○ 車内・昼
後部座席に青紫と優子を乗せた車が帝都の賑わう街を走る。

優子モノ『多江さんが私たちに気を遣って、たまには二人で出かけてきてはどうかと言い、帝都に来てみたものの……』

優子「……」
青紫「……」

優子モノ『ここまで、会話らしい会話がない』

多江__『デート、楽しんできてくださいね』

優子(多江さんにはそう言われたけど、こんな雰囲気では、とてもじゃないけど、デートとは言えない)

窓の外を眺める青紫を横目で見る優子。

優子モノ『夜会の日から、彼は三日間寝込んだ。ヒトツメを祓うのに、かなりの妖力を使ったせいだと思う』

優子(看病……したかったけど、黒羽さんは一人で大丈夫だと言って、私を部屋に入れてくれなかった)(私を、遠ざけているんじゃ……)

青紫から視線を外し、俯く優子。

優子モノ『体は大丈夫ですか? そう言いたいのに、その一言さえも、上手く言える気がしない』

優子が青紫を見ると、青紫もちょうど優子を見る。目が合うと、二人は気まずさから目を逸らしてしまう。

優子(このままじゃダメだって、分かってる)(言うのよ、優子)

優子は意を決し、顔上げ青紫を見る。

優子「あの……」

窓の外を見ていた青紫が優子を見る。
優子は横や下に視線を泳がせながら言う。

優子「体は……大丈夫なんですか……」
青紫「……ええ」
優子「……そ、そうですか……」

その言葉に、優子はホッとする。
そこから少し間が空いて、青紫が口を開く。

青紫「……お粥」
優子「え?」
青紫「美味しかったです」「ありがとうございます」

優子(食べてくれたんだ……)

優子「いえ……お口に合って、よかったです」

優子は嬉しそうに唇に小さな笑みを浮かべる。

○帝都
車を降り、二人で帝都の街を並んで歩く。

優子(ちゃんと仲直りしたい気持ちはある。でも、あの時のことを許せるわけじゃない)※妖怪を無慈悲に祓った青紫のこと。

複雑な顔をしながら考え込む優子に、何人かの男の視線が集められる。そんな男のたちの視線に青紫は気づき、静かに威圧する。男たちは青紫を恐れ、優子から視線を外す。※優子はそれに気づいていない。
兄弟の男の子二人が、二人の横を走り抜ける。

弟「兄ちゃん待って!」

後ろを走っていた弟が躓き、バランスを崩し、前に倒れ込みそうになる。

優子「危ない……!」

間一髪で、青紫が男の子の腕を掴む。
胸を撫で下ろす優子。
青紫は男の子の前にしゃがみ込む。

青紫「危ないので、走らないように」

青紫の言葉に、男の子は静かに頷く。
青紫は男の子の頭の上に、ポンと自分の片手を乗せる。

青紫「良い子です」

優しい青紫の笑みに、男の子は嬉しそうな笑みを見せると、お兄ちゃんと手を繋いで立ち去る。

優子「子供に優しいですね」
青紫「そうですか?」

優子(庵くんを傍にいさせるくらいだし、子供は嫌いじゃないんだろうな)(……って、庵くんは妖怪だから、私よりもうんと年上よね)(見た目が可愛らしいから、つい年下だと思ってしまう)

優子は目についたかき氷屋の前で足を止める。

優子(……ここ、前に誠一郎さんと来たところだわ)

優子モノ『もう過ぎた話。忘れないといけないのに、美しい思い出が、そうさせてくれない』※店内で、かき氷を食べる優子と誠一郎の絵。

青紫「食べたいのですか」

優子が顔を上げると、青紫が店内を見ていう。

優子「……いえ」

看板から目を逸らし優子はそう言うが、青紫は優子を置いて店へ入る。

優子「えっ……」「ちょっと……!」

優子は戸惑いながら、青紫に続いて店内に入る。

○かき氷屋
店内に入ると、窓側の席に向かい合わせに腰を下ろす。
店員が注文を聞きに来る。

青紫「煎茶をお願いします」
優子「かき氷、食べないんですか?」
青紫「甘いものは、あまり得意ではないので」「気にしないで食べてください」
優子「いちごのかき氷は、まだありますか?」
店員「ございますよ」
優子「ではそれをお願いします」
店員「かしこまりました」

店員は一礼すると、席を離れる。

青紫「この店には来たことが?」「さっき、店員にメニューの確認をしていたので」
優子「はい、一度だけ」「……以前、婚約してた方と来たことが」

優子は窓の外に目を向け、遠い目をする。

優子(誠一郎さんとここに来たのは、少し前のことなのに、もうずっと前のような気がするわ……)

青紫「聞いてもいいですか」
優子「はい」
青紫「なぜ、婚約破棄を?」
優子「……お相手の方に、他に好きな方がいたからです」

優子の問いに、青紫は確証を持ったかのような顔をする。

青紫「今でも、彼が好きですか」

真っ直ぐに優子を見て問う青紫に、優子は僅かに笑みを浮かべ、小さく首を横に振る。

優子「もう気持ちはありません」

店員がかき氷と煎茶を運んでくる。
かき氷を一口食べた優子は、幸せそうに頬を緩ます。

優子「美味しい……」
青紫「それはよかった」

青紫はそう言い笑みを浮かべると、煎茶を飲む。

優子(甘いもの、好きじゃないのに、私が食べたそうにしてたから、入ってくれたのね)

窓の外には、人が行き交う姿。
青紫を見ながら、かき氷を口に運ぶ優子。

優子(人混みを歩くのも得意じゃないだろうに、こうして来てくれた)(あんな残酷なことをするのに、どこか憎めない、嫌いになれない)(ずるい人……)

優子は持っていたスプーンをテーブルに置く。

優子「あの、私にも、何か術を教えていただけませんか」

優子の問いに、青紫はテーブルに湯呑みを置く。

青紫「急にどうしたんですか」
優子「あなたに守られてばかりの、か弱い女でいたくないんです」

優子(ヒトツメノこともそうだけど、私のせいで、彼には負担をかけている)(少しでも私が役立てるようになれば、彼は危険なことをせずに済む)

優子の真っ直ぐな瞳を見つめる青紫。青紫は確かめるような視線を優子に目を向けると、目を伏せる。

青紫「あなたがどう思っても、私はあなたを守らねばなりません」
優子「……契約、だからですか」
青紫「え?」

不思議そうにした青紫が、顔を上げる。

優子「それが契約だから、言っているんですか」

強気で真面目な顔をする優子に、青紫は少し狼狽える。

青紫「いえ、私は……」
優子「もし、黒羽さんが契約で私を守っているのなら、それは無効にしてください」「私は、そんなものであなたを縛りたくないんです」

優子モノ『あなたから自由を奪うことはしたくない』『足枷になるにも嫌』『でも……一番は、契約などであなたを縛るような、虚しい思いをするのが嫌』

青紫「契約は、あくまで建前です」
優子「……え?」

青紫は一度、優子から目を逸らすと、優子を真っ直ぐ見る。

青紫「私が、あなたを守りたいと思ったから」

青紫の言葉に、大きく胸を打た、優子の瞳は揺れ動く。

優子(目が、逸らせない……)

優子モノ『じっと見つめられることなんて、今まで何度もあった』『でもこの時の彼の瞳には、その眼差しの奥には、揺るぎないもの感じた』

優子「……黒羽さんは、ストレートにものを言う方ですよね」

頬を赤く染めた優子が、恥ずかしそうに青紫から顔を背け言う。

青紫「そうですか?」「すいません、私にとっては、普通のことなのですが」

笑みを浮かべ首を傾げる青紫。※ちょっと優子をからかっている。

青紫「でも、そうですね……あなたが相手だと、素直に、伝えたくなる」

温かい眼差しと小さな笑みを優子に向け、青紫は言う。

優子(ほんとこの人は……)

すいませんと言いつつ、楽しそうにニコニコと笑う青紫。そんな青紫を見て、つい優子の顔にも笑みが浮かぶ。

青紫「この後はどうしますか?」
優子「特に行きたいお店とかありませんが、少し帝都の街を歩きたいです」「青紫さんが、よければ、ですけど……」

優子(いつも仕事で忙しいのは分かってる)(けど、せっかく、黒羽さんと来たんだもの)

優子『まだ二人での時間がほしい』『そう思う私は、欲張りなのだろうか』

青紫「そうですね」「デート、ですから」

青紫のその言葉に、優子の表情は一段と明るくなる。

○帝都
帝都の街を歩く優子と青紫。

優子(あっ……)

優子は染め物屋の前で足を止める。

優子(このスカーフ、すごく綺麗)

優子は気品ある紫色の花の柄が描かれた美しいスカーフに惹かれ見る。

青紫「優子さん?」

見入っていると、先を歩いていた青紫が優子の足が止まったことに気づき、足を止める。

青紫「どうかしましたか?」
優子「いえ、なんでもありません」「いきましょう」

歩き出す優子。青紫は優子が見ていたスカーフに視線を置く。※セリフはなく、染め物屋の旦那と一言二言会話をしている絵。

○車内
車に乗り込む青紫と優子。

青紫「今から森に行きましょう」
優子「……森に?」
青紫「あなたに会わせたい者がいます」

笑みを浮かべそう言った青紫を、優子は不思議そうに見る。

○森・夕方
木々が立ち並ぶ森をどんどん進む青紫。その後ろを歩く優子。

優子「黒羽さん、一体、誰に合わせようとして」「もう教えてくれてもいいんじゃないですか?」
青紫「もうすぐですから」

木々を抜けると、広い空間が広がっている。
真ん中に大きな岩があって、岩の後ろから、ちょこんと、ウサギの妖怪が顔を出す。

優子「ウサギ……?」

ウサギの姿に、優子は驚き目を見開く。
ウサギは後ろめたさそうに、岩から姿を見せると、優子を一瞥し、顔を俯かせる。

ウサギ「……久しぶり……だな」「おいらは会わない方がいいって言ったんだけど、その八咫烏が会えって、おいらを探しに来たんだ」

優子は一歩二歩と足を前に出すと、涙を浮かべながらウサギの元へ走り出す。
そして、膝をつき、小さなウサギを掬い取るように両手に乗せると、頬に寄せ抱きしめる。

優子「ウサギ……ウサギ……ウサギ……っ!」「ずっと……会いたかった……」

涙を流しながらそう言った優子に、ウサギの目にも涙が浮かび溢れ出る。

ウサギ「ごめん……!」「ごめんごめんごめんっ……!!」「あの時、お前を置き去りにして……!!」

ウサギは大粒の涙を流しながら、優子の頬に両手を添え、擦り寄り謝る。

優子「いいの……」「もういいのよ……」

優子は両手を目線の高さに合わせ遠ざけ、手のひらに乗るウサギを見る。

優子「あなたが無事で、よかった」

涙を流しながら、優子は笑みを浮かべ言う。

ウサギ「優子……」
優子「会いに来てくれて、ありがとう……」

言いながら、優子は再びウサギを頬に寄せる。
うさぎは鼻水を流しながら、大声で上げ子供のように泣く。

青紫「まったく……」

呆れた様子の青紫は、優子の隣にしゃがみ込むと、懐からハンカチを取り出し、ウサギに差し出す。ウサギはは大きなハンカチを手に取ると鼻をかむ。

青紫「あなたも妖怪なら、少しは威厳というものを保つべきかと」「こんな子供のように泣きじゃくって……」
ウサギ「うるさいっ!」「これが泣かずにいられるか!」

言いながら、ウサギは青紫を睨む。
ウサギと青紫のやりとりに笑う優子。そして、何かを思い出したかのように、優子はあっとした顔をする。

優子「そうだ」「名前を教えてほしいの」
ウサギ「名前って、おいらのか……?」

優子は頷く。

優子「私たち、友達でしょ?」
ウサギ「友達……」

優子の言葉に、ウサギは目を輝かせる。

ウサギ「おいらはヨモギ」
優子「ヨモギ……」「素敵な名だわ」

笑顔でそう言った優子に、ウサギは嬉しそうにする。

優子「改めて、これからよろしくね、ヨモギ」
ヨモギ「おう!」「よろしく、優子!」

微笑む優子に、ヨモギも微笑む。

○屋敷・優子の寝室・夜
優子が化粧台の椅子に座り、髪を梳かしていると青紫が来る。

青紫「私です」「入ってもよろしいですか」
優子「どうぞ」

襖が開かれ、青紫が入ってくる。
青紫は優子の目の前に正座すると、手に持っていた箱を渡す。

優子「これは?」
青紫「開けてみてください」

膝の上に箱を置いた優子は、慎重な手つきで箱の蓋を開ける。
箱の中に入っていたのは、昼間、優子が帝都で見ていた、気品ある紫色の花の柄が描かれた美しいスカーフ。

優子「これって……」

優子(あの時、見ていたスカーフだわ)

青紫「お母様のスカーフの代わりには、ならないかもしれませんが、私からの気持ちです」

優子は感動した様子で、スカーフを見つめると青紫を見る。

優子「手に取ってみても?」

頷く青紫。
優子は箱からスカーフを取り出す。

優子「すごく綺麗……」
青紫「気に入っていただけましたか?」
優子「もちろんです」「とっても嬉しい……」「ありがとうございます」

嬉しそうに微笑む優子に、青紫は安堵した表情を浮かべる。

青紫「私も、悪いと思っているのですよ」「この間のこと」
優子「……あなたの妖怪に対する扱いは、賛同できません」「ですが、私を守るためにしてくださってことだと、理解してます」「ウサギのことも、スカーフも、ほんと、なんてお礼を言ったらいいのか……」
青紫「礼には及びません」「いつも傍で支えてくださっているのですから」「それに……私がしたくて、したことですから」
優子「黒羽さん……」

優子『あの日の彼は、冷酷無慈悲という言葉その者だった』『でも、私にとって彼は、とっても優しい人……』

優子「……もう、喧嘩するのは嫌です」

そう言い、優子は俯き、少し悲しそうな表情をする。
青紫の冷たい手が、優子の手に重なる。

青紫「そうですね、私も喧嘩は嫌です」「できればこれっきりにしたい」「ですが、そうもいかないのが、夫婦というものでしょう」

優子はもう片方の手を青紫の手の上に重ねる。

優子「もし、この先も、今回のように意見が食い違うようなことが起きても、互いを理解しようと、寄り添い合っていきましょう」「顔を合わせたくない日があっても、いってきます、お帰りなさいは、言い合いましょう」
青紫「ええ……そうですね」

青紫の真摯な眼差しが優子を見つめる。

青紫「改めて、私と夫婦になってくれて、ありがとうございます」
優子「本当に改まってですね」
青紫「伝えたい時に伝えないと」「ほら、人生はいつどうなるか分からないでしょ?」
優子「黒羽さんは、よくおかしなこと言いますよね」「私たちは夫婦なのですから、これからも、ずっと一緒じゃないですか」

優子がそう言うと、青紫の瞳の奥に、そっと悲しみの色が浮かぶ。

優子(……どうしたのかしら)

青紫「黒羽さん、いつまでそう呼ぶつもりですか」「あなただって、黒羽でしょ?」「黒羽さんではなく、青紫と呼んでください」

優子(あっ……)(名前を呼んでいなかったから、あんな悲しい瞳をしたのかしら)

優子は恥ずかしそうにすると、少しの間を空け言う。

優子「……青紫さん」

優子モノ『私がそう言うと、彼は見たことないくらいに、幸せそうに笑った』※柔らかく穏やかな笑み。

青紫「はい……優子さん」

名前を呼ばれ、胸が高鳴る優子。

優子モノ『その笑みが、限りあるものだと、私はすぐに知ることになる』

○屋敷・昼・裏庭
縁側に並んで腰を下ろし、多江とお茶をする優子。

多江「まあ、綺麗なスカーフ」「もしかして、若様が?」
優子「はい」
多江「仲直りできたんですね」

スカーフを肩にかけた、幸せそうな優子を見て、多江は言う。

多江「ここだけの話、若様が私をここへ呼んだのは、優子さんのためなんですよ」
優子「え?」
多江「あなたのことを支えてあげてほしいと」「自分のような者と二人では、窮屈かもしれないからって」

そう、多江は楽しそうに言う。

優子(黒羽さん、そんな風に思って)(……そんなこと、ないのに)

多江「あら、よく見るとこのお花、エキザカムですね」
優子「エキザカム?」

首を傾げる優子。

多江「花言葉をご存知ですか?」
優子「いえ」

多江はにっこりと笑うと、微笑んで言う。

多江「エキザカムの花言葉は__」