夕闇迫る森の中。四人は緊張した面持ちで息を潜めていた。
「あと少し……奴らが完全に姿を現したら仕掛けるぞ」
アッシュの低い声に、航希とエルミナ、そしてフィオネが頷く。
「航希さん、指輪の能力は……?」
「さっきから頭に図形みたいなものが浮かんでくるんだ……けど、まだ完璧には扱えない」
「無理しないでください。私も援護しますから」
エルミナの言葉に航希は小さく微笑んだが、すぐに表情を引き締めた。
「来た……」
木々の間から黒装束の一団が現れる。しかし今日の敵は今までと違う。中央に立つ男は漆黒のマントを羽織り、右腕には禍々しい紋章が刻まれていた。
「七死司祭……!」

アッシュが思わず声を漏らす。その名を聞いた瞬間、航希の肌が粟立った。
「やっと会えたね……運命の器くん」
男がゆっくりと顔を上げる。隻眼の瞳が怪しく光っていた。
「僕はギル=ナイトメア。深淵教団七死司祭の一人だ」
その言葉と同時に周囲の空気が重くなる。まるで見えない鎖に締め付けられるかのような感覚に航希は呻いた。
「みんな……気をつけろ。こいつは……」
言い終わる前にギルが右手を上げた。

「お喋りはここまでさ。そろそろ始めようか」
パチン!指を鳴らす音と共に地面が揺れる。そして──
ズシャッ!
巨大な獣が地中から飛び出してきた。真紅の毛並みと黄金色の瞳。まるで炎そのものが具現化したような存在だった。
「これは……地獄の番犬『カーシュ』」
エルミナが震える声で呟く。
「私の祖母から聞きました。古代の魔獣です」

「へぇ……よく知ってるね。でも知ってても勝てるわけじゃないけどね」
ギルが楽しそうに笑う。
「航希さん!逃げましょう!」
フィオネが弓を構えながら警告するが、航希は動けなかった。
(体が思うように……)
指輪を見つめる。浮かぶ図形がより複雑になっている。これが答えか?
「指輪よ……俺に力を貸してくれ!」
航希が強く念じた瞬間──
指輪が眩い光を放った。
「なっ……!?」
ギルが初めて驚愕の表情を浮かべる。そしてカーシュの動きが鈍くなった。
「これは……『精神干渉』……?」
指輪の力がギルの魔獣操作に干渉しているのだ。
「航希さん……すごい……」
エルミナが感嘆の声を漏らす。しかし航希自身も驚いていた。
(こんなことが……)
「面白い!ならばこちらも本気を出そう!」
ギルの表情が変わり、右手に禍々しい短剣が現れる。それはまるで生きているかのように脈打っていた。
「『禁断の刃』……触れただけで魂を喰らう」

その言葉と同時にギルが攻撃を仕掛けてきた。高速で迫る刃に航希は反射的に指輪に念を送る。
バチィン!
青白い火花と共に刃が弾かれる。だが衝撃で航希は吹き飛ばされてしまった。
「航希さん!!」
エルミナが駆け寄ろうとするが、カーシュの咆哮に足が竦む。
「ダメだ……これ以上は……」
アッシュが舌打ちをする。この状況は明らかに不利だった。
(何か方法は……)
その時、航希の頭の中に新しい図形が浮かんだ。それは三つの円が組み合わさったような複雑なものだった。
「……『共鳴強化』……?」
呟いた瞬間、アッシュとフィオネの武器が淡い光を帯び始めた。
「なんだこれ……?力が……湧いてくる!?」
アッシュが驚きの声を上げる。
「航希さん……もしかして私たちの力を増幅してくれたんですか?」
フィオネの目が輝く。
「わからない……でも……やってみよう!」
航希が叫ぶと同時に二人は動き出した。アッシュの剣がカーシュの爪を受け止め、フィオネの矢が正確にその目に命中する。
「くっ……小賢しい……!」
ギルが苛立ちの表情を浮かべた瞬間、エルミナの掌から緑色の光が溢れ出した。
「『治癒の波動』……みんなの傷を癒します!」
光の波が全員を包み込み、体力が回復していく。
「これは……一体……?」
ギルの表情が歪む。自分が操るはずの魔獣が押し返されているのだ。
「貴様ら……調子に乗るなよ」