正しき者の杖を振れ2

1年生達はそれぞれ防音室に入っていった
防音室はエアコンが完備しており、これから来る灼熱地獄の夏でも快適そうだ
10畳ほどの室内にはドラムセットとアンプやマイクが置いてあり、バンド演奏に欠かせないものは一通り揃っているようだ
もちろん、換気用の設備もある
響は興味深々とした顔でドラムセットを見る

「ドラムキットはヤマハの10万円以下のくらいのクラスで
シンバルはジルジャンに変えているんだ
あ、でも、ハイハットはセイビアンか」
「結構こだわっている感じ?」
「まぁ初心者がドラム買って少しずつカスタマイズしましたみたいな感じ
同じプレイヤーが長く使っているわけじゃないから
買える時に買っているみたいな雰囲気はあるよね」
「つまりは合う曲と合わない曲がある?」
「曲というか自分自身の好みの問題かな
そもそも私吹奏楽部の時はパールのドラム使っていたから」

さっそく響はドラムのチューニングに入る
八子と火花は荷物を置き、さきほど見た戸棚へと向かう
八子は空のエフェクターケースを引っ張り出し床に置く

「なにをするの」
「エフェクター使ったことない」

火花はうんと頷く
実家が病院ならエフェクターくらい買えそうな気がするが。そういえば初めて火花を目撃した時、チョーカーを付けてなかった

「ギター弾く時はチョーカー外すの?」
「ハウリングが起きやすいから」
「なるほど
それだとどんな音が鳴っているか分からないよね」
「うん
でも振動で何となく分かるから」

それを天才肌と言うのだろうな
八子は感心する

「そっか
あのね。ベースレスだとどちらかが低音を担当するの
単純に多弦ギターを使う方法もある」
「なんか見たことある
ジミー・ペイジの」
「まぁあそこまで極端にならなくても
二本ぐらい弦が多くなるだけでもいい
だけどわざわざ購入するのは不都合
お金掛けるならベース集めろじゃない」
「私は平気
頼めば買ってくれるから」
「そうだけど
レスポールとエフェクターの相乗効果で低音を狙ってみるというのでいこうかなと」
「なるほど」

八子は赤色のエフェクターを手に取る

「DIGITECHのDropは必須だよね
これで低音は出せる」
「マルチエフェクターはどうなの」
「併用する形ならどうかな」
 
八子はここで写真アルバムが目に入る
アルバムを手にし捲ると、年度毎の部員のエフェクターボードが貼ってあった。ご丁寧に付箋で解説が添えられている

「マルチエフェクターの後に繋げるのか」
「大丈夫・・・」
「いや正直、エフェクターは初めてで
本で読んできたからなんとなくイメージは掴めている」

確かにマルチエフェクターは一台で様々な音に変化させることのできる優れ物だ。だが、音の表現は無限大。一つ一つエフェクターを繋げれば、より細かく個性のある音が出せる。平たく書けば市販のタレを使うか、調味料を組み合わせて作るかの違いだ。八子は市販のタレを使うも、調味料を足して味変を狙うつもりである
八子はアルバムを片手にエフェクターを組む
①BOSS GT-1000CORE(マルチエフェクター)→②DIGITECH Drop(ピッチシフト)→③XOTIC EP Booster(ブースター)→④BEHRINGER CENTARA OVERDRIVE(オーバードライブ)→⑤MXR PHASE 90(フェイザー)

「メタル寄りのサウンドは出せるかな
ただ私達は-1みたいな路線を狙っているわけじゃないからもっと歪ませる必要はないかな」
「ペダルは?」
「多分、必要になるけど
今はいい」
「分かった」

八子は自分のエフェクターを組む
実際、目の前に沢山のエフェクターを見ると、事前に考えても頭が回らない
スマホを片手になんとか必要な物を探し出し繋げる
①BOSS CP-1X Compressor(コンプレッサー)→②Sunfish Audio ikigi→③BOSS DS-1(ディストーション)→④TECH21 SansAmp Classic(プリアンプ)→⑤VOX V847(ワウ)→⑥ELECTRO-HARMONIX STEREO POLYCHORUS(コーラス)→⑦ELECTRO-HARMONI SMALL CLONE(コーラス)→⑧BEHRINGER DR600 Digital Reverb(リバーブ)→⑨BEHRINGER DD600 Digital Delay(ディレイ)→⑩TC ELECTRONIC BRAINWAVES PITCH SHIFTER(ピッチシフト)
カート・コバーンのエフェクターボードを意識し、ディストーション、プリアンプ、コーラスを配置。セミアコの自然な音を際立たせるためにコンプレッサーを配置。音が残る感じを出すため、リバーブとディレイを加えた。火花と同じピッチシフト系のエフェクターを付けたが、ディレイとしての役割を併せ持つ為、一番最後に配置。あとは自分が欲しかったエフェクターを適当な場所に置いた。弾いて満足すれば外すつもりだ
 
「そろそろ戻ろうか」

火花は「ヴィレヴァン系」と書かれた箱を漁っていた。その内の一つを八子に見せる

「おならの音が出るエフェクターだって」
「全校生徒の前で弾き倒したらギター・ヒーローになれるかな」
「芸術だ」
「やっぱ戻しな」
「ええー」

火花は名残惜しそうにエフェクターを箱に仕舞う
八子と火花は防音室に戻る



八子と火花がエフェクターを選んでいる中、響はドラムの練習をしていた
八子と火花が扉が開くと、響の叩くドラムの音が飛び込んでくる
野太い音がどんどんか細くなり、今にも糸が切れそうな演奏だ
響はすぐにスティックを転がしうなだれる

「結構この曲難しいな」
「1曲目?」
「そう
音速で挫折した」
「早いって」

響はタオルで顔を拭く

「久し振りのドラムだから大変だよ」
「家にドラムないの?」
「楽器可能のマンションだけど高層階だから打楽器系は無理
だからずっと借り物
去年の秋に部活引退してから月2でスタジオで叩いているけど」
「つまり今は初心者同然と」

響は八子をドラムスティックで小突く

「言ってくれるな」

響はペダルを踏み続けながら話す

「私は今日猛練習するから五月蠅かったらごめん」
「空いている部屋あるし
使ってもいいか確認するから」
「おけまるフォイ」

八子は一旦部屋を後にし他のバンドに了承を取ると、響に問題なく使えるようだと言う

「じゃあ2時間後に顔出すね」
「わかった」

八子は火花を連れて部屋を移動した



八子と火花はギターのチューニングをする
 
「チューニングは問題ない」
「視覚で分かるから」
「そういうことか」

八子はふと一つの考えが頭の中に浮かんだ

「ねぇドロップCチューニングは?」

火花は困惑する

「なにそれ」
「一弦から順にD,A,F,C,G,C」
「音を下げるってことかな」 
「そう。前にバンプのコピーして違和感合った時があってそれで調べてみたんだ」
「覚えること沢山だ」

そういえばと八子はまだTAB譜を渡していなかったことを思い出し鞄から紙を取り出して渡す

「これ耳コピしたやつ」
「ありがとう」

火花はチョーカーに手を掛ける

「ねぇエフェクターの音を確認したいから録音してほしいな
ラインで送ってくれない」

八子は親指を立てる

「おっけー」

八子がスマホを手に持つと、火花はチョーカーを外す
火花は頭をがくんと揺らし静止する
すぐに動き出したが、八子は心配になる
火花は八子に合図を送り、八子は撮影を始める
一応、何パターンか動画を撮った
火花は再びチョーカーを付けると、スマホを操作し八子の送信した動画を確認する
気になった物があったのだろう。ツマミをいじる

「もう一回確かめてもいい?」
「いいよ」

一回一回チョーカーを付けたり外したりするのは大変だろうに。八子は面倒臭がらずに、火花が納得するまでセッティングを続けた



セッティングを終えて練習を始めると、あっという間に2時間が過ぎた
一曲目のほんのはじまりしかできなかったが、それでも納得するくらいだ
八子と火花は響の元へ戻る

「じゃあ最後に合わせようか」

八子は演奏箇所を響に指定する
火花はチョーカーを外し、弾く体制になる

「あ、どうやってタイミングを合わせるのか考えてなかった」

八子が口にすると同時に、響はスティックを真下に落とす。最初の一応にピタリと火花は合わせる
八子は驚いて手が止まる
火花は響をキッと見つめていた
タイミングを予測するのが上手すぎだ
響は止めるか?と八子に目で問い掛ける
八子は顔を横に振り、遅れて演奏に加わる
指定箇所を過ぎる
火花の手は止まらなかった
誰も音を鳴らしていないのに、乱れることなく弾き切る
火花はチョーカーを付ける

「どうでした」
「どうだったって
今さっき渡したばかりなのにどうして全部弾けるの」
「音がわかったからなぞった」
「たまにいるよねー」

響はにやりと笑う

「言葉を話すように音を出す人」
「響は違うの?」
「そんなわけないでしょー」