獅子倉颯(ししくら はやて)の部屋。ベッド、本棚、勉強机があり、整っている。本棚にはぎっちり本が並んでいて、勉強机には余計な物はひとつもなく、綺麗だ】

*ベッドに足を組んで座っている獅子倉に向かって、馬場光太郎(ばば こうたろう)がカーペットに勢いよく土下座する*
馬場:颯! 俺の彼氏になってください!
馬場:(まさか、幼馴染にこんなお願いをすることになるなんて......)

獅子倉:いいぞ

*獅子倉は淡々と頷いたが、馬場は聞いていない*
馬場:そうだよな! ダメだよな!
獅子倉:いいぞ
馬場:でも聞いてくれ! これには深い事情が!
獅子倉:いいって
馬場:実はクラスの友だちに、彼氏がいるって嘘ついちまって!
獅子倉:ん。だから、彼氏になるって
馬場:礼はする! この通りだ!
獅子倉:なぁ、コウ。俺の声、聞こえてるか?
*始終、淡々と頷いている獅子倉と、勢いよくカーペットに額を擦り付ける馬場*

馬場:獅子倉颯様! 俺、馬場光太郎のレンタル彼氏をやってくれ!
馬場:(......ん?)
*馬場、ようやく顔を上げる*

馬場:今、いいっていった?
獅子倉:遅すぎる
馬場:えぇ......いいのぉ?
*あくまで淡々としている獅子倉と、気の抜けた顔と声になる馬場。獅子倉はベッドを降りて、馬場の前にしゃがむ。ポンっと頭に手を乗せてきた*

獅子倉:言うって決めてたこと、全部言い切ったって感じだな

馬場:(全くもって、その通り......)

【回想:馬場のクラスの教室。ざわざわと賑やか。夏休みが終わって一週間、みんなまだ夏服である】

*馬場は窓際の席で頬杖をついている。前の席に座る友人の雀野(すずの)が馬場の方を向いて、機嫌良く喋っている*
雀野:でなー、ほんっとかわいくてさぁ
馬場:んー
雀野:それで俺、郷里(ごうり)に......って
*あくび交じりの気のない返事をする馬場。更に喋ろうとした雀野が眉を顰める*

雀野:馬場、聞いてるか?
馬場:聞いてる聞いてる。雀野の恋人がかわいい話、一億回くらい聞いてる
雀野:飽きんな!
*雀野はべシンっと馬場の額を叩いた*

馬場:イテ!
雀野:あと百億回聞け!
馬場:はいはい
*唇を尖らせている雀野と、肩をすくめる馬場。雀野はニヤリと笑う*

雀野:馬場の話も聞いてやるから。恋人できたらな
馬場:(腹立つなこいつー)実は昨日できました
雀野:え、嘘だろ!?
*ガタンッと雀野の椅子の音が鳴る。馬場は笑ったまま内心焦る*

馬場:(やっべー口が勝手に)ほんとほんと
雀野:誰だよ!
*雀野、机に身を乗り出す。馬場、内心冷や汗をかきながら唇に指を当てる*

馬場:(なんとかごまかさねぇと!)内緒
雀野:えーなんでだよー
*不満そうな雀野。馬場は口に手を当ててヒソヒソ声になる*

馬場:......実は相手が男なんだよ。だから内緒なの(何言ってんだ俺!?)
雀野:え
*雀野、目を見開く*

馬場:(さすがに困ってんな)
雀野:お、俺も
*頬を染める雀野に、今度は馬場が驚く*

馬場:へ?
*雀野、スマートフォンを弄りだす*

雀野:俺もそうなんだよ! ほら! これ、俺のかわいい郷里!
馬場:おーかわい......か、かわいい......? 恋人......ですね?
*差し出されたスマートフォン画面を見た馬場、適当に返事をしようとするも、明らかに可愛くないものを見た微妙な顔。雀野はキラキラした笑顔で馬場を覗き込んでくる*

雀野:お前は? お前の彼氏、写真は?
馬場:えっ
雀野:あるだろ! 見せろよ!
馬場:(いねぇのにあるわけねぇえええ)

*嬉しそうな雀野の勢いに負けて、スマホいじる馬場。獅子倉と映画に行って、人気アニメのキャラクターパネルと撮った写真を発見した。
獅子倉は家が隣同士の幼馴染だ。
幼稚園に入る前から仲が良く、今でも頻繁にお互いの家を行き来している。
とても優秀で有名エリート高校に通っているので、雀野とは全く面識がない*

馬場:(どうせ会うことねぇし)こいつ
*スマートフォンを見せると、雀野のテンションが上がる。周囲はそれぞれ自分の世界なので、誰も気にしていない*

雀野:スッゲェイケメン!
馬場:だろ。イケメンな上に超有名私立高在学中
雀野:へー!
*馬場、幼馴染を褒められたのが嬉しくて、ドヤ顔する。雀野は馬場の手をギュッと握る*
雀野:なぁなぁ、ダブルデートしようぜ!

【回想終了】
【獅子倉の部屋。二人はベッドに腰掛けている】

*馬場は足を開いてベッドに座り、うなだれている。獅子倉は隣で腕を組んで話を聞いている。二人は肩が触れ合う距離感*
馬場:......ってわけなんだよ
獅子倉:絵に描いたような自業自得
*あくまで淡々としている獅子倉に、馬場はため息を吐いて頭を抱えた*

馬場:あんなに嬉しそうな顔されたらさぁ......嘘だったなんて言えねぇよ
獅子倉:まぁ珍しいしな。同性同士の恋人
馬場:そうなんだよ。ダブルデートとかさ、する機会少なそう
*惚気ている雀野の笑顔を思い出した馬場は、甘えるようにぎゅっと獅子倉に抱きつく*

馬場:だからごめんー! 一週間で別れたことにするから、ダブルデートだけ付き合ってくれぇ
獅子倉:最初からいいって言ってるだろ
*ぐしゃぐしゃと頭を撫でられて、馬場は抱きついたまま上目遣いで獅子倉を見上げる*

馬場:おいくら万円で、颯様のお時間買えますか?
獅子倉:なんもいらねぇよ
馬場:それじゃ俺の気がおさまんないだろ!
獅子倉:じゃ、これもらうわ
*獅子倉が動いたので、馬場は獅子倉から身体を離す。
床に置いてあった、馬場の飲みかけのペットボトルを持ち上げる獅子倉。蓋を開けてごくごくと飲む。その後、無表情のまま、馬場の口に突っ込んできた。
ゴクっと飲み込む馬場をじっと見てくる*

獅子倉:レンタル彼氏と間接キスー
馬場:セリフと顔合ってねぇー!
*楽しげに笑う馬場の声が部屋に響く*

【正午の駅前。もう九月だが、天気が良くて暑い。たくさんの半袖の人々が行き交う。背の高い時計塔の日陰に集まる私服の四人】

*無表情で片手を上げる獅子倉*
獅子倉:どーも。エリート高校のイケメン、獅子倉です
馬場:自己紹介でマウントとんなよ(自然なのが腹立つわこいつ)
*背の高い獅子倉を睨み上げ、脇に肘打ちする馬場。獅子倉は肩をすくめた*
獅子倉:いつでもお前のツッコミ待ちなの

*馬場と獅子倉の親しげなやりとりを見て、一番背の高い男子、郷里がおおらかに笑う*

郷里:どーもー! 体力だけが取り柄の柔道部ゴリラこと、郷里です! 特技は寝技!
馬場:ゴリラを名乗るにはイケメンすぎる(寝技とか言ってんのに爽やかー)
*写真で見た通り、郷里は体格のいいスポーツマンタイプのイケメンだ。高身長のはずの獅子倉よりも背が高く、小柄な雀野の頭頂は郷里の肩くらいにある*

*馬場が体格のいい郷里の爽やかさに圧倒されていると、雀野が楽しげに笑いかけてきた*
雀野:な。俺の郷里、かわいいだろ
馬場:お前とは、一度かわいいの定義について議論したい
*馬場からすると、郷里はかわいいとは程遠い。かっこいいならわかる。額を突き合わせて話す馬場と雀野。二人を微笑ましそうに見ている獅子倉と郷里*

【ハンバーガーのチェーン店。休日の昼間のため賑わっている。テーブル席に座る四人。通路側に馬場、獅子倉。壁側に雀野、郷里】

*ハンバーガーを片手に持つ雀野が、馬場と獅子倉を見比べる。その瞳は、興味津々に輝いている*
雀野:なぁなぁ、どっちから告白したんだ?
獅子倉:俺。幼稚園の時からずっとコウのことが好きだったんだ。コツコツ信頼を積み重ねて、やっと幼馴染から抜け出せた。な?
馬場:そ、そうだな(打ち合わせ通りだけど......よくすらすらと嘘つけるな)
*淡々としている獅子倉は口角だけ上げて馬場を見る。ドキドキソワソワして相槌しか打てない馬場。雀野は「おーっ」と感嘆する*

雀野:一途! 馬場のどんなとこが好きだったんだ?
馬場:おいー。やめろって恥ずかしい
*落ち着かなくて、馬場はジュースを飲む。獅子倉はストローを噛む馬場を見下ろす*

獅子倉:友だち思いで優しいとこ
雀野:わかるー! 俺の惚気話、なんだかんだで付き合ってくれるから助かるー
獅子倉:俺も、いつも救われてんだ
雀野:へー、いつもって、例えば?
*柔らかい口調の獅子倉に、グイグイ聞く雀野。馬場はひたすらジュースを飲む*

獅子倉:幼稚園のとき、転けて泣いてたら先生連れてきてくれたとか。熱で学校休んだときに、俺が好きなラムネをプリントと一緒に持ってきてくれたとか。中学のころに......
馬場:細か過ぎて伝わらねぇ思い出
*思い出らしきものを挙げ連ねる獅子倉に、仏頂面で突っ込む馬場*

雀野:馬場、黙ってろよー。そんで中学のときに?
*雀野は馬場を制して、獅子倉に笑いかける。獅子倉はまた、ツラツラと馬場のことを語り出す*
獅子倉:受験前、しんどいなと思ったら何故か現れるんだよ。そんで「息抜き」って外に連れ出してくれた。こいつと喋りながら歩いてたら、色々どうでも良くなって。

馬場:そ、そんなの。偶然だろ
獅子倉:あとはー......寝顔が間抜けで、笑い声がやかましくて、嘘が下手で
馬場:颯! お前な! もうやめろ! 褒めてんのかけなしてんのかどっちだ!
*ガルガルする馬場に、獅子倉はふわりと優しく微笑む*

獅子倉:コウの全部が好きってこと
馬場:は......
*獅子倉の目も声も、演技にしては真剣だ。馬場は胸が大きく高鳴り、顔が真っ赤になる。獅子倉がニヤリと笑い、ツンツンと頬を突いてきた*

獅子倉:照れてる
馬場:て、照れるっつーの。当たり前だろ(ほ、本当に恋人に言うみたいな顔しやがって!)
獅子倉:かぁわいいなぁ。俺の恋人
*獅子倉はそっぽを向いた馬場の手首を掴む。そして馬場が持ってるジュースを勝手に飲んだ。
手が触れ合って緊張する馬場だが、獅子倉が自分のものみたいに馬場の物を飲み食いするのはいつものことで、お互いさまだ*

馬場:(いつものことだ。いつものこと)
*ツッコむのも不自然だと思って、馬場は何も言わない。馬場と獅子倉の様子を見て郷里がにっこり*

郷里:獅子倉くん、馬場くんのことが大好きなんだな
*しみじみ言われて、馬場は苦笑いし、目をキョロキョロ泳がせる*

馬場:そっ......そうなんだよ。うん。颯ってば、俺のこと大好きなの
郷里:俺と一緒だ
*郷里は笑顔で雀野の頬についたソースを拭ってやる。雀野は恥ずかしがることもなく、へらっと笑っている*
雀野:いっつも甘やかしてくれるんだよなぁ。俺のこと大好きでかわいい
*雀野からも郷里への大好きオーラが出ていて、馬場は微笑ましい気持ちになる*

馬場:(仲良いのはそっちだろ)......ん?
*温かい気持ちで雀野と郷里を見守っていると、獅子倉に肩を抱かれ引き寄せられた*

獅子倉:そうそう。俺、こいつのこと好きすぎて。メロついてる? って感じなんだ
*「メロついてる」なんて、言い慣れないのが伝わる単語を紡ぐ獅子倉。馬場の髪にそっと口付けを落としてくる*
「ひぇ!?」
*驚いて飛び上がる馬場。ガタンッと椅子から立ち上がった。雀野と郷里も目を丸くしている。真っ赤な顔の馬場はキスされた髪を押さえる。何も言えず、口をパクパクさせる*

馬場:(え!? キス!? キスしたのかこいつ!?)
獅子倉:照れるな照れるな。かわいいやつだな
馬場:て、照れるわ!!
*馬場は獅子倉に背を向けた。獅子倉は馬場の腕を掴む*

獅子倉:どこ行くんだよ
馬場:トイレ!
*大声で宣言してどしどし歩く。馬場を見送りながら、獅子倉が「あのさ」と、雀野と郷里に話しかけているのが聞こえる。けれど馬場はそれどころじゃない。顔は真っ赤、心臓ドキドキ*
(颯のやつー! やりすぎだろー!)

*幼馴染らしく、普段からお互い距離が近い自覚はある。でも獅子倉の「恋人」としての接触に、馬場は普段とは違うトキメキを感じてしまう*

【夕方の帰り道。馬場と獅子倉の家の近くの住宅街。人はいない。細い道を二人で並んで歩いている】

*馬場が真っ直ぐ前を向いたまま呟く*
馬場:ごめんな
獅子倉:なにが?
*同じく獅子倉が前を向いたまま無表情で聞き返す。馬場は頭を抱えてオレンジ色の天を仰いだ*
馬場:またレンタル彼氏してもらわないといけなくなった!
*雀野に「今度は四人でプールに行こうな!室内プール楽しかったんだ!」と言われたことを思い出す。立ち止まった馬場に合わせて、獅子倉は立ち止まる*

獅子倉:別れたことにしたらいいだろ
*なんでもないことのように言う獅子倉だが、馬場はグッと言葉に詰まった*

馬場:そっ......んなの......きっとガッカリする
*しょぼんとする雀野を思い浮かべ、馬場はうなだれた。獅子倉は馬場が見ていないところでフッと優しく笑う*

獅子倉:じゃ、レンタルの延長料金もらうぞ
馬場:も、もちろん! デート代も俺が......!?
*馬場はパッと表情を明るくして顔をあげた。その瞬間、獅子倉に抱きしめられた*

馬場:は、颯......?
*驚いていると、頬に大きな手が添えられる*
馬場:(手、熱い......)
*夕焼けで逆光になっていて、獅子倉の表情はよく見えない。でも、顔が近付いてきているのがわかって、思わずギュッと目を閉じた。
ドキドキしていた馬場だったが、コツンっと額と額が当たって、獅子倉の体温が離れていく。
馬場は額に手を当てて目を開けた*

馬場:......?
獅子倉:コウの貴重なキス顔、レンタル彼氏延長料としていただきましたー
*いつも通りの涼しい顔をした獅子倉が、夕陽を背に優雅に腰を折った。馬場は耳や首まで真っ赤になる。ホッとしたような、少し残念なような、不思議な気持ちだ*

馬場:な、なななんだそれ
獅子倉:彼氏だし? キス顔くらい知っとこうかと
馬場:あいつらの前だけでいいんだよ!
*恥ずかしくて、混乱したまま、馬場は獅子倉に背を向ける。乱暴な足取りで離れていく*

獅子倉:かわい。......恋人なら、もう少し練習しねぇとな
*家に入っていく背中を見守る獅子倉のつぶやきは、馬場には聞こえない*

【馬場の部屋。夕焼けが差し込んでいる。部屋は朝の準備のまま散らかっている】

*部屋に入るなり、ドアの近くでしゃがみ込む馬場。大きく鳴り続ける胸をギュッと掴む*
馬場:(なんだってんだ。あいつの距離が近いなんて、いつものことだろ)
*「コウの全部が好きってことだ」と言った獅子倉を思い出す。声も顔も、頭から離れない*

馬場:(彼氏なんて名目で遊んだからだ! しっかりしろ俺! 颯だぞ!)
*人生のほとんどを一緒に過ごしたけど「好き」なんて言われたの初めてだったから、演技なのにドキドキしてしまった。部屋が暗くなるまでそのままでいたのに、心音はなかなかおさまらなかった*