電車の窓に映った自分の顔を見て、ふと思った。あの頃より、髪が伸びたな。
付き合っていたのは、たった1年半。でも、もう2年が過ぎた。一緒にいた時間より、別れてからの時間の方が長くなった。
それでも、ふとした瞬間に彼を思い出す。

たとえば、駅のホームの自販機。
彼は必ず午後の紅茶のミルクティーを選んで、私には勝手にレモンティーを買ってきた。「どっちかって言うと、ミルクが好きなんだけど」って言っても、「いや、君はレモン派って顔してる」なんて、根拠のないことを言って笑ってた。

別れてから、紅茶は自分で買うようになった。
ミルクティーを買うたび、ちょっとだけ勝った気になる。でも、本当はもう誰も、「こっちのほうが君らしいよ」なんて言ってくれない。

街中でふと同じ香水の匂いがしたときとか、録画していた昔のドラマを見返したときとか、もう何度も、彼を思い出すタイミングは過ぎ去っていった。
それでも、完全には消えない。元恋人の記憶って、きっと思い出にはならないまま、日常のすき間にずっと住みつづけるんだと思う。

ある日、彼のSNSをこっそり見た。知らない誰かとの写真。新しい髪型。見たことない部屋。そこに私の知らない彼がいた。「ちゃんと、前に進んでるんだな」って、思った。私だって、ちゃんとご飯を食べて、働いて、笑って、時々、恋もしてみて、ちゃんと生きてる。

ただ、それでも思う。きっとこれから先も、彼との一年半は消えない。それより何年、何十年が過ぎても。時間が上書きしてくれるわけじゃない。
今はもう、紅茶を買うとき、彼のことを思い出さない日もある。でも、たまに思い出してしまっても、もう泣くようなことじゃない。