p.1
〇街の通り・昼
あやかし①「なあ、聞いたか?」
柳の木の下でたむろしているあやかし。
あやかし①「寅守様、また丑守様とやり合ったそうだぜ」
あやかし②「聞いた聞いた。双方お若い方だからなあ。血が有り余ってるんだろうよ」
市で買い物を終えた後なのか、各々荷物を持ち、粒状の食べ物をつまんでいる。
あやかし②「その点、未守様は静かすぎるくらいだ。お隣なのに、なあんも話が聞こえてこん」
あやかし①「うちの午守様なら、何か知ってるかもしれないがな。何せ怪世一の噂好き――」
あやかし②「おいおい、滅多なこと言うんじゃねえよ」
談笑するあやかしたちを、すれ違いざまにじっと見る清子。
清子「…………」
清子「ねえ、ナントカノカミって何? 誰のこと?」
隣を歩く芙慈の方を向き、尋ねる清子。
p.2
芙慈「十二司様のことですね」
清子「ジュウニシ」
首を傾げ、オウム返しをする清子。
芙慈「数字の十二に司る、で十二司です。怪世を統べている12のあやかしたちで、それぞれ子守、丑守、寅守……というふうに呼ばれています」
十二支の文字を背景に、12のあやかしたちのイメージ図。
そのうち、丑守は鬼、未守は花を纏った姿、午守は長髪の女性の姿をしているのがはっきりわかる。
芙慈「表向きは力を合わせて怪世を統治する方たちですが……その実、より強い権力を求めて常に勢力争いをしているんです」
権力を手にせんと、中央に向かって伸ばされる複数の手のイメージ図。
手は、美しい布地を破れんばかりに引っ張り合っている。
芙慈「基本的に武力で争うので、あやかしの中でも十二司様たちは『禍子』を強く欲する傾向にあります」
清子「へえ、じゃあ私の敵ね」
口をとがらせ、指先を口元に当てる清子。
清子「目の前に出てきたらぶっ飛ばしてやるわ」
火縄銃を握って不敵に笑う清子。
芙慈「あはは……」
苦笑いをする芙慈。
p.3
清子「で、その十二司はどこに居るの?」
火縄銃を背負い直しながら言う清子。
芙慈「各々の領地です」
芙慈「怪世はこんなふうに……扇状の領地に分かれていて、この1つ1つを十二司様が治めているんです。例えば、僕たちが居るここは午守様が治める午国で、午守様は都のお城に住まわれています」
怪世の地図。
概ね円状の陸地が扇形に区切られており、順に子丑寅卯……と書いてある。
中心部は険しい山が記号的に描かれている=非居住地域。
芙慈はこの地図中の、「午国」と書かれた部分を指差している。
清子「なるほど、わかりやすくて良いわね!」
清子「この真ん中の山? は何国なの?」
芙慈「そこは……平たく言えば、禁足地です」
険しい山の部分がアップで写される。
芙慈「荒れ果てた土地で、誰も近付きませんし、近付けないので気にしなくて大丈夫ですよ」
清子「ふうん、わかったわ」
素直に頷く清子。
p.4
〇街の通りにある橋の上
清子「あと気を付けた方が良いこととかある? 危ない場所とか」
芙慈「…………」
足を止める芙慈。
芙慈「その……個人的なことなのですが」
自分の腕をぎゅっと握る芙慈。
芙慈「丑国には、できれば……入りたくありません」
怯えと不安の交じった表情をする芙慈。
ざあっと不穏な風が吹く。
芙慈「理由は……すみません、まだ……」
見たことの無い芙慈の様子に、少し眉を下げる清子。
ぎゅっと唇を引き結ぶ清子。
p.5
はしっと芙慈の手を取る清子。
清子「わかった!」
しっかりと芙慈の手を握り、目を合わせて言う清子。
目を見開く芙慈。
清子「丑国はダメ、ね。ちゃんと覚えたわ」
芙慈を安心させようと、敢えて明るく笑う清子。
芙慈「……!」
清子の意図を察し、泣き出しそうな顔をする芙慈。
芙慈「……ありがとうございます」
清子「何のこと? さ、行きましょ。この先には何があるの?」
ほろりと涙をぬぐう芙慈と、彼の背をぽんぽんと叩く清子の後ろ姿。
その手前で、何かがヌッと動く。
p.6
〇橋を渡った先、人気の無い開けた場所
清子たちの背後で、じゃり、と砂を踏む音がする。
清子「?」
振り返る清子。
その瞬間、腕が何かに切り裂かれる。
清子「!?」
芙慈「!?」
同時に驚く清子と芙慈。
清子「痛ッ……!」
切られたところを押さえる清子。
芙慈「き、ツバキさん!」
思わず「清子」と呼びそうになりながら、清子の体を支えようとする芙慈。
桃百合「フフフ……」
扇子を添えて笑う桃百合の口元。
p.7
清子「誰!」
火縄銃を構え、威嚇の声を上げる清子。
桃百合「あらあら、品の無いこと」
カラン、コロン、と下駄の音を鳴らしながら歩いてくる桃百合の足元。
桃百合「それが初対面の相手に対する態度?」
現れた桃百合の全身が写される。
艶やかな黒髪をふくらはぎまで伸ばし、上等な着物に身を包んだ、若い女性の姿。
目と口は細く吊り上がっており、意地の悪さが表情に滲み出ている。
芙慈「っ午守様……!」
顔を青くする芙慈。
清子「午守?」
芙慈の方を見、言葉を繰り返す清子。
清子(じゃあ、こいつが!)
清子たちを見下すような表情の桃百合。
ニイ、と更に目を細めて笑う桃百合のアップ。
p.8
桃百合「貴女、『禍子』でしょう」
清子「っ!」
眉間に皺を寄せ、身構える清子。
桃百合「ああ、誤魔化しなんかは要らないわ」
桃百合「既に調べは付いているもの。怪世にやってきた新しい『禍子』。珍しく霊弾が使えるんですって? それで妖狐を3匹、追い払った……。隣に居るのは『藤の劣弱鬼』ね。鬼のくせに岩のひとつも持ち上げられない腑抜け。フフ……弱者が揃ってお似合いだわ」
つらつらと情報を並べ立てる桃百合。
清子(『怪世一の噂好き』……なるほど、こういうことね)
清子「ふん。御託を並べてないで、かかってきたら?」
火縄銃を持ち、堂々と言い返す清子。
清子「来ないならこっちから行くわよ!」
火縄銃を構え、銃口を桃百合に向ける清子。
p.9
ぐ、と引き金を引く清子。
扇子を口元に当て、余裕綽々の笑みを浮かべる桃百合。
ダン! と霊弾を撃ち出す清子。
向かい合う桃百合。
桃百合に攻撃が届く前に、何かが割り込んでパチンと霊弾がはじける。
p.10
清子(弾かれた……!? 何かの術? あるいは……)
辺りを見回す清子。
3匹の小さな獣がすとんと軽やかに着地する。
清子「!」
鎌鼬①「粋がり妖狐たちを倒したと聞いたが、所詮は人間か」
鎌鼬②「オイラたちの速さにはついて来れねえみたいだな」
鎌鼬③「霊弾っつっても、こんなに遅くちゃ口ほどにもねえや! ハハ!」
口々に言う鎌鼬たち。
清子「前足が鎌になってる……鎌鼬ってやつね」
芙慈「はい、間違いありません」
身を寄せ合い、ひそひそ声で話す清子と芙慈。
桃百合「無駄口を叩くんじゃないわよ獣共。さっさとやっておしまい」
鎌鼬①&②&③「へえ、午守様!」
偉そうに指示を出す桃百合。
地面を蹴り、パッと消える鎌鼬たち。
p.11
清子(来る――)
火縄銃を再び構える清子。
しかし同時に、腕がまた裂かれ、血が噴き出す。
清子「くっ!」
痛みで顔を歪める清子。
桃百合「此度の『禍子』は随分と頭が悪いのね。今までの者は皆、自分が獲物だということはすぐに理解していたわよ?」
クスクスと笑う桃百合。
清子「誰が――いッ!」
引き金を引こうとしたところで、また鎌鼬の攻撃をくらう。
芙慈「ツバキさん、ここは僕が!」
清子を庇うように、ザッと前に出る芙慈。
ゴソ、と羽織の袂に手を入れる芙慈。
p.12
袂から札を数枚、パッと放つ芙慈。
見えない壁に貼りつくように、パタパタと宙に固定されていく札。
札を放った片手を前に突き出すポーズの芙慈。
その傍らで、清子は負傷した腕を押さえて立っている。
固定された札は、くるりと2人を囲うように円状の列を成している。
固唾を呑み、緊張した面持ちの芙慈。
〇回想:出立前・芙慈の家の中
清子「ねえ、この札って何?」
p.13
芙慈「呪い札です。専用の紙に、霊力を込めた墨で紋様を描いたもので……」
快く答える芙慈。
札を束にして整理している最中。
芙慈「紋様によっていろいろな効果があるんです。例えばこれは気配隠し、これは防御、これは治癒」
3種類の札を並べて見せる芙慈。
それぞれ違う紋様が描かれている。
芙慈「貼るだけで効果が発揮されるので、主に術を使う余裕の無い場面で活躍します」
芙慈「あとは僕みたいに、本人の霊力が弱くてそもそも満足に術を使えない場合ですね」
デフォルメされた芙慈のイメージ図。
「術」と書かれた容器に、「霊力」と書かれた柄杓で水を入れるが、容器は満ちていない。
その隣に、呪い札のイメージ図。
呪い札の内部に「術」と書かれた容器があり、「霊力」と書かれた柄杓で複数回水を入れたことで、容器が満ちている。
芙慈「予めじっくり霊力を仕込むこの呪い札なら、通常使えない術でも疑似的に行使できます」
清子「へえ! すごい便利じゃない!」
芙慈の並べた札を眺めながら言う清子。
芙慈「はい。ですがやはり、込める霊力の量で、効果の強さは異なってきます」
照れながらも補足する芙慈。
p.14
芙慈「これらは普段使いのために作って溜めていたものなので、そこまで霊力も込めていません」
呪い札の束を持つ芙慈。
芙慈「ですので、あくまでその場しのぎ用と思っていてください」
〇現在
芙慈「ツバキさん。今の内に傷を」
治癒の呪い札を清子に渡す芙慈。
清子「ありがとう、助かるわ」
頷き、札を受け取る清子。
芙慈(こんなに早く十二司様と対峙するなんて……。何週間かかってでも、強い札を作っておくんだった……!)
正面を見据えながら、備えの甘さを悔いる芙慈。
芙慈(とにかく今は、あるだけの札で何とかしないと)
桃百合「ふうん、呪い札ね」
目を細める桃百合。
ぷっと噴き出す鎌鼬①。
p.15
鎌鼬①「なんだ、つまらん小細工だ」
鎌鼬②「札頼りの鬼たあ、また滑稽だな」
鎌鼬③「ハハ! 『藤の劣弱鬼』にはお似合いだがな!」
ゲラゲラ笑う鎌鼬たち。
桃百合「ああ恥ずかしい恥ずかしい。ちまちま作った札なんかを戦場で振り回して! 己の弱さを白状しているようなものよねえ?」
大袈裟なまでに笑う桃百合。
清子「あんたたち……!」
怒りを露わにし、前に出ようとする清子。
芙慈「良いんです、本当のことですから」
冷静に、清子を制止する芙慈。
芙慈「その代わり――ひとつ、お伝えしたいことが」
にこ、と微笑む芙慈。
清子「……?」
きょとんとする清子。
p.16
桃百合「あら、作戦会議? 良いわよ、好きに小細工してちょうだいな」
なおも嘲る桃百合。
清子たちを完全に舐め切っている。
芙慈の「伝えたいこと」を共有し終え、頷き合う清子と芙慈。
芙慈「ツバキさん、お願いします!」
両手を前に突き出す芙慈。
清子「ええ!」
火縄銃を構え直す清子。
治癒の札の効果で、腕の傷の血は止まっている。
連続して霊弾を撃ち出す清子。
桃百合「ふうん? 内側からは通るのね?」
顎に手を添える桃百合。
少し手前のところで、鎌鼬たちによって霊弾がはじかれていく。
p.17
桃百合「まあ、月並みね」
指を鳴らす桃百合。
それに応じ、3つの影=鎌鼬①②③が地面を蹴って飛び出す。
芙慈の貼った呪い札の防御に、鎌鼬たちが目にも止まらぬ斬撃の雨を浴びせ始める。
芙慈「ううっ……!」
札に追加で霊力を直接注ぎ、防御を強化して耐える芙慈。
清子(! 今なら桃百合に当てられるかも……)
歯を食いしばり、桃百合に照準を合わせて霊弾を撃つ清子。
鎌鼬①「遅いな」
桃百合に向かった霊弾を、パシ、と片手間にはじく鎌鼬①。
清子「くっ……想定内よ!」
霊力を火縄銃に流し込み、続けて霊弾を撃つ準備をする清子。
苦虫を嚙み潰したような表情をしている。
p.18
懸命に霊弾を撃つ清子。
必死で防御を保とうとする芙慈。
斬撃を食らい続け、札の防御がぴし、ぴし、とほころび始める。
桃百合「フフフ、いつまで持つかしらねえ?」
ゆったりと扇子をあおいで高みの見物をしている桃百合。
桃百合「さっきからちょくちょく、明後日の方向に撃とうとしてるのは何のため?」
わざとらしく体を傾けて煽る桃百合。
桃百合「まさか霊弾を宙に留めて、死角から一気に放とうとしてたり?」
桃百合「フフ……そんな小細工がこの私に通用するとでも?」
清子「クソッ……!」
歯ぎしりをする清子。
ぴし、と札の防御に大きくひびが入る。
p.19
バリン、と札の防御が粉々に砕かれる。
呪い札はズタズタになり、清子と芙慈は咄嗟に、手で顔を庇うような姿勢を取る。
桃百合「はあ、何とも見苦しい男だこと。呪い札に頼らなきゃ使い物にならないわ、結局はその札も破られるわ、ああ嫌だ。みっともないことこの上ない」
溜め息交じりに言いながら、清子たちに近付いてくる桃百合。
清子「…………」
ギッと桃百合を睨む清子。
桃百合「お前も男を見る目が無いわねえ。こんな弱っちい役立たずなんかさっさと捨てて、強者に媚びを売っておけばもう少しは長らえただろうに」
攻撃の手を止め山姥の傍らに控える鎌鼬たちも、ニヤニヤと笑みを浮かべ、清子たちを嘲っている。
桃百合「ぐうの音も出ない? 悔しかったらほら、顔を真っ赤にして怒ってご覧なさい?」
清子の顔を覗き込むようにやや背を曲げ、更に煽る桃百合。
口を開く清子。
p.20
清子「しょーもな!」
挑発的な笑みで言う清子。
ひく、と口元を引きつらせる桃百合。
清子「あんたみたいな下らない奴、初めて見たわ。そんなダッサい脳みそでも十二司って務まるのね」
指を差して笑い飛ばす清子。
桃百合「……挑発のつもりかしら。残念、私は引っかかってやらないわよ」
スッと表情から笑みを消し、背筋を伸ばす桃百合。
桃百合「さあ鎌鼬共、まずは『禍子』を仕留めなさいな」
閉じた扇子で指図をする桃百合。
一斉に地面を蹴り、フッと姿を消す鎌鼬たち。
清子「ッ――!」
目を見開く清子。
鎌鼬の鎌が、清子の心臓を狙って突き出される。
p.21
火縄銃の持ち手が、鎌鼬①の顔面にめり込む。
火縄銃を逆手に持ち、バットよろしくフルスイングして鎌鼬①を殴る清子。
鎌鼬①の後ろには鎌鼬②と③もおり、まとめて打撃を受けている。
桃百合「……は?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔の桃百合。
鎌鼬①&②&③「ギャアッ!!」
3匹まとめて宙に吹っ飛ばされる鎌鼬たち。
p.22
桃百合「ちょ、ちょっと鎌鼬共! 何をしているの!」
焦って鎌鼬たちに喚く桃百合。
鎌鼬たちは近くの木にぶつかって伸びている。
清子「聞いたわよ」
今度は清子が、桃百合に向かって歩み寄る。
清子「鎌鼬は3体が一直線に並んで突進するんですって?」
火縄銃を逆手に持ったまま、もてあそぶ清子。
清子「突進するタインミングと、的の位置さえわかれば……案外、チョロかったわね」
芙慈「自分たちの速度も相まって、受けた衝撃は相当のものでしょう。しばらくは、そっとしておくことをお勧めします」
よろめきながらも、清子の隣に立つ芙慈。
桃百合「ぐっ……!」
怒りでカッと顔を赤くする桃百合。
清子「どうしたの。顔が真っ赤よ、山姥」
意趣返しに、ニヤリと笑う清子。
火縄銃の銃身には、芙慈の作った防御の札が貼られている。
p.23
桃百合「このッ、『禍子』の分際で! 私は午守よ!」
叫ぶ桃百合。
攻撃をしようとしており、手のひらには霊力が集まってきている。
手を伸ばし、霊力で何かをしようとする桃百合。
しかし先に、清子が彼女の腕を火縄銃で叩き払う。
桃百合「がアっ……!」
唸るように悲鳴を上げ、よろめく桃百合。
清子「見栄っ張り! 手下にばっか戦わせるからこうなるのよ」
毅然と言い放つ清子。
p.24
地面に膝を付いた桃百合に、火縄銃を正しく構えて突き付ける清子。
清子「動かないで」
銃口を突きつけられながら、後方で伸びている鎌鼬たちに八つ当たりの視線を向ける桃百合。
清子「真名を教えなさい。そしたら、あんたが負けたことは秘密にしておいてあげる」
鋭い視線で言う清子。
清子(何となくわかる……。私はあと3発も霊弾を撃てない。芙慈さんもかなり霊力を消費してる)
密かに冷や汗をかく清子。
息も本当は荒いのを、必死に整えようとしている。
清子(こっちが優勢だと思わせて、早く降参させなきゃ)
清子「『禍子』に負けたなんて知れたら、十二司のメンツが立たないでしょ?」
桃百合「ぐっ……」
意志が揺らぎ、険しい顔をする桃百合。
す、と持ち上げられる桃百合の腕。
p.25
桃百合「果物の桃に、花の百合で、桃百合よ」
両手を上げ、真名を白状する桃百合。
両眼を閉じ、完全に降参の姿勢。
安堵と喜びの表情で顔を見合わせる清子と芙慈。
清子「やったわね、芙慈さん!」
芙慈「はい……!」
小声で勝利を祝い合う2人。
桃百合「……?」
訝しげに片目を開ける桃百合。
清子「?」
桃百合の視線の意図を捉え兼ね、不思議そうな顔をする清子。
桃百合「貴女、もしかして……」
桃百合「隷属の術の呪文を知らないの? やはり馬鹿なのね?」
眉をひそめて言う桃百合。
清子「失礼ね!」
青筋を浮かべる清子。
p.26
清子「隷属の術を使う気は無いわ。あんたが私の目的を邪魔しないでくれるならね」
咳ばらいをし、気を落ち着けて言う清子。
桃百合「目的って、何よ」
清子を憎々しげに睨みつける桃百合。
清子「怪世周遊。楽しく旅するの」
平然と答える清子。
桃百合「は!?」
目を剥いて仰天する桃百合。
桃百合「『禍子』が呑気に旅するですって? やっぱり頭が悪いわね、お前!」
困惑しながらも罵る桃百合。
清子「何とでも言いなさい」
ふん、と鼻を鳴らす清子。
清子「とにかく、そういうことだから。よろしくね」
踵を返し、立ち去る清子。
芙慈はその隣を歩き、少し桃百合と鎌鼬の方を気にして半ば振り返っている。
p.27
呆けた顔で清子たちを見送る桃百合。
桃百合「……あーあ、馬鹿ね……」
爽やかな昼下がりの空。
遠くから市の賑わいの声が微かに聞こえてくる。
〇市から離れた場所の道端
清子「ありがとうね、芙慈さん。鎌鼬のこと教えてくれて。呪い札も、さっそく助かったわ」
歩きながら、笑顔で礼を言う清子。
芙慈「いえ、このくらいは……」
照れつつ、恐縮する芙慈。
清子「私たち、戦うのも結構良い組み合わせかもね。この調子で、いっそ十二司をみんな倒しちゃおうかしら!」
おどけて言う清子。
目を丸くする芙慈。
芙慈「あはは、平穏無事が一番ですよ」
清子「もー。芙慈さんったら冷静!」
じゃれ合う清子と芙慈が引きで写される。
p.28
〇丑国の城内・同刻
薄暗い城内の廊下が写される。
丑守「ほう……」
丑守に跪くあやかし。
丑守「『禍子』がまた、やって来たか」
とん、と肘掛を指先で叩く丑守。
顔はまだ見えない。
あやかし「はい。しかし些か、若いようで」
跪いたまま話すあやかし。
丑守「生け捕りにしろ。手足は切り落としても良いが、まとめて持ってくること」
丑守の背後の壁に、いくつも額縁が掛けられている。
何が収められているかは見えない。
※実は全て芙慈を描いた絵。
丑守「いつも通りに、だ。多少若かろうが、今回も変わらない」
立ち上がる丑守。
丑守「『禍子』は俺の為にある」
眼光鋭く言う丑守。
ここで顔が初めて写り、鬼であることがわかる。
〇街の通り・昼
あやかし①「なあ、聞いたか?」
柳の木の下でたむろしているあやかし。
あやかし①「寅守様、また丑守様とやり合ったそうだぜ」
あやかし②「聞いた聞いた。双方お若い方だからなあ。血が有り余ってるんだろうよ」
市で買い物を終えた後なのか、各々荷物を持ち、粒状の食べ物をつまんでいる。
あやかし②「その点、未守様は静かすぎるくらいだ。お隣なのに、なあんも話が聞こえてこん」
あやかし①「うちの午守様なら、何か知ってるかもしれないがな。何せ怪世一の噂好き――」
あやかし②「おいおい、滅多なこと言うんじゃねえよ」
談笑するあやかしたちを、すれ違いざまにじっと見る清子。
清子「…………」
清子「ねえ、ナントカノカミって何? 誰のこと?」
隣を歩く芙慈の方を向き、尋ねる清子。
p.2
芙慈「十二司様のことですね」
清子「ジュウニシ」
首を傾げ、オウム返しをする清子。
芙慈「数字の十二に司る、で十二司です。怪世を統べている12のあやかしたちで、それぞれ子守、丑守、寅守……というふうに呼ばれています」
十二支の文字を背景に、12のあやかしたちのイメージ図。
そのうち、丑守は鬼、未守は花を纏った姿、午守は長髪の女性の姿をしているのがはっきりわかる。
芙慈「表向きは力を合わせて怪世を統治する方たちですが……その実、より強い権力を求めて常に勢力争いをしているんです」
権力を手にせんと、中央に向かって伸ばされる複数の手のイメージ図。
手は、美しい布地を破れんばかりに引っ張り合っている。
芙慈「基本的に武力で争うので、あやかしの中でも十二司様たちは『禍子』を強く欲する傾向にあります」
清子「へえ、じゃあ私の敵ね」
口をとがらせ、指先を口元に当てる清子。
清子「目の前に出てきたらぶっ飛ばしてやるわ」
火縄銃を握って不敵に笑う清子。
芙慈「あはは……」
苦笑いをする芙慈。
p.3
清子「で、その十二司はどこに居るの?」
火縄銃を背負い直しながら言う清子。
芙慈「各々の領地です」
芙慈「怪世はこんなふうに……扇状の領地に分かれていて、この1つ1つを十二司様が治めているんです。例えば、僕たちが居るここは午守様が治める午国で、午守様は都のお城に住まわれています」
怪世の地図。
概ね円状の陸地が扇形に区切られており、順に子丑寅卯……と書いてある。
中心部は険しい山が記号的に描かれている=非居住地域。
芙慈はこの地図中の、「午国」と書かれた部分を指差している。
清子「なるほど、わかりやすくて良いわね!」
清子「この真ん中の山? は何国なの?」
芙慈「そこは……平たく言えば、禁足地です」
険しい山の部分がアップで写される。
芙慈「荒れ果てた土地で、誰も近付きませんし、近付けないので気にしなくて大丈夫ですよ」
清子「ふうん、わかったわ」
素直に頷く清子。
p.4
〇街の通りにある橋の上
清子「あと気を付けた方が良いこととかある? 危ない場所とか」
芙慈「…………」
足を止める芙慈。
芙慈「その……個人的なことなのですが」
自分の腕をぎゅっと握る芙慈。
芙慈「丑国には、できれば……入りたくありません」
怯えと不安の交じった表情をする芙慈。
ざあっと不穏な風が吹く。
芙慈「理由は……すみません、まだ……」
見たことの無い芙慈の様子に、少し眉を下げる清子。
ぎゅっと唇を引き結ぶ清子。
p.5
はしっと芙慈の手を取る清子。
清子「わかった!」
しっかりと芙慈の手を握り、目を合わせて言う清子。
目を見開く芙慈。
清子「丑国はダメ、ね。ちゃんと覚えたわ」
芙慈を安心させようと、敢えて明るく笑う清子。
芙慈「……!」
清子の意図を察し、泣き出しそうな顔をする芙慈。
芙慈「……ありがとうございます」
清子「何のこと? さ、行きましょ。この先には何があるの?」
ほろりと涙をぬぐう芙慈と、彼の背をぽんぽんと叩く清子の後ろ姿。
その手前で、何かがヌッと動く。
p.6
〇橋を渡った先、人気の無い開けた場所
清子たちの背後で、じゃり、と砂を踏む音がする。
清子「?」
振り返る清子。
その瞬間、腕が何かに切り裂かれる。
清子「!?」
芙慈「!?」
同時に驚く清子と芙慈。
清子「痛ッ……!」
切られたところを押さえる清子。
芙慈「き、ツバキさん!」
思わず「清子」と呼びそうになりながら、清子の体を支えようとする芙慈。
桃百合「フフフ……」
扇子を添えて笑う桃百合の口元。
p.7
清子「誰!」
火縄銃を構え、威嚇の声を上げる清子。
桃百合「あらあら、品の無いこと」
カラン、コロン、と下駄の音を鳴らしながら歩いてくる桃百合の足元。
桃百合「それが初対面の相手に対する態度?」
現れた桃百合の全身が写される。
艶やかな黒髪をふくらはぎまで伸ばし、上等な着物に身を包んだ、若い女性の姿。
目と口は細く吊り上がっており、意地の悪さが表情に滲み出ている。
芙慈「っ午守様……!」
顔を青くする芙慈。
清子「午守?」
芙慈の方を見、言葉を繰り返す清子。
清子(じゃあ、こいつが!)
清子たちを見下すような表情の桃百合。
ニイ、と更に目を細めて笑う桃百合のアップ。
p.8
桃百合「貴女、『禍子』でしょう」
清子「っ!」
眉間に皺を寄せ、身構える清子。
桃百合「ああ、誤魔化しなんかは要らないわ」
桃百合「既に調べは付いているもの。怪世にやってきた新しい『禍子』。珍しく霊弾が使えるんですって? それで妖狐を3匹、追い払った……。隣に居るのは『藤の劣弱鬼』ね。鬼のくせに岩のひとつも持ち上げられない腑抜け。フフ……弱者が揃ってお似合いだわ」
つらつらと情報を並べ立てる桃百合。
清子(『怪世一の噂好き』……なるほど、こういうことね)
清子「ふん。御託を並べてないで、かかってきたら?」
火縄銃を持ち、堂々と言い返す清子。
清子「来ないならこっちから行くわよ!」
火縄銃を構え、銃口を桃百合に向ける清子。
p.9
ぐ、と引き金を引く清子。
扇子を口元に当て、余裕綽々の笑みを浮かべる桃百合。
ダン! と霊弾を撃ち出す清子。
向かい合う桃百合。
桃百合に攻撃が届く前に、何かが割り込んでパチンと霊弾がはじける。
p.10
清子(弾かれた……!? 何かの術? あるいは……)
辺りを見回す清子。
3匹の小さな獣がすとんと軽やかに着地する。
清子「!」
鎌鼬①「粋がり妖狐たちを倒したと聞いたが、所詮は人間か」
鎌鼬②「オイラたちの速さにはついて来れねえみたいだな」
鎌鼬③「霊弾っつっても、こんなに遅くちゃ口ほどにもねえや! ハハ!」
口々に言う鎌鼬たち。
清子「前足が鎌になってる……鎌鼬ってやつね」
芙慈「はい、間違いありません」
身を寄せ合い、ひそひそ声で話す清子と芙慈。
桃百合「無駄口を叩くんじゃないわよ獣共。さっさとやっておしまい」
鎌鼬①&②&③「へえ、午守様!」
偉そうに指示を出す桃百合。
地面を蹴り、パッと消える鎌鼬たち。
p.11
清子(来る――)
火縄銃を再び構える清子。
しかし同時に、腕がまた裂かれ、血が噴き出す。
清子「くっ!」
痛みで顔を歪める清子。
桃百合「此度の『禍子』は随分と頭が悪いのね。今までの者は皆、自分が獲物だということはすぐに理解していたわよ?」
クスクスと笑う桃百合。
清子「誰が――いッ!」
引き金を引こうとしたところで、また鎌鼬の攻撃をくらう。
芙慈「ツバキさん、ここは僕が!」
清子を庇うように、ザッと前に出る芙慈。
ゴソ、と羽織の袂に手を入れる芙慈。
p.12
袂から札を数枚、パッと放つ芙慈。
見えない壁に貼りつくように、パタパタと宙に固定されていく札。
札を放った片手を前に突き出すポーズの芙慈。
その傍らで、清子は負傷した腕を押さえて立っている。
固定された札は、くるりと2人を囲うように円状の列を成している。
固唾を呑み、緊張した面持ちの芙慈。
〇回想:出立前・芙慈の家の中
清子「ねえ、この札って何?」
p.13
芙慈「呪い札です。専用の紙に、霊力を込めた墨で紋様を描いたもので……」
快く答える芙慈。
札を束にして整理している最中。
芙慈「紋様によっていろいろな効果があるんです。例えばこれは気配隠し、これは防御、これは治癒」
3種類の札を並べて見せる芙慈。
それぞれ違う紋様が描かれている。
芙慈「貼るだけで効果が発揮されるので、主に術を使う余裕の無い場面で活躍します」
芙慈「あとは僕みたいに、本人の霊力が弱くてそもそも満足に術を使えない場合ですね」
デフォルメされた芙慈のイメージ図。
「術」と書かれた容器に、「霊力」と書かれた柄杓で水を入れるが、容器は満ちていない。
その隣に、呪い札のイメージ図。
呪い札の内部に「術」と書かれた容器があり、「霊力」と書かれた柄杓で複数回水を入れたことで、容器が満ちている。
芙慈「予めじっくり霊力を仕込むこの呪い札なら、通常使えない術でも疑似的に行使できます」
清子「へえ! すごい便利じゃない!」
芙慈の並べた札を眺めながら言う清子。
芙慈「はい。ですがやはり、込める霊力の量で、効果の強さは異なってきます」
照れながらも補足する芙慈。
p.14
芙慈「これらは普段使いのために作って溜めていたものなので、そこまで霊力も込めていません」
呪い札の束を持つ芙慈。
芙慈「ですので、あくまでその場しのぎ用と思っていてください」
〇現在
芙慈「ツバキさん。今の内に傷を」
治癒の呪い札を清子に渡す芙慈。
清子「ありがとう、助かるわ」
頷き、札を受け取る清子。
芙慈(こんなに早く十二司様と対峙するなんて……。何週間かかってでも、強い札を作っておくんだった……!)
正面を見据えながら、備えの甘さを悔いる芙慈。
芙慈(とにかく今は、あるだけの札で何とかしないと)
桃百合「ふうん、呪い札ね」
目を細める桃百合。
ぷっと噴き出す鎌鼬①。
p.15
鎌鼬①「なんだ、つまらん小細工だ」
鎌鼬②「札頼りの鬼たあ、また滑稽だな」
鎌鼬③「ハハ! 『藤の劣弱鬼』にはお似合いだがな!」
ゲラゲラ笑う鎌鼬たち。
桃百合「ああ恥ずかしい恥ずかしい。ちまちま作った札なんかを戦場で振り回して! 己の弱さを白状しているようなものよねえ?」
大袈裟なまでに笑う桃百合。
清子「あんたたち……!」
怒りを露わにし、前に出ようとする清子。
芙慈「良いんです、本当のことですから」
冷静に、清子を制止する芙慈。
芙慈「その代わり――ひとつ、お伝えしたいことが」
にこ、と微笑む芙慈。
清子「……?」
きょとんとする清子。
p.16
桃百合「あら、作戦会議? 良いわよ、好きに小細工してちょうだいな」
なおも嘲る桃百合。
清子たちを完全に舐め切っている。
芙慈の「伝えたいこと」を共有し終え、頷き合う清子と芙慈。
芙慈「ツバキさん、お願いします!」
両手を前に突き出す芙慈。
清子「ええ!」
火縄銃を構え直す清子。
治癒の札の効果で、腕の傷の血は止まっている。
連続して霊弾を撃ち出す清子。
桃百合「ふうん? 内側からは通るのね?」
顎に手を添える桃百合。
少し手前のところで、鎌鼬たちによって霊弾がはじかれていく。
p.17
桃百合「まあ、月並みね」
指を鳴らす桃百合。
それに応じ、3つの影=鎌鼬①②③が地面を蹴って飛び出す。
芙慈の貼った呪い札の防御に、鎌鼬たちが目にも止まらぬ斬撃の雨を浴びせ始める。
芙慈「ううっ……!」
札に追加で霊力を直接注ぎ、防御を強化して耐える芙慈。
清子(! 今なら桃百合に当てられるかも……)
歯を食いしばり、桃百合に照準を合わせて霊弾を撃つ清子。
鎌鼬①「遅いな」
桃百合に向かった霊弾を、パシ、と片手間にはじく鎌鼬①。
清子「くっ……想定内よ!」
霊力を火縄銃に流し込み、続けて霊弾を撃つ準備をする清子。
苦虫を嚙み潰したような表情をしている。
p.18
懸命に霊弾を撃つ清子。
必死で防御を保とうとする芙慈。
斬撃を食らい続け、札の防御がぴし、ぴし、とほころび始める。
桃百合「フフフ、いつまで持つかしらねえ?」
ゆったりと扇子をあおいで高みの見物をしている桃百合。
桃百合「さっきからちょくちょく、明後日の方向に撃とうとしてるのは何のため?」
わざとらしく体を傾けて煽る桃百合。
桃百合「まさか霊弾を宙に留めて、死角から一気に放とうとしてたり?」
桃百合「フフ……そんな小細工がこの私に通用するとでも?」
清子「クソッ……!」
歯ぎしりをする清子。
ぴし、と札の防御に大きくひびが入る。
p.19
バリン、と札の防御が粉々に砕かれる。
呪い札はズタズタになり、清子と芙慈は咄嗟に、手で顔を庇うような姿勢を取る。
桃百合「はあ、何とも見苦しい男だこと。呪い札に頼らなきゃ使い物にならないわ、結局はその札も破られるわ、ああ嫌だ。みっともないことこの上ない」
溜め息交じりに言いながら、清子たちに近付いてくる桃百合。
清子「…………」
ギッと桃百合を睨む清子。
桃百合「お前も男を見る目が無いわねえ。こんな弱っちい役立たずなんかさっさと捨てて、強者に媚びを売っておけばもう少しは長らえただろうに」
攻撃の手を止め山姥の傍らに控える鎌鼬たちも、ニヤニヤと笑みを浮かべ、清子たちを嘲っている。
桃百合「ぐうの音も出ない? 悔しかったらほら、顔を真っ赤にして怒ってご覧なさい?」
清子の顔を覗き込むようにやや背を曲げ、更に煽る桃百合。
口を開く清子。
p.20
清子「しょーもな!」
挑発的な笑みで言う清子。
ひく、と口元を引きつらせる桃百合。
清子「あんたみたいな下らない奴、初めて見たわ。そんなダッサい脳みそでも十二司って務まるのね」
指を差して笑い飛ばす清子。
桃百合「……挑発のつもりかしら。残念、私は引っかかってやらないわよ」
スッと表情から笑みを消し、背筋を伸ばす桃百合。
桃百合「さあ鎌鼬共、まずは『禍子』を仕留めなさいな」
閉じた扇子で指図をする桃百合。
一斉に地面を蹴り、フッと姿を消す鎌鼬たち。
清子「ッ――!」
目を見開く清子。
鎌鼬の鎌が、清子の心臓を狙って突き出される。
p.21
火縄銃の持ち手が、鎌鼬①の顔面にめり込む。
火縄銃を逆手に持ち、バットよろしくフルスイングして鎌鼬①を殴る清子。
鎌鼬①の後ろには鎌鼬②と③もおり、まとめて打撃を受けている。
桃百合「……は?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔の桃百合。
鎌鼬①&②&③「ギャアッ!!」
3匹まとめて宙に吹っ飛ばされる鎌鼬たち。
p.22
桃百合「ちょ、ちょっと鎌鼬共! 何をしているの!」
焦って鎌鼬たちに喚く桃百合。
鎌鼬たちは近くの木にぶつかって伸びている。
清子「聞いたわよ」
今度は清子が、桃百合に向かって歩み寄る。
清子「鎌鼬は3体が一直線に並んで突進するんですって?」
火縄銃を逆手に持ったまま、もてあそぶ清子。
清子「突進するタインミングと、的の位置さえわかれば……案外、チョロかったわね」
芙慈「自分たちの速度も相まって、受けた衝撃は相当のものでしょう。しばらくは、そっとしておくことをお勧めします」
よろめきながらも、清子の隣に立つ芙慈。
桃百合「ぐっ……!」
怒りでカッと顔を赤くする桃百合。
清子「どうしたの。顔が真っ赤よ、山姥」
意趣返しに、ニヤリと笑う清子。
火縄銃の銃身には、芙慈の作った防御の札が貼られている。
p.23
桃百合「このッ、『禍子』の分際で! 私は午守よ!」
叫ぶ桃百合。
攻撃をしようとしており、手のひらには霊力が集まってきている。
手を伸ばし、霊力で何かをしようとする桃百合。
しかし先に、清子が彼女の腕を火縄銃で叩き払う。
桃百合「がアっ……!」
唸るように悲鳴を上げ、よろめく桃百合。
清子「見栄っ張り! 手下にばっか戦わせるからこうなるのよ」
毅然と言い放つ清子。
p.24
地面に膝を付いた桃百合に、火縄銃を正しく構えて突き付ける清子。
清子「動かないで」
銃口を突きつけられながら、後方で伸びている鎌鼬たちに八つ当たりの視線を向ける桃百合。
清子「真名を教えなさい。そしたら、あんたが負けたことは秘密にしておいてあげる」
鋭い視線で言う清子。
清子(何となくわかる……。私はあと3発も霊弾を撃てない。芙慈さんもかなり霊力を消費してる)
密かに冷や汗をかく清子。
息も本当は荒いのを、必死に整えようとしている。
清子(こっちが優勢だと思わせて、早く降参させなきゃ)
清子「『禍子』に負けたなんて知れたら、十二司のメンツが立たないでしょ?」
桃百合「ぐっ……」
意志が揺らぎ、険しい顔をする桃百合。
す、と持ち上げられる桃百合の腕。
p.25
桃百合「果物の桃に、花の百合で、桃百合よ」
両手を上げ、真名を白状する桃百合。
両眼を閉じ、完全に降参の姿勢。
安堵と喜びの表情で顔を見合わせる清子と芙慈。
清子「やったわね、芙慈さん!」
芙慈「はい……!」
小声で勝利を祝い合う2人。
桃百合「……?」
訝しげに片目を開ける桃百合。
清子「?」
桃百合の視線の意図を捉え兼ね、不思議そうな顔をする清子。
桃百合「貴女、もしかして……」
桃百合「隷属の術の呪文を知らないの? やはり馬鹿なのね?」
眉をひそめて言う桃百合。
清子「失礼ね!」
青筋を浮かべる清子。
p.26
清子「隷属の術を使う気は無いわ。あんたが私の目的を邪魔しないでくれるならね」
咳ばらいをし、気を落ち着けて言う清子。
桃百合「目的って、何よ」
清子を憎々しげに睨みつける桃百合。
清子「怪世周遊。楽しく旅するの」
平然と答える清子。
桃百合「は!?」
目を剥いて仰天する桃百合。
桃百合「『禍子』が呑気に旅するですって? やっぱり頭が悪いわね、お前!」
困惑しながらも罵る桃百合。
清子「何とでも言いなさい」
ふん、と鼻を鳴らす清子。
清子「とにかく、そういうことだから。よろしくね」
踵を返し、立ち去る清子。
芙慈はその隣を歩き、少し桃百合と鎌鼬の方を気にして半ば振り返っている。
p.27
呆けた顔で清子たちを見送る桃百合。
桃百合「……あーあ、馬鹿ね……」
爽やかな昼下がりの空。
遠くから市の賑わいの声が微かに聞こえてくる。
〇市から離れた場所の道端
清子「ありがとうね、芙慈さん。鎌鼬のこと教えてくれて。呪い札も、さっそく助かったわ」
歩きながら、笑顔で礼を言う清子。
芙慈「いえ、このくらいは……」
照れつつ、恐縮する芙慈。
清子「私たち、戦うのも結構良い組み合わせかもね。この調子で、いっそ十二司をみんな倒しちゃおうかしら!」
おどけて言う清子。
目を丸くする芙慈。
芙慈「あはは、平穏無事が一番ですよ」
清子「もー。芙慈さんったら冷静!」
じゃれ合う清子と芙慈が引きで写される。
p.28
〇丑国の城内・同刻
薄暗い城内の廊下が写される。
丑守「ほう……」
丑守に跪くあやかし。
丑守「『禍子』がまた、やって来たか」
とん、と肘掛を指先で叩く丑守。
顔はまだ見えない。
あやかし「はい。しかし些か、若いようで」
跪いたまま話すあやかし。
丑守「生け捕りにしろ。手足は切り落としても良いが、まとめて持ってくること」
丑守の背後の壁に、いくつも額縁が掛けられている。
何が収められているかは見えない。
※実は全て芙慈を描いた絵。
丑守「いつも通りに、だ。多少若かろうが、今回も変わらない」
立ち上がる丑守。
丑守「『禍子』は俺の為にある」
眼光鋭く言う丑守。
ここで顔が初めて写り、鬼であることがわかる。
