パチパチ……焚き火の音だけが静かな森に響いていた。
「それで……これからどうする?」
航希が炙った魚を齧りながら尋ねる。エルミナは小さく笑った。
「まずは北東の『迷いの森』を目指すべきです。あの地には古いエルフの結界があって……」
その時──
ザザッ!
茂みが揺れる音がした。エルミナの表情が凍りつく。
「来ました……」
「教団か?」
「はい、おそらくですが。」
航希は立ち上がった。拳を握ると、微かな熱を感じる。
(またあの力を使うことになるのか)
「走ろう」
二人は同時に森の中へ駆け出した。しかし──

グォォォン!

巨大な影が樹上から降ってきた。黒装束の男たちが数十人。そして先頭には紅い衣装の男。
「エルミナ=シルヴェル……我が教団の贄となれ」
航希はエルミナを庇うように立ちはだかる。
「誰がテメェらなんかに渡すかよ」

(こいつら……普通じゃない)
紅服の男が手をかざすと空間が歪むように見えた。
(これは……まさか異能?)
航希は一瞬で思考を巡らせる。前世のアニメ知識と現実の直感が融合していく。
(だったら俺も──)
彼は無意識に手のひらを広げた。そこから溢れ出す銀色の光。
「何だと!?」
紅服の男の驚愕の声をかき消すように、航希の拳が空間の歪みを打ち砕いた。

グシャン!!
空気が震え、教団の隊列が崩れる。
「下がれ!こいつは……『運命の器』だ!」
混乱の中、エルミナが航希の腕を掴んだ。
「航希さん!今のうちに……」
二人は再び森の中を疾走する。しかし教団の追跡は終わらない。
(このままじゃマズい。何か策を考えないと)
航希は考えた。前世の記憶と今の身体能力を融合させる方法を。

「エルミナ、あの川まで行こう」
「え?でもあそこは……」
「大丈夫だ。俺に考えがある」

二人は息を切らせて急流へと向かった。背後からは教団の追っ手の足音が迫る。
(ここで決めないと)

航希は岩陰に隠れながら、掌を水面に向けた。イメージするのはかつて見たアニメの水操作術。

バシュッ!
突如、川面が渦を巻き始めた。
「航希さん……!」エルミナが驚きの声をあげる。
「見ててくれ。これが俺の『力』だ」

グォォン!!
巨大な水柱が立ち上がり、教団の追っ手を押し流していく。彼らは驚愕の表情を浮かべながら水流に飲まれていった。
「すごい……航希さん!」
エルミナが喜びの声を上げる。

しかし──

「まだ終わりではない」

バチバチ!
電気のような閃光が水中を走る。
「な……なんだこの力は!?」
教団兵たちの怒号が渓谷に響く中、紅服の男──深淵教団長ゼインが杖を掲げた。
「愚かな……運命の器などと!」

グォオオン!!

ゼインの杖から漆黒の闇が噴出し、渦巻く水流を飲み込んでいく。航希は息を呑んだ。
(マジかよ……)

「航希さん!」
エルミナが航希の袖を引く。彼女の金色の瞳が恐怖で揺れていた。
「あの方は……教団幹部です!」

ゼインが不敵に笑う。「エルミナ・シルヴェル……お前の血は千年の闇を浄化するための贄となる」

航希は拳を握りしめた。(クソ……どうすれば……)

その時──
チリッ!
指先に微かな刺激を感じた。視線を落とすと、左手の薬指に嵌めた奇妙な指輪が青白く光っている。
(なんだこの指輪……?)

「航希さん……その指輪!」
そう、航希がつけていた指輪はハーフエルフ族に代々伝わるものだったのである。シルヴェルの血統に相応しい者がつけているときにしか効力を発揮しないはずなのだ。

「シルヴェルの指輪か!しかし貴様に扱えると思うか?!」
ゼインの嘲笑が森に響く。

航希は指輪を凝視した。心の奥底から湧き上がる不思議な感覚。
(使えるかどうかわからねぇけど……)

指輪に意識を集中させる。すると──
ブォン!
指輪を中心に半透明の青白い魔法陣が地面に広がった。

「な……何だこの陣は!?」ゼインが狼狽える。
「これは……守護の陣!」エルミナが息を呑んだ。

魔法陣から淡い光の壁が立ち上がり、教団兵たちの攻撃をはじき返す。
「ぐぁっ!」「なんだこの障壁は!?」
教団兵たちが困惑する中、航希はさらに強く念じた。

ブワッ!
指輪から眩い青白い光が迸り、空を覆うような巨大な龍の幻影が現れる。
「こ……これは!」ゼインの表情が初めて歪む。

《選ばれし者の意志に応じて……》