○青紫の屋敷・夕方
優子が目を覚ますと、そこは知らない屋敷。

優子(ここは……)

襖からオレンジ色の光が入ってくる。外は日が暮れはじめている。
額に違和感を感じ触れると、包帯が巻かれている。

優子(一体、誰が……)

?「目が覚めましたか?」

いきなり人の声が聞こえ、優子はビクッと肩をすくめる。
上体を起こし、部屋の隅を見ると、黒髪の男が正座している。

優子(……この男、気配が全くしなかった)

男は口元にうっすらと笑みを浮かべ優子を見ている。
その不気味な姿に、優子は顔を顰める。

優子「……あなたは?」
青紫「名は、黒羽青紫と言います。神社で倒れたあなたを私の屋敷まで連れてきました」

黒羽青紫(くろば あおし)名門祓い屋一族の嫡男で、八咫烏の血を引く半妖 左目が血のように赤い。

優子(黒羽……? どこかで聞いたことあるような)

聞き覚えのあるようなその名前に、思考を巡らせる優子。

優子「……神社?」
青紫「おや、覚えていませんか?」

優子(疲れ果て、気を失った。それは覚えているけど、あの場所が神社だったとは気づかなかった)

優子「あそこは、神社なのですか?」

優子の問いかけに、青紫は目を伏せる。

青紫「ええ、五百年ほど前からあの場所に」

優子(そんなに前から……)

優子モノ『あの田舎には、幼い頃から足を運んでいたけど、神社があることは知らなかった』

優子(変ね、今まで気づかなかったなんて)

優子「黒羽さん……でしたっけ? あなたのお屋敷だとお聞きしましたが、ここはどこなのですか? あなたは、何者なんですか……」※得体の知れない青紫を警戒する優子。

優子モノ『人の賑わいが全く感じられない。おそらく帝都ではないはず。それに、この屋敷内からは人の気配がしない。ここには、自分とこの男しかいないような気がした』

青紫「質問が多いですね」「ま、それもそうですよね」

青紫はどこか楽しそうに笑いそう言うと、優子を見据える。
長い前髪で左目が隠れているが、闇を映すかのような右目に見つめられ、優子は息を呑む。

青紫「私は、祓い屋を生業としている者で、ここはあなたがいた田舎より、奥の森の中にあります」

優子(祓い屋……)

優子『祓い屋とは、人ならざるものを祓う。つまりは、消し去る者のことを意味する』

そこで、優子はハッとする。

優子(……思い出した。黒羽って、あの黒羽一門のことだ)

優子モノ『妖怪についてはそんな詳しくないけど、前に蔵にある書物で読んだことがある』『黒羽家は、祓い屋の最大勢力で、古の世からあやかし祓いをしている由緒ある祓い屋の家系の一つとして、この地に潜む妖怪から、人間たちを守ってきたと』

優子「あなた、黒羽一門の方なんですか」

優子がそう聞くと、青紫は僅かに目を見開く。

青紫「我が一門をご存知でしたか。そうです、私は黒羽一門の祓い屋です」「……と言っても、今は家を出て、一人で祓い屋の仕事をしていますが」

優子(祓い屋なんて、書物の中だけの話だど思っていたけど、本当に存在していたとは)

優子「……あなたは、見えるのですか」「その……妖怪が」

青紫は少しだけ間を開けると、屈託ない笑みを浮かべ答える。

青紫「ええ、見えますよ」

驚く優子に、青紫は腰を上げると、優子の隣に座る。
ぐいっと優子に顔を近づ、優子の瞳の中を覗き込む青紫。

青紫「あなたにも、見えているのでしょう?」

その言葉に、優子の体はゾクリと身の毛がよだつ。

優子「な、何がですか……」
青紫「妖怪ですよ」

屈託ない笑みを浮かべたまま、じっと優子を見据える青紫。

優子モノ『闇を映すかのようなこの瞳は、まるで全て見透かされているよう……』

優子「……なぜ、それを」
青紫「なぜって、あなたはこれだけの傷を負いながら、何が起きていたのか追求してこない」
優子「それは……」

俯き口ごもる優子に、青紫は続ける。

青紫「それに……あなたは何やら、不思議な気配をしている」

そう言うと、青紫は優子に近づけていた顔を離す。

青紫「おそらく、妖力がかなり強いのでしょう」
優子「妖力……? それって、妖怪が持つものではないのですか」
青紫「私やあなたのように見える者は、少なからず、妖力を持っているものですよ」「……まあ、私の場合は、少し違いますけど」

首を傾げる優子に、青紫はなんでもないというように、また屈託のない笑みを浮かべる。

優子「自分以外にも、見える人がいたなんて」
青紫「驚きましたか?」
優子「はい……かなり」

青紫は「フッ」と笑みを漏らすと、棚の中から薬箱を取り出す。
少しぎこちなくも、優しく優子の額に触れる青紫。

青紫「沁みますが我慢してください」

布に消毒液を垂らし、優子の額の傷口を消毒する青紫。
沁みて顔を顰めた優子は、真面目な顔で手当てをする青紫を見る。

優子モノ『指先から伝わる彼の体温は低く、そのひんやりとした感覚が気持ちよかった』

優子(人にしては、体温が低すぎる気もするけど……)

青紫「何も、妖怪が見えるというのは、不思議なことではありません」「この世には解明できない謎が多くある。そうは思いませんか?」
優子「でも、多くの人には見えないではありませんか。私は……人と違う」

優子モノ『見えることで、常に他者から否定され、この世界に自分の居場所がない。そう思って生きてきた』

気づくと、青紫の手がぴたりと止まっている。笑みを消し、俯き加減でどこか一点を見つめる青紫。
何を考えているのか分からないその瞳に、優子は戸惑う。

青紫「なぜ人と違うことがいけないのですか? 私からしたら、同じであることの方が気味が悪い」※どこか怒っているような青紫。「……こう思ったことはありませんか」「見えない方がおかしいと」

優子が何も言わずに青紫を見つめていると、青紫は柔らかな笑みを浮かべ、優子の頭に優しく片手を置く。

青紫「あなたは変などではありません。あなたは優しく、思いやりのある人です」「自分を卑下するのはやめなさい」

優子モノ『この男の体温は低く、実態が不確で不気味』『それなのに……この手はとても優しく、その言葉はとても温かかった』

優子(人に肯定されると、こんなにも気持ちが楽になるのね……)(初めて知ったわ……)

青紫「傷はそこまで深くありません。跡も残らないでしょう」

薬を塗ると、新しい包帯を巻いてくれる青紫。
細長い綺麗な指が、包帯が巻かれた優子の額を軽く撫でる。

青紫「これで大丈夫でしょう」
優子「ありがとうございます」
青紫「……いえ」

優子モノ『彼は棘のある視線を送ってきたり、舐めまわしく見てもこない。この髪色を見ても、何も言わない』『それは私にとって、とても心地良いことだった』

優子(髪……)

ハッとし、急に忙しくなく辺りを見回し出す優子に、棚に包帯や消毒液やらを戻していた青紫が振り向く。

青紫「どうかしましたか?」
優子「スカーフが」
青紫「スカーフ?」
優子「髪を覆っていたスカーフがないんです」
青紫「スカーフなんて、ありませんでしたが……」

焦る優子。

優子(車を降りた時、確かにあった。あの妖怪ともみ合っているうちに、どこかに落としてしまったのかもしれない)(探さないと)

優子は立ち上がると、青紫に向かって丁寧にお辞儀をする。

優子「助けていただきありがとうございます」「私はこれで失礼します」

そう言い、部屋を出ようする優子の腕を、青紫は掴む。

青紫「私も一緒に行きます」

○神社・夕方
夕日に照らされ、森は神秘的な輝きを放っている。
その輝きを眺めながら、優子は先を行く青紫について石階段を下りる。

優子モノ『妖怪と遭遇した田舎は、彼のお屋敷から程近いところにあるらしく、彼の案内の元、二人でスカーフを探し歩いた』『霧は晴れ、見晴らしが良くなって気づいたけど、彼の言う通り、石階段の上にあったのは、確かに神社だった』

優子(参拝者の姿もないし、人の手が行き届いていない場所に思えたけど、神社の中も、手水舎も整っている)(……もしかして、この人が綺麗にして)

青紫はゆっくりと石階段を降りている。

優子(……ゆっくりとした足取り。私のペースに合わせてくれているのかしら)

後ろから青紫をじっと見る優子。

優子モノ(さっきはよく見ていなかったけど、この人、背がとても高い。それに細身で、すらっとしていて、スタイルも良いみたい)(私を抱き抱えたままこの森を歩いたなんて、細いのに、力があるのね)

青紫「さっきから、視線が痛いのですが」

振り向きもせずそう言われ、優子はドキッとする。

優子(この人は、背中に目でもついているのかしら)

足を止める青紫。優子もそれに倣って足を止める。
幅の厚い石階段の数段上に優子がいるが、青紫の方が背が高い。
優子へ振り向く青紫。優子が青紫を見上げると、目が合う。

青紫「何か言いたいことでも?」

屈託ない笑み浮かべてそう言われ、優子は淡々とした態度を示すように、今一度、背筋を伸ばす。

優子「いえ、何も」

そう言い、優子は石階段を下り、青紫の横を通り過ぎる。

青紫「フッ……」

青紫は小さく鼻で笑うと、優子の後ろを楽しそうに歩く。
下まで来て、鳥居をくぐる。ふと振り向き鳥居を見上げると、一羽の黒カラスがとまっている。黒カラスは鳴きもせず、優子を見ている。

優子(あれは……オッドアイ?)

カラスの片目は赤く、宝石のように光っている。

○森近くの田舎
スカーフ探しは困難を極める。手当たり次第、思い当たる節を探すがどこにもない。

優子(こんなに探してないなんて、もう諦めるしか……)

首を横に振る優子。

優子(ううん、きっとどこかにあるわ。諦めないで探し続けよう)

優子は腕捲りをして、生い茂った草むらの中に入る。虫がいようとも、小さな悲鳴を上げるだけで、止めることはしない。
ぐんぐんと茂みの中を突き進む優子。

青紫「……」

そんな優子の姿を見ながら、青紫も茂みの中に入り、一緒にスカーフを探す。
日が落ち、あたりはすっかり暗くなってしまう。

優子(街灯もない田舎は、月でも出ない限り明かりはない)(さすがにこれ以上は探せない……)

優子が肩を落としたその時。カチッと音がしたと思うと、足元がライトで照らされる。見上げると、隣に立っていた青紫の手に、懐中電灯がある。

青紫「これでまだ探せますね」

そう言い、にっこり笑う青紫。

優子(懐中電灯なんて、たまたまもっているはずがない)(まるで、こうなっても探すつもりだったかのよう)

優子「どうしてそこまでしてくれるんですか。今日会ったばかりの私などのために、どうして、そこまで……」

青紫の顔には跳ねた泥、髪には草がついていて、着物も汚れている。

優子モノ『この人にとって、これはなんの利益もないこと。スカーフがあろうとなかろうと、彼にはどうでもいいことのはず』『それなのに、どうして』

青紫「……さぁ、どうしてでしょうか」

青紫はどこかに問いかけるように、真っ暗な空を見上げ、そう言う。
掴みどころのない青紫に、優子は翻弄され、困惑する。
懐中電灯の灯りを頼りに並んで歩き、右左に視線を巡らせる。

優子(……すごく静か。音は私たちの足音だけ)(まるでこの世界には、私と彼だけしかいないみたい)

優子モノ『出会ったばかりの男と、暗闇の中に二人きり。あの妖怪も、またいつ襲ってくるか分からない』『だけど、不思議と怖くなかった』

優子は隣を歩く青紫を見上げる。

優子「あの、聞いてもいいですか」
青紫「なんでしょうか」
優子「妖怪が見えると言っていましたけど、いつから」
青紫「そうですね、生まれた時からでしょうか」
優子「それって、区別できていたのですか? 人か、妖怪か」
青紫「ええ」

さも当然かのように答える青紫。

優子モノ『祓い屋の家系に生まれたこの人にとって、妖怪が見えることは当たり前』『それを否定るする者も、周りにいなかったんだ』

優子(……私とは大違い)

優子「私は、妖怪と人間の区別がつきません。あの妖怪もそうでした」「道でうずくまっていたところを助けようとしたら首を絞められて、顔が変形するまで妖怪だと分かりませんでした」

青紫「フッ……」
優子「馬鹿にしてます?」

鼻で笑う青紫に、優子は眉間に皺を寄せ、少し不機な様子。
青紫は目を伏せると、首を横に振る。

青紫「いいえ、していませんよ」「あなたらしいなと思っただけです」

意外にも優しい返しに、優子は拍子抜けしそうになる。

優子(……よく分からない人)

青紫「あなたを襲ったあの妖怪は、人に化けることができる妖怪で、そういった妖怪は、妖力が強く、タチの悪いものもいます」
優子「どうすれば、人と妖怪を区別できますか」

優子のその質問に、青紫は少しだけ間を開けると、口を開く。

青紫「人と妖怪を見極める方法は、これと言ってありません」「ですが、違いはあるものです」
優子「違い……? どんな違いですか?」
青紫「これは感覚的なものなので、言葉で説明するのは珍しいですが、力を磨けば、自然と分かるようになります」「力を磨くことは、自分を守ることにも繋がりますしね」「見たところ、あなたは妖力がとても強い。使い方次第では、妖怪を従えることもできる」

優子(妖怪を従える……)

優子モノ『それは、恐ろしいことのように思えた』

優子「……よく、分からないですけど、それはしてはいけないことだと思います」

優子(たとえ妖怪であったとしても、何かで縛ることは、自由と尊厳を損なわせること)

優子「……」※優子の頭に、前園家の道具として生きている自分の姿が思い浮かぶ。

優子(そう、縛ることなど、ない方がいいに決まっている)

青紫「そうですか? 使えるものは使った方がいいと思いますけどね」
優子「そんな物みたいに」
青紫「あなたの方が珍しいですよ、それだけ大きな力を持ちながら、欲望というものがまるでない」「人間は、己の強さをひけらかしたくなる生き物です」「不思議な人もいるものですね」

○湖・夜
夜が深まり、優子は肌寒さを感じ、着物の上から腕を摩ってると、青紫が優子の肩の上にそっと自分の羽織をかける。

優子「えっ……」「いいですよ、あなたが風邪を引いてしまいます」

言いながら羽織を返そうとするが、青紫は受けとらず。

青紫「私は寒さには強いので」「それに、こういう時は甘えるものですよ」

そう言われ、優子は大人しく羽織を肩に戻す。

優子(……温かい。人の温もりって、こんなにも温かいものなのね……)

両手で羽織を顔の横まで引き寄せ、顔をうずめる優子。
ゆったりとした足取りで進み続けていると、水のせせらぎが聞こえてくる。
心地良い音に耳を傾けていると、眩い黄色い光が見える。

優子「わぁ……」

思わず感嘆の吐息が漏れる優子。そこには、何百匹もの蛍がいる。

青紫「ほぉ……これは見事ですね」

隣でその光景を見る青紫も、思わずと言った様子でそう言う。

優子「私、蛍は初めて見ました。こんなにも美しいものなのですね……」※蛍に心奪われた様子の優子を、青紫は何も言わずに見つめている。

青紫「蛍の生涯は一年と言われていますが、そのほとんどは水の中で過ごすそうです」「産卵した後は、二、三日でその短い生涯を終えるとか」
優子「そう考えると、私たち人間の寿命が、とても長く思えますね」
青紫「蛍と比べてしまえば、そうですね」「でも、人間の寿命なんてものは、瞬き程度のものですよ」
優子「ふふっ……まるで自分が人間ではないような言い方ですね」

優子は冗談めかして言ったことだったが、青紫は不敵に笑うだけで、何を言うでもない。
蛍は子孫を残すためのパートーナーを探しているのか、羽を羽ばたかせ、宙を舞う。

優子「……私にも、翼があったらな……」

優子の小さな呟きに、青紫は蛍から視線を外し、優子を見る。

優子「あ、いえ……」「翼があれば、自由にどこまでも行けそうだなと思って」

優子モノ『例えば、雲の上を浮遊できるくらい大きな翼があったとして、そうすれば、あの家を出て、誰にも見つからない場所に行けるんじゃないかしら』

優子「私、いつも家に閉じこもってばかりなんです。たまに外出したかと思えば、身なりを整えるためで」

優子モノ『健康的な肌を保つために、外出を控えなさい。外で遊ぶのではなく、家の中でお裁縫や生花をしなさい』『気品ある優美な女性になるために、仕草や立ち振る舞いを厳しく叩き込まれ、感情を表に出すことすらも禁じられた』

優子「こんな風に着物を汚したり、顔に煤をつけるのは初めてで、なんだか、心が解き放たれたような気がしています」

優子モノ『無鉄砲でも、何か頑張れている自分は、綺麗でいる自分よりも、好きな気がした』

優子「本当の美しさって、外見の美ではなく、こうして、懸命に生きている姿なのではないでしょうか」

優子モノ『儚くも、短い生涯を生きる蛍は、切なくも美しい』『私たち人間の美しさも、そうであってほしい』

青紫「そうですね」

青紫は片手で優子の頬をスッと撫でる。※優子の頬についた煤を取ってくれた。

青紫「私も、煤をつけて胸を張るあなたの方が、好きですね」

そう言って、優子を見て微笑んだ青紫の笑みは、屈託も胡散臭くもなく、自然な笑み。そんな青紫に惹きつけられる優子。

青紫「ん? あれは……」

ふと視線を上に動かす青紫。懐中電灯で照らされた先を優子が追うと、高い木の上に、スカーフがある。

優子「あっ! あれです……!」

スカーフは木の葉に巻き付くようにしてある。

優子(あんな高い位置にあったなんて、これではいくら探しても見つからないはず)

青紫「あんな場所にあるとは」「あれは妖怪の仕業かもしれませんね」
優子「でも、あんな高いところ、どうやって取れば……」「__きゃあ……!!」

突然、体が宙に浮いたかと思うと、優子の体は青紫の肩の上に。

優子「な、何を……!?」

恐怖で叫ぶ優子に、青紫はニコニコとした笑みを浮かべている。

青紫「私が抱き抱えれば、手が届くのではないかと思いまして」
優子「そんな、無理ですよ!」「落ちてしまうかもと思ったら怖いです」
青紫「私がちゃんと支えます」「信じてください」

青紫は優子の腰を支える両手に力を込める。

優子モノ『絶対に落とさない。そう言われているような気がした』

安心した優子は懸命にスカーフに手を伸ばす。

優子(っあともう少し……)

スカーフを手で掴む優子。

優子「取れた……!」「取れましたよ!」

嬉しさのあまり、優子は青紫にスカーフを見せようと前のめりになってしまう。

優子「あっ__!」

青紫がバランスを崩してしまい、優子が青紫の上に覆い被さるようにして、二人は地面に倒れる。

優子「っ……すいません、大丈夫ですか?」「……!」

言いながら、上体を起こした優子は、目を見張る。
懐中電灯で照らされた青紫の顔。その左目は、血のような赤い。

優子「その目……」

驚いた優子に、青紫はサッと左目を前髪で隠す。

青紫「驚かせてすみません。見て気持ちの良いものではないと分かっているのですが、これは生まれつきなので、どうにもできないんですよ」「立てますか?」

優子に手を差し出す青紫だったが、一瞬、ハッとした顔をして、手を引っ込める。

青紫「……」

優子(変わった見た目をしている自分の手などに、触れたくないだろうと思ったかもしれない)
(……そんなことないんだから)

優子は迷わずその手を掴む。青紫は驚き目を見開いたが、すぐに何事もなかったかのように、優子の手を引き、一緒に立ち上がる。

青紫「戻りましょうか」

青紫は懐中電灯を拾うと、来た道を戻る。

優子「……」

優子を置き、先を歩いてしまう青紫。

優子(どこか、一線を引かれたように感じる……)

優子は青紫の後ろを歩き、その背中を見つめる。

優子(赤い瞳をした人を初めて見た。あれは、あのカラスのように、オッドアイ……というものなのかしら……)(でも、あの血のように赤い瞳は、他とは逸脱しているように思える……)

急に足を止める青紫。不思議に思いながら優子も足を止める。

青紫「……早かったな」

青紫が独り言のようにそう呟くと、辺りが騒がしくなる。前方から、ランプの灯りが見える。灯はどんどん優子たちに近づいてくる。

優子「あれは……警察?」

目を凝らす優子。見えたのは、警察。その後ろには、前園家の執事長と何名かのメイド、そして、用心棒たちも一緒。

優子「あっ……」

優子(すっかり忘れていたけど、ここに来たのはもう何時間も前のこと。自分がいなくなったと、家では大騒ぎになっていたんだわ)

執事長「優子様……!」

優子に気づいた執事長が、血相変えた様子で駆け寄ってくる。

執事長「ご無事で何よりです」

執事長は優子の額の包帯、着物の汚れや髪の乱れを見ると、青ざめた顔をする。

執事長「一体、何が……」

そう言うと、執事長は優子の隣に立っていた青紫に気づき、優子と青紫の間に割って入る。

執事長「お前、優子様に何をした」

警戒した執事長は鋭い目で青紫を睨む。

青紫「これは心外ですね」

執事長に疑惑の目を向けらても、青紫は飄々としている。その様子に、執事長の後ろに控えていた、お屋敷お抱えの用心棒たちが青紫を囲む。
優子は青紫を自分の後ろに隠すようにして、執事長の前に立ちはだかる。
執事長は驚いた様子で、優子を見る。

優子「誤解です。私は何もされていません」「この方は私を守ってくれたのです」
執事長「では、なぜそのような姿に……」「その怪我はどうされたのですか?」
優子「この怪我は……転んでしまって、この方が手当てをしてくれました」「着物が汚れているのは、スカーフをなくして、探していたからです。それもこの方が手伝ってくれました」

優子は、手に握られていたスカーフを見せる。しかし、執事長は疑惑の目で青紫を見続ける。

執事長「そのような薄着では風邪を引かれます。早くお車の中へ」

執事長の目配せで、メイドは優子を車へと連れて行く。
歩きながら優子が青紫の方へ振り向くと、青紫は警察に囲まれている。

優子(このままでは、彼が誘拐犯にでもされてしまうのでは)(やっぱり私も一緒に事情を説明した方がいいわ)

青紫の元に戻ろうとして、優子は足を止めてしまう。

優子(妖怪に追いかけ回されたなんて、誰が信じてくれるの)(私がそんなことを言えば、彼がもっと疑われてしまう)

優子は大人しく車に乗り込む。
優子を乗せると、車はすぐに走り出してしまう。
優子が窓から外を覗くと、青紫はこちらを見ている。その表情は、何を考えているのか分からない。