「やられた……」
 顔合わせの儀の、十五分前。
 澪は苦い顔で立ち尽くしていた。
 朝ごはんを食べ、さてこれから顔合わせの場へと向かおうとした。
 その時、ユコたちに泥水を浴びせられた。どこから持ってきたのか――おかげで、この日の為に用意した一張羅のワンピースが、泥まみれでびしょびしょだ。
「お疲れ様」
 事が済んでから、満を持してというように登場した奏美が、通り過ぎて行った。上品な振袖をまとい滑るように廊下を行く。ユコたちもハイブランドのドレスを着て、勝ち誇ったように後を追った。
 くそ、あの女たち……!
 怒りと悔しさに、拳を振る。怪訝な様子の娘たちが、それでも声もかけずに通り過ぎて行った。皆、敵というわけだ。
 どうする?澪は自問する。答えは決まっていた。
「あきらめるか!」
 澪はダッシュで部屋に戻る。着てきた制服に着替えよう。
 着飾った女の子の中では、目立たないかもしれないけど、逆に浮いていいかもしれない。澪は、自分を励まし、ひたすらに縁側を駆け抜けた。しかし、部屋は遠い。
 この屋敷、どうしてこんなに広いの?迷路みたいなんだけど……!
 滑って転びそうになりながら角を曲がると、庭が見えた。行きがけにも見た庭で、趣味で作られた庭なのか、最初集められたところより個人のものと言う感じがする。
 確かここは部屋までの中間地点くらいだった。絶望だ!
 あきらめず踏み出した、澪の足が止まった。
「……声?」
 何か鳴いてる声がする。澪は耳を澄まして、音をたどった。
 見れば庭に、雀の子どもが、木から落ちていた。澪は庭に飛び降り、その子の元へ走った。
「大丈夫?」
 そっと雀の子を手でつつむ。ケガがないことを確認して安堵する。
 よかった、これなら巣に戻してあげれば、この子は助かるはずだ。
 澪は思うが早いか、木によじ登った。
「しょっと……。ここか」
 枝に上体を預けると、そっと手を伸ばして、雀の子を巣に返してやる。雀たちは無邪気に鳴いて、仲間の帰還を喜んでいるようだった。澪は無邪気な様子に、「よかったね」と笑みをこぼした。
「――そこで何をしている!」
 後ろから声がかかり、振り返ると、白髪の青い目の青年が縁側に立っていた。昨日、説明をしてくれた者だ。厳しい顔に、「やば」と正気に返った。彼はすたんと庭に降り、つかつかと澪に寄ってきた。
「これから顔合わせの儀ですぞ。ああ、こんなにお庭を汚して……」
「す、すみません」
「早く行きなさい!ここは私が掃除をしておきます」
 ぴしっと来た方角を刺されて、澪はたじろぐ。
「あ、あの、着替える時間は」
「とっとと行け!」
「はいっ!」
 余りの剣幕に、澪は顔合わせの儀の場まで、走るしかなかった。