【凡例】
p.  ページ番号(想定)
空行 コマ切り替え(想定)
〇  場所、時間など
<> モノローグ≒ナレーション
「」 台詞
() 心の声


p.1

〇暗闇に皆既日食が浮かび、椿の花が咲く背景
<『禍子(まがこ)』。>
<それは、己が幸福であるほど周囲に不幸を撒き散らすという災禍の子。>
目を閉じ、眠るような表情の清子。
逆さまに落ちていくような構図。
<皆既日食と共に生まれ、顔に痣を持ち、齢20になったその日にころりと死ぬ。>
<醜く、化け物じみた不吉な子。>


p.2

<人々はそんな子らを虐げた。>
<自分たちに不幸が振りかからぬように。>
イメージ図。顔に痣のある子どもがボロボロの着物を身につけ、大人たちに暴力を振るわれている。
子どもはうずくまり、耐えるような姿勢。

<だから『禍子』は皆、不幸なままに一生を終える。>
座敷牢で虚ろな目をして座っている少年。

<幸福を知らぬまま、恨みを抱いて死んでいく。>
涙を流して地面に倒れる少女。

<何百年と続く歴史の中、例外は無い――はずだった。>
冒頭のコマの構図のまま、目を開く清子のアップ。
力強い表情をしている。


p.3

〇満葉家の中・朝
雪の積もる庭。
今の季節が冬だとわかる。

叔母「清子! 清子!」
ドタドタと足音を立てながら廊下を歩く叔母の足元。

叔母「皿洗いと雑巾掛けはどうしたの! やれと言っておいたはずよね!?」
勢いよく障子を開ける叔母。
怒りのあまり、青筋が浮かんでいる。

叔母に気付き、言葉を発しようとする清子。

清子「嫌でーす」
ふてぶてしい表情をし、縁側で寝そべる清子の大写し。
顔に大きな痣があり、着物はみずぼらしく、手足には生傷が散見される。


p.4

叔母「嫌です、じゃないわよ!!」
つばが飛び散る勢いで怒鳴る叔母。
「質問に答えなさい!」

清子「皿洗いならやったわよ。叔母さんが部屋でこっそりお菓子を食べてる間にね」
ごろりと寝返りをうち、頭の後ろで手を組んで仰向けになる清子。
叔母「ぐ……っ」
図星を突かれて言葉を詰まらせる叔母。

叔母「じゃあ、雑巾掛けは!」
廊下を指さす叔母。
廊下はさほど汚くはないが、埃や汚れが点々とある。

清子「あーーー……」
むくりと起き上がる清子。
そのまま縁側を通ってどこかへ去り、水の入ったバケツと雑巾を持って帰ってくる。

ぺしゃっと廊下に濡れた雑巾が落とされる。


p.5

清子の足(はだし)が雑巾を踏み、そのままずずっと雑にずり動かす。

清子「はい」
やりましたが? とふてぶてしい表情をする清子。
叔母「はいじゃない!」
怒鳴り散らす叔母。

叔母「このっ」
青筋を立て、とうとう手を振り上げる叔母。

叔母「『禍子』の分際で!」
頬を引っぱたかれる清子。


p.6

叔母「お前ごとき、殺してやってもいいのよ!?」
息を荒げ、叫ぶ叔母。

清子「言葉が足りないわよ。『怖〜い呪いが無ければ』、でしょ」
少しも気圧されず、言い返す清子。

清子「『禍子』を殺すと厄が移る、だっけ? 怖がりの腰抜けは大変ね。私を家から追い出して見”殺し”にもできないんだから」
頬を腫らしたまま、挑戦的に笑みを浮かべる清子。
叔母「っ……!」
何も言い返せず歯噛みする叔母。
そこへ、とたとたと足音が聞こえてくる。

従妹「どうしたの母さん。また痣女が何かしたの?」
従妹が縁側の方から現れる。
彼女は可愛らしい厚手の着物を身に着けて、髪もきれいに整えられており、清子とは正反対の見た目。


p.7

清子たちの様子を見て目を丸くする従妹。

従妹「もう、母さんは優しいんだから」
状況を理解し、目を細めて意地悪く笑う従妹。

従妹がガッとバケツを掴む。

従妹によって、清子はバケツの水を思い切り浴びせられる。


p.8

従妹「躾ならこのくらいしてやらないと、痣女がつけあがるでしょう?」
バケツを放り投げ、せせら笑う従妹。

叔母「ああ、そうね。つい調子に乗せられていたわ」
従妹と共に笑う叔母の声。
清子は鋭い眼差しで彼女らを見る。

拳を振り上げる清子。
だが同時に、従妹に手首を掴まれる。
従妹「何? 殴ろうっての?」

従妹「無理無理! 禄にご飯も食べてないあんたになんか、子どもでも負けないわ」
高笑いする従妹。
清子は振りほどこうと力を入れるも、びくともしない。


p.9

〇蔵の中
びしょ濡れのまま、蔵に放り込まれる清子。
突き飛ばされるような形で、尻もちをつく。

叔母「明日の晩まで反省していなさい。誰が『禍子』のあなたを養ってやってるか、よくよく考えなさいな」
従妹「うふふ、大丈夫。死ぬ前には出してあげるわよ」
叔母と従妹の冷笑と共に、重い扉が閉じられる。

カチリと錠の閉まる音。
清子は無言で起き上がる。

蔵の中、古びた陶器や木箱など、様々な物品が積まれているのが写される。


p.10

清子「……よし、荒らしましょ」
着物を絞りながら言う清子。

清子「あいつら、私を蔵になんか放り込んで、何もされないと思ってるのかしら」
不敵に笑みながら、山積みになった古いだけの壺やら置き物やらを掻き分ける清子。

清子「あら?」
ふと、何かに気付く清子。

清子「ここだけ……何も無いわね」
物品たちを除けて除けたその先に、ぽっかりと間が空いている。
そこは蔵の端で、物がごっそりと無くなったような広々とした空間。


p.11

清子(こんなに広かったかしら……?)
周囲を見回し、眉をひそめる清子。
目の前の空間は、蔵の中が拡張されているように見える。

清子「…………」
息を呑み、やや緊張しながらその空いた空間へと足を踏み出す清子。

清子「うわっ!?」
にわかに明るくなる視界。
清子は思わず腕で顔を庇い、目を瞑る。

清子(まさか付け火!?)
光源が火ではないかと思って焦り、眩しそうにしながらも目を開く清子。


p.12

〇怪世・夕暮れの林
清子の目の前に、美しい夕暮れの空と林が広がる景色。
しかし雲は日本画の金雲そっくりで、和柄の模様をそのまま切り出したような花々が宙を舞っている。
さらに天高くを龍が飛んでおり、ひと目でおかしな景色だとわかる。

清子「は……?」
唖然とする清子。


p.13

無意識に後ずさる清子。
その足元は土で、じゃり、と音が鳴る。

清子(ここは……外……?)
周囲を見回す清子。

清子(でもおかしいわ)
果てが見えないくらいに広がる林。
建物の類はどこにも無い。
清子(こんな雑木林、敷地内どころか近所にすら無かった)

清子(それに、今は昼過ぎのはずなのにもう空が赤い)
金雲の浮かぶ空。
太陽は清子から見える位置には無い。
清子(景色自体、何か変だし……?)

困惑の中、清子はふと思い立って振り返る。


p.14

清子「! 蔵が無い」
そこにはやはり雑木林だけが広がっている。

清子(雪が全然積もってないし、空気もちっとも冷たくない)
あり得ない状況に困惑しながらも、口元に手を当て、考え込む清子。
清子(景色も時間も季節もめちゃくちゃだわ。まるで……)

清子「!」
ハッと何かに気付いて目を見開く清子。

清子「『怪世(あやしよ)』……?」
顔を上げ、清子はぽつりと呟く。


p.15

〇回想:数年前・満葉家の中
従妹「ねえ、お母さん! 怪世って何?」
無垢な表情で尋ねる幼少期の従妹。
叔母「あらあら。どこで聞いてきたのかしら、そんなこと」
困ったように笑う叔母。

叔母「こことは違う世界のことよ。怖いあやかしが沢山いるの」
従妹「えー! それってどこにあるの?」
叔母「さあね。遠く遠くよ」
和やかに言葉を交わす叔母と従妹。

叔母「でも、悪い子はそこへ連れていかれるかもしれないわ。良い子にしてるのよ」
従妹「はあい」
2人の居る部屋の外に、縁側で膝を抱えて座る清子が居る。
清子は現在と同様、みすぼらしい格好をしており、腕や顔に殴られた痕がある。

〇現在:林の中
清子(単なるお伽話だと思ってたけど、もしかしするとここが『怪世』なのかも)
独り納得感を得、頷く清子。
清子(突然場所や時間が変わったのにも、この変な景色にも、それなら頷けるわ)

清子(本当にそうだとしたら……)
胸の前でぐっと拳を握り、震える清子の手。
清子が不安や恐怖を覚えているかのように見せかけるミスリード。


p.16

清子(私は、自由ってことね!)
前コマのミスリードから一転、晴れやかで期待に満ちた表情の清子。

清子(柔らかい草!)
裸足で歩く清子の足元。
青々とした草が豊かに茂っている。

清子(あったかい風!)
清子の髪をふわりと風が揺らす。

清子(わけわかんない景色!)
絵に描かれたような金色の雲が浮かぶ空。
麻の葉模様そっくりの花が宙を舞っている。

清子(あの家から逃げても、同じだと思ってた)
回想:様々な人間から忌避の目を向けられる清子。
拳を握りしめ、悔しそうな表情をしている。
清子(どこへ行っても、私は『禍子』でしかいられないって)

清子(でも、『怪世(ここ)』なら……!)
乙那「なあ、聞いたか?」
清子が茂みをかき分けると同時に、声が聞こえてくる。
清子「!」

p.17

〇雑木林の少し開けた場所
乙那「今度、また午守様が花を増やすそうだぜ」
人間のように切り株に腰かける狐。
片耳が少し欠けている。

乙嘉「またあ?」
乙那と同じく、腰かける狐。
こちらは腕に傷痕がある。

清子(き……)
サッと茂みに身を隠す清子。

清子(狐が人の言葉を喋ってる!)
興奮した子どものように、清子は目を輝かせる。


p.18

清子(あれ、絶対あやかしよね……!)
乙那「これなあ、匂いが鼻に障るんだよなあ」
舞い降りてくる平面的な花をちょいと手でつつく乙那。
乙嘉「本物の花じゃねえから、腹の足しにもなんねえしな」
困り顔で溜め息を吐く乙嘉。

清子(やっぱりここは『怪世』なんだわ!)
茂みの影から立ち上がる清子。
清子(そうと決まれば……)

清子「ねえ」
歩み寄り、姿を見せる清子。
乙那たちが彼女に気付く。

清子「どうも、こんにちは」
ニコっと笑いかける清子。
清子(挨拶! そして新たな交流の第一歩よ!)

清子(好意的な反応でも良し、素っ気ない反応でも良し)
笑顔を維持したまま、内心少しドキドキする清子。
清子(『禍子』として扱われないなら、何でも歓迎だわ)

乙那「お前……」
キョトンとした表情の乙那と乙嘉。


p.19

乙那・乙嘉「『禍子』だな?」
ニタリと笑う2匹。

同時に清子の笑顔が消え失せる。

乙那「へへ、運が良いなあ。俺たちで食っちまおうぜ」
乙嘉「前の時は寅守とらのかみ様が独り占めしちまったもんなあ」
舌なめずりをする2匹。
うつむいて震える清子。


p.20

清子(――何よ)
歯ぎしりをする清子。

乙那「あっ!」
弾かれるように清子は駆け出す。

清子(ここでも私は、『禍子』なの!?)
心底悔しそうな表情で走る清子。

清子(ふざけるな!)
草木をかき分け、けもの道を必死で走っていく。
清子(『禍子』を理由に殺されてたまるもんですか!)

乙那「おいおい、逃げるな!」
乙嘉「大人しく食われろ!」
清子の後ろを、2匹が追いかける。

清子(っ速い……!)
乙那と乙嘉の牙が清子の背に迫る。
清子(ダメ、追い付かれる……!)


p.21

芙慈「待ちなさい!」
どこからともなく声が響く。
清子「!?」

ヒュッと空を切って矢が飛んでくる。

乙那・乙嘉「うおっ!?」
清子と狐たちの間の地面に矢が刺さり、2匹は仰け反る。

乙那「誰だ!」
乙嘉「何者だ!」
牙を剥き出しにして威嚇する2匹。
いったん清子に背を向け、矢の飛んできた方向を警戒している。

清子(しめた!)
これ好機と逃げようとする清子。
しかしカクンと足の力が抜ける。


p.22

清子「くっ……」
地面にへたりこむ清子。
足が疲労でがくがくと震えている。
清子(足が……もう限界……!)

清子(どうにか逃げないといけないのに……!)
焦る清子。
そこへ、ざわりと風が吹いて木々が揺れる。

雑木林の薄闇から、弓を持った芙慈がゆらりと姿を現す。

芙慈「何をしているんですか」
毅然とした態度で狐たちを咎める芙慈。
書生風の服装に、丸眼鏡という格好。
片目隠れの長髪がふわりと揺れている。

清子「……!」
目を見開く清子。


p.23

芙慈の頭に生える、細枝のような2本の角がアップで写される。
清子(頭に角……)

清子(もしかして、鬼!?)
息を呑む清子。

清子(あの人も、私を食べようとするのかしら……)
立てないままながらも、警戒する清子。
芙慈は狐たちの方を見据えている。
芙慈の近くには、古びた刀や火縄銃の入った籠が置いてある。

乙那「何って、わかるだろう。あの痣、この匂い。あいつは『禍子』だ」
乙嘉「お前にも分けてやろうか。何せ80年振りだからな」
けらけらと笑う狐たち。
気さくなようで、おぞましい雰囲気。

キッと鋭い視線を向ける芙慈。


p.24

芙慈「結構です。僕はそのような野蛮な行為は認めません。お引き取りください」
矢筒から新たな矢を取り出し、弓につがえる芙慈。

乙那「……ほーう? なんだ、やるか?」
乙嘉「良い度胸だなあ!」
ピキピキと青筋を立てる2匹。

睨み合う両者。

息を呑んで見守る清子。

芙慈が矢を放ち、同時に狐たちが駆け出す。


p.25

芙慈「ぐうっ……」
地面に倒れる芙慈。
狐の牙や爪で引き裂かれ、全身ボロボロになっている。

乙那「あれ弱」
乙嘉「こいつ弱」
全くの無傷で、首をかしげる2匹。
圧勝できたのが意外だという顔。

乙那「鬼と言やあ、怪力自慢だよな?」
乙嘉「おうおう。あやかしの中でも荒事が得意だよな」
狐たちの話を聞きながら、清子も意外な結果に目を丸くする。
清子(鬼なのに……弱い?)

乙那「うーん、何か企んでるのか……」
乙嘉「あっ!」
乙嘉が手を叩く。

乙嘉「わかった、思い出したぞ」
ニヤリと意地悪く笑う乙嘉。


p.26

乙嘉「こいつは『藤』だ!」
指をさされる芙慈。
体を起こそうと弱々しく奮闘している。
乙嘉「藤の劣弱鬼だ!」


乙那「ああ、そうか! なあんだ、道理で弱いわけだな」
ウンウンと頷き合う2匹。

乙那「愚か者め、なぜ勝てると思った?」
乙嘉「力だけでなく頭まで弱いのか?」
どっと笑う2匹。

芙慈は悔しそうに俯く。

乙那「ふう、笑った笑った。さて、『禍子』を頂くとしよ――」
清子の方へと向き直る狐たち。


p.27

乙那「う」
乙那の発話を遮るように、ダン! と発砲音。
弾丸が乙那の頬をかすめる。

乙那・乙嘉「え……?」
2匹は絶句する。
清子「……選んで」
2匹の視線の先に立つ、清子の後ろ姿。

清子「ここで死ぬか」
煙の立つ銃口と、震えながら踏ん張る足が写される、
清子「大人しく帰るか」

清子「選びなさい!」
火縄銃を構える清子。


p.28

乙那「あ、あんなもんどこから……」
うろたえる乙那。
清子の背後にある、芙慈の持ち物である籠から、火縄銃が無くなっている。=清子がそこから火縄銃を持ち出した。

清子(なんで撃てたんだろう)
火縄銃を握りしめる清子。
銃に火縄は装着されていない。
清子(私、弾も火も準備してないのに)

清子(ううん、今はそんなことどうでもいい)
決死の表情で前を見据える清子。
清子(今はただ――!)

乙嘉「は……はは、生意気だな。威勢の良いこ」
ダン! ダン! ダン! と、連続して発砲される。
全弾、当たりはしなかったが、狐たちのスレスレを通過する。

笑顔のまま、無言でたらりと冷や汗を流す乙那と乙嘉。


p.29

乙那「やっ、やべえこいつマジだ!」
乙嘉「霊弾だ! ガチで殺る気だ!」
文字通り尻尾を巻いて全速力で逃げる狐たち。

乙那「覚えてろ『禍子』!」
乙嘉「せいぜい夜道に気を付けろ!」
捨て台詞が飛んでくる。
清子は息を切らしながら、ゆっくりと火縄銃を下ろす。

清子「……ふう」
目を閉じ、息を吐く清子。
そのままクラっとふらつく。

清子(やって、やったわ……)
ゆっくりと倒れていく清子。
疲労困憊ながら満足げな表情。

地面に倒れ、気を失う清子。