「庭が汚れたのう」
 男たちが奏美たちを引き立てていったあと、大王はおっとりと呟いた。なお陰惨な余韻の残った庭で、その声は異質に響いた。震えを抑えきれない澪を、大王は抱えなおす。そして彼方に向いて口を開いた。
枳殻(からたち)
「はっ」
 呼びかけに音もなく参じたのは、白髪の青い目の青年だった。大王は彼――枳殻を見る。
「庭を直しておけ。われはこの子を手当てするゆえ」
「承知しました。閻魔(えんま)様」
 枳殻の頷きも確認せず、大王は縁側にあがった。磨き上げられた床を濡らすのも気にせず、足取り軽く歩いている。澪は、大王の腕の中で、先の枳殻の言葉を繰り返していた。えんま――閻魔?
「地獄の……?」
 思わず顔を上げると、赤い目とかち合う。
「恐ろしいか?」
 楽し気なその光を、澪はぐっと力を込めて、見返した。
「はい」
「それでよい」
 大王は笑う。大王の愉快な笑い声は、彼が廊下を曲がってもなお、響いていた。
 その声を聞きながら、澪は、つめたく震えていた。
 この恐ろしい男の子どもを産む?――私が?
 人生逆転なんて、とんでもない。
 澪は、自分の運命が、何か恐ろしいところに向け、踏み出し始めたのを感じていた。
 大王の声の余韻は、どこまでも続いていた。
 

《完》