○廃墟・夕方
薄暗い廃墟の中、雨の音で目を覚ます優子。
優子(ここは……どこ……?)
優子「……え?」
地べたに座らせられた優子は、手を後ろで組まされ、頑丈な鎖でパイプと繋げられている。
優子「何これ……っ……」
解こうとするも、手首が痛むだけ解けない。
優子(……ひとまず落ち着こう)
優子はゆっくりと深呼吸する。
優子(確か、私は庭園で青紫さんを待っていて……それで、そこに美月が来て……)
優子「……美月……?」
美月「目が覚めた?」
薄暗い中から美月が姿を見せる。
優子「美月……」「ここはどこなの?」「どうして私は鎖で繋がれているの?」
美月は優子の前まで来ると足を止め、しゃがみ込む。
美月「僕が優子を誘拐したんだ」
優子「誘拐……?」「何のためにそんなこと」
美月「分からない?」
訝しげにする優子に、美月は手を広げると楽しそうに辺りを歩く。
そして、足を止め優子を見ると、にっこりと笑う。
美月「ここに兄さんを誘き出して、殺すためさ」
優子はゾクっとする。
優子「殺すって……」「どうして、あなたは青紫さんのことを」
美月「大好きだよ。でも、それと同じくらい憎くもある」「兄さんは全てを持っている。お祖父様に愛されて、祓い屋としても優秀、口では悪く言ってる一門の連中だって、兄さんを尊敬している」「何よりも……一番はお前だよ」
優子「私……?」
美月「兄さんは僕と同じだった。誰も愛さず、誰の愛も受け取らない。そんな孤高の存在だった兄さんが、お前を愛したことで、妖怪に情けまでかけ弱くなった」
美月は懐からナイフを取り出し、優子に近づく。
優子「何を……」
美月「本当はすぐにでもこうするべきだったんだ」「少し遅くなったけど、まだ間に合う」「兄さんも一人じゃ寂しいだろうから、優子さんに一緒に死んでもらおうと思って」
怯える優子を宥めるように美月は優しく言う。
美月「大丈夫だよ、痛いのはほんの一瞬だから」
美月は優子の首元にナイフを近づける。
迫ってくるナイフに、優子はカタカタと震える。
優子「や、やめて……」
美月「あの世で、兄さんとお幸せに」
ぎゅっと目を瞑る優子。
優子「青紫さん、愛してます」
優子がそう言った次の瞬間。天井のガラスがダイナミックに割れる。驚いた美月と優子が天井を見上げると、漆黒の翼を背にした、青紫が舞い降りてくる。※結婚前、優子に見せた妖怪化した姿と同じ。
青紫は目にも止まらぬ速さで優子を抱き抱えると、美月から引き離す。※鎖は青紫の異能で、溶ける。
美月「来ると思ったよ兄さん」「……でも、少し驚いたな、そんな姿を優子さんに見せるなんて」
優子「青紫さん……」
優子の呼びかけに、青紫は優子を見る。血のように真っ赤な瞳の左目の奥に宿る優しさに、優子は青紫なのだと実感し、青紫に抱きつく。
優子(怖かった……)
顔をうずめる優子を、青紫は安心させるかのように、囲い込むように抱きしめる。
青紫「もう大丈夫です」
そんな二人に美月は苛立ち、ぼそっと呟く。
美月「ほんとイラつく……少しは気味悪がれよ……」
青紫「美月、なぜこんなことを」「あなたは優子さんを慕っていたはずです」
美月「勘違いも甚だしいよ……」「僕はその女が大嫌いなんだ」
青紫は訳が分からず怪訝な顔をする。
優子「青紫さん、美月はあなたを殺そうとしています。ここから早く逃げましょう」
優子は焦ってそう言う。
美月「もう遅いよ」
廃墟の扉が音を立てて開く。入ってきたのは、優子が夜会の時に追いかけられた祓い屋の男。
夜会にいた男「遅かったか?」
美月「いいえ、時間通りです」
夜会にいた男と美月は親しそうに言葉を交わす。
優子(この人……どこかで)
そこで優子はハッとする。
優子「あの人、紅葉さんの夜会にいらしていた方です」
青紫「夜会に……?」
優子を見て、男はニヤリと笑う。
夜会にいた男「久しぶりだな」「まさか、また会えるとは思わなかった」「これも、黒羽のお坊ちゃまのおかげだな」
青紫「……どういう意味ですか」
美月「彼はお祖父様が探していた、あの未熟な祓い屋だよ」「でも、未熟ってのは少し言い過ぎかな。妖力は強い方だし、そこそこ使える祓い屋だよ」
夜会のいた男「嬉しいものだね」「名門一族である、黒羽一門のお坊ちゃまに褒めてもらえるなんて」
男は皮肉な笑みを浮かべそう言う。
青紫「グルだったのですか?」
青紫の問いに、美月は笑みを浮かべず答える。
美月「そうだよ」「始めから、全部、僕が仕組んだことさ」
優子(そんな……)
美月「でも、あれはテストだったんだ。兄さんが落ちぶれていないか」「結果は最悪だったけど」「……だから、当初の予定を決行することにした」
夜会にいた男は懐から赤い壺を出す。
その壺を見た瞬間、青紫の表情が怖ばる。
青紫「それは……」
美月「この壺の中には、厄除けの妖怪が封じ込められている」
優子「厄除け……?」
青紫「古来より、人間の厄を代わりに受け持ち、その厄を力として、生き長えられてきた」「いわば、災いの塊です」「そう言った壺があると耳にしたことはありましたが、まさか、本当に実在していたとは……」
優子(そんな恐ろしい妖怪を、壺から出してしまうのは、まずいのでは……)
美月「異能を持つ兄さんは、そこらの妖怪じゃ相手にならない」「確実にその息の根を止めるには、こいつが必要だった」
言いながら、夜会にいた男の隣に立った美月は、壺を指で突く。
美月「だから、この男と手を組んだってわけ」
夜会にいた男「俺はこの妖怪の封印は解けないし、協力すれば、一門にも入れてやるって言うからな、願ったり叶ったりさ」
美月は夜会にいた男から壺を受け取ると、陣の中に立つ。
青紫「やめなさい美月……!」「その妖怪を壺から出せば災が起きる。封印を解いたあなたも無傷じゃいられない……!」
焦り、叫ぶ青紫。美月は虚な瞳で青紫を見る。
美月「……もう、何が正解か分からないよ」
美月は持っていたナイフで自分の腕を切ると、陣の中に血を落とす。
青紫「美月……!!」
呪文を唱え始める美月。
美月「__この血をもって、我が望みを聞き届けよ__!」
青紫は優子を後ろに隠すように、一歩前へ出る。
青紫「優子さん、私の傍を離れないで」
優子は青紫の傍に寄る。
強い風が吹いたかと思うと、目を開けていられないほどの眩しい光が放たれ、青紫は優子の覆い被さる。
優子「きゃあ……!」
青紫「くっ……!」
○屋敷・玄関・夕方
多江「申し訳ありません、旦那様と奥様は外出中でして」
そう言い、紅葉と薊に頭を下げる多江。
薊「あいつら、まだ戻ってないのか?」
多江「はい、お昼頃、今日の夕方頃には帰ると、奥様からご連絡があったのですが……」
薊「久しぶりに家族に会って、浮かれて遅くなるって連絡するの忘れてるんじゃねーのか」
紅葉「二人に限って、それはないと思うけど」
薊「……確かにそうか」
玄関の外では、雷が光る。
嫌な気配を察知する二人。
薊「おい……」
紅葉「ええ……」「とても邪悪だわ」
○漆原邸・夕方
紅葉は部屋で支度を整えると、足早に廊下を歩く。
屋敷の中は邪悪な妖気のことで、騒がしい。
そこに紅葉の父親が現れる。
紅葉の父「どこへ行く」
父の言葉に、紅葉は足を止める。
紅葉の父「まさか、この邪悪な気配を追おうとしているのではないだろうな」「危険だ、やめろ」
紅葉「友人が自宅に戻っていないようなので、探しに行ってきます」
紅葉の父「友人とは、黒羽ではないだろうな」
振り向く紅葉。
紅葉「ええ、そうです」
紅葉の父「あの見合いで、奴に何を言われたのか知らないが、お前は奴の肩を持ちすぎだ」
紅葉「私はただ、友人が心配なだけです」「それに、黒羽が困っていれば、助けるのが同じ祓い屋の務めでは?」
紅葉の父「黒羽のことなど知ったことではない」「黒羽が滅びれば、我ら漆原家が祓い屋のトップとなるのだ」「無論、人々は助ける。お前も一門の者として、力を貸せ」
紅葉「人々のことは私も守ります」「それが古くからこの地を治る私たちの勤め。ですが、私は私のやり方で守ります」
そう言うと、紅葉は歩き出す。
紅葉の父「紅葉……!」「これ以上、勝手な真似をすれば、風早がどうなってもしらんぞ」
振り向いた紅葉は怒りをあらわにする。
紅葉「そうやって私を脅せば、言いなりになるとでも思っているのですか?」「私はもう子供じゃないの」「自分のことは自分で決めるわ!」
紅葉の父「待て……!」
紅葉を追いかける父親。肩を乱暴に掴むが、そこで、風が吹き、風早が現れる。
紅葉「風早……!」
風早は紅葉の肩に置かれた紅葉の父親の手を掴むと、睨みつける。
紅葉の父「貴様、頭首に向かってこんなことをしていいと思っているのか」
風早「我が主人はお前じゃない」「言うことを聞く義理もなければ、俺の女に手を出すことも許さん」
風早は異能を使い、風吹かせると、紅葉を横抱きにして、空に飛び立つ。
紅葉の父親は悔しそうに顔を顰め、空を見上げる。
○漆原邸・近隣の森・夕方
東屋の椅子に紅葉を下ろす風早。
紅葉「……ありがとう、風早」
風早「黒羽の元へ行く気か」
紅葉「あなたも感じるでしょう、この邪悪な妖気」「青紫さんたちが屋敷に戻らないことが偶然と思えない」「きっと巻き込まれているんだわ」
そう言うと、紅葉は腰を上げる。
紅葉「九条さんが先に向かってる」「私たちも早く行きましょう」
風早「それは危険だ」「それに、黒羽の奴らを助ける義理なんてない」
紅葉「青紫さんたちのためだけじゃないわ」「これは一門のみんなも危険に晒すのよ」
東屋を出る紅葉。
風早「行くな紅葉」
風早が止めるも、紅葉は足を止めない。
風早「っ……」
東屋を出ると、風早は後ろから紅葉を抱きしめる。
雨に濡れる二人。
風早「行くなっ……!」
紅葉「風早……?」
抱擁が強まる。
風早「家を出て、俺と二人で生きよう」
紅葉「私に、一門を捨てろと言うの?」
紅葉は顔だけ後ろを向かせ言う。風早の顔は見えず、俯いている。
紅葉「一門は私の家族よ」「家族を捨てることなんてできないわ」
風早「どうでもいい……!!」
叫ぶ風早に紅葉は驚く。
風早「黒羽と漆原がどうなろうと、お前が頭首にならなかろうと、俺はお前がいればそれでいい!」「……お前を失うことなど、耐えられない……」※紅葉を想い、胸が苦しくなる風早。そんな風早を見て、紅葉も胸が苦しくなる。
風早「頼むから、行かないと言ってくれ……」
雨にあたり、考え込む紅葉。
○廃墟・夕方
眩しい光がおさまり、優子が目を開けると、廃墟の中は黒い闇が広がっている。
凄まじい邪気のせいで、忌々しい雰囲気。
見えた光景に、優子は絶望する。
優子(これが……妖怪……?)
姿形は巨大な長い黒い雲に、目が真っ黒で白いお面をつけてる。※表情はムンクの叫びのようなお面。
優子「っ……!」
優子(割れるように頭が痛い……)
凄まじい妖気に当てられ、優子は気を失いそうになる。
青紫「優子さん!」
ふらつく優子を、青紫が支える。
青紫(まずいな……優子さんをこのままここにいさせるのは危険だ)(結界も張れていない今、この邪気はどんどん広がっていっているはず)(災いが起きるのだけは、なんとしても食い止めなければ)
青紫「美月……!!」
美月は力を使い果たし、その場に倒れる。
夜会にいた男「すごい……これが、厄の妖怪の力……」
夜会にいた男は厄の妖怪の力に魅了されている。
夜会にいた男「おい、妖怪!」「お前の壺の封印を解いたのはこの俺だ」「俺にその力を分け与えろ!」
夜会にいた男は、厄の妖怪の妖気で一瞬にして気を失い、その場に倒れる。
優子「っ……うっ」
苦しむ優子。青紫はしゃがみ込み、優子の体を横に倒させる。
青紫(どうすればいい、どうすれば……)
薊「青紫……!」
その時、廃墟の扉が開き、薊が入ってくる。
青紫「薊……?」「薊! ここだ……!」
薊は闇の中を掻き分け、青紫の元に辿り着く。
薊「青紫! 無事か!?」
青紫「私はなんとか」「でも、優子さんが」
薊は青紫が支える優子を見ると、険しい表情をする。
薊「妖力が強い分、当てられたか」「こいつは俺たちみたく、修行してねぇーからな」
「それより、なんでこんなことになった」
青紫「……美月の仕業です」
薊「美月が……?」「なんで、どうして」
青紫「……気づいてやれなかった」
青紫(いや、本当は薄々、気づいていた。あの子が闇を抱えていることに。でも、あの子ならきっと大丈夫だと思っていた。その過信が、今を招いてしまった)
青紫「なんでもっとちゃんと、見てやらなかったんだろう……」
青紫(たった一人の、弟なのに)
薊「青紫……」
自分を責める青紫の肩に、薊は片手を置く。
薊「紅葉が、紫苑に結界を張ってもらえるように、頼んでくれている」
青紫「……紅葉さんが?」
頷く薊。
青紫(紫苑が結界を張ってくれれば、妖気は防げる。災が起きるのも遅らせることができる)
青紫「では、今のうちに、あの妖怪を壺に封じ込めることができれば」
薊「俺たちの勝ちだ」「でも、どうする……あんな妖怪、流石の俺たちでも手に負えない……」
「黒羽も、漆原も、他のところに応援にいっちまってるし……」
優子「私も……私にも、何かさせてください」
青紫「優子さん……!」「大丈夫ですか」
優子はゆっくりと上体を起こす。
優子「私は、妖力が強い。また囮でもなんでもいいですから、私を使ってください」
優子の言葉に、青紫は心苦しそな顔をする。
青紫「優子さんのような体質の方は、あの妖怪とは相性が悪い」「薊は妖気に耐えられたとしても人間です。邪気に触れてしまえば、命を奪われる」「……私が一人で片をつけます」
薊「青紫、お前……」
そこで薊はハッとする。
薊「まさか……」
優子「どうしたんですか」
薊「こいつ、完全に妖怪化して、あの妖怪をどうにかする気だ」
優子「えっ……」
優子が青紫を見ると、青紫は何も言わない。
薊「こいつは半妖だ、半分は人間の生のエネルギーで生きている。そんなこいつが、完全に妖怪化して、異能を使ってしまえば、人間の姿に戻れなくなっちまうかもしれない」「それに……」
優子「それに、なんですか」
間髪入れず問う優子に、薊は深刻そうな顔で言う。
薊「……命を、失うこともある」
薊の言葉に、優子は驚愕する。
優子「そんな……」
青紫「あの妖怪と対等に戦えるのは、半妖である私だけです」「それに……」
青紫は笑みを浮かべ、優子を見る。
青紫「私がどんな姿になっても、優子さんは、私を愛してくれるでしょう?」
優子「当たり前です! でも、死ぬなんてダメです……! 絶対にダメ……!!」「約束したではありませんか……二人で、生きていこうと」※青紫が優子にスカーフをプレゼントした日の夜の絵。手を取り合い、幸せそうに、互いを見合う優子と青紫。
震える優子の体。青紫はじっと優子を見つめる。※真摯な眼差し。
青紫「優子さん、私はね、愛するあなたを守れるなら、化け物になっても構わない」「この命を捧げられる」「優子さん、あなたは私の世界そのもの。私の全てなんです」
※青紫の脳裏に、優子との日々が思い浮かぶ。
優子は涙を堪えるように、苦しげな顔をする。青紫はそんな優子に優しく微笑むと、そっと優子を抱き寄せる。優子は青紫の着物を両手できつく握り、その瞳から涙が溢れる。
しばらくの間、優子を抱きしめると、青紫は離れがたそうに体を離す。
俯く優子。
青紫「薊、優子さんをお願いします」「私はこのまま、あいつを外に引き摺り出します」
覚悟を決めている青紫に、薊も覚悟を決める。
薊「……」「ああ、任せろ」
立ち上がった青紫は、優子の横を通り過ぎていく。
優子「青紫さん……!」
叫ぶ優子に、止まらず足を進める青紫。
そんな青紫に、優子はたまらずと言った様子で、青紫を追いかけようとするが、薊に止められる。※後ろから優子を抱き止める薊。
優子「嫌……!」「青紫さん嫌!」「死なないで……!!」
泣き叫ぶ優子。
青紫の周りを漆黒が包み込む。
青紫の体は全身黒い毛に覆われ、瞳の色は両方とも血のように赤くなり、口からは大きな牙が日本はみ出て、足は三本になる。
青紫の完全な妖怪化に、優子は薊に押さえつけられたまま魅入る。
優子(あれが、青紫さんの妖怪化した姿……)
漆黒の翼は青く光る。青紫は少しだけ、顔を横に向かせ、優子を見る。※青紫の赤い瞳に、優子が映る。そして青紫は厄の妖怪を咥えると、天井のガラスから、引きずり出し、空に飛び立つ。
薄暗い廃墟の中、雨の音で目を覚ます優子。
優子(ここは……どこ……?)
優子「……え?」
地べたに座らせられた優子は、手を後ろで組まされ、頑丈な鎖でパイプと繋げられている。
優子「何これ……っ……」
解こうとするも、手首が痛むだけ解けない。
優子(……ひとまず落ち着こう)
優子はゆっくりと深呼吸する。
優子(確か、私は庭園で青紫さんを待っていて……それで、そこに美月が来て……)
優子「……美月……?」
美月「目が覚めた?」
薄暗い中から美月が姿を見せる。
優子「美月……」「ここはどこなの?」「どうして私は鎖で繋がれているの?」
美月は優子の前まで来ると足を止め、しゃがみ込む。
美月「僕が優子を誘拐したんだ」
優子「誘拐……?」「何のためにそんなこと」
美月「分からない?」
訝しげにする優子に、美月は手を広げると楽しそうに辺りを歩く。
そして、足を止め優子を見ると、にっこりと笑う。
美月「ここに兄さんを誘き出して、殺すためさ」
優子はゾクっとする。
優子「殺すって……」「どうして、あなたは青紫さんのことを」
美月「大好きだよ。でも、それと同じくらい憎くもある」「兄さんは全てを持っている。お祖父様に愛されて、祓い屋としても優秀、口では悪く言ってる一門の連中だって、兄さんを尊敬している」「何よりも……一番はお前だよ」
優子「私……?」
美月「兄さんは僕と同じだった。誰も愛さず、誰の愛も受け取らない。そんな孤高の存在だった兄さんが、お前を愛したことで、妖怪に情けまでかけ弱くなった」
美月は懐からナイフを取り出し、優子に近づく。
優子「何を……」
美月「本当はすぐにでもこうするべきだったんだ」「少し遅くなったけど、まだ間に合う」「兄さんも一人じゃ寂しいだろうから、優子さんに一緒に死んでもらおうと思って」
怯える優子を宥めるように美月は優しく言う。
美月「大丈夫だよ、痛いのはほんの一瞬だから」
美月は優子の首元にナイフを近づける。
迫ってくるナイフに、優子はカタカタと震える。
優子「や、やめて……」
美月「あの世で、兄さんとお幸せに」
ぎゅっと目を瞑る優子。
優子「青紫さん、愛してます」
優子がそう言った次の瞬間。天井のガラスがダイナミックに割れる。驚いた美月と優子が天井を見上げると、漆黒の翼を背にした、青紫が舞い降りてくる。※結婚前、優子に見せた妖怪化した姿と同じ。
青紫は目にも止まらぬ速さで優子を抱き抱えると、美月から引き離す。※鎖は青紫の異能で、溶ける。
美月「来ると思ったよ兄さん」「……でも、少し驚いたな、そんな姿を優子さんに見せるなんて」
優子「青紫さん……」
優子の呼びかけに、青紫は優子を見る。血のように真っ赤な瞳の左目の奥に宿る優しさに、優子は青紫なのだと実感し、青紫に抱きつく。
優子(怖かった……)
顔をうずめる優子を、青紫は安心させるかのように、囲い込むように抱きしめる。
青紫「もう大丈夫です」
そんな二人に美月は苛立ち、ぼそっと呟く。
美月「ほんとイラつく……少しは気味悪がれよ……」
青紫「美月、なぜこんなことを」「あなたは優子さんを慕っていたはずです」
美月「勘違いも甚だしいよ……」「僕はその女が大嫌いなんだ」
青紫は訳が分からず怪訝な顔をする。
優子「青紫さん、美月はあなたを殺そうとしています。ここから早く逃げましょう」
優子は焦ってそう言う。
美月「もう遅いよ」
廃墟の扉が音を立てて開く。入ってきたのは、優子が夜会の時に追いかけられた祓い屋の男。
夜会にいた男「遅かったか?」
美月「いいえ、時間通りです」
夜会にいた男と美月は親しそうに言葉を交わす。
優子(この人……どこかで)
そこで優子はハッとする。
優子「あの人、紅葉さんの夜会にいらしていた方です」
青紫「夜会に……?」
優子を見て、男はニヤリと笑う。
夜会にいた男「久しぶりだな」「まさか、また会えるとは思わなかった」「これも、黒羽のお坊ちゃまのおかげだな」
青紫「……どういう意味ですか」
美月「彼はお祖父様が探していた、あの未熟な祓い屋だよ」「でも、未熟ってのは少し言い過ぎかな。妖力は強い方だし、そこそこ使える祓い屋だよ」
夜会のいた男「嬉しいものだね」「名門一族である、黒羽一門のお坊ちゃまに褒めてもらえるなんて」
男は皮肉な笑みを浮かべそう言う。
青紫「グルだったのですか?」
青紫の問いに、美月は笑みを浮かべず答える。
美月「そうだよ」「始めから、全部、僕が仕組んだことさ」
優子(そんな……)
美月「でも、あれはテストだったんだ。兄さんが落ちぶれていないか」「結果は最悪だったけど」「……だから、当初の予定を決行することにした」
夜会にいた男は懐から赤い壺を出す。
その壺を見た瞬間、青紫の表情が怖ばる。
青紫「それは……」
美月「この壺の中には、厄除けの妖怪が封じ込められている」
優子「厄除け……?」
青紫「古来より、人間の厄を代わりに受け持ち、その厄を力として、生き長えられてきた」「いわば、災いの塊です」「そう言った壺があると耳にしたことはありましたが、まさか、本当に実在していたとは……」
優子(そんな恐ろしい妖怪を、壺から出してしまうのは、まずいのでは……)
美月「異能を持つ兄さんは、そこらの妖怪じゃ相手にならない」「確実にその息の根を止めるには、こいつが必要だった」
言いながら、夜会にいた男の隣に立った美月は、壺を指で突く。
美月「だから、この男と手を組んだってわけ」
夜会にいた男「俺はこの妖怪の封印は解けないし、協力すれば、一門にも入れてやるって言うからな、願ったり叶ったりさ」
美月は夜会にいた男から壺を受け取ると、陣の中に立つ。
青紫「やめなさい美月……!」「その妖怪を壺から出せば災が起きる。封印を解いたあなたも無傷じゃいられない……!」
焦り、叫ぶ青紫。美月は虚な瞳で青紫を見る。
美月「……もう、何が正解か分からないよ」
美月は持っていたナイフで自分の腕を切ると、陣の中に血を落とす。
青紫「美月……!!」
呪文を唱え始める美月。
美月「__この血をもって、我が望みを聞き届けよ__!」
青紫は優子を後ろに隠すように、一歩前へ出る。
青紫「優子さん、私の傍を離れないで」
優子は青紫の傍に寄る。
強い風が吹いたかと思うと、目を開けていられないほどの眩しい光が放たれ、青紫は優子の覆い被さる。
優子「きゃあ……!」
青紫「くっ……!」
○屋敷・玄関・夕方
多江「申し訳ありません、旦那様と奥様は外出中でして」
そう言い、紅葉と薊に頭を下げる多江。
薊「あいつら、まだ戻ってないのか?」
多江「はい、お昼頃、今日の夕方頃には帰ると、奥様からご連絡があったのですが……」
薊「久しぶりに家族に会って、浮かれて遅くなるって連絡するの忘れてるんじゃねーのか」
紅葉「二人に限って、それはないと思うけど」
薊「……確かにそうか」
玄関の外では、雷が光る。
嫌な気配を察知する二人。
薊「おい……」
紅葉「ええ……」「とても邪悪だわ」
○漆原邸・夕方
紅葉は部屋で支度を整えると、足早に廊下を歩く。
屋敷の中は邪悪な妖気のことで、騒がしい。
そこに紅葉の父親が現れる。
紅葉の父「どこへ行く」
父の言葉に、紅葉は足を止める。
紅葉の父「まさか、この邪悪な気配を追おうとしているのではないだろうな」「危険だ、やめろ」
紅葉「友人が自宅に戻っていないようなので、探しに行ってきます」
紅葉の父「友人とは、黒羽ではないだろうな」
振り向く紅葉。
紅葉「ええ、そうです」
紅葉の父「あの見合いで、奴に何を言われたのか知らないが、お前は奴の肩を持ちすぎだ」
紅葉「私はただ、友人が心配なだけです」「それに、黒羽が困っていれば、助けるのが同じ祓い屋の務めでは?」
紅葉の父「黒羽のことなど知ったことではない」「黒羽が滅びれば、我ら漆原家が祓い屋のトップとなるのだ」「無論、人々は助ける。お前も一門の者として、力を貸せ」
紅葉「人々のことは私も守ります」「それが古くからこの地を治る私たちの勤め。ですが、私は私のやり方で守ります」
そう言うと、紅葉は歩き出す。
紅葉の父「紅葉……!」「これ以上、勝手な真似をすれば、風早がどうなってもしらんぞ」
振り向いた紅葉は怒りをあらわにする。
紅葉「そうやって私を脅せば、言いなりになるとでも思っているのですか?」「私はもう子供じゃないの」「自分のことは自分で決めるわ!」
紅葉の父「待て……!」
紅葉を追いかける父親。肩を乱暴に掴むが、そこで、風が吹き、風早が現れる。
紅葉「風早……!」
風早は紅葉の肩に置かれた紅葉の父親の手を掴むと、睨みつける。
紅葉の父「貴様、頭首に向かってこんなことをしていいと思っているのか」
風早「我が主人はお前じゃない」「言うことを聞く義理もなければ、俺の女に手を出すことも許さん」
風早は異能を使い、風吹かせると、紅葉を横抱きにして、空に飛び立つ。
紅葉の父親は悔しそうに顔を顰め、空を見上げる。
○漆原邸・近隣の森・夕方
東屋の椅子に紅葉を下ろす風早。
紅葉「……ありがとう、風早」
風早「黒羽の元へ行く気か」
紅葉「あなたも感じるでしょう、この邪悪な妖気」「青紫さんたちが屋敷に戻らないことが偶然と思えない」「きっと巻き込まれているんだわ」
そう言うと、紅葉は腰を上げる。
紅葉「九条さんが先に向かってる」「私たちも早く行きましょう」
風早「それは危険だ」「それに、黒羽の奴らを助ける義理なんてない」
紅葉「青紫さんたちのためだけじゃないわ」「これは一門のみんなも危険に晒すのよ」
東屋を出る紅葉。
風早「行くな紅葉」
風早が止めるも、紅葉は足を止めない。
風早「っ……」
東屋を出ると、風早は後ろから紅葉を抱きしめる。
雨に濡れる二人。
風早「行くなっ……!」
紅葉「風早……?」
抱擁が強まる。
風早「家を出て、俺と二人で生きよう」
紅葉「私に、一門を捨てろと言うの?」
紅葉は顔だけ後ろを向かせ言う。風早の顔は見えず、俯いている。
紅葉「一門は私の家族よ」「家族を捨てることなんてできないわ」
風早「どうでもいい……!!」
叫ぶ風早に紅葉は驚く。
風早「黒羽と漆原がどうなろうと、お前が頭首にならなかろうと、俺はお前がいればそれでいい!」「……お前を失うことなど、耐えられない……」※紅葉を想い、胸が苦しくなる風早。そんな風早を見て、紅葉も胸が苦しくなる。
風早「頼むから、行かないと言ってくれ……」
雨にあたり、考え込む紅葉。
○廃墟・夕方
眩しい光がおさまり、優子が目を開けると、廃墟の中は黒い闇が広がっている。
凄まじい邪気のせいで、忌々しい雰囲気。
見えた光景に、優子は絶望する。
優子(これが……妖怪……?)
姿形は巨大な長い黒い雲に、目が真っ黒で白いお面をつけてる。※表情はムンクの叫びのようなお面。
優子「っ……!」
優子(割れるように頭が痛い……)
凄まじい妖気に当てられ、優子は気を失いそうになる。
青紫「優子さん!」
ふらつく優子を、青紫が支える。
青紫(まずいな……優子さんをこのままここにいさせるのは危険だ)(結界も張れていない今、この邪気はどんどん広がっていっているはず)(災いが起きるのだけは、なんとしても食い止めなければ)
青紫「美月……!!」
美月は力を使い果たし、その場に倒れる。
夜会にいた男「すごい……これが、厄の妖怪の力……」
夜会にいた男は厄の妖怪の力に魅了されている。
夜会にいた男「おい、妖怪!」「お前の壺の封印を解いたのはこの俺だ」「俺にその力を分け与えろ!」
夜会にいた男は、厄の妖怪の妖気で一瞬にして気を失い、その場に倒れる。
優子「っ……うっ」
苦しむ優子。青紫はしゃがみ込み、優子の体を横に倒させる。
青紫(どうすればいい、どうすれば……)
薊「青紫……!」
その時、廃墟の扉が開き、薊が入ってくる。
青紫「薊……?」「薊! ここだ……!」
薊は闇の中を掻き分け、青紫の元に辿り着く。
薊「青紫! 無事か!?」
青紫「私はなんとか」「でも、優子さんが」
薊は青紫が支える優子を見ると、険しい表情をする。
薊「妖力が強い分、当てられたか」「こいつは俺たちみたく、修行してねぇーからな」
「それより、なんでこんなことになった」
青紫「……美月の仕業です」
薊「美月が……?」「なんで、どうして」
青紫「……気づいてやれなかった」
青紫(いや、本当は薄々、気づいていた。あの子が闇を抱えていることに。でも、あの子ならきっと大丈夫だと思っていた。その過信が、今を招いてしまった)
青紫「なんでもっとちゃんと、見てやらなかったんだろう……」
青紫(たった一人の、弟なのに)
薊「青紫……」
自分を責める青紫の肩に、薊は片手を置く。
薊「紅葉が、紫苑に結界を張ってもらえるように、頼んでくれている」
青紫「……紅葉さんが?」
頷く薊。
青紫(紫苑が結界を張ってくれれば、妖気は防げる。災が起きるのも遅らせることができる)
青紫「では、今のうちに、あの妖怪を壺に封じ込めることができれば」
薊「俺たちの勝ちだ」「でも、どうする……あんな妖怪、流石の俺たちでも手に負えない……」
「黒羽も、漆原も、他のところに応援にいっちまってるし……」
優子「私も……私にも、何かさせてください」
青紫「優子さん……!」「大丈夫ですか」
優子はゆっくりと上体を起こす。
優子「私は、妖力が強い。また囮でもなんでもいいですから、私を使ってください」
優子の言葉に、青紫は心苦しそな顔をする。
青紫「優子さんのような体質の方は、あの妖怪とは相性が悪い」「薊は妖気に耐えられたとしても人間です。邪気に触れてしまえば、命を奪われる」「……私が一人で片をつけます」
薊「青紫、お前……」
そこで薊はハッとする。
薊「まさか……」
優子「どうしたんですか」
薊「こいつ、完全に妖怪化して、あの妖怪をどうにかする気だ」
優子「えっ……」
優子が青紫を見ると、青紫は何も言わない。
薊「こいつは半妖だ、半分は人間の生のエネルギーで生きている。そんなこいつが、完全に妖怪化して、異能を使ってしまえば、人間の姿に戻れなくなっちまうかもしれない」「それに……」
優子「それに、なんですか」
間髪入れず問う優子に、薊は深刻そうな顔で言う。
薊「……命を、失うこともある」
薊の言葉に、優子は驚愕する。
優子「そんな……」
青紫「あの妖怪と対等に戦えるのは、半妖である私だけです」「それに……」
青紫は笑みを浮かべ、優子を見る。
青紫「私がどんな姿になっても、優子さんは、私を愛してくれるでしょう?」
優子「当たり前です! でも、死ぬなんてダメです……! 絶対にダメ……!!」「約束したではありませんか……二人で、生きていこうと」※青紫が優子にスカーフをプレゼントした日の夜の絵。手を取り合い、幸せそうに、互いを見合う優子と青紫。
震える優子の体。青紫はじっと優子を見つめる。※真摯な眼差し。
青紫「優子さん、私はね、愛するあなたを守れるなら、化け物になっても構わない」「この命を捧げられる」「優子さん、あなたは私の世界そのもの。私の全てなんです」
※青紫の脳裏に、優子との日々が思い浮かぶ。
優子は涙を堪えるように、苦しげな顔をする。青紫はそんな優子に優しく微笑むと、そっと優子を抱き寄せる。優子は青紫の着物を両手できつく握り、その瞳から涙が溢れる。
しばらくの間、優子を抱きしめると、青紫は離れがたそうに体を離す。
俯く優子。
青紫「薊、優子さんをお願いします」「私はこのまま、あいつを外に引き摺り出します」
覚悟を決めている青紫に、薊も覚悟を決める。
薊「……」「ああ、任せろ」
立ち上がった青紫は、優子の横を通り過ぎていく。
優子「青紫さん……!」
叫ぶ優子に、止まらず足を進める青紫。
そんな青紫に、優子はたまらずと言った様子で、青紫を追いかけようとするが、薊に止められる。※後ろから優子を抱き止める薊。
優子「嫌……!」「青紫さん嫌!」「死なないで……!!」
泣き叫ぶ優子。
青紫の周りを漆黒が包み込む。
青紫の体は全身黒い毛に覆われ、瞳の色は両方とも血のように赤くなり、口からは大きな牙が日本はみ出て、足は三本になる。
青紫の完全な妖怪化に、優子は薊に押さえつけられたまま魅入る。
優子(あれが、青紫さんの妖怪化した姿……)
漆黒の翼は青く光る。青紫は少しだけ、顔を横に向かせ、優子を見る。※青紫の赤い瞳に、優子が映る。そして青紫は厄の妖怪を咥えると、天井のガラスから、引きずり出し、空に飛び立つ。
