p.1

〇芙慈の家の前
清子(相手は3人……数ではこっちが劣る)
怖気づかずに戦意を示しつつ、思案する清子。
清子(でもまともに休めたおかげかしら、いつもより力が湧いてくる。勝てないことは無いはずよ!)

甲佐「ほう、大きく出たものだ」
ケタケタと笑う甲佐。

甲佐「我々の食料に過ぎぬただの肉が、粋がるではないか」
目を細めて、嘲るように言う甲佐。

清子「上等よ」
青筋を浮かべて言い返す清子。

引き金を引く清子の指が写される。


p.2

ダン! と威勢の良い音と共に、霊弾が撃ち出される。

甲佐を目がけて霊弾が一直線に飛ぶ。

甲佐「甘いな」
ニヤリと笑う甲佐。

ひょいと身を翻し、いとも容易く弾を避ける甲佐。
的を外した霊弾は、背後にある竹の方へとそのまま飛んで行く。

清子「……!」
何かに気付いたように、目を見開く清子。


p.3

ダン! ダン! と続けて何発も霊弾を撃ちまくるが、それらは全て回避され明後日の方向へ。

芙慈「これは……!」
ツ、と汗をひと筋かく芙慈。
清子も悔しげに眉間に皺を寄せて見せる。

甲佐「ははあ、なぜ当たらぬのか不思議か?」
舌を出して笑う甲佐。

甲佐「教えてやろう、お前には殺意が無いからだ」
鋭い爪のある指で清子を差す甲佐。

甲佐「殺してやろうという気概が全く足りぬ。いくら霊弾とは言え、斯様に腑抜けていてどうして我を捉えられようか」
甲佐の視点から、指を差される清子が写される。
図星を突かれ、目を見開いている。


p.4

清子「くそっ、言ってなさい!」
銃を構え直し、再び霊弾を連射する清子。

しかしやはり甲佐に当てることはできず、霊弾はことごとく宙を舞うに留まる。

芙慈「……!」
自分も加勢しようと、焦りながら周囲を見回す芙慈。

籠の中から刀を掴む芙慈の手。

芙慈「ここは私が――」
刀を抜き、甲佐の前に立ち塞がる芙慈。


p.5

甲佐「ほう?」
ギラリと眼光鋭く芙慈を見る甲佐。

芙慈「うあっ!」
甲佐に攻撃される芙慈。
刀を弾き飛ばされる。

甲佐「『私が』、何だ?」
駄目押しに芙慈を踏み付ける甲佐。
芙慈は苦しそうに顔を歪める。

甲佐「まさか『相手をする』ではないだろうな?」
ゲラゲラと笑う甲佐。
甲佐「藤の劣弱鬼ごときが、この甲佐に歯向かえるとでも?」
乙那と乙嘉も嘲笑う。


p.6

清子「その人を放しなさい!」
甲佐から藤を救おうとまた火縄銃を撃つ清子。

甲佐「ふん」
またもやひらりと躱す甲佐。

甲佐「話の通り、愚かな鬼だ。雉も鳴かずば撃たれまい……おっと、撃たれそうなのは我だったな?」
芙慈を蹴り飛ばす甲佐。

芙慈「っ……」
解放され、ゲホゲホと咳き込みながら立ち上がる芙慈。
悔しさが表情にありありと浮かんでいる。

清子「無理しないで。私は大丈夫」
今度は清子が彼を守るように前に出る。


p.7

既に勝利を確信している甲佐、そして後方の乙那と乙嘉。

息を荒くして懸命に立つ清子と芙慈。

甲佐「さあ『禍子』よ。我の手で殺してやろう」
じり、と腰を下げる甲佐。

甲佐「そして我の力となるのだ!」
脚に力を込め、ひと息に飛び掛かる甲佐。

闘志を失わないまま、どこか遠くを見る清子。

清子「…………」
目を閉じ、火縄銃を下ろす清子。


p.8

甲佐の大きな体が清子に覆いかぶさる直前、霊弾が甲佐の頭に直撃する。

甲佐「ぐあッ!?」
悲鳴を上げ、身をよじらせて地面に転ぶ甲佐。

乙那「お、お頭!?」
慌てて駆け寄ろうとする乙那と乙嘉。
その背後で、霊弾がギラリと光る。

乙那「ぎゃっ!」
乙嘉「うぎゃッ!」
甲佐と同じく、霊弾に撃たれて倒れる。


p.9

甲佐「いったい何だ……どこから……!」
ふらふらと立ち上がる甲佐。

ふと後ろを見、ハッと目を見開く甲佐。

甲佐たちの背後=竹林には、いくつもの霊弾が隠れるように浮いていた。


p.10

甲佐「霊弾……!? い、いつの間に――」
清子たちに背を向け、霊弾の群れに向き合う甲佐。

甲佐「があっ!」
ドドッ、と連続して、異なる方向から霊弾が甲佐に突き刺さる。

甲佐(クソ、死角から……!)
焦りを見せる甲佐。
その近くでは、乙那と乙嘉が霊弾を断続的に浴びせられている。
乙那「うわァッ!」
乙嘉「痛え! 痛え!」

清子「ふう……」
息を吐き、一歩前に出る清子。


p.11

清子「ありがとう、あいつらの注意を引いてくれて。おかげでたくさん仕込めたわ」
芙慈「お安い御用です」
安堵した表情の2人。

清子(まさかこんなことができるなんてね……)
冷や汗をひとつかく清子。

〇回想:少し前
初めに甲佐に霊弾を撃った時、それが竹林の竹に当たりそうになる。

清子(まずい! また竹が倒れたら芙慈さんの家に……!)

清子の念に応えて霊弾がピタリと空中で停止。

それを見た清子はハッと気付きを得る。
〇現在
清子(最初の1発で偶然わかって良かった)

清子「気付いてくれて助かったわ」
ひそひそ声で芙慈に感謝を述べる清子。

咳払いをする清子。


p.12

清子「聞いたわよ。霊弾って霊力を練ったもんなんでしょう? だったら普通の弾とは違って、好きに操れてもおかしくないわよね」
敢えて最初からそれを知っていたかのように、胸を張って甲佐たちに言う清子。

清子「いくら反射神経が良くても、死角からじゃ避けられない……」
まだまだ竹林の中に沢山浮かぶ霊弾。

清子「ナメてた相手に嵌められた気分はどう?」
汗をかきつつも、勝ち誇る清子。
甲佐「『禍子』風情が……!」
地面に這いつくばり、悔しげに歯ぎしりをする甲佐。

清子「ふんっ」
眉間に皺を寄せ、手をすいっと動かす清子。

甲佐「ぐうっ! ま、待て、撃つなやめろ!」
また何発か、霊弾が甲佐に襲い掛かる。
たまらず甲佐は悲鳴を上げる。

清子「あのねえ」
口を開く清子。


p.13

清子「確かに私は人もあやかしも殺す度胸なんて無いけど」
甲佐たちに対し、苛立ちを見せる清子。
清子「あんたたちみたいな奴を死ぬほど痛い目に遭わせてやる、って気持ちはたーっくさんあるのよ」

清子「他人を見下して、面白半分に痛めつける、性根の曲がった奴をね!」
甲佐たちを睨みつつ、叔母と従妹のことも思い浮かべる清子。

甲佐「こ、降参だ! 降参する! だからやめてくれ!」
ついに頭を下げ、戦意喪失を示す甲佐。
乙那と乙嘉も揃って同じく頭を下げる。

芙慈が清子へ、窺うような視線を向ける。
清子は無言で甲佐たちを見下ろす。


p.14

清子「……この人に謝って。あと真名を寄越しなさい。それで許してあげる」
有無を言わさぬ強い視線で言う清子。

悔しそうな表情で躊躇う甲佐たち。

甲佐「……藤の劣弱鬼よ。侮って、申し訳なかった。我が真名は……きのえに、補佐の佐で、甲佐(こうざ)だ」
乙那「きのとに、なんぞで、乙那(おとな)
乙嘉「きのとに、嘉日の嘉で、乙嘉(おとか)
渋々、芙慈に謝りつつ名を名乗る。

清子「嘘じゃないでしょうね」
じとりとした目つきで詰め寄る清子。
甲佐「ほ、本当だ!」
慌てて答える甲佐。

甲佐「真名を偽ることは自己を捨てるも同然! 人間どもならいざ知らず、あやかしがそんなことをするものか!」
ここだけは譲れない、とばかりに威勢よく言う甲佐。


p.15

清子「……そういうものなの?」
芙慈「はい」
念のため、芙慈に問う清子。
芙慈は頷く。

清子「わかったわ」
改めて甲佐たちの方を向く清子。
清子「じゃあこれで……」

清子(本人から真名を『捧げられた』。隷属の術を使う条件は満たされた……)
隷属の術を教える芙慈の姿を思い返す清子。

清子(あとは私が、呪文を唱えるだけ)
神妙な表情で甲佐たちを見下ろす清子。

甲佐たちはうなだれ、「もうどうにでもなれ」といった様子。

清子「――――」
口を開き、何かを発話する清子。


p.16

〇芙慈の家・半壊した居間
清子「あー疲れた!」
部屋に清子の声が響く。

清子「霊弾って撃ちすぎると何だかぐったりするのね」
床にぺったりと座り込んでいる清子。
言葉の通り、疲れているのが見てわかる。

清子「でも気分は爽快だわ。見たか! って感じ」
芙慈「それは良かったです」
興奮気味に語る清子の正面で、穏やかに笑う芙慈。

芙慈「ですが……本当に、隷属の術はかけなくて良かったのですか?」
眉を下げ、心配そうに問う芙慈。

清子「うん、今はね。今度何かしに来たらやってやるけど」
清々しく笑う清子。


p.17

〇回想:p.15最後のコマの直後
清子「――帰りなさい」

清子「二度と私たちの前に現れないで。いいわね」
強い口調で言う清子。
予想外の言葉に狼狽える甲佐たち。

甲佐たちは背を向けて去っていく。

〇現在
清子「……まあ、何となく気が進まなかったし」
苦笑する清子。

縁側越しに静けさの戻った竹林を眺める清子。

そんな清子を見つめる芙慈。


p.18

芙慈「あの、やはり怪世を旅するのはやめた方が良いのでは?」
とても言いにくそうでありつつも、清子を案じて言う芙慈。

芙慈「怪世には、先ほどの者たちより何倍も強いあやかしが沢山います。あなたを侮っているわけではありませんが、どう考えても危険ですし……無謀、かと」
うつむきがちになりながら、言葉を絞り出す芙慈。

清子「……そうね」
現世とは違う、怪世の奇妙な空模様を見上げる清子。

外を眺めていたところから、芙慈の方にくるりと向き直る清子。

清子「忠告ありがとう」
清子の声に、顔を上げる芙慈。


p.19

清子「でもごめんなさい、私はそれでも行くわ」
凛とした表情で宣言する清子。

何か言おうとするも、言葉を呑み込む芙慈。

清子「私はどうしても抵抗したいの。『禍子』であることに。押し付けられた『運命』に」
ぎゅっと手を握りしめる清子。

清子「虐げられ、怯え、身を縮こまらせて死んでいくなんて……私は絶対に嫌」
傷だらけでボロボロの、清子の手が写される。


p.20

清子「私が幸せになれば、周りの人は不幸になる。でも、だから何だって言うの?」
椿の花を一輪手にする清子と、その周囲に枯れた花を持つ人々が居るイメージ図。

清子「生きてる限り、みんな多かれ少なかれ、自分の幸福と引き換えに誰かを不幸にするものでしょう」
地面に生えている花を手折って誰かに贈る人間のイメージ図。
隣に、朽ちた人間の死体の横で綺麗に咲く花のイメージ図。

清子「私だって同じよ。みんなと同じ」
力強く笑んで見せる清子。

芙慈「…………」
清子の姿が眩く、目に輝いて映る芙慈。
頬を少し赤くして、清子に見惚れている。

芙慈「……わかりました」
ふっと微笑む芙慈。


p.21

芙慈「では僕も御一緒します」
胸に手を当てて言う芙慈。

清子「えっ?」
目をまん丸にして驚く清子。

清子「な……なんで?」
先程の堂々たる様子から一転、おろおろする清子。
芙慈「あなたの助けになりたいと、ただそう思ったからです」
きっぱりと答える芙慈。

清子「えっと、気持ちは有り難いけど……あなた、不幸になってもいいの? 『禍子』が幸せだと、周りの人は不幸になるのよ?」
困惑交じりに尋ねる清子。
芙慈「構いません」

芙慈「僕は――」
何かを言いかけて、やめる芙慈。
視線を泳がせ頬をぽっと赤く染める。


p.22

芙慈「いえ、何でも」
ゆるりと首を振って誤魔化す芙慈。

芙慈「とにかく覚悟はできています。どうぞお供させてください」
清子「……まあ、あなたが良いって言うなら」
身を乗り出す芙慈に、清子は頷く。

清子「こほん。その申し出、喜んで受け取るわ」
姿勢を正し、明瞭に返事をする清子。

清子「これからよろしくね、芙慈さん!」
右手を差し出す清子。

芙慈「こちらこそ、清子さん」
同じく右手を出す芙慈。

握手を交わす2人の手。