくれる時の獅子倉の優しい行動を思い出す。腰や肩を抱き寄せたり、抱き締めてきたり。まるで本当の恋人のようだ*
馬場:......演技なのに、やりすぎなんだよあいつ

*スマートフォンの電源の画面を落とし、うつ伏せになる。枕に顔を沈める*
馬場:(本気なんじゃねぇかって......勘違いしちまう)
*おかげで獅子倉がキラキラして見えてしまった。どうもレンタル彼氏を始めてから、馬場は獅子倉を見る目が変わっている気がする*
馬場:なんかあいつ、最近キラキラしてるし

*「レンタル彼氏、オプションでキスもあります」という獅子倉の言葉を思い出す*
馬場:バカ颯......ホントにキスしてくれって言ったらどうすんだよ
*枕に向かって、大きなため息をついてしまう*

馬場:(言うわけねぇから、簡単に言えるんだよなぁ)
*颯は「幼馴染」として、いつも通り戯れてるだけだ。1人で悶々と考え込んでいると、気持ちが沈んでいく。モヤモヤした気持ちになるが、何故自分がモヤモヤしているのかわからない馬場*

母:コウー!
*突然、母がドアを開ける。馬場はベッドの上で飛び上がり、上半身を起こす*
馬場:わぁあ! 急に開けんな!

母:ごめんごめんー
*悪いと思ってない様子で軽く謝る母。部屋には入らず、ズッシリと何か入ったビニール袋を見せてくる*
母:おじいちゃんが梨いーっぱい送ってきたのよ。颯くんちに持ってってー

馬場:なんで俺が
母:いつも会いに行ってるじゃない。あんたたち、ちっちゃい頃から相思相愛よね
馬場:気持ち悪い言い方すんな......って聞いてねぇし
*不満の声を上げる馬場だが、母は梨が入った袋を置いていってしまう*

馬場:(何が相思相愛だよ......ただの幼なじみだろ......ただの......)
*梨の袋をじっと見て、馬場はため息をつく。スマートフォンを手に取り「今から梨持ってく」と、獅子倉にメッセージを送信した。
数秒後には「待ってる」と返信がきて、憂鬱気味だった気持ちがふわりと浮いた*

【獅子倉の部屋。本がぎっちり詰まった大きな本棚があり、全体的に整理整頓されている。机にはプリントと参考書が置いてある】

*二階にある部屋に入った馬場は、真剣な表情で机に向かっている獅子倉を見る。一階で獅子倉の母に梨を渡したので手ぶら。獅子倉も制服のネクタイをとっただけで、着替えていないようだ。馬場は目を瞬かせた*

馬場:勉強中かよ。暇なのかと思った
獅子倉:今日は宿題が多くてな
*シャーペンが動く音がする。喋りながらでもプリントの空欄を埋めている獅子倉*

馬場:お前でも多いって思う日があんだな
*馬場は感心しつつ、獅子倉に背を向ける*
獅子倉:そりゃ......って、どこいくんだ
*離れる気配に気づいた獅子倉が、慌てて振り返る*

馬場:邪魔しちゃ悪いから帰るー
*馬場は軽く手を振るが、その手を獅子倉にガシッと掴まれた。熱い手に驚いて獅子倉を見ると、真面目な表情で見上げてくる*
獅子倉:ここにいてくれ

馬場:な、なんで
獅子倉:コウが応援してくれるとやる気が出る
*獅子倉がまたキラキラして見える。馬場の心臓がドキッと波打つ。馬場は照れ隠しで冗談っぽい声を出した*
馬場:お、応援は有料でーす

獅子倉:おいくら万円?
*獅子倉は調子を合わせて首を傾げてくる。馬場は勉強机にあるポテトチップスの袋を指差した*
馬場:おおまけにまけて、ポテチ三枚

獅子倉:残り全部やる。レンタル彼氏お願いします
*真顔でポテトチップスの袋を差し出してくる獅子倉。受け取りながらキョトンとする馬場*
馬場:......はい?

*レンタル彼氏開始。ベッドにもたれかかってポテトチップスを食べる馬場。居心地悪そうに、勉強している獅子倉の背中を見つめる*
馬場:(何したらいいんだレンタル彼氏)

*ポテトチップスを口元に当てて思案顔*
馬場:(声援を送る、は邪魔。勉強教える、は不可能。隣で見てる......? も、変だろ)

馬場:(彼氏っぽいこと......あ)
*首を捻って唸り、ピーンと閃く。馬場、指を舐めて立ち上がり、机のそばに立つ。カリカリと解答を書き込んでいく獅子倉を覗き込んだ*
馬場:颯、あとどのくらいなんだ?

獅子倉:これだけ
*プリントを三枚見せられる。内容は難しそうでちんぷんかんぷんだ*
馬場:(まだ結構ある......のか後少しなのかわかんねぇな)

馬場:えーと、一枚終わるごとにご褒美やるよ
*ポンっと獅子倉の背中を軽く叩くと、獅子倉は目を瞬かせた*
獅子倉:ご褒美?
*首を傾げる獅子倉、にっこり頷く馬場*

*指を立てながら*
馬場:(彼氏だから......)一枚目が頭を撫でる。二枚目がハグ、三枚目が......
*馬場は三本立てた指を見つめて目が泳ぎ、言い淀む*

馬場:(ハグの次ってなんだ? キスしか思いつかねぇ!)
*口元は笑ったまま冷や汗をかく馬場。見上げてきていた獅子倉が口を開く*
獅子倉:キス
*淡々と、しかし真剣な声*

*馬場、笑顔のまま固まる*
馬場:え
獅子倉:全部終わったら、ご褒美のキスな
*涼しげな顔で念押ししてくる獅子倉*

馬場:あ、お、おう
*勢いに負けて、馬場はつい肯定してしまう*

*ニッと口角を上げ、腕をグッと天上に伸ばす獅子倉*
獅子倉:やる気出てきた。すぐ終わらせるから待ってろ
馬場:が、がんばれ......? あれ?
*ノリでガッツポーズをとって応援しつつ、戸惑う馬場。真剣な顔になって勉強を再開する獅子倉*
馬場:(き、キス? 本気か? 冗談だよな?)

【十数分後】
*我が物顔で獅子倉のベッドに仰向けになり、漫画を読む馬場。獅子倉が終わったプリントを持って近づいてくる*
獅子倉:ん
*ベッドのそばにしゃがみ、頭を差し出してくる*

馬場:おーよしよし。えらいな颯
*馬場が体を起こして頭を撫でると、ふわりと気の抜けた笑顔になる獅子倉。軽く頭を擦り寄せてくるのにほっこりする馬場*
馬場:(かわいい......いや、いやかわいくはねぇだろ!)
*頭によぎったことをかき消すため、馬場は獅子倉の髪がぐちゃぐちゃになるまで両手で撫で回す。満足そうに机に戻る獅子倉*

*二枚目のプリントが終わった獅子倉、終わったプリントをドヤ顔で見せてくる。馬場は体を起こし、引き攣り笑い*
馬場:(終わんの早......)

獅子倉:コウ
*獅子倉はベッドに腰掛け、腕を広げる。無表情だが、全身から「褒めてくれオーラ」が滲み出ている*

馬場:頑張ったなー
*馬場はベッドに膝をつき、ギュッと上から抱きしめる。馬場の胸に埋まる獅子倉は、甘えるように擦り寄ってきた*
獅子倉:もっと彼氏っぽく

馬場:彼氏っぽく......?
*復唱しながら悩む馬場。頭に浮かぶのは『俺のかわいい郷里!』と惚気てくる雀野の顔。馬場は獅子倉を抱きしめ直し、体を屈めて頬を寄せた*
馬場:えらいぞ。俺のかわいい颯

*柔らかく微笑んで獅子の頭を撫でる馬場。獅子倉は無反応。ずっと無反応なので恥ずかしくなって、馬場は体を離す*
馬場:......なんか言え......よ
*顔を離すと、真っ赤な顔の獅子倉が一瞬だけ見える。しかし、今度は獅子倉が強く抱き締めてきたので、顔が見えなくなった*

馬場:(い、今の顔なに)
*馬場もドキドキ。しばらくすると、パッと獅子倉が離れる*
獅子倉:よし、充電完了
馬場:お、おう......
*いつも通りポーカーフェイスの獅子倉に、馬場はさっきの赤面は勘違いだったのか?と戸惑う*


*三枚目のプリントが終わった獅子倉。すでに見せにきた二枚も含め、三枚とも持って馬場に見せてくる*
獅子倉:終わった

*見せられても、答えが合ってるのかは謎だが、答案が埋まっていることだけはわかる馬場。ベッドにあぐらを組んで座り、笑顔で獅子倉を見上げる*
馬場:お疲れ様。すげぇな。難しそうなのに
獅子倉:彼氏のご褒美があると思うと進みが早いな
*隣に座って緩く微笑む獅子倉*

馬場:(ご褒美って......最後はキスだぞキス!)
*本当にするのか? とドキドキしながら獅子倉に手を伸ばす馬場*
馬場:じゃ、じゃあ......最後のご褒美
*反応を伺いながら獅子倉の頬に手を添える。獅子倉がピクッと固まり、緊張するのがわかる*
馬場:(お? さては颯、ビビッてるな?)

*獅子倉が「ご褒美にキスしてくれ」と言ったのは本気じゃなかったのだと確信する馬場。ちょっとがっかりするような、安心するような不思議な感覚がある。*
馬場:(からかいやがって。緊張して損した......よぉし、みてろよー!)

*いつもやられっぱなしだからと、馬場は一芝居打つことにする。ゆったりと獅子倉の目元を親指で撫でて、甘い声を出す*
馬場:颯、目ぇ閉じて
*獅子倉、軽く目を見開く。瞳が大きく揺らぎ、ゴクっと唾を飲み込む。それから目を閉じた*

馬場:(こうしてみると、ほんとイケメン......)
*馬場、目を閉じた獅子倉の顔をじっくりと眺める。キラキラ輝いて眩しく感じ、唇を見つめて、ドキドキする*

馬場:(キス、したい)
*自分でそう思って、驚く馬場。だめだだめだと、一人で首を振り、深呼吸*
馬場:(よし!)

*馬場、意を決して獅子倉の唇をぷにっと指先で摘む。獅子倉、ぱちっと目を開けた。そして、不満そうに眉を寄せる*
獅子倉:......コウ......

馬場:ホントにキスされると思ってびっくりしたろ
*ニヤリと笑ってみせる馬場。獅子倉は自分の唇に触れて俯いている。「ほんとにビビったー」と言われると思っていた馬場。獅子倉が何も言わなくなったので、心配になって覗き込む*

馬場:颯......っ?
*突然、獅子倉に肩を押される馬場。バランスを崩してベッドに仰向けに倒れてしまう。獅子倉は馬場の上に覆い被さってきた。*

*馬場、何が起こったかわからないまま獅子倉を見上げる*
馬場:え、なに

獅子倉:ご褒美、ちゃんとくれ
*真上から見下ろしてくる真剣な瞳に射抜かれた。獅子倉は馬場の手を握り、ギュッとベッドに縫い付けてくる*
馬場:......っ!
*馬場、息を飲む*

馬場:え......でも
獅子倉:「お前の颯」頑張ったぞ
*獅子倉は切なく眉をひそめている。二人の顔が近づく*

馬場:(レンタル彼氏って......ごっこだろ? ごっこで、キスとか......お前、本当にいいのか? 相手、俺だぞ?)
*言いたいことが頭に溢れるが、何も言えない馬場。馬場の心臓の音はどんどん大きくなる。獅子倉の顔が、吐息がかかるほど近づいてくる*
馬場:(颯と、キスする......?)

*嬉しい気持ちになって、目を閉じかける馬場。だが、ふと冷静な自分が邪魔をした。小さい時から、ずっと友だちとして仲良く過ごしてきた思い出が頭に浮かぶ。
キスひとつで、幼なじみという気やすい関係が、ガラッと変わる気がしてしまう*
馬場:(颯......、俺たち、ずっと仲がいい幼馴染だよな?)

*握られた手が震える。不意に獅子倉の顔が離れた*
獅子倉:コウ、お前......
馬場:え?
*目を開けると、驚いた顔の獅子倉がぼやけて見える*

獅子倉:なんで泣いてんだ
馬場:......っ
*頬に手をやる馬場。確かに涙が溢れてる*

獅子倉:ごめん、悪ふざけが過ぎたな
*獅子倉、静かに体を起こす。馬場は混乱しながら目を擦っているため、獅子倉の表情が見えない*
馬場:お、お前は悪くな......っ

獅子倉:泣くほど嫌だと思わなくて
馬場:い、嫌じゃない!
*顔を上げると、獅子倉が辛そうな表情。馬場の上から離れ、獅子倉は立ち上がる*

*床に立った獅子倉、馬場に背を向ける*
獅子倉:無理すんな。俺がやりすぎた

馬場:颯......!
*馬場、ベッドから飛び降りて獅子倉の背中に抱きつく*
馬場:ちがう、ごめん。なんか......ちがう
*涙が止まらず、獅子倉の制服のシャツを濡らしてしまう*

獅子倉:何が違うんだ?
*獅子倉は自分からは馬場に触れようとせず、小さく掠れた声で問う。馬場は言葉に詰まった*
馬場:わかんねぇ。でも

馬場:キスすんの、嫌って思わなかったから
*鼻を啜り、獅子倉を抱き締める腕に力を込める馬場*

獅子倉:コウ
*獅子倉は手を僅かに上げて、馬場の腕に触れようとする。馬場は肩を震わせてしゃくりあげる。自分がどうしたいのか、わからない。心がごちゃごちゃしている*
馬場:でも、俺。......俺、変わるのが怖いんだ

獅子倉:コウ......そうか
*獅子倉、眉間に皺を寄せて目を瞑る。馬場に触れようとした手を下ろし、グッと拳にする*
獅子倉:ごめんな

獅子倉:俺は、お前が好きなんだ
*低く泣きそうな声で溢れ出した獅子倉の言葉に、馬場は目を見開いた*