翌朝、航希が目を覚ますとエルミナの姿はなかった。洞窟の外からは朝露に濡れた草木の香りが漂ってくる。
「おはようございます!」
岩陰からひょっこり顔を出したエルミナの手には採れたてのキノコが握られていた。
「朝ごはんにしましょう!栄養たっぷりですよ♪」
昨夜の悲劇的な告白は嘘のように明るい笑顔だ。航希は微笑みながらも首を傾げた。
(そういえば昨日……森の中で俺が何かをしたとか言ってたな?まぁ、いっか)

「じゃあ早速焼きましょうか!」
エルミナが採ってきたキノコをそのまま串に刺し始めた。
「おい待て!」
航希が思わず立ち上がった。エルミナが不思議そうに見上げる。
「どうかしました?」
「そのまま焼いたらダメだろ!毒キノコかもしれねぇし……あらってもねぇし」

自分で言いながら航希は違和感を覚えた。なぜこんなにキノコに詳しいんだ?
(キャンプファイヤー?家庭科の授業?)
脳裏にぼんやりとした映像が浮かび始める。見慣れない服装の人々、白い調理台……。
「航希さん……?」
エルミナが心配そうに覗き込む。航希は頭を振った。
「いや……なんでもねぇ。昔……見た気がするんだ。料理番組かな……?」

「料理番組……?」エルミナが首を傾げた。「何ですかそれ?」
航希はハッと気づいた。そうだ、この世界に電気もないのにテレビなんてあるわけがない。
「いや……なんでもない。とにかく洗わないとマズいだろ!」
エルミナが大きな水筒から水を注ぎ始める。「洗ったら食べられますよね?」
「そりゃ……多分……」
そのときだった。
(ピコン!)
航希の脳内で何かが弾けた。
(『キノコの下処理方法』……『石づき切り方』……)
まるでYouTube動画のサムネイルが頭に浮かぶような感覚。調理実習の記憶が次々とよみがえってくる。
「なんだこれ……記憶が……?」
エルミナが驚いたように航希の顔を覗きこんでいる。その金色の瞳が揺れている。

「航希さん……?大丈夫ですか?顔色が……」
次の瞬間──
(パリン!)
航希の頭の中で何かが砕け散った。
「う……!」
突然の激痛に額を押さえる。エルミナが慌てて支えようとする。
(車のクラクション……迫るヘッドライト……アスファルトの匂い……)
(誰かの絶叫……「止まれ!」という叫び……)
(胸を貫く衝撃……鉄の味……)
(そうか、思い出したぞ……)

航希の脳裏に鮮明によみがえったのは日本の生活だった。高校の制服。母親の手料理。通学路の街並み。そして最後の瞬間──
(赤信号を無視したトラック……飛び出した子供……咄嗟に体が動いて……)
「航希さん!」エルミナの声に我に返る。
「大丈夫だ……ちょっと昔の夢を……」航希は言いかけて口を閉じた。彼女の潤んだ瞳を見た瞬間、決意が固まった。
(この世界の少女に前世の記憶なんて話しても仕方ない。それに……)
航希はゆっくりと起き上がり、エルミナの肩に手をおいた。

(今はこの少女を安心させたい)
航希はゆっくりと起き上がり、エルミナの肩に手をおいた。

「悪ぃ、大丈夫だ」
彼の声は低く優しかった。エルミナの金色の瞳が不安げに揺れる。
「本当に……?苦しそうでしたよ……」
航希は少し考えてから答えた。
「単なる寝ぼけさ。」
「なら、私の名前わかりますか?」
「わかる。エルミナだろ?」
エルミナがパッと明るい表情になった。
「はい!エルミナ=シルヴェルです!なら、大丈夫ですね!」
航希は頷いた。(思い出した……全部な)
彼は心の中で呟いた。自分が高校生だったことも、事故で亡くなったことも。
でもそれはもう過去のことだ。今目の前にいるのはエルミナ──俺の恩人だと信じて疑わない純粋な少女。
「それより飯にしようぜ。腹減ったしな」
エルミナが嬉しそうに微笑んだ。
「はい!じゃあお湯を沸かしますね」
(この少女、いや、エルミナを助けよう)
航希はそう心に誓った。