次の日は無事復活できて、昼休みにいつもの場所で圭吾に春輝くんと付き合うことになった話をした。

「やっぱうまくいったか」
「やっぱって何だよ。個人情報の流出反対」

 思ってはないが、一応不満として伝えておく。春輝くんに風邪をひいた理由まで筒抜けなのは、ちょっと恥ずかしかった。

「昨日、春輝くんが教室来たときに理玖と何かあったんだろうなーって感じだったから色々教えた。住所勝手に教えたのは悪かったよ」
「全然いいけど、色々は気になる。え、住所と俺が風邪ひいた理由以外にもあんの?」

 にやにやする圭吾を横目に訊ねる。色々あったことも話すべきかなと悩んでいると、圭吾は気にする様子もなく口を開いた。

「内緒。けど、春輝くんが言ったら聞いていいよ。春輝くんがちょっと恥ずかしいってことかもしれないから」

 え、何それ。全然意味がわかんねぇんだけど。

 卵焼きを咀嚼して飲み込む。嫌な感じはしない。ただ答えを見つけられず、もやもやが広がる一方だった。

「俺が恥ずかしいってことではねぇの?」
「たぶん。あ、けど春輝くんに莉奈さんと付き合ってるの? とは訊いたかな」
「春輝くん何て?」
「隣にいる莉奈さんがありえませんって答えてた」

 莉奈さんもいたのかよ。その状況で訊ける圭吾すげぇな。

 どんな会話だったのかますます気になった。放課後、春輝くんとも会う予定だから訊いてみようかな。

 まずは莉奈さんに嘘をついたことを謝るつもりでいる。

「よかったな、理玖」
「うん、ありがとう」
「のろけはいつでも聞いてやるから、俺のも聞いて」
「圭吾のはいつも聞いてるだろ」

 おすすめのデートスポットは任せろよ、と言われて、心強かった。

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 放課後、莉奈さんに謝りに行くと、先に莉奈さんからぺこぺこ謝られてしまった。がらんとした教室に莉奈さんの謝罪が響き渡る。

「そんな。ほんと、俺がいらない気を回してごめんね」
「いやもう全然! わたしは春輝のこと大事な親友だと思ってるけど、桑原先輩が嫌だなって思うなら一緒にイベント行くの減らすとかできるので」

 ううん、と慌てて首を横に振る。春輝くんだって莉奈さんのことを大事に想っているのは伝わる。俺がその関係性にとやかく言うつもりはまったくない。

「俺は好きな人を縛りたいと思ってないし、莉奈さんの大事な親友を取り上げようとも思ってないよ。だから、誤解していてごめんってことで許してほしい」
「許すも何も! わたしはめっちゃ嬉しいですよぉ」

 よかったねぇ、春輝。莉奈さんはにこにこしながら、隣にいる春輝くんの背中をバシバシ叩いた。春輝くんは「いって」と苦笑する。

「ちなみにわたしの好きな人のことって春輝から聞いてますか?」
「え、あ、好きな人がいるってことは」
「わたし、悠真が好きなんです。だから安心しててくださいね」

 一瞬よくわからなくて、間が空いてしまった。すかさず莉奈さんが「Asterの」と付け加えてくれたおかげで、理解した。

「そうなんだね。教えてくれてありがとう」
「いい人ですよねぇ。自分で言っといてあれですけど、普通引きません? アイドルのリアコとか」
「俺は、人を好きになるのもすごい勇気がいることだなって思うから。引くって感覚はわかんないかなぁ」

 莉奈さんは目尻を下げて微笑んだ。

「ありがとうございます。それじゃ、邪魔者は帰りまぁす」

 邪魔なんて思ってないよと俺が答えようとすると、春輝くんが「早く帰れよー」と茶化した。

「うるさい、言われなくても帰るから! 桑原先輩、春輝は桑原先輩と最初に会った後に感じ悪かったことを大反省会してましたからね! さようならっ!」

 まくし立てるように言って、莉奈さんは走って教室を飛び出してしまった。俺は「またね」と声をかけたが、聞こえなかったかもしれない。

 横を向いて、片手で口元を覆っている春輝くんに「大反省会したの?」と訊ねる。莉奈さんから、そのことを言われると思ってなかったみたいだ。

「……しました」

 莉奈のやつ、と呟く春輝くん。早く帰れと茶化した仕返しをされたんだから、仕方ないと思う。

「そうなんだ。いいこと聞いたなぁ」
「もういいでしょ。ほんとにあれは反省したんで!」

 よっぽど恥ずかしかったらしく、ほんのり頬に赤みが差している。かわいい。

 俺も圭吾と言い合うと勝てないから、春輝くんの気持ちがわかる。

「あ、ねぇ。春輝くん、そういや昨日って圭吾と何話したの?」
「それもこのタイミングで言います?」

 春輝くんが恥ずかしいかもって言われてたっけ。気になって訊いてしまった。言いたくなかったかな。

 話さなくてもいいよと言ってあげたいところだけど、知りたい。

 はー、と長く息を吐いた春輝くんは、覚悟を決めたようにこちらを向いた。

「……圭吾先輩って、理玖先輩の何なんですかって言いました。あの人、理玖先輩に対してのガードがすごいじゃないですか」
「うん?」

 ごめん、ちょっとよくわかんねぇな。あまりにも予想外の内容だった。

「理玖先輩が俺と莉奈を勘違いしたみたいに、俺も勘違いしてたってことです」
「えっ、そうなの!?」
「理玖先輩のこと絶対守るみたいな感じだったから、ずっと気になってたんです。そしたら、彼女との写真見せつけられましたっ」

 唇を尖らせる春輝くんに、俺は堪らず吹き出してしまった。お互いに間違った勘違いをしてたのか。

 しばらく笑っていると「俺らも帰りましょう」と、春輝くんに顔をのぞきこまれた。ね? と春輝くんが至近距離に来て、体温が一気に上がる。

 俺はぎゅっと目を閉じると「帰りどっか寄るのもいいですよね」と、耳にかけたマスクの紐を撫でられた。あ、マスクしてるから急にキスされるわけねぇのか。

 期待した自分の動揺を表に出さないように、明るい声で「そうだな」と言った。先を歩く春輝くんの隣に並ぶ。

「今日は適当に寄り道するのどうですか?」
「うん、いいね」

 さっきのことはなかったみたいに話す春輝くんに、何をしようとしたか訊ねられなかった。

「今週末は空いてますか?」
「空いてるよ」
「じゃあ、また映画でも見ません?」

 いいね、とうなずいて、あれこれ予定を立てた。

 駅に向かうまで遠回りをして、Asterの話をしたり、最近始まった柊奏多のドラマの話をしたりと、盛り上がった。すごく楽しかったけど、俺は何だか少し物足りない。

 人目が気になって、自分から手を繋ごうとも言い出せなかった。ちらちら視線を投げかけすぎて、怪しかったかもしれない。

「じゃあ、俺こっちなんで。また連絡しますね」
「うん、また」

 春輝くんに手を振って、俺は背を向ける。

 いつもと変わらなかった気がして、俺は昨日のできごとを頭の中でなぞった。

 春輝くんから告白されて、俺も告白して、お互いに好きってことがわかった。

 あれ、もしかして付き合う話にはならなかったか。告白で終わった。付き合ったつもりでいるのは俺だけで、春輝くん的に付き合ってねぇのかも。

 勝手にイコールで結びつけて勘違いしたら、また同じことを繰り返してしまう。俺から言ったら、付き合ってくれんのかな。これで断られたらどうしよう。

 ホームの向かい側にいる春輝くんと目が合って、もう一度手を振る。喉の奥がぎゅっと苦しくなった。