彼は、いつも不愛想だった。
同じ職場で隣の席に座っているのに、必要以上の会話はなく、昼休みもひとりで静かに過ごしている。
そんな彼に、私はなぜか話しかけてしまう。

「今日のお弁当、またコンビニですか?」

「寒いですね、風邪ひいてないですか?」

短い返事しか返ってこないけれど、なぜか気になる存在だった。

ある日、私が大きなミスをしたとき、彼が上司に向かって言った。

「それは僕の確認不足でもあります」

思いがけない言葉に助けられ、咄嗟に彼を見た。
その瞬間、彼がほんのわずかに笑った。
口元に浮かんだ小さな笑み。それは今まで一度も見たことのない表情だった。

後日、勇気を出して聞いた。

「どうして、普段は笑わないんですか?」

彼はしばらく黙っていた。やがて、窓の外を見つめながら答える。

「…妹がいたんです。入院ばかりで、長くは生きられなかったんですけど」

淡々とした声だったが、胸に刺さる。

「妹は僕の笑顔が好きだと言ってくれたんです。でも…亡くなったあと、笑おうとすると妹の顔が浮かんでしまって」

私は言葉を失った。
笑わないのではなく、笑えないんだ。笑うことが痛みに変わってしまったから。

けれど、彼は私のミスをかばったあの日、確かに笑った。
それはきっと、毎日不器用に声をかけ続けていた私を、少しでも気にかけてくれていたから。
彼自身は気づいていないのかもしれない。でも、あの笑顔は、彼が心を許した証だったのかもしれない。


胸の奥が熱くなり、私はそっとつぶやいた。

「…また、見せてくださいね。あなたの笑顔」

彼は驚いたようにこちらを見て、少し困ったように目を伏せた。
その横顔を見つめながら、私は強く願った。
彼がもう一度、心から笑える日が来るように。
そして、その理由のひとつに、私がなれたらと。