○屋敷・居間
正座をし、筆で札に術を書き込む優子。それをすぐ横から青紫が見守っている。
最後の一筆を動かすと、優子は額の汗を拭う。
筆を置くと、札を持ち上げ、青紫に見せる。

優子「どうですか?」

青紫は札を受け取り見る。

青紫「上出来です」「さすが、術の扱いも上手いですね」「初心者でここまでできる人はなかなかいませんよ」

青紫の褒め言葉に、優子は嬉しそうに笑みを浮かべる。

優子モノ『ここ数日、青紫さんに教えてもらいながら、札に術を書き込む練習をしていた。何かあった時、自分身を自分で守れるよう』『何よりも、彼を支えていけるように』

青紫「少し休みましょうか」
優子「いえ、まだ大丈夫です」

優子はそう言い、筆を持つ。

青紫「無理は禁物ですよ」「休みましょう」

そう言い、青紫は優子の手から筆をひょいっと取り上げる。

優子モノ『己の妖力を組みこませながら、術を書き記す。祓い術しては簡単なものだけど、私にとっては一苦労』

優子に優しく微笑む青紫。

優子「では、少しだけ」

青紫がお茶を淹れてくれ、休憩する二人。

青紫「あとは実践で経験を積むといいでしょう」
優子「実際に、妖怪に使うということですか?」
青紫「ええ」

優子(……そうなると、妖怪に痛い思いをさせてしまう)

思い詰めた顔をするが、すぐに首を横に振る優子。

優子(何を考えているの。そんなこと、分かり切っていたでしょう)

青紫「無理しなくていいんですよ。あなたは私と違って、妖怪を想う心がある」

優子(私とは違って……)

優子モノ『__半妖ごとき。あの時、ヒトツメが放ったその言葉に、彼は酷く反応しているように見えた』

湯呑みをテーブルに置く優子。

優子「……青紫さんは、妖怪を憎んでいますか」「自分が、嫌い……ですか……」
青紫「……」

問う優子に、青紫はなんとも言えない表情で黙る。

優子モノ『彼が妖怪を憎んでいるのは、自分が妖怪の血を引いているからだと思う』『彼は、自分を愛せない』『それは、その存在を他者から否定され続けたから』

青紫「……私はずっと、寂しいと思う気持ちや、虚しいという感情が、分かりませんでした」「でも……あなたに出会って、少しは分かるようになった」

そう言い、悲しげな、力のない笑みを浮かべる青紫。
そんな青紫に、優子は胸を締めつけられる。

青紫「安心してください。私は自分を嫌ってなどいません」「少なくとも、あなたに出会ってからは」
優子「青紫さん……」

優子(こう言う時、なんて言ったら……青紫さんは、私が辛い時、いつも私が欲しい言葉をくれるのに、私は、暗い顔しかできない……)

そこに多江が来る。

多江「若様」

襖に立っている多江の手には、手紙がある。
青紫は立ち上がると、多江から手紙を受け取る。
青紫は手紙の中を確認すると、優子に向き直る。

青紫「依頼がきました」

○長沼邸・玄関
青紫に続き、車を降りる優子。

優子(……もう二度と、ここには来ないと思っていた)

執事長「お待ちしておりました。黒羽様」

出迎えてくれた執事長は、青紫に向かって丁寧にお辞儀をすると、隣に立つ優子に目を向ける。

執事長「お久しぶりでございます。優子様」

執事長はそう言い、優子に微笑む。

優子「お久しぶりです」
執事長「どうぞ、中で当主がお待ちです」

優子は深呼吸をすると、屋敷の中に入る。

○優子・過去回想シーン
青紫「ある伯爵家からの依頼でして、以前一度、私が屋敷に赴き、家の中を調査しましたが、特に変わった様子はありませんでした」
優子「でも、また依頼が来たということは、何かあったのですね?」

頷く青紫。

青紫「私も色んな手を使って、妖怪を誘き出してみたのですが、足取りを掴むことはできなかった」「しばらく様子見をしていましたが、どうやら、暴れ出してしまったようでして」「もしかしすると、優子さんなら、何か分かるかもしれないですね」
優子「その伯爵家とは?」
青紫「長沼家です」

○現在に戻る 長沼邸・客間
青紫と共に屋敷の中に通され、客間に入る優子。
客間には、そこには誠一郎の姿がある。
誠一郎は優子を見ると、大きく動揺する。

誠一郎「ど、どうして優子さんが……」

優子も一瞬、驚くが、すぐに冷静な顔つきになる。

優子(誠一郎さん、爵位を繋がれたのね)(ということは、婚約したという話は本当だったのね)

優子は青紫と並び、征一郎の正面の椅子に腰掛ける。

優子(気が重い……)(でも、もうやるって決めたんだから、腹を括らないと)

正面に座る優子に、気まずそうに顔を俯かせる誠一郎。
青紫はそんな二人の様子を伺うように見ると、口を開く。

青紫「今回のご依頼ですが、私一人では力及ばず」「妻にも協力してもらうことにしました」
誠一郎「えっ……」

誠一郎は俯かせていた顔を上げ、青紫を見ると、隣の優子に視線を向ける。

青紫「妻も私と同じで、妖怪を見ることができます」

誠一郎は驚いた顔で優子を見る。

青紫「ご依頼内容を聞かせていただいても?」
誠一郎「あ、はい……」「ことの発端は、一ヶ月ほど前になります」「夜中に天井から物音がして目が覚めました」※ベッドで寝ていた誠一郎が目を覚ます絵。「最初はネズミか何かと思ったんです」「でも、そういうことが何日も続いて、日中に屋敷を歩いていると、誰かに見られているような感じがして」

優子(私もこの屋敷に来るたびに、視線を感じていた)

誠一郎「黒羽さんが一度、屋敷に来てくださってからは、しばらく何もなかったのですが、最近また、同じようなことが起こり始めて」「昨日なんて、夜中に誰かに首を絞められたりもして……このまま、殺されるのかと思いました」

優子(よく見ると、目の下にクマがあるわ)(ずっと寝られてないのね)

青紫「なるほど、それは早急に祓った方が良さそうだ」「私が以前、こちらにお伺いした時、妖怪の残影も感じられなかった」「これは中々に難しい依頼です」「ですが、今回は妻がいます」

優子を見て笑みを浮かべる青紫。

優子(青紫さん……私のことを信じてくれて)

優子は青紫を見て、力強く頷く。

優子「はい、ご安心下さい」「必ず、祓ってみせます」

優子モノ『妖怪を傷つけたくはない。けど、彼の力になりたい』『その想いは、何にも勝っている』

誠一郎は、強い絆で結ばれている優子と青紫を見て、浮かない顔をする。

征一郎「……よろしくお願いします」

○長沼邸・廊下
優子モノ『まずは手がかりを掴むため、青紫さんと二手に分かれ、屋敷の中を捜索をすることになった』

廊下を歩く優子。

優子(いくら歩いていても、嫌な視線は感じない……)(どこかに隠れてる?)(でも、一体どうやって)(妖怪の血を引く青紫さんが、残影を感じられないなんて、何かの術でも使っているのかしら……)

テラスに誠一郎の姿があることに気づき、優子は足を止める。
誠一郎は手すりに両腕を預け、深いため息をついている。
ふと後ろを向き、優子に気づく誠一郎。

誠一郎「優子さん……」
優子「失礼いたしました」

優子は背中を折り曲げ一例すると、誠一郎に背を向け、そのまま立ち去ろうとする。

誠一郎「待ってくれ……!」

立ち止まる優子は、振り向き言う。

優子「あの時と同じですね」

その言葉に、誠一郎は気まずそうに俯く。

誠一郎「……少し、話をしないか」
優子「私と二人でいるのは、奥様がよく思われないとかと」

優子の言葉に、誠一郎は怪訝な顔をする。

誠一郎「僕には、妻はいない」
優子「でも、ご成婚されたので、爵位を継がれたのでは?」
誠一郎「それは、父が体調を崩しがちで、体に負担がかからないように、僕が当主になっただけであって」
優子「え……お父様、ご体調がよろしくないのですか?」

心配げに問う優子に、誠一郎は弱々しく笑みを浮かべる。

誠一郎「相変わらず優しいね」「君のそういうところが好きだった」

優子は少しムッとしたような表情を浮かべる。

優子「よく平気でそんなことが言えますね」

優子(そっちが浮気したんじゃない)

誠一郎「ごめん……」「テラスからの眺めを見ない?」※切り替えるように笑みを浮かべ言う。
優子「結構です」
誠一郎「そう言わず、何か分かるかもしれないだろ?」

優子(それは、そうだけど……)

誠一郎に促され、優子は小さく息をつくと、テラスに足を踏み入れる。

○長沼邸・テラス
誠一郎「家が火事になったって、新聞で見たよ」「心配してたんだ。新之助さんと小百合はさんは、元気にしてる?」
優子「どうでしょう」「家を出てから会っていないので」

優子モノ『誠一郎さんは知らない、あの家で、私がどんな扱いを受けていたのか』

誠一郎「黒羽さんとは、夫婦……なんだよね」
優子「ええ」
誠一郎「結婚……したんだね」
優子「ええ」

誠一郎は分かりやすく落胆した表情を見せる。

優子「そんな顔、やめてください」「まるで私が悪いみたいです」
誠一郎「ご、ごめん……」

優子(すぐに謝る……気の弱いところは変わってないのね)

優子モノ『この人と夫婦になっていれば、今のように、あの家とも縁を切れず、妖怪に怯える毎日だったはず』

思い詰めた表情をする誠一郎。

誠一郎「馬鹿なことをしたと、これでも反省しているんだ」「君を傷つけた」「僕たちは、夫婦になるはずだった」「君を大切にしないといけなかったのに、あろうことか、僕は……」
優子「もう、過去のことです」

気丈な態度でそう言った優子に、誠一郎はハッとした顔をすると、悲しそうに俯く。

誠一郎「……そうだよね」

○長沼邸・廊下
優子は誠一郎と別れ、一人で廊下を歩いていると、後ろから人の足音が聞こえる。
不思議に思った優子は、足を止め後ろを振り向く、しかしそこには誰もおらず、同時に足音も止まる。
優子が再び歩き出すと、それに倣うように足音も聞こえる。

優子「……」

優子(変だわ。私が止まると止まって、歩くと足音が聞こえる)(……誰かにつけられてる?)(でも、誰の姿も見えない)(もしかして、妖怪……?)

歩きながら顔だけ後ろを向かせるが、やはりそこには誰もない。
足音はどんどん大きくなる。

優子(なんなの一体)(怖いわ……)

優子が歩くスペードを速めると、足音も速まる。
走り出すと、足音も走り出しす。
次の瞬間、見えない物体が優子の上に覆い被さり、優子は地面に倒れ込む。

優子「うっ……!」

優子(何……!?)

押さえ込まれるも、地面に這いつくばりながら両手を動かし、必死に逃げようとするが、重くて動けない。

優子(重い……どうしてこんなに重いの)

優子「くっ……!」

胸元から札を出そうとするも、思うように体が動かせず、出せない。

優子(これでは踏み潰されて死んでしまう)(一か八か、やるしかないわ)

優子はそこにいるであろう妖怪目掛け、腕を思いっきり横に振るう。

妖怪「ぐあぁぁぁぁ……!!」

優子(あたった……!)

怯んだ隙に急いで立ち上がると、起き上がり角を曲がる。

優子「あっ……!」

角を曲がろうとした瞬間、誰かにぶつかり、優子は尻餅をつきそうになるが、力強い腕が、優子の腰に回され、体を支えてくれる。
見上げた先にいたのは驚いた顔をした青紫。

優子「青紫さん……」

少し乱れた着物、怯えている優子に、青紫は何かを察したような顔をする。

青紫「どうしましたか」

冷静に問う青紫に、首を横に振る優子。

優子「分からない……分からないんです」「後をつけられているみたいだったんですけど、姿が見えないんです」「覆い被さられて、動けなくなって、私……」※落ち着きがなく、過呼吸になっている。

青紫は優子を抱きしめると、後頭部に手をあて、ゆっくりと撫でる。

青紫「分かりました」「もう大丈夫ですから、落ち着いてください」

青紫の優しい抱擁に、優子は乱れていた息を整えながら、青紫の胸に顔をうずめる。徐々に落ち着きを取り戻していく優子。

優子(段々と、力が抜けていく……)(どうして、まるで生気でも失っていっているかのよう……)

誠一郎「何かあったんですか?」「あっ……」

誠一郎は、青紫の腕の中にいる怯えた優子を見ると、その場に立ち尽くす。

青紫「少し休ませていただいてもいいでしょうか?」
誠一郎「……もちろんです」