【教室】
*帰りの準備中、ざわつく教室。主に女子の弾んだ声が飛び交っていた*
女子1:ねぇねぇ! 聞いた!?
女子2:校門のとこよね! 見えるかな?
*スマートフォンを片手に、校門が見える窓の方へ群がる女子たち。椅子に座っている雀野は、後ろの席の馬場を振り返る*

雀野:なんか女子が騒がしいな
馬場:そうだなー。んじゃ、俺は帰るわ
*馬場は自分には関係ないと気にせず、手早くリュックに荷物を詰める。肩にリュックの片側だけかけて、ガタッと椅子から立ち上がった。まだ座ったままの雀野が見上げてくる*

雀野:早いな。バイト?
馬場:颯が
雀野:お前もデートか
*機嫌良く笑う雀野に、馬場は言葉に詰まった*

馬場:でっ......(デートじゃない! って言いたいとこだけど......っ)そ、そうデート
*苦笑いで頷く馬場。雀野は興味津々の顔*

雀野:どっかいくのか?
馬場:えっと......
*馬場は言い淀み、目線を彷徨わせる。昨夜、獅子倉の家でゲームをしていた時のことを思い出した*

【回想:獅子倉の部屋】
*馬場と獅子倉はベッドで並んで、それぞれ小型ゲーム機を持っている。二人の間に人間が二人は入れそうな距離がある*

馬場:恋人の練習ぅ?
*馬場が怪訝な表情で獅子倉を見る。獅子倉は真顔でゲーム画面を見たまま、眉ひとつ動かさない*
獅子倉:そう。コウ、違和感あんだよ

馬場:そうか? 俺ら距離近いって言われるからちょうど良くね?
*馬場は母親たちに「ずっとぴったんこね」と子供の頃に微笑まれたのを思い出す。
獅子倉はこれみよがしに額に手を当てて首を振る。馬場と獅子倉の距離を指で示した*

獅子倉:この距離、近いか?
馬場:う
*獅子倉はベッドに手をつき、グッと馬場に近寄ってくる。馬場はその分、そそそっと離れた。
獅子倉はムッと眉を寄せ、唇をへの字に曲げる*

獅子倉:お前、おかしいぞ
馬場:パーソナルスペースパーソナルスペース
*馬場は内心冷や汗をかく。ひらひらと手を振って笑い、獅子倉から視線を逸らす*
馬場:(レンタル彼氏してもらった日から、お前といると緊張すんだよ! なんて言えるか!)

*適当に誤魔化そうとする馬場をジト目で見て、獅子倉は腕と足を組んだ*
獅子倉:雀野と郷里の二人、目を合わせるたび嬉しそうだったろ
馬場:まぁ......
*仲睦まじい二人を思い出して、ほわッと心が温かくなる馬場*

獅子倉:あれが恋人だ
*獅子倉の真剣な眼差しに胸が高鳴り、息を飲む馬場。動揺を悟られないために、ぎこちない笑顔を作る*
馬場:お前と......あの感じだせって?

獅子倉:そう。俺ばっか恋人っぽくしてても、意味ねぇだろ
馬場:俺のレンタル彼氏、彼氏力高すぎてついてけねぇの。俺、恋愛初心者だから
*おどけて肩をすくめる馬場。獅子倉は真顔で頷く*

獅子倉:だろうと思った
馬場:自信ありすぎ怖い
*馬場、苦笑い。獅子倉はグイグイ近づき、馬場はベッドの端っこまで追い詰められる*

獅子倉:というわけで、レンタル彼氏の彼氏力に耐性をつけていただきます
*唇の片端を上げて、楽しげな獅子倉*

【回想終了。教室】

*リュックに全て詰め終わり、チャックを閉める馬場*
馬場:(レンタル......つか、偽物の恋人でそこまでするか? と思うけど......)
*「俺もデートなんだー」と嬉しそうにしている雀野を、馬場はチラ見する*

馬場:(この笑顔を守るため!)
*馬場、心の中で拳を握りしめる*

雀野:あれ? あそこにいるのって
*雀野、窓の外を見る。馬場もつられて見た*
馬場:ん?
*窓の外、校門のそばで獅子倉を発見。女子に取り囲まれて話しているのが見える*

馬場:(お前か騒ぎの原因は)
*馬場は窓の桟に手を掛けて身を乗り出す。胸がモヤモヤして眉を寄せていると、獅子倉が顔を上げる。目が合う馬場と獅子倉。
柔らかく目を細めて片手を上げてくる獅子倉が眩しくて、馬場はドキッとした*

【大きな道路の歩道】

*車道側に獅子倉、その隣に馬場、という並びで歩いている。馬場は横目で獅子倉を見た*
馬場:で? 恋人の練習って、何すんだよ

*獅子倉は歩きながら淡々と口を開く*
獅子倉:目的地まで手を繋ぎます
馬場:普通にデートじゃねぇか
獅子倉:プラネタリウムを見ます
馬場:本気のデートじゃねぇか
獅子倉:コウを家まで送り届けます
馬場:完璧にデートじゃねぇか
*この会話中、馬場と獅子倉はスンッとした表情をしている*

*獅子倉は無表情のまま、馬場に手を差し出した*
獅子倉:というわけで、まずはお手をどうぞ
馬場:やだよ恥ずかしい
*馬場はすかさずペシッと手を叩く。獅子倉は叩かれた手を無言で見つめ、それから再び馬場に視線を戻す*

獅子倉:雀野のために、恋人の練習するんだろ?
馬場:う
獅子倉:手くらい繋げなくてどうするんだ
*正論に言い返せず、押されている馬場にもう一度手を差し出す獅子倉。馬場は観念したように目を閉じる*

馬場:うう......
*真剣な顔で差し出してくる獅子倉の手に、馬場は自分の手を乗せる。指の長い獅子倉の手は、じんわりと熱い*

(こいつと手なんて繋ぐの、何年ぶりだろ)
*子どもの頃、よく手を繋いで歩いていたのを思い出す。獅子倉の指が絡んできて、指先が緊張する。ギュッと恋人繋ぎされて、馬場はキョロキョロと首を動かして周りを確認してしまった。
誰も見てなさそうだと判断し、戸惑いながらも緩く握り返す。
子どもの時と違って、心臓のドキドキが止まらない*

馬場:恥ずかし
獅子倉:うん
*自分から言い出したくせに、無表情のまま真っ赤な獅子倉。お互いに顔を逸らして前を向き、手を繋いだまま歩き始める*

馬場:お前の顔、トマト
獅子倉:......唐辛子
*おもむろに始まる赤いものしりとり*

馬場:獅子倉
獅子倉:ラズベリー
馬場:リンゴ
獅子倉:......コでもいいか?
馬場:仕方ねぇな
獅子倉:光太郎
*二人の間に何とも言えない間がある。馬場は真っ赤な顔だが、あくまで淡々と口を開く*

馬場:今の、恋人っぽいな
*繋いでいる手は、落ち着かない。馬場はずっとにぎにぎしてしまっている。獅子倉の手は握った形で動かない*
獅子倉:レンタル彼氏だからな
*真っ赤な顔で淡々と喋りながらおかしくなって、手を繋いだまま二人で笑う*

【プラネタリウム】
*まだ明るい室内。たくさんの座席があり、その最前列に馬場と獅子倉はいる。座席やソファというよりは、二人用のふわふわした布団のようなものに寝そべっている。馬場は冷や汗をかいていた*
馬場:(まさかすぎる)
*カップルシート! 恥ずかしすぎる*

*他のカップルシートも、座席も全て人で埋まっていて、プラネタリウムが人気であることがわかる*
馬場:(予約してやがったな?)
*馬場は隣の獅子倉をチラ見する。羞恥で頬を染めた馬場の目線に気づいた獅子倉はにっこり。ドキッとする馬場*

馬場:(なんなんだこいつの彼氏力は!)
*さっと眼を天井に向ける*

馬場:(隣で寝そべってるなんて、いつものことなのに。カップルシートめ)
*獅子倉に対する自分の胸の高鳴りに、戸惑う馬場。獅子倉は悪戯っぽい顔になり、ヒソヒソ声で話しかけてくる*

獅子倉:中学の遠足でプラネタリウム来た時、コウ爆睡してたよな
馬場:どんな記憶力だお前
*呆れる馬場。獅子倉は口の片端を上げる*

獅子倉:忘れねぇよあんな間抜け面
馬場:な......
*言い換えそうとしたところで、部屋が暗くなる*

獅子倉:かわいくてさ
*獅子倉の声は、プラネタリウム開始のアナウンスでかき消された。
天井に星が広がり、とても綺麗だ。馬場はすぐに見入ってしまった。今の季節に見える、秋の星座の説明が始まる。
だが、しばらくすると気持ちよくてふわふわしてくる馬場*

馬場:(これは......寝ちまうかも......わかるぜ中学の俺。これは寝ちまうよ......颯は大丈夫か?)
*馬場が横を見ると、獅子倉はじっとこちらを見てきていた。馬場はびっくりして声が出そうになった口を押さえる。
「こっちじゃなくて上を見ろ!」という意味で手の甲を獅子倉の手にコンコンとぶつける。
すると、獅子倉は真剣に見つめてきたまま、コンコンと返してくる*

馬場:(なん......何がしたいんだこいつ?)
*声を出すわけにも逃げるわけにもいかず、戸惑う馬場。
手が触れ合ってソワソワしてしまう。自分の鼓動がうるさくて、プラネタリウムの説明なんて聞こえてこない。
獅子倉と見つめあったまま、手の甲を擦り合わせる。次は腕、肩も触れ合って、吐息がすぐそこにある*

馬場:(恋人なら、キスすんのかな)
*獅子倉とキスをするのを想像して緊張する馬場。
しかし、獅子倉はフッと柔らかく笑うと、プラネタリウムに視線も顔も戻してしまった。
何となくがっかりしつつ、馬場は自分もプラネタリウムに視線をやる*

馬場:(くっそー......俺ばっか遊ばれてて悔しい......!)
*少し驚かせてやろうと、獅子倉の肩に頭を寄せる。獅子倉は動かないし、表情も見えない*

馬場:(颯にとっては全部恋人の演技で......俺ばっか調子狂って......)
*モヤモヤした気持ちで肩に寄せた頭をぐりぐりと擦り付ける*

馬場:(でも、よく考えたらバスや電車でよくこの体勢になるし......変わり映えしないのかも......!?)
*自分だけがから回っていてもしょうがないと、体から力を抜く馬場。浮いたり沈んだりと忙しい感情の中で、獅子倉の腕が肩に回ってくる*

馬場:(う、わ......)
*獅子倉に、ぎゅっと抱き寄せられた*

馬場:(なんか、全部、アツい......)
*獅子倉が馬場の頭に頬を寄せてくるのを感じつつ、プラネタリウムを眺める*

*二人っきりの空間のようだ。ドクドクと胸が高鳴って緊張する。
落ち着こうと深呼吸してると、獅子倉に頭を撫でられる。ぽんぽんと宥めてくれる手つきはいつもの幼馴染のままで、安心してしまう*

馬場:すーすー
*獅子倉の腕の中で、結局寝てしまう馬場。獅子倉はじっと寝顔を見つめる*

獅子倉:間抜けな寝顔
*獅子倉は愛おしそうに馬場を見つめる。鼻先を馬場の髪に擦り寄せる。寝入っている馬場は、気がつかない*

【プラネタリウムの入り口前】

*ざわざわと人が入り口から流れ出ていく。目をこすりながらがっくりうなだれる馬場*
馬場:寝てた......
獅子倉:イビキはかいてなかったぞ
馬場:有益な情報どーも
*ため息をついている馬場の耳元に、獅子倉が顔を寄せる*

獅子倉:次は本物の星空も見に行こうか。......すげぇ恋人らしかったし
馬場:へ
*獅子倉が吐息が耳に触れる近さで話すので、思わず飛び退く馬場。獅子倉は腰に手を当てて余裕の表情*

獅子倉:俺の腕枕でぐっすり。恋人っぽいだろ?
馬場:ち、ちが......
獅子倉:ちがわねぇ
*狼狽えてみるみる顔が赤くなる馬場を、口元を緩めて眺める獅子倉*

*馬場は腕で赤くなった顔を隠す*
馬場:颯のせいだ
獅子倉:俺?
馬場:お前に抱きしめられるのが、気持ちよくて
*目元だけ腕の隙間から出して、獅子倉を見上げる馬場。獅子倉は目を見開いて息を飲む*
獅子倉:......
馬場:なんだよ

*獅子倉はたっぷり間をとった後、ポーカーフェイスに戻る*
獅子倉:俺のせいついでに、練習の続き
*獅子倉は早口で言葉を紡ぎ、有無を言わさず馬場の手を握る。歩き出した獅子倉の耳は赤い*


馬場:は、颯? おーい
*引っ張られる馬場は戸惑いながらも、手から伝わってくる獅子倉の熱を感じる*
馬場:(颯、マジで照れてる......?)
*気がついた馬場は「抱きしめられて気持ちいい」なんて、普通は友人に言わないことを言ったことを自覚する。ぶわっと顔が赤くなる。頭から湯気が出そうだ。
どうすることもできなくて、ただ二人は手を繋いで歩いた*