時は現代。
 人間は、人ならざる者と共存していた。
 人ならざる者の力は絶大で、この世の富は彼らによって作り出されていた。彼らは権力者として力を振るったが、公には姿を現さなかった。
 彼らは自らの子孫を残す「おはら様」を選ぶ時だけ、公に姿を現し、年頃の人間の女を募った。
 おはら様になれば、莫大な富も、名誉も与えられる。
 女たちはみな、彼らからのお触れを、人生逆転の機会と待ち望んでいた。


「姉ちゃん!お願いだから、「おはら様」に志願するなんてやめてよ!」
 (たくみ)の言葉に、(みお)は「やだ」と応えて、玄関から立ち上がった。とんとんと爪先で地面を叩き、靴の調子を整えた。それから振りかえって、心配性の弟に笑いかける。
「心配しないでよ。何もあんただけの為じゃないもん」
「俺のためだろ!姉ちゃん夢も目標も、何もないじゃんか」
 痛い言葉に、澪の笑顔に苦みが走った。言ってくれるなあと思う。
 ――でも、夢も目標もないから、なおさら好都合なんだよ。
 余計怒りそうだから言わないけど。
「巧、おはら様ってそんな悪いものじゃないよ。せっかく応募規定を満たしてるのに、しないなんて大損じゃない?」
「……本当に馬鹿だよ姉ちゃん」
 つとめて明るく言うと、巧はうなだれて言った。伸び盛りの背が丸くなる。
「母親になるんだよ。まだ、何も自分のこともできないくせに……知らない奴の子どもなんか産むんだよ?」
 巧の声に湿っぽいものが混じった。弟の真剣な声音に、澪も目を閉じて、ぐっと黙り込む。
 ――これ以上は不毛だ。
 澪はドアを開けて、マンションを飛び出した。
「姉ちゃん!」
「大丈夫だから!行ってきまーす!」
 叫び声も置き去りに、澪は走り抜ける。
 巧は、いい子だな。
 頭がいいだけじゃなくて、優しい。親も期待するわけだ。だから、絶対に進路で悩ませたくない。
 なにもない自分でも、家族のために、なにかしてあげたい。その気持ちだけは本物だ。
 澪は駅までずっとかけ続けた。