春輝くんの行きたい場所へあちこち付き合うようになって、夏休みも何度か一緒に出かけた。お化け屋敷では春輝くんの爆笑が響いて、俺がビビってしまった。ちょっと遠出をしたり、カラオケの大きな画面でライブ映像を見たりもした。
夏休みが明けて放課後、圭吾の家でゲームをしている。蛍光灯の白い光が部屋を照らす。
俺はソファーに座り直して、コントローラーを握りしめた。
「理玖、次は春輝くんとどこ行くの?」
「どこだっけな……あ、確か夏祭りだ。屋台で何か買って、春輝くん家で食べる予定」
「それもAsterの誰かが行ったとこ?」
どうだろ、と俺は首を傾げた。
「俺はもうAster関係なく普通に楽しんじゃってるから、わかんねぇわ」
「春輝くんと出かけるの楽しそうだもんな」
「うん、後輩と楽しんでるだけになってる。春輝くんはたまにアクスタ出して写真撮ったりしてるよ」
あと、俺とも必ず撮るようになった。あれだけ苦手意識があった写真も、マスクをしてれば平気になってきた。
圭吾や他の友達とも気軽に撮れるようになったのは、ありがたい。
「……春輝くんて、理玖のこと好きだよな」
隣で膝を立てた圭吾がメガネを押し上げながら、コントローラーをカチカチ鳴らす。俺はボタンを押すタイミングを間違えて、画面の中のキャラクターが攻撃を受けてしまった。
「都合良く一緒に行ってくれる人見つけて、ラッキーくらいなんじゃねぇの」
「そこ卑下すんなよ。慕ってくれてんのはわかるだろ」
「まあ、そうか……そうだな」
好きという言葉に、背筋に電流が走ったような感覚があった。後輩として、俺を慕ってくれているのはわかる。
俺も、ただの先輩としての距離感でいられていると思う。そう願いたい。
恋愛をする気になれないと思ってたくせに。会うたびに胸の奥で何かが動き出すのを感じている。
かわいいんだもんなぁ。ずるいよな。
あくまでも俺は先輩として、今のままでいたい。
「彼女から、怒られねぇように気をつけないとな」
自分に言い聞かせるように言った。今は浮かれてるだけだ。
俺はガンガンと何度もボタンを押して、敵を倒していく。
「え、春輝くんて彼女いんの?」
圭吾の驚きが混じった声。圭吾のアシストで画面の色が塗り換わっていった。
「ライブとかアルバム発売記念のイベントとか、そういうのはぜんぶ莉奈さんと行くんだって」
「それは彼女かわかんないだろ」
「普段は莉奈さんといること多いみたいだし、どう考えても彼女だろ」
わざわざ彼女いるかなんて、訊くまでもない。これ以上話しても虚しくなりそうで、俺は「圭吾は彼女とどう?」と続けた。
「俺も彼女と夏祭りの予定ある。そうだ、理玖って夏祭りで浴衣着る?」
「春輝くんとは行くって話だけだった。そもそも俺は浴衣持ってねぇわ」
「やっぱそうだよな。彼女と着ようってなって、浴衣買ったんだけど理玖も着る? 貸すよ」
春輝くんにも聞いてみろよ、と脇腹を突かれた。ぎゃっと声が漏れる。
勝ちが表示された画面を確認して、コントローラーを置いてスマホを手に取る。まだ突いてこようとする圭吾を横目に、春輝くんとのトーク画面を開く。浴衣を着て回らないかと打った。
「男2人で浴衣ってどうなんだよ。ありなのか?」
想像したら楽しそうではあるけど、周りからの見え方が気になってしまう。
「いいじゃん。楽しそうだろ。夏祭りは楽しんだもん勝ちなんだよ」
圭吾はゲーム画面を切り替えて、1人別のゲームを進める。
俺はスマホ画面に目を落として、既読になるのを待った。バイトかな。
「電話しちゃえば?」
「いや、さすがにそれは。今圭吾といるし」
「俺は気にしないし、色々手っ取り早くない?」
そうなのかな。既読にならないってことは忙しいのかもしれない。電話したところで出ない可能性だってある。
「とりあえず電話しとけよ。俺、冷蔵庫からおやつ持ってくるから」
スクッと立ち上がった圭吾が、手をひらひらさせながら部屋を出ていく。気を利かせてくれた背中を見送って、閉まったドアから視線を戻す。
既読のつかない文字をなぞった。
出てくれるかな。ソファーに正座して、呼吸を整える。よし、電話してみるか。
「……あっ、もしもし。春輝くん?」
コール音が長く続いて、手のひらが汗ばむ。切るタイミングを失ったところで繋がった。
『はいっ、春輝、です。桑原先輩、どうしたんですか?』
声が聞こえた瞬間、喉の奥がぎゅっと苦しくなった。鼓動が体全体に響いて、息を呑む。
どうにか開いた口から出てきた「あのさ」が情けない小ささで、咳払いをした。
「今さっきちょうど送った……夏祭り浴衣で行かねぇかなって。そんだけ、なんだけど」
スマホを握る手に力が入って、指がこわばる。
「2人で浴衣、ってことですか?」
「うん、そうなるね」
えっと漏れたような春輝くんの声の後、数秒の沈黙。どっちなんだろう。反応が見えない。
「あ、浴衣で行きます! 浴衣持ってないんで、今ちょっとネットで見ちゃってました」
ハッとした様子で、慌てた答えが返ってきた。春輝くんが続けて「すぐ買えば届きそうです」と言って、あまりのスピード感に吹き出してしまった。
「浴衣なくても大丈夫だよ」
「買います。せっかく夏祭り行くなら、浴衣着たいですよね」
「おー、そうなのか。春輝くんが着たいならよかった。この前見せてくれた柊奏多が着てたような色味、春輝くんも似合いそうだよね」
うわ、ちょっと待て。今の発言は変だったかもしれない。似合いそうって想像したのやばいやつだろ。
背筋が伸びて、肩に力が入った。
「……じゃあ、そういう色味探して買ってみます」
気にしていなさそうな返事に安堵する。もしくはスルーしてくれたのであれば感謝だ。
「うん。当日楽しみにしてる」
「俺も楽しみにしてます」
電話を切って、力が抜けた。体勢を崩して、ソファーのひじ掛けに倒れ込む。心臓バクバクだ。
「理玖、顔真っ赤だな。頑張れた?」と、見計らったように圭吾が戻ってきた。
「見ればわかるだろ」
「お疲れ、やったじゃん。浴衣デート楽しめよ」
圭吾は目の前のテーブルにケーキと紅茶を置いてくれた。俺はショートケーキにフォークを入れて「デートじゃねぇよ」と苦笑した。
夏休みが明けて放課後、圭吾の家でゲームをしている。蛍光灯の白い光が部屋を照らす。
俺はソファーに座り直して、コントローラーを握りしめた。
「理玖、次は春輝くんとどこ行くの?」
「どこだっけな……あ、確か夏祭りだ。屋台で何か買って、春輝くん家で食べる予定」
「それもAsterの誰かが行ったとこ?」
どうだろ、と俺は首を傾げた。
「俺はもうAster関係なく普通に楽しんじゃってるから、わかんねぇわ」
「春輝くんと出かけるの楽しそうだもんな」
「うん、後輩と楽しんでるだけになってる。春輝くんはたまにアクスタ出して写真撮ったりしてるよ」
あと、俺とも必ず撮るようになった。あれだけ苦手意識があった写真も、マスクをしてれば平気になってきた。
圭吾や他の友達とも気軽に撮れるようになったのは、ありがたい。
「……春輝くんて、理玖のこと好きだよな」
隣で膝を立てた圭吾がメガネを押し上げながら、コントローラーをカチカチ鳴らす。俺はボタンを押すタイミングを間違えて、画面の中のキャラクターが攻撃を受けてしまった。
「都合良く一緒に行ってくれる人見つけて、ラッキーくらいなんじゃねぇの」
「そこ卑下すんなよ。慕ってくれてんのはわかるだろ」
「まあ、そうか……そうだな」
好きという言葉に、背筋に電流が走ったような感覚があった。後輩として、俺を慕ってくれているのはわかる。
俺も、ただの先輩としての距離感でいられていると思う。そう願いたい。
恋愛をする気になれないと思ってたくせに。会うたびに胸の奥で何かが動き出すのを感じている。
かわいいんだもんなぁ。ずるいよな。
あくまでも俺は先輩として、今のままでいたい。
「彼女から、怒られねぇように気をつけないとな」
自分に言い聞かせるように言った。今は浮かれてるだけだ。
俺はガンガンと何度もボタンを押して、敵を倒していく。
「え、春輝くんて彼女いんの?」
圭吾の驚きが混じった声。圭吾のアシストで画面の色が塗り換わっていった。
「ライブとかアルバム発売記念のイベントとか、そういうのはぜんぶ莉奈さんと行くんだって」
「それは彼女かわかんないだろ」
「普段は莉奈さんといること多いみたいだし、どう考えても彼女だろ」
わざわざ彼女いるかなんて、訊くまでもない。これ以上話しても虚しくなりそうで、俺は「圭吾は彼女とどう?」と続けた。
「俺も彼女と夏祭りの予定ある。そうだ、理玖って夏祭りで浴衣着る?」
「春輝くんとは行くって話だけだった。そもそも俺は浴衣持ってねぇわ」
「やっぱそうだよな。彼女と着ようってなって、浴衣買ったんだけど理玖も着る? 貸すよ」
春輝くんにも聞いてみろよ、と脇腹を突かれた。ぎゃっと声が漏れる。
勝ちが表示された画面を確認して、コントローラーを置いてスマホを手に取る。まだ突いてこようとする圭吾を横目に、春輝くんとのトーク画面を開く。浴衣を着て回らないかと打った。
「男2人で浴衣ってどうなんだよ。ありなのか?」
想像したら楽しそうではあるけど、周りからの見え方が気になってしまう。
「いいじゃん。楽しそうだろ。夏祭りは楽しんだもん勝ちなんだよ」
圭吾はゲーム画面を切り替えて、1人別のゲームを進める。
俺はスマホ画面に目を落として、既読になるのを待った。バイトかな。
「電話しちゃえば?」
「いや、さすがにそれは。今圭吾といるし」
「俺は気にしないし、色々手っ取り早くない?」
そうなのかな。既読にならないってことは忙しいのかもしれない。電話したところで出ない可能性だってある。
「とりあえず電話しとけよ。俺、冷蔵庫からおやつ持ってくるから」
スクッと立ち上がった圭吾が、手をひらひらさせながら部屋を出ていく。気を利かせてくれた背中を見送って、閉まったドアから視線を戻す。
既読のつかない文字をなぞった。
出てくれるかな。ソファーに正座して、呼吸を整える。よし、電話してみるか。
「……あっ、もしもし。春輝くん?」
コール音が長く続いて、手のひらが汗ばむ。切るタイミングを失ったところで繋がった。
『はいっ、春輝、です。桑原先輩、どうしたんですか?』
声が聞こえた瞬間、喉の奥がぎゅっと苦しくなった。鼓動が体全体に響いて、息を呑む。
どうにか開いた口から出てきた「あのさ」が情けない小ささで、咳払いをした。
「今さっきちょうど送った……夏祭り浴衣で行かねぇかなって。そんだけ、なんだけど」
スマホを握る手に力が入って、指がこわばる。
「2人で浴衣、ってことですか?」
「うん、そうなるね」
えっと漏れたような春輝くんの声の後、数秒の沈黙。どっちなんだろう。反応が見えない。
「あ、浴衣で行きます! 浴衣持ってないんで、今ちょっとネットで見ちゃってました」
ハッとした様子で、慌てた答えが返ってきた。春輝くんが続けて「すぐ買えば届きそうです」と言って、あまりのスピード感に吹き出してしまった。
「浴衣なくても大丈夫だよ」
「買います。せっかく夏祭り行くなら、浴衣着たいですよね」
「おー、そうなのか。春輝くんが着たいならよかった。この前見せてくれた柊奏多が着てたような色味、春輝くんも似合いそうだよね」
うわ、ちょっと待て。今の発言は変だったかもしれない。似合いそうって想像したのやばいやつだろ。
背筋が伸びて、肩に力が入った。
「……じゃあ、そういう色味探して買ってみます」
気にしていなさそうな返事に安堵する。もしくはスルーしてくれたのであれば感謝だ。
「うん。当日楽しみにしてる」
「俺も楽しみにしてます」
電話を切って、力が抜けた。体勢を崩して、ソファーのひじ掛けに倒れ込む。心臓バクバクだ。
「理玖、顔真っ赤だな。頑張れた?」と、見計らったように圭吾が戻ってきた。
「見ればわかるだろ」
「お疲れ、やったじゃん。浴衣デート楽しめよ」
圭吾は目の前のテーブルにケーキと紅茶を置いてくれた。俺はショートケーキにフォークを入れて「デートじゃねぇよ」と苦笑した。



