【プールの更衣室。コインロッカーがたくさん並んでいる。子供から大人まで様々な年代の人が楽しげに着替えていて賑やか】
*馬場、獅子倉、雀野、郷里が同じ区画で着替えている。ロッカーのプールバッグを漁っていた雀野が叫んだ。みんなまだ服を着た状態*
雀野:ラッシュガード忘れた!
郷里:あーあー
*大袈裟に頭を抱える雀野に、郷里は苦笑い。獅子倉は冷静な顔*
獅子倉:どんまい
馬場:ま、室内だから日焼けは大丈夫だろ
*馬場が軽く笑うと、雀野は唇を尖らせる*
雀野:そうだけど違和感ー
*馬場、小学生の時に、水着を着て学校に行ったせいで、パンツをバッグに入れ忘れたことを思い出した。思い出し笑いしながらTシャツを脱ぐ*
馬場:パンツ忘れた。ならともかく。ラッシュガード忘れるなんてな
雀野:うるせぇー
*雀野、肩をがっくり落とす。馬場はぽんぽんと自分より小柄な背中を叩く*
馬場:みんなで、無しでいくか
雀野:へ?
*顔を上げた雀野に、馬場はウィンクした。出していた自分のラッシュガードをプールバッグにしまい込む*
馬場:みんなでやればー怖くなーい!
雀野:ナイスアイデア馬場!
*雀野は馬場にギュッと抱きつく。テンションを上げている仲のいい二人を見る郷里は、自分のラッシュガードを広げた*
郷里:俺のじゃ......でかいよなぁ
獅子倉:雀野が二人は入りそうだな
*獅子倉は静かに大柄な郷里のラッシュガードと小柄な雀野の体を見比べた*
郷里:んー......
*不満げな郷里に獅子倉だけが気づいて、肩を叩く。真顔でため息をついた*
獅子倉:やだよなぁ。見せたくねぇし
獅子倉:でも悪い、諦めてくれ。言い出したら聞かないんだあいつ
*獅子倉は最後に郷里の背中をポンッと叩き、馬場と雀野の方に話しかける*
獅子倉:コウに賛成。脱いでこうぜ
*獅子倉は「誰も気にしねぇよ」と郷里の方へ視線をやった*
雀野:獅子倉もありがとう!
*獅子倉と郷里のやりとりには全く気づかず、機嫌良く着替え始める雀野。獅子倉は馬場に目を向ける*
獅子倉:コウは? 水着忘れたとか言うなよ?
馬場:はいてきたから無問題ー
*ハーフパンツを脱いで、水着を見せる馬場*
【室内プール。椰子の木が飾られていたり、トロピカルな雰囲気。流れるプールや波のあるプール、ウォータースライダーなどもある大型施設】
*ウォータースライダーからバシャーンとプールに落ちる馬場*
馬場:ぶっは......
雀野:な、すげぇ迫力だろ?
*水から顔を出すと、雀野が楽しそうに笑っている。馬場は咳き込みながら鼻に手を当てた*
馬場:鼻に水......!
雀野:あ、すぐ離れねぇと
馬場:え? わぁあ!
*雀野が馬場の腕を掴むも遅く、ウォータスライダーから獅子倉が滑ってくる*
獅子倉:うっわ!
*獅子倉が馬場の上に落ちてくる。バシャーンと二人で沈む。獅子倉は慌てて立ち上がり、馬場を自ら抱き起こす*
獅子倉:大丈夫かコウ!
馬場:あっはっは! 大丈夫! 大丈夫だけどスッゲェ間抜け!
獅子倉:笑い事かよ。怪我するぞ
*爆笑している馬場の腰を掴み、引きずって移動する獅子倉。獅子倉の表情は和やか*
雀野:あっ
馬場&獅子倉:え?
*移動は間に合わなかった。郷里が滑ってきてザボンッと大きな水飛沫を被る三人*
【プールサイド。パラソルの下に白い丸テーブルがあり、椅子四脚が囲んでいる】
*椅子の二つには馬場と郷里が席を一つずつ開けて、お互いが正面になるように座っている。じゃんけんで負けた獅子倉と雀野は、昼ごはん買い出し中*
*腕を背もたれにかけて大きくため息を吐く馬場*
馬場:はしゃぎ倒したな
郷里:まだまだこれからだよ
*余裕の笑顔を浮かべる郷里に、馬場は感服する*
馬場:体力あんなー
*郷里は腕を曲げ、力瘤を作って見せる*
郷里:体力だけが取り柄だからな
馬場:優しくて、頼りになって、かわいいとこも、取り柄だろ
*サラッと告げた馬場。郷里は目を見開いて馬場を見る*
馬場:雀野が毎日惚気てる
郷里:そっかぁ
*馬場がニヤリと歯を見せると、郷里は嬉しそうににんまりした*
*馬場は微笑ましい気持ちになりながら、テーブルに肘をつく*
馬場:あいつ大好きだよな、郷里のこと
郷里:うん、かわいい。俺の方がべったりだけど
*郷里は照れて頭を掻いている。とても幸せそうだ*
馬場:(いいな)
*不意に頭をよぎった気持ちに、馬場はハッとする。馬場の心を読んだかのように、郷里が笑みを深めた*
郷里:獅子倉くんも
馬場:は、颯?
*馬場、ドキッとして肩が跳ねる*
郷里:馬場くんのこと、大好きって全身で言ってる
*優しい笑顔の獅子倉を思い浮かべる馬場。でも、ふるふると首を左右に振る*
馬場:いや、ちが......あいつのは......(あいつのは、演技だし)
*言えない言葉は心で思うだけにする馬場。「演技」という事実に落ち込んでしまう自分がいる。知らず知らずのうちに眉が八の字になり、声のトーンも落ちる*
馬場:あいつのは、幼なじみの延長っていうか......
*キョトンと目を瞬かせる郷里。馬場は俯いてしまう*
馬場:俺......
郷里:悩んでる?
馬場:......わかんねぇ
郷里:深く考えないでいいよ
*仲のいい恋人のふりをしないといけないのに、恋愛相談をするみたいになってしまう。
郷里は柔らかい雰囲気で馬場を見る*
郷里:一緒にいて楽しいとか、安心するとか......色んな恋人がいるから
馬場:友だちと何が違うんだ、それ
郷里:それは
*顔を上げて真っ直ぐ郷里を見る馬場。郷里は何か言おうと口を開く*
雀野:買ってきたぞぉお!
*突然聞こえてきた元気な雀野の声に、馬場、郷里、びっくり。顔を見合わせて「話は終わりだ」と苦笑い*
【流れるプール。たくさんの人がいて賑わっている】
*一緒に一つの浮き輪を使ってはしゃぐ馬場と雀野。向かい合わせで肩を支え合い、バシャバシャと水飛沫を立てている*
馬場:バランス! バランスとりにくい!
雀野:もうちょいこっちに体重! そう!
*足をぶつけあったりして揺れる馬場と雀野。二人の後ろを泳ぐ獅子倉と郷里。郷里は柔らかい笑顔を浮かべている*
郷里:たのしそ
獅子倉:そろそろ頭からひっくり返......
*見事にひっくり返る二人*
獅子倉:......ったな
*呆れ顔の獅子倉と、大笑いする郷里。二人はひっくり返ってケラケラ笑い合っている馬場と雀野に近づいていく*
郷里:やっぱ二人では、難しいでしょ
雀野:楽しいからお前らも!
*雀野が郷里の背を押して獅子倉に近づけ、馬場が二人の頭に浮き輪を輪投げのように投げる。獅子倉と郷里の首に、奇跡的に引っかかる浮き輪*
*183センチの獅子倉と187センチの郷里、さらにいうと体格もいい。見るからに二人で浮き輪に入るのは不可能だ*
郷里:どう考えても
獅子倉:無理がある
*首だけ浮き輪に通した状態の二人。困り顔の郷里と真顔の獅子倉*
馬場:首しか入ってねぇ!
雀野:キスしちゃう距離!
*ずっと笑いが止まらない様子の馬場と雀野*
*郷里が浮き輪から出て、獅子倉が浮き輪を持つ*
獅子倉:俺と雀野が限界......いや、俺とコウでもギリいけるか?
馬場:お? 試すか
*楽しげな馬場。向かい合わせで浮き輪にギチギチの二人*
馬場:入った!
獅子倉:なんだこれ
*諦め顔の獅子倉*
雀野:流れてこーい!
*雀野にポーンと押されて流れ始める二人。バランスをとってるうちに素肌がペタペタと触れ合う。顔も近い。『キスしちゃう距離だ!』という雀野の声が、馬場の頭の中で反響する。雀野との時は何も思わなかったのに、馬場は急に恥ずかしくなってきた*
獅子倉:なるほどこれは難し......コウ?
馬場:あ
*顔を覗き込まれてハッとする。馬場の赤い顔を見て、獅子倉が目尻を下げる*
獅子倉:意識してる?
馬場:何がだよ......!?
*獅子倉、馬場の腰を抱き寄せる。ただでさえひっついているのにさらに近くなる*
馬場:な、なに
獅子倉:恋人っぽいこと、見せとこうと思って
*獅子倉が顎でさした方を向く馬場。馬場の目線先に離れたところから見ている雀野と郷里*
馬場:......っ
*馬場は緊張して唾を飲む。それから獅子倉にギュッと抱きついた*
*予想外だったのか、目を丸くする獅子倉*
獅子倉:コウ
馬場:恋人同士の、じゃれ合いっぽい?
*馬場は意図せずに、上目遣いで獅子倉を見上げる*
獅子倉:役得
*唇の片端を上げる獅子倉に、馬場はときめいてしまう。獅子倉の腕の力が強まる。水の中で足がぶつかり合い、上半身はピッタリくっついて、お互いの存在をしっかり感じる*
馬場:(なんか、なんだこれ......)
*目を閉じて獅子倉の体温を感じる。とにかくドキドキして、恥ずかしい。けれども、離れることはできなかった*
【再び更衣室。ロッカーが並び、濡れた人たちが数人。シャワーの音が遠くに聞こえる】
*ロッカーの前に立ち、タオルで頭を拭く獅子倉。キョロキョロと周囲を見渡す*
獅子倉:雀野と郷里は?
馬場:トイレー
*肩にタオルをかけた馬場は、ロッカーからプールバッグを取り出しガサゴソと中を漁る*
馬場:......やばい
*青い顔になる馬場*
*獅子倉、馬場を横目でみる*
獅子倉:ん?
馬場:パンツ忘れた
*馬場、中身を全部ロッカーに出して、空っぽのプールバッグの中身を獅子倉に見せる*
獅子倉:ぶっ
*獅子倉、吹き出す。プールバッグと馬場のロッカーを交互に覗く*
獅子倉:おま、お前っ! 本当に?
馬場:マジだよ! やべぇ。ノーパンで帰っても捕まんねぇかな?
獅子倉:小学生の頃と変わんねぇな
*焦る馬場に対し、手で口を覆ってクックっと笑う獅子倉*
*馬場、拗ねて唇を尖らせる*
馬場:笑いすぎな
*笑いながらロッカーを漁る獅子倉。まだパッケージに入ったままの、新品のパンツを見せてくる*
獅子倉:なんとここにパンツがあります
馬場:神か?
獅子倉:敬え
馬場:颯様!
*ドヤ顔で胸を張る獅子倉に、祈るように手を合わせる馬場*
*片膝をついて恭しくパンツを受け取る馬場。獅子倉は小さく微笑む*
獅子倉:優秀なレンタル彼氏でよかったな
馬場:彼氏力高くて助かるー
*無事にパンツをはく*
馬場:手のかかる幼なじみで鍛えられてるな
*馬場、他人事のように獅子倉の肩をポンと叩く。獅子倉の目が真剣な光を帯びる*
獅子倉:お前限定だけどな
馬場:?
獅子倉:彼氏力
*馬場がキョトンとしていると、獅子倉が肩にかけたタオルで、まだ濡れてる頭を拭いてくれる。優しい手つきに不覚にもときめく馬場*
馬場:お、れ......探してくる!
*熱が昇ってきた顔を隠すように俯き、大きな声を出す馬場。驚き、目を瞬かせる獅子倉*
馬場:雀野たち探してくる! 遅いから!
獅子倉:コウ......
*走り出す馬場。獅子倉は見送り、行き場のない手を握りしめた*
【シャワー室。シャワーが並んでいる。ドアはなく、仕切りだけが並んでいる空間。一見誰もいないように見えるが、シャワーの音がする】
*トイレに雀野と郷里がいなかったので、シャワー室に探しにきた馬場。
雀野の声が聞こえた気がして足を向けた先、一番奥の一室でシャワーの飛沫が見える。少し近づくと郷里の背中があった。
声をかけようとした瞬間、後ろから手で口を覆われる。腰にも腕が巻き付いて抱きしめられ、体をこわばらせる馬場*
馬場:......っ?
獅子倉:音を出すな
*馬場にしか聞こえない小声で、耳元に囁いてくる獅子倉*
馬場:(は、颯.....?)
*馬場、混乱しながらも改めて郷里の方を見る。郷里の背中しか見えないが、懸命に背伸びしている雀野の足と、広い背中にしがみついている手が見えた*
馬場:(ハグ......?)
*屈んでいる郷里の背中が僅かに動き、雀野と口付けているのが見える*
馬場:(キス......!)
*見ちゃいけないと思うのに、ドキドキして目が離せない馬場。再び獅子倉の囁き声がする*
獅子倉:先、帰るか
*馬場は震える手で腰に回る獅子倉の腕に触れる。背中から感じる体温がやけに熱い。真っ赤な顔の馬場は、小さく頷いた*
【プールの最寄り駅のホーム。時計は午後三時を示しており、人はまばら】
*自動販売機でアイスを選んでいる獅子倉。すぐ近くのベンチに座る馬場は、スマートフォンから顔を上げた*
馬場:雀野たちも、そろそろ準備終わるって。待つ?
獅子倉:アイス食い終わっても来なかったら、先行く
馬場:ん
*スマートフォンで雀野に返信する馬場。獅子倉にいちごパッケージのアイスを差し出されて顔を上げ、笑顔になる*
馬場:さすが颯、わかってるー
獅子倉:お前はいっつもいちご系だよな
馬場:うまいもん。お前はどうせチョコ
*肩をすくめる獅子倉の手元を見ると、チョコアイスがある*
馬場:ほらな! 後で
獅子倉:一口やるよ
*当然のような顔の獅子倉の言葉を聞いて、満面の笑みの馬場。アイスのパッケージを開ける馬場を、獅子倉は優しく見守る。獅子倉の視線に馬場は気付かず、大口でパクッとコーン付きのアイスを食べる*
馬場:こうしてると別に変わんないよな
獅子倉:なにが
馬場:幼なじみでも、恋人でも
*獅子倉は何も言わずにアイスを食べ始める*
馬場:でも、キスはしないよな
獅子倉:レンタル彼氏、オプションでキスもあります
馬場:そうじゃなくて
*淡々とした口調で冗談を言う獅子倉に乗れなくて、困ったように笑う馬場。じっとアイスを見つめる。
仲の良さげな雀野と郷里の二人と、いつも一緒にいて好みも把握している自分と獅子倉を比べる*
馬場:何が、違うんだろな
*獅子倉は無言でチョコアイスを差し出してくる。馬場は条件反射でパクッと食べる。獅子倉はじっと馬場を見つめながら、馬場が食べた部分を舐めた。馬場はどきりとしてしまう*
馬場:(間接キスじゃん)
*今まで普通にしていたことなのに、急にそわそわする。獅子倉は馬場に笑いかける*
獅子倉:なんか、キラキラしてんだよな。好きな人って
馬場:キラキラ......
獅子倉:いつでも光って見える
*駅構内に差し込む光。微笑みかけてくる獅子倉が、馬場にはキラキラ輝いて見えた*
馬場:(あ、いま......)
*馬場は手に持ったアイスが溶けていくのに気が付かず、見慣れたはずの獅子倉に見惚れてしまった*



