香川県小豆島に位置するここ皇踏山は、標高が低く、ハイキング用に整備されている道が多い。けれど、だんだんと辺りが暗くなっているせいか、いつの間にか道をはずれてしまったらしい。小枝が頬を打ち、でこぼことした石に足を取られ、何度も転びそうになった。やっとの思いで獣道を抜けると、見覚えのある路地に辿り着く。どうやら行者堂の近くに出たみたいだ。そのまま海へ向かって進むと、やがて土庄町の明かりが遠くに見えてきた。
しかし、町並みがどこか妙だった。
なにかが変化しているのだけれど、その正体がわからない。
まるで空き巣が侵入して、勝手に家具を動かしたような。
「道は同じ、だよな」
この辺りは街灯がもともと少ない。ただ、今日は普段より道が暗かった。空を見上げるが、雲ひとつない。星も月も、煌々と輝いている。なにが違うのかわからない。それが無性に怖かった。
僕は何度も目を擦りながら家路を急ぐ。あれだけ帰りたくなかったのに、今だけは一刻も早く玄関に飛び込みたい。見知った場所がもたらしてくれる安心感が欲しかった。
けれど、そんな願いは交差点に差しかかったところで砕かれた。
そこにあるはずの、信号機がなかったのだ。
付近に作業員らしき人物はいない。そもそも小豆島は離島とはいえ、車通りが少なくない。信号機がいきなり撤去されるはずがなかった。
「いや、道を間違えただけだ」
自分の声じゃないみたいだった。それが希望的観測に近いとわかっていたからだ。
土庄港へ近づくたび、知らない景色が視界に飛び込んでくる。赤い屋根の民家、自動販売機の明かり、国道沿いにできたセブン‐イレブン。それらの景色が、あるべきはずのものがない。慣れ親しんだ町並みが、見覚えのないものにすり替わっている。
道行く人々の雰囲気も違った。男の人も女の人も毛量がやけに多くて野暮ったく、服のサイズが妙にちいさい。奇抜な服装で歩く観光客も珍しくはないけれど、全員の雰囲気が同じだと話は変わってくる。
「なにが起きてるんだ……」
港通りの一角。ここはさびれた道のはずなのに、夜の暗さでは覆い隠せないほどぎらぎらとした活気で満ち溢れていた。立ち止まると得体の知れない熱に絡めとられてしまいそうで、僕は無我夢中で走り続けた。混乱する脳が思考を止めてくれない。馬鹿らしい可能性を振り払うように、ただ闇雲に町を駆け抜ける。
とにかく、見慣れた場所に出たい。
その一心で足を動かしていると、前方にちいさな影が立ち塞がった。影は夜で塗りつぶしたようにまっくろで、表情は窺えない。
けれど僕は、この影の正体が岬だと直感的に理解した。
きっと、許していないから。
僕がいなければ、岬は今も元気に生きていたはずだから。
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
岬の影に背を向け、逃げるように走り出す。ここがどこなのか、なにが起きているのかもわからない。思考する余裕なんて、今の僕にはなかった。
やがて酸素が足りなくなり、膝に手をついて呼吸する。
いつのまにか海岸通りに出ていたらしく、辺りは夜の喧騒から切り離されたように静かだった。僕は息を整えてから、防波堤から身を乗り出して海を眺める。
暗くてなにも見えない。
けれど、潮風だけはいつもと変わらなかった。
しかし、町並みがどこか妙だった。
なにかが変化しているのだけれど、その正体がわからない。
まるで空き巣が侵入して、勝手に家具を動かしたような。
「道は同じ、だよな」
この辺りは街灯がもともと少ない。ただ、今日は普段より道が暗かった。空を見上げるが、雲ひとつない。星も月も、煌々と輝いている。なにが違うのかわからない。それが無性に怖かった。
僕は何度も目を擦りながら家路を急ぐ。あれだけ帰りたくなかったのに、今だけは一刻も早く玄関に飛び込みたい。見知った場所がもたらしてくれる安心感が欲しかった。
けれど、そんな願いは交差点に差しかかったところで砕かれた。
そこにあるはずの、信号機がなかったのだ。
付近に作業員らしき人物はいない。そもそも小豆島は離島とはいえ、車通りが少なくない。信号機がいきなり撤去されるはずがなかった。
「いや、道を間違えただけだ」
自分の声じゃないみたいだった。それが希望的観測に近いとわかっていたからだ。
土庄港へ近づくたび、知らない景色が視界に飛び込んでくる。赤い屋根の民家、自動販売機の明かり、国道沿いにできたセブン‐イレブン。それらの景色が、あるべきはずのものがない。慣れ親しんだ町並みが、見覚えのないものにすり替わっている。
道行く人々の雰囲気も違った。男の人も女の人も毛量がやけに多くて野暮ったく、服のサイズが妙にちいさい。奇抜な服装で歩く観光客も珍しくはないけれど、全員の雰囲気が同じだと話は変わってくる。
「なにが起きてるんだ……」
港通りの一角。ここはさびれた道のはずなのに、夜の暗さでは覆い隠せないほどぎらぎらとした活気で満ち溢れていた。立ち止まると得体の知れない熱に絡めとられてしまいそうで、僕は無我夢中で走り続けた。混乱する脳が思考を止めてくれない。馬鹿らしい可能性を振り払うように、ただ闇雲に町を駆け抜ける。
とにかく、見慣れた場所に出たい。
その一心で足を動かしていると、前方にちいさな影が立ち塞がった。影は夜で塗りつぶしたようにまっくろで、表情は窺えない。
けれど僕は、この影の正体が岬だと直感的に理解した。
きっと、許していないから。
僕がいなければ、岬は今も元気に生きていたはずだから。
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
岬の影に背を向け、逃げるように走り出す。ここがどこなのか、なにが起きているのかもわからない。思考する余裕なんて、今の僕にはなかった。
やがて酸素が足りなくなり、膝に手をついて呼吸する。
いつのまにか海岸通りに出ていたらしく、辺りは夜の喧騒から切り離されたように静かだった。僕は息を整えてから、防波堤から身を乗り出して海を眺める。
暗くてなにも見えない。
けれど、潮風だけはいつもと変わらなかった。

