春の終わり、あの人はふいにいなくなった。
特にドラマティックな別れがあったわけでもなくて、「じゃあ、またね」と手を振ったまま、または来なかった。
連絡が途絶えた理由は、向こうにしか分からない。既読にならないメッセージ、更新されない
SNS。たった数週間前までは、いつもくだらないことで笑っていたのに。
「どうしてだろう」
その問いを、何度も空っぽの通知欄に投げた。
会っていた頃、私はいつも少しそっけなかった。バカみたいに照れくさくて、ちゃんと「好き」とも言えなかった。冗談交じりに「うるさい」「はいはい」ばっかり。
あの人は笑ってたけど、本当はどんな気持ちだったんだろう。
たとえば、駅まで歩いた10分。毎日となりを歩いていたのに、あの時間の尊さに気づいたのは、姿を見なくなってからだった。
たとえば、帰り道にもらったガムひとつ。
さりげない優しさを、当たり前だと勘違いしていた。
気づいたときには、「好きだったかもしれない」が、「好きだった」に変わっていた。
そして今、「好きだった」は、「いまでも好きだ」に、育ってしまっていた。
育ってしまったんだ。
会えない今の方が、強く、深く。
そして、毎日スマホを開いて、「元気?」と打っては消す。何度も、何度も。
返事がほしいんじゃなくて、
気づいてほしいだけだった。
私が、まだこの場所で君を想ってるってこと。
でも、もう届かないのかもしれない。
想いが育つのは、いつも遅すぎる。
いま、私の手の中には、もう何も残っていない。ただ、君を想う気持ちだけが、静かに呼吸している。
もしまたねが、本当に"また"につながっていたら。私は、ちゃんと「好き」って言えていたんだろうか。
答えのないまま、今日も君を知らないまま、想いだけがまた少し、膨らんだ。
特にドラマティックな別れがあったわけでもなくて、「じゃあ、またね」と手を振ったまま、または来なかった。
連絡が途絶えた理由は、向こうにしか分からない。既読にならないメッセージ、更新されない
SNS。たった数週間前までは、いつもくだらないことで笑っていたのに。
「どうしてだろう」
その問いを、何度も空っぽの通知欄に投げた。
会っていた頃、私はいつも少しそっけなかった。バカみたいに照れくさくて、ちゃんと「好き」とも言えなかった。冗談交じりに「うるさい」「はいはい」ばっかり。
あの人は笑ってたけど、本当はどんな気持ちだったんだろう。
たとえば、駅まで歩いた10分。毎日となりを歩いていたのに、あの時間の尊さに気づいたのは、姿を見なくなってからだった。
たとえば、帰り道にもらったガムひとつ。
さりげない優しさを、当たり前だと勘違いしていた。
気づいたときには、「好きだったかもしれない」が、「好きだった」に変わっていた。
そして今、「好きだった」は、「いまでも好きだ」に、育ってしまっていた。
育ってしまったんだ。
会えない今の方が、強く、深く。
そして、毎日スマホを開いて、「元気?」と打っては消す。何度も、何度も。
返事がほしいんじゃなくて、
気づいてほしいだけだった。
私が、まだこの場所で君を想ってるってこと。
でも、もう届かないのかもしれない。
想いが育つのは、いつも遅すぎる。
いま、私の手の中には、もう何も残っていない。ただ、君を想う気持ちだけが、静かに呼吸している。
もしまたねが、本当に"また"につながっていたら。私は、ちゃんと「好き」って言えていたんだろうか。
答えのないまま、今日も君を知らないまま、想いだけがまた少し、膨らんだ。

