○長沼邸・客間
ソファに座り、隣に腰を下ろし、優子の背に片手を回す青紫。
青紫「少しは落ち着きましたか?」
優子「すいません……」「不甲斐ないです」
気を落とす優子に、青紫は優しく微笑むと、湯呑みを差し出す。
青紫「そう言わず、あなたはよくやっています」
優子は湯呑みを受け取ると、一口飲む。
優子「あの妖怪、一体……」
青紫「この家に住み着いている妖怪は、姿を自在に隠せる類のものかもしれません」
優子「それは、異能を使っている妖怪、ということですか?」
青紫「ええ、そういうことになります」「異能を使えれば、私たち祓い屋の目もくらませることができる」「厄介な妖怪が相手でした」
優子(異能を使うということは、ヒトツメよりも、強い妖怪なのかしら)
誠一郎「ちょ……ちょっと待って下さい……!」
二人の話を聞いていた誠一郎が、困惑した顔で言う。
誠一郎「異能って、なんですか?」
青紫「妖怪の中には、特殊な術を使うものもいるのですよ」「私たちは、彼らのその能力を異能と呼んでいます」
誠一郎「姿を隠せるなんて、そんな妖怪を、どうやって……」
優子(誠一郎さんが頭を抱えるのも無理はない。姿が見えない相手と対峙するのは、容易ではないから)
青紫「もしかすると、あなたの特別な力に惹かれて、姿を表したのかもしませんね」
優子(ヒトツメもそうだけど、妖怪がそこまで惹かれる私の特別な力って、ほんとに一体……)
青紫「また襲ってくるやもしれない。そうなる前に、祓ってしまいましょう」「その前に、誠一郎さんに、一つお聞きしたいことが」
誠一郎「なんでしょうか」
青紫「玄関に護符を貼っていましたが、あれは?」
誠一郎「あれは、妖怪に怯えて、父が貼ったものです」
青紫「いつから?」
誠一郎「以前、青紫さんが来てくださって、すぐのことです」
青紫「……なるほど」
手を顎にあて、考え込む青紫。
青紫「少し、お待ちを」
そう言い腰を上げると、青紫は客間から出ていく。
誠一郎「……本当に、妖怪が見えるんだね」
優子「嘘だと思いましたか」
誠一郎「……半分は信じてなかった」「ごめん……」
優子「いいえ、それが普通ですから」
優子(信じてもらう方が、難しいものよ)
誠一郎「でも、僕にとっては心強い」「青紫さんも、君も」
優子「……なら、よかったです」
客間に戻ってくる青紫。
青紫「今からその妖怪を呼び出して祓います」「ですので、護符を剥がしていただきたい」
優子「そんなことをして、大丈夫なんですか?」
青紫「あの護符があると、妖怪は外には出られない」「それに祓ってしまえば、なんの問題もありませんから」「私は先に言って、準備を始めます。優子さんはもうしばらくここで休んでいてください」
優子はソファから立ち上がる。
優子「いえ、私も行きます」
青紫「無理は禁物と言ったでしょう?」「あなたは妖力が強いですが、その分、妖怪に力を吸われやすい」「さっきだって、妖力を吸われていたはずです」「それに……あなたを囮にするような真似は、したくないんです」
優子「青紫さんが私を心配してくれているのは分かっています。でも、何もせずに見ているだけなんて嫌なんです」「……わがままを言ってすいません」「でも、役に立てるなら、囮でもなんでも構いません」「私ならできます。やらせてください」
小さくため息をつく青紫。
青紫「まったく……どうしてあなたは、こうも頑固なのでしょうか」「二十分後に庵が来ます。いくつか道具を持って来させたので、私の指示のもと、設置してください」
優子「はい……!」
○長沼邸・玄関前・昼
陣を書く青紫。優子は青紫の周りで、邪魔になる小石や木の葉を拾い端に寄せる。
そこに車が到着し、運転席から庵が降りてくる。
庵「若、言われた通りのものを持ってきました」
庵は手に持っていた風呂敷を青紫に渡す。
青紫「ご苦労様です」
青紫は風呂敷から小さな花瓶のようなものを取り出す。
優子「それは?」
青紫「妖怪を封印する壺です」
優子「封印?」「祓うのでは?」
青紫「一度で払祓うことができればいいですが、姿が見えない妖怪が相手だと、一度壺に入れて、妖力を弱らせてから祓う方が確実かと」「その際に、優子さんの目眩しの札を使います」「この石板を、星形になるように陣の上に置いてください」
優子「分かりました」
青紫に差し出された石板を受け取り、優子は言われた通り、陣の上に石板を置く。
それを一緒に手伝う庵。
優子「ありがとう」「助かるわ」
笑みを浮かべる優子に、庵は仏頂面。
庵「別に……」「若のためだから」
優子「ふふっ」
口元に手を当て、控えめに笑う優子。
庵「何笑ってるんだよ」
気に食わなさそうに眉を吊り上げる庵。
優子「庵くんって、青紫さんのこと、大好きなんだなって思って」
庵は恥ずかしそうに頬を赤く染め怒る。
庵「……勝手に言ってれば」
優子(図星みたい)
青紫「優子さん」
名前を呼ばれ振り向くと、青紫が立っている。
青紫「札は持っていますね」
優子は手に持っている札を掲げてみせる。
優子「ここに」
青紫「妖怪の姿が見えたら、躊躇することなく、その札を妖怪の額に貼ってください」「いいですね?」
優子「はい」
壺を片手に持ち、陣の中心に青紫が立つ。すぐ後ろには優子が立つ。
青紫「誠一郎さん、私が合図したら、護符を剥がしてください」
誠一郎「分りました」
青紫が呪文を唱え始める。屋敷の窓ガラスが、風に当たっているかのようにドタバタと音を立て出す。
優子(近い……)(来る……!)
青紫「今です……!」「剥がして……!!」
玄関の護符が剥がされると、何かが移動したかのように、大きな風が、優子と青紫の前に吹く。
青紫「__汝、その姿を見せなさい」
青紫の呪文と共に、妖怪の姿が見える。
青紫「……あなたでしたか」「__彷玉」
彷玉(ほうぎょ)人の跡をついて、その人の家を棲家にする。姿を消し、人を追いかけるのが好き。体格がよく腕力も強いが、知能は低い。
優子(これが、あの妖怪の姿……!)
青紫「優子さん……!」
優子「はい……!」
優子(一発でやらないと、余計な苦しみを与えてしまう)
優子は勢いよく手に持っていた札を妖怪の額に貼る。
彷玉「グアッ……!!!」
目眩しの光で、彷玉は悲鳴を上げる。
青紫は片手に持っていた壺を彷玉の前に差し出し、呪文を唱える。
青紫「さあ、この壺に入りなさい」
吸い込まれるように壺に入る彷玉。しかし、壺が割れる。
怒った彷玉が暴れ出し、青紫に襲い掛かろうとする。
優子「青紫さん……!!」
優子は自分の身を顧みず、両手で青紫を押すと、陣の中から追い出す。
青紫は尻もちをついて倒れる。
庵「優子……!!」
庵の危機迫った声に、優子が彷玉を見上げると、優子に目掛けて太い腕を振るおうとする。
優子は咄嗟に目を瞑る。
しかし、何も起こらず、優子が目を開けると、彷玉は青紫の異能である、氷に動きを止められる。※青紫の手から氷の冷気が出ている。
優子の目の前には、庇うように誠一郎が目の前に立っている。
優子「誠一郎さん……?」
誠一郎は顔だけ振り向かせる。
誠一郎「よかった」「優子さん、無事だね……」
誠一郎はそのまま気を失い、後ろに倒れ込む。
優子「誠一郎さん……!!」
優子は両手を伸ばし、誠一郎の頭を受け止め、そのまま座り込む。
彷玉「ウッ……ウゴケナイ……」
青紫「これで終わりだ」
青紫の手から氷の剣が出される。
冷たい冷気が優子の頬を掠める。
優子(これは、異能……)
氷の剣は彷玉に刺さり、弱ったところを青紫が呪文を唱え祓う。
彷玉は眩い青い光に包まれ、消える。
○長沼邸・玄関・夕暮れ時
気を失っている誠一郎は、青紫の羽織を枕にして、地面に横になっている。
すぐ近くに座り、心配そうに誠一郎の目覚めを待つ優子。
優子(誠一郎さん……)
優子の隣にしゃがみ込む青紫。
青紫「大丈夫ですよ」「そのうち目が覚めます」「妖力のない人間が、術をかけた陣に入れば、気を失って当然です」
優子(まさか、飛び込んでくるなんて)
優子「それより青紫さん、さっきの」
青紫「ああ……」
青紫の手から冷気が出る。手を氷が覆っていく。
青紫「これが、私の異能です」
優子(すごい……本物の氷だ……)
優子「体温が冷たいのは、その異能が関係があるんですか?」
青紫「私の場合は、妖怪の血が混ざっていることもでしょうが、それもあります」「何せ、体の中に氷を飼っているようなものですから」
青紫が手のひらを握ると、氷は結晶のように光り消える。
優子「前に、九条さんが青紫さんの異能を口にしようとしていましたが、止めたのはなぜですか」
青紫「私は妖怪であると同時に、人間でもある」「異能を使いすぎるのは、あまり体に良いことではない」「それに……こういった能力を妖怪に使うのは、あなたは嫌がると思いまして」
優子(私のため……)
青紫「しかし、今回は緊急でしたので、使ったことを許してくださいね」
優子「そんな……!」「青紫さんを責めるつもりなんて、少しもありません」」「……むしろ、私がもっと何かできていれば……」
思い詰めた顔をする優子の頬に、青紫の冷えた片手が置かれる。
青紫「自分ばかりを責めるのは、あなたの悪いところです」「今日はお手柄だったじゃありませんか」
優子「体は、大丈夫なんですか」
青紫「平気です」「これくらい、どうってことありません」
優子の頬を撫で笑みを浮かべる青紫。優子はその手をそっと掴み握る。
優子(いつも以上に冷たい……)
優子モノ『あなたの手は、こんなにも冷たいのに、心はとても優しい……』
誠一郎「んっ……」
目を覚ます誠一郎。
何度か瞬きをすると、隣に座る優子と青紫に気づく。
誠一郎「あの妖怪は……」
青紫「無事に祓い終えましたよ」「思ったより手強かったですが、皆さんのおかげです」
誠一郎「そうですか……」「よかった」
優子「よくないわ!」「死んでしまったらどうするんですか!」
怒る優子に、誠一郎は驚いた顔をする。
誠一郎「ご、ごめん」「……罪滅ぼしってわけじゃないんだ」「ただ最後に、君にとって、良い人でありたかった」
優子「……あなたは臆病だけど、思いやりのある人だった」「だから、そんなあなたとなら、温かい家庭を築けると思って、結婚を了承したの」
誠一郎「……優子さん」
上体を起こす誠一郎。
誠一郎「また君に会えて、嬉しかった」「今日は、来てくれてありがとう」
弱々しく笑う誠一郎に、優子は少し胸が痛んだが、毅然とした態度を見せる。
優子「今日、私がここに来たのは、あなたに会いに来たわけではありません」「過去を乗り越えるためです」「私が、前に進めるように」
そう言い、優子は立ち上がる。
優子「でも……」「私も、会えてよかった」
誠一郎に優しく微笑む優子。初めて見た優子の笑みに、誠一郎は流れ星を見たかのように、目を輝かせる。
片付けをしている庵の元へ行き、誠一郎の元を離れる優子。
誠一郎「……知らなかった」「彼女、あんなふうに笑うんですね」「黒羽さんが、引き出したんですね」
青紫「よく怒りもします、泣くこともあります」
言いながら立ち上がり、腕を組み、目を伏せ楽しそうにそう言う青紫。
真摯な眼差しで、優子を見つめる誠一郎。
誠一郎「美人で、聡明で、心優しい彼女は、僕の前では、一度も笑わなかった」「……僕、ずっと自信がなかったんです。彼女に愛されている自信が」
青紫「彼女は、あなたを愛していましたよ」「あなたと同じように、心から」「私が嫉妬してしまうくらいにね」
笑みを浮かべる青紫に、誠一郎は自嘲じみた笑みを浮かべる。
誠一郎モノ『今なら分かる』『彼女は、いつも僕を見てくれていたということを』『だって、ふと見た先にいた彼女の瞳は、とても優しそうに、僕を見つめていた』※誠一郎と目が合った優子が、優しい眼差しを向けている絵。
誠一郎(……それを僕は、今になって気づいたんだ)
誠一郎「僕は大馬鹿者です」
肩を落とす誠一郎。
誠一郎「これから僕にできることは、彼女の幸せを、心から、願うことです」
キラキラと輝く太陽を背に、優子を見つめる誠一郎。その瞳には、愛おしさがある。※誠一郎の横顔の絵。
○屋敷・夜・縁側
月明かりが差す縁側に、優子と青紫は二人並んで腰を下ろす。
優子「……あの」
青紫「はい?」
優子「どうして、何も聞かないですか」「気づいているのでしょう? 私と、誠一郎さんのこと……」
青紫「聞いてほしいのですか?」
優子「そういうわけじゃないですけど……」
青紫「けど?」
優子「何も聞かれないのも、なんだか、寂しいといいいますか……」
優子(何言ってるんだろう私)(こんなこと言ったって、青紫さんを困らせるだけなのに)
青紫「お二人の関係は、以前から知っていました」
優子「……え?」
青紫「あなたが長沼家と縁談を結んだと、帝都で偶然、耳にしたのです」
○青紫・過去回想シーン
青紫が帝都の街を歩いていると、何やら人が集まっている。
目を向けると、そこにはスカーフを頭に被せ歩いている優子がいる。
その隣には小百合。小百合は優子を見ろと言わんばかりに、道の真ん中を歩き、誇らしそうに優子の隣を歩いている。
通りすがりの男「あれは子爵邸の前園家の優子さんだな」「綺麗だよな、あんな娘がいたら、あの家も安泰だろうに」
青紫モノ『大きな瞳に、小さく筋の通った高い鼻。唇はふっくらとして、色素の薄い瞳は、意思が強く、凛とした印象を与える』『そのハッキリとした目鼻立ちは、人を惹きつけるほどの魅力が十分にある』
青紫(確かに美人だな)
通りすがりの男「でもここだけの話、知り合いのメイドから聞いたんだけど、養父母から良くない扱いを受けているらしい」
青紫(……なるほど)(彼女を大事な娘として扱っているように見えて、実際は虐げていると)(金に目が眩んだものがしそうなことだ)
通りすがりの男「まぁ、それももう少しの辛抱だろう」
青紫「……というと?」
通りすがりの男「結婚するんだよ」「しかも、相手の男は長沼っていう伯爵家の嫡男で、かなりの結納金がもらえるとか」「優子さんも、やっとあの家を出られるんだ。よかったじゃないか」
青紫モノ『男はそう言ったが、果たして本当にそうだろうか』『あの家を出られたとしても、養父母との関係を断ち切らない限りは、虐げられることに変わりないだろうに』
青紫(可哀想のものだな)
目を伏せていた優子が一瞬だけ顔を上げ、青紫と目が合う。
意志の強さを感じる、凛とした優子の瞳に、青紫は弓で射抜かれたかのように衝撃を受ける。
青紫『生き方の自由を奪われようとも、心の自由までは奪わせない』『彼女のあの強い眼差しは、そう言っているようで、その瞳に、私は一瞬で取り込まれた』
○現在に戻る
青紫「それから少しして、縁談が破談になったと耳にしました」「何があったのだろうかと思った」「でもあの日、あなたに会って、すぐに分かった」「愛した人に、深く傷つけられたのだと」※神社で倒れていた優子を屋敷に連れてきた日。
優子(あの時はばたついていたから、気にも留めなかったけど、青紫さんは、私の素性を知っていたんだ)
青紫「傷ついたあなたを見て、放って置けなかった」「最初は、妖怪が見え、周囲から否定されているあなたに、同情しているのだと思った」「半妖である自分を見ているようで可哀想だと……」「あなたを助けることで、自分を救った気にでもなっていたのでしょう」
自嘲し笑みを浮かべ、そう言う青紫。
青紫「でも……」「あなたと共に過ごすうちに、そうではないと気づいた」「私は、あなたその何にも屈しない強さと、陽だまりのように温かい優しさに、心惹かれた」
俯けられていた青紫の黒い瞳が、真っ直ぐに優子の凛とした瞳に向けられる。そして、青紫は片手でそっと優子の瞼を撫で、そのまま片手を頬に添える。
青紫「初めてこの瞳を見たあの日から、私はあなたを愛していた」
優子の頭に、多江と縁側で話していたことが思い起こされる。
多江__『エキザカムの花言葉は、あなたを愛します』
※驚き言葉が出ない優子と真剣な青紫が見つめ合う。二人の横顔をひきで。
ソファに座り、隣に腰を下ろし、優子の背に片手を回す青紫。
青紫「少しは落ち着きましたか?」
優子「すいません……」「不甲斐ないです」
気を落とす優子に、青紫は優しく微笑むと、湯呑みを差し出す。
青紫「そう言わず、あなたはよくやっています」
優子は湯呑みを受け取ると、一口飲む。
優子「あの妖怪、一体……」
青紫「この家に住み着いている妖怪は、姿を自在に隠せる類のものかもしれません」
優子「それは、異能を使っている妖怪、ということですか?」
青紫「ええ、そういうことになります」「異能を使えれば、私たち祓い屋の目もくらませることができる」「厄介な妖怪が相手でした」
優子(異能を使うということは、ヒトツメよりも、強い妖怪なのかしら)
誠一郎「ちょ……ちょっと待って下さい……!」
二人の話を聞いていた誠一郎が、困惑した顔で言う。
誠一郎「異能って、なんですか?」
青紫「妖怪の中には、特殊な術を使うものもいるのですよ」「私たちは、彼らのその能力を異能と呼んでいます」
誠一郎「姿を隠せるなんて、そんな妖怪を、どうやって……」
優子(誠一郎さんが頭を抱えるのも無理はない。姿が見えない相手と対峙するのは、容易ではないから)
青紫「もしかすると、あなたの特別な力に惹かれて、姿を表したのかもしませんね」
優子(ヒトツメもそうだけど、妖怪がそこまで惹かれる私の特別な力って、ほんとに一体……)
青紫「また襲ってくるやもしれない。そうなる前に、祓ってしまいましょう」「その前に、誠一郎さんに、一つお聞きしたいことが」
誠一郎「なんでしょうか」
青紫「玄関に護符を貼っていましたが、あれは?」
誠一郎「あれは、妖怪に怯えて、父が貼ったものです」
青紫「いつから?」
誠一郎「以前、青紫さんが来てくださって、すぐのことです」
青紫「……なるほど」
手を顎にあて、考え込む青紫。
青紫「少し、お待ちを」
そう言い腰を上げると、青紫は客間から出ていく。
誠一郎「……本当に、妖怪が見えるんだね」
優子「嘘だと思いましたか」
誠一郎「……半分は信じてなかった」「ごめん……」
優子「いいえ、それが普通ですから」
優子(信じてもらう方が、難しいものよ)
誠一郎「でも、僕にとっては心強い」「青紫さんも、君も」
優子「……なら、よかったです」
客間に戻ってくる青紫。
青紫「今からその妖怪を呼び出して祓います」「ですので、護符を剥がしていただきたい」
優子「そんなことをして、大丈夫なんですか?」
青紫「あの護符があると、妖怪は外には出られない」「それに祓ってしまえば、なんの問題もありませんから」「私は先に言って、準備を始めます。優子さんはもうしばらくここで休んでいてください」
優子はソファから立ち上がる。
優子「いえ、私も行きます」
青紫「無理は禁物と言ったでしょう?」「あなたは妖力が強いですが、その分、妖怪に力を吸われやすい」「さっきだって、妖力を吸われていたはずです」「それに……あなたを囮にするような真似は、したくないんです」
優子「青紫さんが私を心配してくれているのは分かっています。でも、何もせずに見ているだけなんて嫌なんです」「……わがままを言ってすいません」「でも、役に立てるなら、囮でもなんでも構いません」「私ならできます。やらせてください」
小さくため息をつく青紫。
青紫「まったく……どうしてあなたは、こうも頑固なのでしょうか」「二十分後に庵が来ます。いくつか道具を持って来させたので、私の指示のもと、設置してください」
優子「はい……!」
○長沼邸・玄関前・昼
陣を書く青紫。優子は青紫の周りで、邪魔になる小石や木の葉を拾い端に寄せる。
そこに車が到着し、運転席から庵が降りてくる。
庵「若、言われた通りのものを持ってきました」
庵は手に持っていた風呂敷を青紫に渡す。
青紫「ご苦労様です」
青紫は風呂敷から小さな花瓶のようなものを取り出す。
優子「それは?」
青紫「妖怪を封印する壺です」
優子「封印?」「祓うのでは?」
青紫「一度で払祓うことができればいいですが、姿が見えない妖怪が相手だと、一度壺に入れて、妖力を弱らせてから祓う方が確実かと」「その際に、優子さんの目眩しの札を使います」「この石板を、星形になるように陣の上に置いてください」
優子「分かりました」
青紫に差し出された石板を受け取り、優子は言われた通り、陣の上に石板を置く。
それを一緒に手伝う庵。
優子「ありがとう」「助かるわ」
笑みを浮かべる優子に、庵は仏頂面。
庵「別に……」「若のためだから」
優子「ふふっ」
口元に手を当て、控えめに笑う優子。
庵「何笑ってるんだよ」
気に食わなさそうに眉を吊り上げる庵。
優子「庵くんって、青紫さんのこと、大好きなんだなって思って」
庵は恥ずかしそうに頬を赤く染め怒る。
庵「……勝手に言ってれば」
優子(図星みたい)
青紫「優子さん」
名前を呼ばれ振り向くと、青紫が立っている。
青紫「札は持っていますね」
優子は手に持っている札を掲げてみせる。
優子「ここに」
青紫「妖怪の姿が見えたら、躊躇することなく、その札を妖怪の額に貼ってください」「いいですね?」
優子「はい」
壺を片手に持ち、陣の中心に青紫が立つ。すぐ後ろには優子が立つ。
青紫「誠一郎さん、私が合図したら、護符を剥がしてください」
誠一郎「分りました」
青紫が呪文を唱え始める。屋敷の窓ガラスが、風に当たっているかのようにドタバタと音を立て出す。
優子(近い……)(来る……!)
青紫「今です……!」「剥がして……!!」
玄関の護符が剥がされると、何かが移動したかのように、大きな風が、優子と青紫の前に吹く。
青紫「__汝、その姿を見せなさい」
青紫の呪文と共に、妖怪の姿が見える。
青紫「……あなたでしたか」「__彷玉」
彷玉(ほうぎょ)人の跡をついて、その人の家を棲家にする。姿を消し、人を追いかけるのが好き。体格がよく腕力も強いが、知能は低い。
優子(これが、あの妖怪の姿……!)
青紫「優子さん……!」
優子「はい……!」
優子(一発でやらないと、余計な苦しみを与えてしまう)
優子は勢いよく手に持っていた札を妖怪の額に貼る。
彷玉「グアッ……!!!」
目眩しの光で、彷玉は悲鳴を上げる。
青紫は片手に持っていた壺を彷玉の前に差し出し、呪文を唱える。
青紫「さあ、この壺に入りなさい」
吸い込まれるように壺に入る彷玉。しかし、壺が割れる。
怒った彷玉が暴れ出し、青紫に襲い掛かろうとする。
優子「青紫さん……!!」
優子は自分の身を顧みず、両手で青紫を押すと、陣の中から追い出す。
青紫は尻もちをついて倒れる。
庵「優子……!!」
庵の危機迫った声に、優子が彷玉を見上げると、優子に目掛けて太い腕を振るおうとする。
優子は咄嗟に目を瞑る。
しかし、何も起こらず、優子が目を開けると、彷玉は青紫の異能である、氷に動きを止められる。※青紫の手から氷の冷気が出ている。
優子の目の前には、庇うように誠一郎が目の前に立っている。
優子「誠一郎さん……?」
誠一郎は顔だけ振り向かせる。
誠一郎「よかった」「優子さん、無事だね……」
誠一郎はそのまま気を失い、後ろに倒れ込む。
優子「誠一郎さん……!!」
優子は両手を伸ばし、誠一郎の頭を受け止め、そのまま座り込む。
彷玉「ウッ……ウゴケナイ……」
青紫「これで終わりだ」
青紫の手から氷の剣が出される。
冷たい冷気が優子の頬を掠める。
優子(これは、異能……)
氷の剣は彷玉に刺さり、弱ったところを青紫が呪文を唱え祓う。
彷玉は眩い青い光に包まれ、消える。
○長沼邸・玄関・夕暮れ時
気を失っている誠一郎は、青紫の羽織を枕にして、地面に横になっている。
すぐ近くに座り、心配そうに誠一郎の目覚めを待つ優子。
優子(誠一郎さん……)
優子の隣にしゃがみ込む青紫。
青紫「大丈夫ですよ」「そのうち目が覚めます」「妖力のない人間が、術をかけた陣に入れば、気を失って当然です」
優子(まさか、飛び込んでくるなんて)
優子「それより青紫さん、さっきの」
青紫「ああ……」
青紫の手から冷気が出る。手を氷が覆っていく。
青紫「これが、私の異能です」
優子(すごい……本物の氷だ……)
優子「体温が冷たいのは、その異能が関係があるんですか?」
青紫「私の場合は、妖怪の血が混ざっていることもでしょうが、それもあります」「何せ、体の中に氷を飼っているようなものですから」
青紫が手のひらを握ると、氷は結晶のように光り消える。
優子「前に、九条さんが青紫さんの異能を口にしようとしていましたが、止めたのはなぜですか」
青紫「私は妖怪であると同時に、人間でもある」「異能を使いすぎるのは、あまり体に良いことではない」「それに……こういった能力を妖怪に使うのは、あなたは嫌がると思いまして」
優子(私のため……)
青紫「しかし、今回は緊急でしたので、使ったことを許してくださいね」
優子「そんな……!」「青紫さんを責めるつもりなんて、少しもありません」」「……むしろ、私がもっと何かできていれば……」
思い詰めた顔をする優子の頬に、青紫の冷えた片手が置かれる。
青紫「自分ばかりを責めるのは、あなたの悪いところです」「今日はお手柄だったじゃありませんか」
優子「体は、大丈夫なんですか」
青紫「平気です」「これくらい、どうってことありません」
優子の頬を撫で笑みを浮かべる青紫。優子はその手をそっと掴み握る。
優子(いつも以上に冷たい……)
優子モノ『あなたの手は、こんなにも冷たいのに、心はとても優しい……』
誠一郎「んっ……」
目を覚ます誠一郎。
何度か瞬きをすると、隣に座る優子と青紫に気づく。
誠一郎「あの妖怪は……」
青紫「無事に祓い終えましたよ」「思ったより手強かったですが、皆さんのおかげです」
誠一郎「そうですか……」「よかった」
優子「よくないわ!」「死んでしまったらどうするんですか!」
怒る優子に、誠一郎は驚いた顔をする。
誠一郎「ご、ごめん」「……罪滅ぼしってわけじゃないんだ」「ただ最後に、君にとって、良い人でありたかった」
優子「……あなたは臆病だけど、思いやりのある人だった」「だから、そんなあなたとなら、温かい家庭を築けると思って、結婚を了承したの」
誠一郎「……優子さん」
上体を起こす誠一郎。
誠一郎「また君に会えて、嬉しかった」「今日は、来てくれてありがとう」
弱々しく笑う誠一郎に、優子は少し胸が痛んだが、毅然とした態度を見せる。
優子「今日、私がここに来たのは、あなたに会いに来たわけではありません」「過去を乗り越えるためです」「私が、前に進めるように」
そう言い、優子は立ち上がる。
優子「でも……」「私も、会えてよかった」
誠一郎に優しく微笑む優子。初めて見た優子の笑みに、誠一郎は流れ星を見たかのように、目を輝かせる。
片付けをしている庵の元へ行き、誠一郎の元を離れる優子。
誠一郎「……知らなかった」「彼女、あんなふうに笑うんですね」「黒羽さんが、引き出したんですね」
青紫「よく怒りもします、泣くこともあります」
言いながら立ち上がり、腕を組み、目を伏せ楽しそうにそう言う青紫。
真摯な眼差しで、優子を見つめる誠一郎。
誠一郎「美人で、聡明で、心優しい彼女は、僕の前では、一度も笑わなかった」「……僕、ずっと自信がなかったんです。彼女に愛されている自信が」
青紫「彼女は、あなたを愛していましたよ」「あなたと同じように、心から」「私が嫉妬してしまうくらいにね」
笑みを浮かべる青紫に、誠一郎は自嘲じみた笑みを浮かべる。
誠一郎モノ『今なら分かる』『彼女は、いつも僕を見てくれていたということを』『だって、ふと見た先にいた彼女の瞳は、とても優しそうに、僕を見つめていた』※誠一郎と目が合った優子が、優しい眼差しを向けている絵。
誠一郎(……それを僕は、今になって気づいたんだ)
誠一郎「僕は大馬鹿者です」
肩を落とす誠一郎。
誠一郎「これから僕にできることは、彼女の幸せを、心から、願うことです」
キラキラと輝く太陽を背に、優子を見つめる誠一郎。その瞳には、愛おしさがある。※誠一郎の横顔の絵。
○屋敷・夜・縁側
月明かりが差す縁側に、優子と青紫は二人並んで腰を下ろす。
優子「……あの」
青紫「はい?」
優子「どうして、何も聞かないですか」「気づいているのでしょう? 私と、誠一郎さんのこと……」
青紫「聞いてほしいのですか?」
優子「そういうわけじゃないですけど……」
青紫「けど?」
優子「何も聞かれないのも、なんだか、寂しいといいいますか……」
優子(何言ってるんだろう私)(こんなこと言ったって、青紫さんを困らせるだけなのに)
青紫「お二人の関係は、以前から知っていました」
優子「……え?」
青紫「あなたが長沼家と縁談を結んだと、帝都で偶然、耳にしたのです」
○青紫・過去回想シーン
青紫が帝都の街を歩いていると、何やら人が集まっている。
目を向けると、そこにはスカーフを頭に被せ歩いている優子がいる。
その隣には小百合。小百合は優子を見ろと言わんばかりに、道の真ん中を歩き、誇らしそうに優子の隣を歩いている。
通りすがりの男「あれは子爵邸の前園家の優子さんだな」「綺麗だよな、あんな娘がいたら、あの家も安泰だろうに」
青紫モノ『大きな瞳に、小さく筋の通った高い鼻。唇はふっくらとして、色素の薄い瞳は、意思が強く、凛とした印象を与える』『そのハッキリとした目鼻立ちは、人を惹きつけるほどの魅力が十分にある』
青紫(確かに美人だな)
通りすがりの男「でもここだけの話、知り合いのメイドから聞いたんだけど、養父母から良くない扱いを受けているらしい」
青紫(……なるほど)(彼女を大事な娘として扱っているように見えて、実際は虐げていると)(金に目が眩んだものがしそうなことだ)
通りすがりの男「まぁ、それももう少しの辛抱だろう」
青紫「……というと?」
通りすがりの男「結婚するんだよ」「しかも、相手の男は長沼っていう伯爵家の嫡男で、かなりの結納金がもらえるとか」「優子さんも、やっとあの家を出られるんだ。よかったじゃないか」
青紫モノ『男はそう言ったが、果たして本当にそうだろうか』『あの家を出られたとしても、養父母との関係を断ち切らない限りは、虐げられることに変わりないだろうに』
青紫(可哀想のものだな)
目を伏せていた優子が一瞬だけ顔を上げ、青紫と目が合う。
意志の強さを感じる、凛とした優子の瞳に、青紫は弓で射抜かれたかのように衝撃を受ける。
青紫『生き方の自由を奪われようとも、心の自由までは奪わせない』『彼女のあの強い眼差しは、そう言っているようで、その瞳に、私は一瞬で取り込まれた』
○現在に戻る
青紫「それから少しして、縁談が破談になったと耳にしました」「何があったのだろうかと思った」「でもあの日、あなたに会って、すぐに分かった」「愛した人に、深く傷つけられたのだと」※神社で倒れていた優子を屋敷に連れてきた日。
優子(あの時はばたついていたから、気にも留めなかったけど、青紫さんは、私の素性を知っていたんだ)
青紫「傷ついたあなたを見て、放って置けなかった」「最初は、妖怪が見え、周囲から否定されているあなたに、同情しているのだと思った」「半妖である自分を見ているようで可哀想だと……」「あなたを助けることで、自分を救った気にでもなっていたのでしょう」
自嘲し笑みを浮かべ、そう言う青紫。
青紫「でも……」「あなたと共に過ごすうちに、そうではないと気づいた」「私は、あなたその何にも屈しない強さと、陽だまりのように温かい優しさに、心惹かれた」
俯けられていた青紫の黒い瞳が、真っ直ぐに優子の凛とした瞳に向けられる。そして、青紫は片手でそっと優子の瞼を撫で、そのまま片手を頬に添える。
青紫「初めてこの瞳を見たあの日から、私はあなたを愛していた」
優子の頭に、多江と縁側で話していたことが思い起こされる。
多江__『エキザカムの花言葉は、あなたを愛します』
※驚き言葉が出ない優子と真剣な青紫が見つめ合う。二人の横顔をひきで。
