「きゃあぁぁっ!」
少女の甲高い悲鳴が耳をつんざく。
視界がスローモーションになる。
迫り来る大型トラックのヘッドライトが眩しい。
運転席の男性が必死にブレーキを踏むのが見える。
しかし間に合わない——距離はわずか数メートル。

(間に合え……!)
本能だけで体が動いた。
アスファルトを蹴る足音が遠くなる。
伸ばした腕が少女の肩に触れた瞬間——
「ぐぁっ」
轟音と共に視界が真っ赤に染まった。
体が宙に浮き、骨が砕けるような激痛が走る。
最後に見たのは、恐怖に凍りついた少女の瞳だった。
「お兄ちゃん……」

―――
目を開けると、そこは光の海だった。
柔らかな波紋が広がる空間に、一人の女性が立っている。
長い金色の髪が風もないのに靡き、碧色の瞳が穏やかにゆれている。
「あなたはまだ若すぎる魂よ」
声の主は透明な翼を持つ女性だった。しかし彼女は自らを「管理者」と名乗った。
「私は神ではない。ただ魂の循環を管理している存在よ」

「俺は……死んだのか?」
体が透けていることに気づいて航希は驚愕した。

「そう。しかしあなたの善意が世界の法則を揺るがしたわ。本来なら消滅するはずだった魂が『保存』された」

管理者は手をかざすと空中に青い惑星が映し出される。
「ここはあなたが生きていた世界よりも魔力が濃い世界。そこにあなたの魂を送りましょう」

「待ってください!なぜ俺を?」

「あなたの最期の願いが聞こえたわ」
彼女の瞳が優しく輝いた。
「あなたの最期の願い『人を救いたい』——その想いがあなたを特別な魂へと昇華させたわ」

管理者は水晶のような指輪を取り出した。
「これは『救済者の証』。あなたの力となる神器よ。ただし注意して——」

突然、光の波紋が乱れる。
「時間がないわ。この指輪があなたの守護となってくれるでしょう」

航希の意識が薄れていく中で最後の言葉が響いた。
「あなたが最も必要とされる場所に届きますように——」

――

「おい小僧!何ぼーっとしてるんだ!」
怒鳴り声で航希は飛び上がった。

見知らぬ酒場のテーブルに座っていた。手元には湯気の立つシチューと硬そうなパンがある。
「注文しておいて寝るのは客の礼儀じゃねぇぞ!」
禿頭の大男がグラスを叩きつけながら威圧してきた。


(なんだこれ……夢じゃないよな?)
周囲を見渡すと明らかに異質な光景だった。
皮鎧を着たおっさんばっかり。

「すみません……!つい考え事をしていて……」
反射的に謝る航希だったが、大男の顔はさらに険しくなった。

「考え事だぁ?金も払わず人の店で偉そうに……!」

拳を振り上げた瞬間——

「もうやめてくれ!」

鋭い声と共に一人の少女が駆け寄ってきた。
腰まで伸びた銀色の髪が月光のように輝いている。耳先はエルフ特有の尖り具合。

「この人……私の恩人なの」

少女は震える声で訴えた。

「あん?嬢ちゃんが?」
大男は訝しげに航希を睨みつける。
航希も困惑した。
(恩人って……?俺この子と会ったことあるのか?)

「恩人だと?どういう関係だ」
店主は不審げに二人を見比べる。
「説明してくれよ」
航希も首を傾げるしかなかった。

銀髪の少女は一歩前に出た。
「この人は私を『救ってくれた』の」
震える指先が航希の袖をつかむ。「三日前のこと……覚えてないんですか?」

記憶を探るが何も思い出せない。
(転生直後で記憶が混乱しているんだろうか……)

「ちっ、わけわかんねえな」
店主は苛立ちを隠さない。
「とにかく食い逃げは許さんぞ!」

そのとき——
店内の扉が勢いよく開き、黒いローブの集団が現れた。

「騒がしいな」
先頭の男が低い声で言う。
「この街にはもう用はない。だが……興味深いものを見つけた」

彼らの視線は銀髪の少女に向けられていた。
「例の『聖血の乙女』だ。連れていけ」
黒ローブの男たちが近づいてきたからだ。店内は水を打ったように静まり返る。

「出ていけ。ここは俺の店だ」
大男の声は低く響く。

「抵抗しても無駄だ」
先頭の男が杖を掲げる。「我々は『深淵教団』。逆らう者は皆——」

「嫌だっ!」
銀髪の少女が叫ぶ。「誰がお前たちなんかに……!」

彼女の震える背中に航希は違和感を覚えた。(何か知っている……この少女はただの村娘じゃない)
「航希さん!お願い助けて……!」