高校3年の冬は、急に静かになる。

チャイムの音も、廊下の笑い声も、校庭のサッカー部のかけ声さえも、遠くに感じる日が増えてきた。
窓側の席で、私はシャーペンを握ったまま、ノートの隅を埋めていた。授業はとっくに始まっていて、黒板に書かれた公式の意味も、先
生の声の抑揚も、耳に入ってこない。

「〇〇になったら、響き、変じゃないかな」ノートの右下に、くるくると書いたのは、彼の名字と自分の名前だった。
冬の制服の下で、心だけ夏みたいに浮かれていた。

おかしくなったのは、たぶんクリスマスに告白されてからだ。
「付き合おう」なんて、不器用で短い言葉だったのに、世界がふわりと変わった。

それから私は、毎日のように、彼の名字になった自分の名前をこっそり練習するようになった。

癖になる。やめたいのに、やめられない。
呼ばれてもいないその名前が、私の未来みたいで。
まだ見ぬ景色を、ノートの隅に描いてしまう。