インターホンが鳴り響いて、俺はもぞもぞと寝返りを打つ。今何時なんだろう。さっきよりは体が楽になっている。
もう一度インターホンが鳴り、はっと目を開けた。俺しか家にいないんだった。
あれ、圭吾が何か届けてくれるって言ってたっけ。
今の俺は完全に寝起きのパジャマ姿だ。圭吾ならギリ、このままでもいいかな。受け取るだけなら何とかなるか。
とりあえず、リビングのマスクケースからマスクを1枚とってつける。
念のために覗き穴から確認して「えっ」と声が出てしまった。何でここにいんの!?
「どうした!?」
慌ててドアを開けて、声をかける。目の前には、春輝くんが眉を下げて立っていた。
「風邪ひいたって聞いたので、それで……お見舞いにと思って来ました」
「何で家知って――ぜんぶ圭吾か」
そっと自分の額に手を当てる。
さっきの意味不明な連絡からして圭吾が教えた以外ありえない。風邪をひいたことも、俺の家の住所も。
昨日は教室に戻ったら圭吾はいなかった。
俺が春輝くんと気まずくなったことを知らないから、おせっかいをしてくれたんだろう。
顔を見たら目頭が熱くなった。
春輝くんも、教えられたからって素直に来なくていいのに。
「体調、大丈夫ですか?」
「うん。もうだいぶ元気」
昨日傷つけられた相手にわざわざ来てくれるなんて、優しいにもほどがある。俺はそんな優しさを受けていい人間じゃない。
「立ち話も何だし、入んなよ」
俺はドアを大きく開けて、春輝くんの腕を引いた。肩をすくめて玄関先まで入ってくる春輝くん。
こんなことなら、パジャマは着替えとくんだった。寝癖もやばいかも。髪に指を通して、さっと整える。
「昨日、一緒に帰れてたら雨に濡れなかったですよね」
これ、買ってきたのでと袋を差し出された。うつむいて春輝くんの顔がよく見えない。
雨に降られたと圭吾に伝えたことが、春輝くんにもぜんぶ筒抜けらしかった。あとで覚えとけよ。
「ありがとう」と受け取って中を見ると、スポドリやプリン、ゼリーなどが入っていた。
「春輝くんのせいじゃねぇから。俺が傘忘れただけだし。むしろ昨日は俺のほうがごめん」
莉奈さんが伝えたかもしれないけど、俺からも直接言いたかった。
「俺……っ、理玖先輩のことが好きです」
「――え?」
現実として脳が受け入れるまで時間がかかって、反応が出遅れてしまった。
瞬きを繰り返しても、まっすぐ俺を見る春輝くんがそこにいるだけだ。
「理玖先輩が合わないって思ってても、俺はずっと好きだから会いたかったです。最後まで、迷惑なことしてすいません。もう、これで帰ります」
明日からこんな風に会いに来たりしないので安心してください、と一気に畳みかけてドアノブに手をかける春輝くん。いやいやいやいや、待って。
ドアノブを引っ張って押さえながら「待って」と言ったが、春輝くんは振り向いてくれない。
「自分勝手に気持ちを押しつけたのは謝るので、帰らせてください」
「やだよ。何で帰るの? こっち向いてよ」
ねぇ、と春輝くんの肩を揺らす。顔を見せまいとそらされていても、ほんのり赤みが差しているのがわかった。
それでも断固としてこちらを向こうとしない。そのままでもいい。俺もここで言わないと。逃げられないようにドアノブは押さえたまま、息を吸い込む。
「俺も、春輝くんのことが好きだよ」
振り絞るように告げた。
途端にギョッとしたような表情で、春輝くんがこちらを見る。えっ、どういう表情?
春輝くんから何も言葉が返って来なくて、俺は「春輝くんが莉奈さんと付き合ってるのかと誤解してた」と続けた。
「……理玖先輩もそう思ってたんですか。莉奈は他に好きな人いるんで、絶対ないですよ。何でそんな勘違い……てか今、俺のこと好きって言いました!?」
春輝くんは振り向いた勢いでドアに背中がドンとぶつかった。
「いってー」と肩の後ろあたりに手を当ててしゃがみ込む。俺もしゃがみ込んで「大丈夫?」と訊ねる。
「大丈夫じゃないです。理玖先輩、ほんとに俺のこと好きなんですか?」
聞き間違いじゃないんですよね? と念押しのように確認された。訴えかけるような黒目がちな瞳が、かわいいなぁと思ってしまった。
「うん、春輝くんのこと好きだよ。何度訊いてくれてもいいよ」
「じゃあ、昨日のは……」
春輝くんが言い終える前に「ごめんね」と先駆けて言葉にした。俺が勝手に勘違いして、ただ春輝くんを傷つけてしまった。
「莉奈さんから、春輝くんのことで牽制されたんだと思って彼女に誤解させないように言ったつもりだった。俺が春輝くんを好きなことで、春輝くんに迷惑かけたくなかったから」
この気持ちは恋にしたらだめだと思っていた。思った時点でとっくに恋だったけど。
「莉奈の訊き方に圧があったんですね。あいつ、すげー反省してましたよ」
「莉奈さんにも謝らないと。純粋な疑問をぶつけてくれただけだったんだね」
「それはちょっと違います」
はにかんだ春輝くんが頬を掻く。
「俺のためにどう思ってるか聞いとくって意気込んでくれてたんで。すいません、俺が知りたかったことなんです」
「え、そうだったの?」
「はい。すげータイプだったんで」
見た目がってことじゃないですからね、と春輝くんは付け加えた。俺が気にすると思ってくれたんだろう。
「何だ、最初から俺のこと好きだったのかぁ」
わざとらしく言えば「そうですよ」とまっすぐな瞳に射抜かれる。
俺の視界が潤んでしまい、耐える間もなく溢れていった。
俺が袖で涙を拭おうとすると、春輝くんから「擦ったらだめですよ」と止められた。春輝くんはリュックの中を探り、ポケットティッシュを取り出してくれた。
涙を拭いて、鼻をかむ。春輝くんが微笑んで「大好きです」と俺を抱き寄せる。
涙腺がバカになったみたいで涙が流れ続けてしまってマスクの内側がびしょびしょだ。もぞもぞ動いてマスクを外すと床に落とした。気にせず、俺も春輝くんの首の後ろに手を回す。
好きな相手に好かれる世界を、知らなかった。温かくて、熱い。トントンとあやすように叩かれて、心地よかった。
「情けねー話なんですけど、奏多に背中押してもらったんです」
しばらくして、少し離れた春輝くんが話し始める。
「……あっ、それってもしかしてラジオの?」
「えっ、あれ聞いたんですか!?」
「うん。ぜんぶじゃねぇけど、聞いてたら春輝くんかなぁってやつあった」
ボンッと音がしそうなくらい真っ赤な春輝くんの顔ができあがって、また春輝くんに抱きしめられた。動こうとしても動かないように押さえられている。
照れた顔を見られたくないらしい。
「何でよりによってあれ聞いてんですか」
「通知来たから、ちょうどさっき聞いてた」
えー、と不満そうな声が聞こえて、思わず笑ってしまった。
「奏多から言われたから告白したわけじゃないですからね。俺、前にも一回言おうとしたことあります」
「そうなんだ。顔見せてくれねぇの?」
「見せられません。今たぶんすげー顔してるし」
そんなことを言われたら、俺はどうなるんだよ。
「俺の顔のがやばいと思うけど」
「理玖先輩はかわいいからいいです」
「いいのかよ。じゃあ、顔見えなくていいけど、風邪移すのも悪いから離れるよ」
俺は動こうとしてるのに、春輝くんが離れようとしない。親はまだ帰ってこないだろうけど、ずっと玄関にいるのもどうなんだ。
「嫌です」
「嫌なのかよ」
「好きな人から好かれたこと、なかったんです。もうちょっと現実なんだって思わせてください」
春輝くんの声が湿り気を帯びていることに気づいて「仕方ないなぁ」と、俺は春輝くんの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
俺だってそうだよ。好きな人から好かれる幸せを知らなかった。恋をして、傷つくのが怖かった。
だけど今、同じ温度で重なる気持ちと、伝わる熱で心が満たされている。
これが恋じゃないなら、何だってくらいに。
もう一度インターホンが鳴り、はっと目を開けた。俺しか家にいないんだった。
あれ、圭吾が何か届けてくれるって言ってたっけ。
今の俺は完全に寝起きのパジャマ姿だ。圭吾ならギリ、このままでもいいかな。受け取るだけなら何とかなるか。
とりあえず、リビングのマスクケースからマスクを1枚とってつける。
念のために覗き穴から確認して「えっ」と声が出てしまった。何でここにいんの!?
「どうした!?」
慌ててドアを開けて、声をかける。目の前には、春輝くんが眉を下げて立っていた。
「風邪ひいたって聞いたので、それで……お見舞いにと思って来ました」
「何で家知って――ぜんぶ圭吾か」
そっと自分の額に手を当てる。
さっきの意味不明な連絡からして圭吾が教えた以外ありえない。風邪をひいたことも、俺の家の住所も。
昨日は教室に戻ったら圭吾はいなかった。
俺が春輝くんと気まずくなったことを知らないから、おせっかいをしてくれたんだろう。
顔を見たら目頭が熱くなった。
春輝くんも、教えられたからって素直に来なくていいのに。
「体調、大丈夫ですか?」
「うん。もうだいぶ元気」
昨日傷つけられた相手にわざわざ来てくれるなんて、優しいにもほどがある。俺はそんな優しさを受けていい人間じゃない。
「立ち話も何だし、入んなよ」
俺はドアを大きく開けて、春輝くんの腕を引いた。肩をすくめて玄関先まで入ってくる春輝くん。
こんなことなら、パジャマは着替えとくんだった。寝癖もやばいかも。髪に指を通して、さっと整える。
「昨日、一緒に帰れてたら雨に濡れなかったですよね」
これ、買ってきたのでと袋を差し出された。うつむいて春輝くんの顔がよく見えない。
雨に降られたと圭吾に伝えたことが、春輝くんにもぜんぶ筒抜けらしかった。あとで覚えとけよ。
「ありがとう」と受け取って中を見ると、スポドリやプリン、ゼリーなどが入っていた。
「春輝くんのせいじゃねぇから。俺が傘忘れただけだし。むしろ昨日は俺のほうがごめん」
莉奈さんが伝えたかもしれないけど、俺からも直接言いたかった。
「俺……っ、理玖先輩のことが好きです」
「――え?」
現実として脳が受け入れるまで時間がかかって、反応が出遅れてしまった。
瞬きを繰り返しても、まっすぐ俺を見る春輝くんがそこにいるだけだ。
「理玖先輩が合わないって思ってても、俺はずっと好きだから会いたかったです。最後まで、迷惑なことしてすいません。もう、これで帰ります」
明日からこんな風に会いに来たりしないので安心してください、と一気に畳みかけてドアノブに手をかける春輝くん。いやいやいやいや、待って。
ドアノブを引っ張って押さえながら「待って」と言ったが、春輝くんは振り向いてくれない。
「自分勝手に気持ちを押しつけたのは謝るので、帰らせてください」
「やだよ。何で帰るの? こっち向いてよ」
ねぇ、と春輝くんの肩を揺らす。顔を見せまいとそらされていても、ほんのり赤みが差しているのがわかった。
それでも断固としてこちらを向こうとしない。そのままでもいい。俺もここで言わないと。逃げられないようにドアノブは押さえたまま、息を吸い込む。
「俺も、春輝くんのことが好きだよ」
振り絞るように告げた。
途端にギョッとしたような表情で、春輝くんがこちらを見る。えっ、どういう表情?
春輝くんから何も言葉が返って来なくて、俺は「春輝くんが莉奈さんと付き合ってるのかと誤解してた」と続けた。
「……理玖先輩もそう思ってたんですか。莉奈は他に好きな人いるんで、絶対ないですよ。何でそんな勘違い……てか今、俺のこと好きって言いました!?」
春輝くんは振り向いた勢いでドアに背中がドンとぶつかった。
「いってー」と肩の後ろあたりに手を当ててしゃがみ込む。俺もしゃがみ込んで「大丈夫?」と訊ねる。
「大丈夫じゃないです。理玖先輩、ほんとに俺のこと好きなんですか?」
聞き間違いじゃないんですよね? と念押しのように確認された。訴えかけるような黒目がちな瞳が、かわいいなぁと思ってしまった。
「うん、春輝くんのこと好きだよ。何度訊いてくれてもいいよ」
「じゃあ、昨日のは……」
春輝くんが言い終える前に「ごめんね」と先駆けて言葉にした。俺が勝手に勘違いして、ただ春輝くんを傷つけてしまった。
「莉奈さんから、春輝くんのことで牽制されたんだと思って彼女に誤解させないように言ったつもりだった。俺が春輝くんを好きなことで、春輝くんに迷惑かけたくなかったから」
この気持ちは恋にしたらだめだと思っていた。思った時点でとっくに恋だったけど。
「莉奈の訊き方に圧があったんですね。あいつ、すげー反省してましたよ」
「莉奈さんにも謝らないと。純粋な疑問をぶつけてくれただけだったんだね」
「それはちょっと違います」
はにかんだ春輝くんが頬を掻く。
「俺のためにどう思ってるか聞いとくって意気込んでくれてたんで。すいません、俺が知りたかったことなんです」
「え、そうだったの?」
「はい。すげータイプだったんで」
見た目がってことじゃないですからね、と春輝くんは付け加えた。俺が気にすると思ってくれたんだろう。
「何だ、最初から俺のこと好きだったのかぁ」
わざとらしく言えば「そうですよ」とまっすぐな瞳に射抜かれる。
俺の視界が潤んでしまい、耐える間もなく溢れていった。
俺が袖で涙を拭おうとすると、春輝くんから「擦ったらだめですよ」と止められた。春輝くんはリュックの中を探り、ポケットティッシュを取り出してくれた。
涙を拭いて、鼻をかむ。春輝くんが微笑んで「大好きです」と俺を抱き寄せる。
涙腺がバカになったみたいで涙が流れ続けてしまってマスクの内側がびしょびしょだ。もぞもぞ動いてマスクを外すと床に落とした。気にせず、俺も春輝くんの首の後ろに手を回す。
好きな相手に好かれる世界を、知らなかった。温かくて、熱い。トントンとあやすように叩かれて、心地よかった。
「情けねー話なんですけど、奏多に背中押してもらったんです」
しばらくして、少し離れた春輝くんが話し始める。
「……あっ、それってもしかしてラジオの?」
「えっ、あれ聞いたんですか!?」
「うん。ぜんぶじゃねぇけど、聞いてたら春輝くんかなぁってやつあった」
ボンッと音がしそうなくらい真っ赤な春輝くんの顔ができあがって、また春輝くんに抱きしめられた。動こうとしても動かないように押さえられている。
照れた顔を見られたくないらしい。
「何でよりによってあれ聞いてんですか」
「通知来たから、ちょうどさっき聞いてた」
えー、と不満そうな声が聞こえて、思わず笑ってしまった。
「奏多から言われたから告白したわけじゃないですからね。俺、前にも一回言おうとしたことあります」
「そうなんだ。顔見せてくれねぇの?」
「見せられません。今たぶんすげー顔してるし」
そんなことを言われたら、俺はどうなるんだよ。
「俺の顔のがやばいと思うけど」
「理玖先輩はかわいいからいいです」
「いいのかよ。じゃあ、顔見えなくていいけど、風邪移すのも悪いから離れるよ」
俺は動こうとしてるのに、春輝くんが離れようとしない。親はまだ帰ってこないだろうけど、ずっと玄関にいるのもどうなんだ。
「嫌です」
「嫌なのかよ」
「好きな人から好かれたこと、なかったんです。もうちょっと現実なんだって思わせてください」
春輝くんの声が湿り気を帯びていることに気づいて「仕方ないなぁ」と、俺は春輝くんの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
俺だってそうだよ。好きな人から好かれる幸せを知らなかった。恋をして、傷つくのが怖かった。
だけど今、同じ温度で重なる気持ちと、伝わる熱で心が満たされている。
これが恋じゃないなら、何だってくらいに。



