○黒羽家・頭首別邸 ・朝

正座をし、一縷と向かい合う青紫。

一縷「この一帯の森で、祓い屋を名乗るものが、妖怪を見境なく祓っていると噂を耳にした」「おそらく、未熟な祓い屋が、一門に入りたいとその存在を示しているのだろう」

青紫モノ『黒羽や漆原、九条のように、多くの祓い屋は名門一族出身者」「だが、稀に妖力を持った素人が、独学で祓い屋になることもある』『それがまた厄介なもので、彼らは術の使い方が甘く、中途半端に妖怪を封じ込めたりする』『その尻拭いを一門がしているというわけだ』

一縷「妖怪といえど、見境なく払うのは、私たち黒羽一門の美学に反する」

青紫(お祖父様の言う通り、素人に好き勝手させてしまえば、一門の顔が立たない)(しかし、これは私が為すべきことではない)

一縷「みなにお前が頭首としてみなを認めさせる、良い機会だと思わないか?」
青紫「お祖父様、昨日も言いましたが、私は頭首になる気はありません」「それに、相応しいのは美月です、私ではない」

青紫(美月……)

青紫モノ『あの子が頭首になるために、一体どれ程の努力をしてきたのか』『華奢だった体は鍛え抜かれ、傷もあった』※青紫が美月に抱きしめられた時の絵。

青紫「私にはお受けできかねます」

そう言い、青紫は腰を上げ部屋を出て行こうとする。

一縷「まあそう言うな」「紫苑にも、もう随分と会ってないだろうに」

その言葉に、青紫は足を止める。

紫苑(しおん)幼少期の青紫をよく知る、洞窟に住む大妖怪。結界の異能を使うことができる。

一縷「せっかくだ、会いに行ってやりなさい」

部屋を出る青紫。

青紫(お祖父様もずるい方だ。あんなこと言われたら、断れない)

頭を抱える青紫。ふと、気配を感じ見ると、そこには美月が立っている。

青紫「美月……」
美月「お祖父様から、話聞いた?」
青紫「ええ……」
美月「サポート役に僕も行くようにってお祖父様が」「出発は正午、僕の部下たちも連れていくから、遅れないでね」

そう言うと、美月は青紫に背を向けて歩き出す。

青紫「美月……!」

青紫の声に足を止める美月。

青紫「私は……」

美月は青紫へ振り向き、思い詰めた表情をする青紫を見ると、笑みを浮かべる。

美月「そんな顔しないでよ」「頭首になれなかったのは残念だけど、兄さんがいてくれれば、僕も心強いし、一族は安泰だよ」「……じゃあ、また後で」

そう言うと、美月は行ってしまう。

○黒羽家・客間
襖を開けると、正座をした優子が青紫を出迎える。
青紫はテーブルを挟み、優子の正面に腰を下ろす。

優子「お祖父様のお話は何でした?」

聞きながら、優子は急須に茶葉を入れ、お湯を注ぐ。

青紫「ここら一帯で、妖怪を見境なく祓っている、未熟な祓い屋の対処をしてほしいとのことでした」
優子「では、すぐにお仕事へ?」
青紫「……本当は行きたくないのですが」

青紫(この依頼を受けてしまえば、頭首になることを認めているようにみえてしまう)(あらぬ誤解はされたくない)

青紫「お祖父様は、私が頭首になることを望まれています」「ですが、家出た身で、今更、頭首になるなど都合が良すぎる」「……美月にも、辛い思いをさせてしまっていますし」

青紫(いつも笑っているあの子が、あんな表情をするなんて)※一縷が頭首の発表をした時、居た堪れなくなっている美月の絵。

優子「青紫さんの気持ちは、どうなのですか」
青紫「え……?」
優子「美月や他のことは抜きにして、青紫さんがどうされたいのかが、一番大切なことなのではないでしょうか」

青紫(私の、気持ち……)(考えたことなかった)

青紫モノ『今までの人生、己が半妖であるがばかりに、何かを諦めることが当たり前だった』

青紫は目の前に座り、自分を見据える優子を見る。

青紫(だけど、私は彼女と生きることを望み、選んだ)

テーブルの上に置かれた青紫の片手を手に取る優子。

優子「あなたがどんな選択をしても、私はあなたの傍にいます」

青紫(ああ……この感じ、この不思議な感じ)(根拠なんてものはない。彼女といると、なんでもできそうになる)

青紫「……私は、お祖父様の力になりたい」「一門を支えたい……」

そう言った青紫に、優子は笑みを浮かべる。

優子「では、お仕事に行く準備をしましょうか」

青紫は優子の手にもう片方の手を乗せる。
微笑み合う優子と青紫。
襖に人影がある。廊下には美月がいる。※壁に寄りかかり、二人の会話を聞いていた。

美月「……」

美月は部屋を訪れることなく、静かにその場を後にする。

○黒羽家・門前・昼
青紫、優子、美月、美月の部下である黒羽一門の祓い屋三名、一縷、庵の姿がある。

青紫「では、行って参ります」
優子「お気をつけて」
一縷「優子さんのことは、私に任せておきなさい」
青紫「お願いします」

優子は一門の三人と少し離れたところに立っている美月に声をかける。

優子「美月」
美月「ん?」

美月はいつも通りの笑みを浮かべるが、その笑みはどこかぎこちない。

優子「気をつけて」
美月「うん……」

大きな門が音を立て開かれる。青紫たちは優子に見送られると、屋敷を後にする。

○黒羽邸・近隣の森
先頭を歩く青紫。傍には庵。
少し間を空け、後ろに美月と一門の者が歩く。
じっと青紫を見る一門の三人。
視線を感じ、横目で後ろを見る青紫。

青紫(……監視されてるって感じだな)(まぁ……様子を伺っているだけだろうが)(美月の直属の部下らしいが、私のことを良く思っていないのだろう)(当然と言えば当然だか……)

青紫は森を見回す。

青紫(にしても……この森も変わらないな)(私がいたあの頃と何一つ)

しばらく歩くと、洞窟が見える。
青紫は洞窟の前で足を止める。

青紫「まずは、この森の主に話を聞くとします」「ですが、この洞窟に住む妖怪は人嫌いなので、私に任せていただきたい」

青紫の問いに、一門の三人は美月を見る。※美月の答えを待っている。

美月「いいよ、分かった」「僕たちは何もしない」
青紫「ありがとうございます」

洞窟の入り口に立つと、青紫は片手を構える。
目を閉じ、意識を集中させる。※洞窟には、紫苑の結界が張られている。
透明な結界が、しなるような動きを見せると、紫色に光り、結界が消える。

青紫「入っていいそうです」

振り向いた青紫は言う。

○洞窟
真っ暗な洞窟を進む青紫たち。

紫苑「ふふっ……久しい奴がきたね」「と言っても、そうでもないのか?」

青紫は声の主の前で足を止める。
紫苑は片手を青紫の頬に伸ばし、そっと頬を撫でる。

紫苑「会いたかったよ、我が息子」

ろうそくに火が灯り、オレンジ色の光が洞窟を包む。
青紫は紫苑を見上げ、笑みを浮かべる。

青紫「私もです」
紫苑「元気そうで何よりだ」「すっかり男になったな」
青紫「あなたの元を離れて、もう十年経ちますから」
紫苑「十年など、大した時間ではないだろうに」

紫苑の返答に、おかしそうに笑う青紫。

青紫「あなた方、妖怪からしたら、そうなのでしょうね」
紫苑「クククッ……」「人間の時間は、我ら妖怪に比べれば、瞬き程度……」「半妖であるお前は、時の流れをどんな風に感じているんだ?」

青紫は肩をすくめる。

青紫「思いの外、人間と同じ感覚です」「肉体も見ての通り、大差ありません」「強いて言うなら……異能を使えるかどうかです」

言いながら、青紫は手から冷気を出す。

紫苑「人間の妻を娶ったと聞いたが、それは本当か?」
青紫「ええ、美人さんですよ」

青紫の言葉に、紫苑は鼻で笑う。

紫苑「今日は一緒じゃないんだな?」「会えなくて残念だ」
青紫「今度、来るときは、一緒に来ますよ」
紫苑「そうしてくれ」
青紫「積もる話もありますが、今日、私がここに来た理由、あなたならお分かりでしょう」

青紫の言葉に、紫苑は目を伏せる。

紫苑「そろそろ黒羽の者が来ると思っていたが、まさか、こんな大所帯とはな」

そう言い、紫苑は青紫の後ろにいる美月たちを見る。

紫苑「最近、多発している、妖怪を見境なく祓う祓い屋の件だろう?」
青紫「ええ、何か知っていることがあれば、教えてほしいのです」
紫苑「そうだな……あれは、数日前のことだ」

○紫苑・過去回想シーン
紫苑モノ『暇つぶしに、小物たちを脅かしてやろうと思って、私は森へ行った』

空を浮遊する紫苑。※紫苑は龍のような姿をしている妖怪。

紫苑モノ『だが、いくら飛び回っても、小物たちの姿が見えなかった』『仕方がなく地に降り立つと、見かけない男がいた』

木の影から男の様子を伺う紫苑。

紫苑(あの男、祓い屋か……?)

紫苑モノ『男は、怯える小物たちを壺の中に封じ込めると、ゴミのように地面に捨てた』

紫苑(あんな中途半端なやり方は、黒羽の者じゃないな)

紫苑『気になって、当たりを飛び回っていると、他の場所でも壺が捨てられて、中には妖怪が封じ込められていた』

※壺の中からは、妖怪の声が聞こえてきている。

○現在に戻る
紫苑は後ろに目を向ける。
そこには、四つの壺が置かれている。

庵は壺を手にすると、青紫へ振り向く。

庵「どの壺も、大した妖怪は封じ込められていないようです」
青紫「小物を相手にして、自分が大きくなった気でいるのでしょう」「未熟な祓い屋がしそうなことですね」
紫苑「その程度の封印なら、私が解いてやってもよかったが、面倒ごとは避けたい」「そのうち黒羽の者が来るだろうと思っていたしな」「お前がどうにかしてやってくれ」

そう言うと、紫苑ニヤリとした悪い笑みを浮かべる。

紫苑「無論、祓ってしまっても構わないぞ」「異能の使い方は、教えただろ?」

紫苑の言葉に、青紫は控えめな笑みを浮かべる。
その姿に、紫苑は意外そうな顔をする。

青紫「壺は全て回収してください」

青紫の言葉に、庵は置かれていた四つの壺を持つ。
青紫は紫苑に向き直る。

青紫「ありがとうございます」「あとは、封じ込められた妖怪に話を聞くとします」

立ち去ろうとする青紫を紫苑は引き止める。

紫苑「気をつけろ青紫」「あの男からは嫌なものを感じた」「とても邪悪なものだ」

青紫は振り向くと、紫苑の頬に片手を伸ばす。
そっと自分の頬に触れた青紫の優しい手の平に、紫苑は目を見開く。
青紫は微笑むと、紫苑から手を離す。
遠ざかっていく青紫を考え深そうに見つめる紫苑。

紫苑(いい伴侶を見つけたのだな、青紫)

ふと視界に、青紫の後に続く美月の姿が入る。

紫苑「お前からも邪悪なものを感じるな」

紫苑の言葉に、美月は足を止める。

紫苑「お前、闇を抱えているだろ?」

面白がるような笑みを浮かべ、興味深そうに問う紫苑に、振り向いた美月は屈託ない笑みを浮かべる。

美月「何のこと?」「僕は闇なんて抱えてないよ」
紫苑「私の目は騙せないよ、私は人間の心の中の闇が大好物なんだ」
美月「だから兄さんのことも気に入ったんでしょ?」「兄さんは、神への導きを示す八咫烏。でも同時に、闇を映す鏡でもある」

紫苑は黙って美月を見つめると、何かを考え込むように俯くと、ふと笑う。

紫苑「それだけじゃないさ……」※美月には聞こえていない。

※怪我した紫苑を、青紫が小さな青紫が手当する絵。

紫苑「小僧、力を求めすぎるなよ」「それはいずれ、己の滅亡を意味する」
美月「ご忠告どうも」

美月は不敵に頬むと洞窟を出ていく。

○黒羽邸・近隣の森
庵は木こりの上に壺を並べると、青紫の後ろに下がる。
少し距離を空け、壺の前に立つ青紫。

青紫(四つの妖力の強さが少しずつ違う)(おおかた、力試しでもしていたのだろう)

四つの壺の中に、一つだけカタカタと音を鳴らし、左右に動いている壺がある。

青紫(まずはこいつからだな」(この感じだと、出ようと中で暴れているのだろう)(最後にしてもいいが、暴れられては面倒だ)

青紫「美月、あとの三体を頼めますか?」「私はこいつをどうにかします」
美月「分かった」「壺を三つ、こっちに持ってきて」

美月は一門の三人に指示を出す。

一門の者1「美月様……」
美月「いいから、兄さんいう通りに」
一門の者1「……はい」

一門の一人は気に食わなさそうに青紫を見ると、美月の指示に従う。

青紫(さてと……)

庵「若、この妖怪、怒り狂って攻撃してきそうですね」
青紫「ええ、力づくでも押さえ込んで、話を聞いた方がいいでしょう」「ですが、あまり手荒な真似はしないように」「庵は念の為、封印の用意をお願いします」
庵「分かりました」

壺を前に、青紫は片手を構えると、呪文を唱え始める。
徐々に揺れを強める壺。灰色の煙が壷の中から出ると、呪文を唱えていた青紫の手に力が入る。

青紫「解き放たれませ解き放たれませ__」

青い光が放たれると、壺の中から花柄の着物を着た、華やかな髪の長い妖怪が出てくる。

髪の長い妖怪「どこだぁぁぁぁ祓い屋……!!」

髪の長い妖怪は荒ぶった様子。
青紫に気づくと、一気に距離を詰めてくる。至近距離になり、髪の長い妖怪は、着物の帯を青紫に巻き付ける。

庵「若……!」

髪の長い妖怪「貴様はさっきの祓い屋ではないな」「言え、あいつはどこに行った」

怒りをあらわにする妖怪に、青紫は冷静に問う。

青紫「私たちもその者を探しているのです」「よければ、話を聞かせてもらえませんか」
髪の長い妖怪「はっ! 祓い屋の言うことを信じろと?」「お前たちは小賢しい手を使って、我らを消し去るではないか」
青紫「危害を加えるつもりはありません」「私は情報が欲しいだけですから」

青紫を言葉の真意を見定めるように、髪の長い妖怪は目を細めると、何かに気づいたように僅かに目を見開く。そのまま少しの間、観察するようにじっと青紫を見る。

髪の長い妖怪モノ『まさかな……』

髪の長い妖怪「……いいだろう」

巻きつけられていた帯が外される。

青紫「ありがとうございます」
髪の長い妖怪「……」

笑みを浮かべる青紫を、髪の長い妖怪は何も言わず見ている。

青紫「あなたを封じ込めた祓い屋は、ここら一体の妖怪を、見境なく払っていると聞きました」
髪の長い妖怪「ああ、小物から中級までやられている」「私は心の赴くままに、旅をしていてな、近道をしようとこの森に入ったのだが、そこであいつに遭遇した」※髪の長い妖怪と未熟な祓い屋が対峙している絵。
青紫「どんな人物でしたか」
髪の長い妖怪「男だった。ここらでも見たことない奴だったな」「高飛車そうな態度で、あれは、自分の力過信しすぎているいるようなタイプだろうな」
青紫「祓い術の腕の方は?」
髪の長い妖怪「封じ込められた私が言うのもだが、そこまで高い腕はないだろうな」「ただ、小賢しい手を使ってくる」「私を封じ込めた時も、周りにいた小物たちを人質にしていた」
※小物の妖怪を捉え、髪の長い妖怪の気を引く未熟な祓い屋の絵。

青紫(なるほど……それで、他に三つ壺があったわけか)

髪の長い妖怪「参考になったか?」
青紫「ええ、とても」「あなたのおかげで、作戦が立てられそうです」「そこまで素直に話してくれるとは思わなかったので、少し驚いていますが」

髪の長い妖怪は、何かに思い耽るように目を閉じると目を開ける。

髪の長い妖怪「……懐かしかったのだ」
青紫「え?」
髪の長い妖怪「昔、お前によく似た奴に会ったことがある」「そいつも、お前のように掴みどころがなく、表面上には笑みを浮かべていた」「……だが、いつも寂しそうだった」※一人で座り込む、青紫の父親の寂しい後ろ姿の絵。
青紫「それは、私と同じ、祓い屋の女性ではありませんでしたか」
髪の長い妖怪「いや、そいつは妖怪だ」

青紫(妖怪……)

髪の長い妖怪「人間に興味があったのか、よく森を出ては、人間に紛れているのを見かけた」「赤い瞳に、漆黒の翼……そう、あれは八咫烏だ」

髪の長い妖怪の言葉に、青紫は大きく目を見開く。

青紫「……おそらく、それは私の父だと思います」
髪の長い妖怪「なんだと?」

青紫「私の母は人間、父は八咫烏」「私は半妖です」
髪の長い妖怪「……そうか」

髪の長い妖怪は、妙に納得した様子を見せる。

髪の長い妖怪「お前からは不思議な匂いがしていたが、半妖だからか」「お前がいるということは、あいつは、好いた者と一緒になれたんだな」「……よかった」

髪の長い妖怪は、目を細め、優しげな笑みを見せる。
そこへ、封じ込められていた三体の妖怪を壺から出した美月が、青紫の元へ戻って来る。

美月「これは……」「思ってたよりも、強い妖怪が封印されていたね」「手を貸すよ、兄さん」

美月は片手を構え、呪文を唱え始める。
髪の長い妖怪は苦しみ出す。
青紫は美月の前に立つと、手で止めるよう制する。

青紫「必要ありません」

キッパリと言い切る青紫のその姿に、美月は驚く。

美月「……どうしたの兄さん、いつもの兄さんなら、情報を聞き出したら、即刻祓ってる」
青紫「この妖怪は祓わずとも、私たちを危険に晒すことはしません」

見合う青紫と美月。しばらくそうすると、美月は肩をすくめる。

美月「分かったよ」

美月は構えていた手を下ろす。髪の長い妖怪は、苦しみから解放されると、体から力が抜けかがみ込む。
青紫は髪の長い妖怪に片手を差し出す。

青紫「大丈夫ですか」
髪の長い妖怪「ああ……」

髪の長い妖怪は青紫の片手を掴むと立ち上がる。
その様子を美月は覚めた目で見ている。
美月に振り向く青紫。

青紫「今日はこの辺にして、お祖父様に報告しましょう」
美月「……そうだね」

笑みを浮かべ、美月は言う。
青紫が背を向けると、美月の顔からスッと笑みが消える。

美月「そんな手ぬるい方法じゃ、祓い屋としてやっていけないよ」※青紫には聞こえていない

○黒羽邸・居間
優子(青紫さん、もうすぐ帰ってくるかしら……)

立ったまま、落ち着きなくそわそわと部屋をぐるぐると回る優子。

優子(あんな状態で、仕事に行った美月も心配だし……)

一縷「優子さん」

出入り口に、ミミを腕に抱いた一縷が立っている。

一縷「青紫たちが戻ってきたみたいだよ」

○黒羽邸・門前
門が開かれると、青紫たちが入ってくる。一縷と出迎える優子。

青紫「ただいま戻りました」

青紫の言葉に、一縷は頷く。

優子「おかえりなさい」
青紫は優子を一瞥すると微笑む。優子も微笑み返す。

青紫「封じ込められた妖怪に、話を聞くことが出来ました」

一縷は満足げに頷く。

一縷「詳しいことは中で聞くとしよう」
青紫「はい」「優子さん、後で、一緒に庭園を散歩をしませんか?」
優子「いいですね」
青紫「さっきに行っていてください」「話が終わったら、すぐに行きますから」
優子「分りました」

○黒羽邸・庭園・優子side
足音が聞こえ、青紫かと思い優子が振り向くと、そこにいたのは美月。

優子「美月……」
美月「やあ、優子」

空元気な美月を前に、優子は心配げな顔をする。そんな優子に、美月は屈託ない笑みを浮かべ目の前に立つ。

美月「いやーさっきの兄さん、すごかったんだよ」「苛立ってた妖怪を沈めて、冷静に話をしたんだ」「妖怪も兄さんを信用して、心を開いていた」

美月からスッと笑みが消える。

美月「まるで人が変わったようだった」

俯き、そう小さく呟く美月。
そんな美月に、優子は戸惑い、不信感を抱く。
顔を上げ、笑みを浮かべる美月。

美月「優子ってさ、妖怪、好きでしょ?」「パーティーの時も、煙たがることなく、あいつらに親切にしてた」※パティーで妖怪の分の食事をお皿によそってあげている優子。そんな優子を見ている美月の絵。「だからかな、冷酷無慈悲に妖怪を払ってた兄さんが、妖怪に優しくなっちゃってたのは」
優子「……美月、どうしたの、なんか変よ」
美月「別に変なんかじゃないよ」

美月は表面的にはにっこりとした笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。
美月は優子に近づく。優子は危機感を感じ、後ろに下がる。

美月「どうして逃げるの」
優子「どうしてって……」

優子は後ろを一瞥する。
すぐ後ろには鯉が泳ぐ池がある。

美月「兄さんはいいよね」「何があっても、自分の味方でいてくれる奥さんが傍にいてくれて」

言いながら、美月は優子の頬を撫でる。
新近距離で迫った美月の顔を見て、優子は腑に落ちる。

優子モノ『ああ……やっと分かった』『どうして、美月と一緒にいると落ち着かなくなるか』『その笑顔が、嘘を塗り重ねているからだ』

優子「美月……あなた、何をしようと」

美月は不敵に笑うと、優子の額に札を貼る。その瞬間、優子は気を失い前に倒れ込む。
美月は倒れてきた優子を支える。

美月「バカだな、優子は」「早く逃げればよかったのに……」

そう囁くと、美月は優子を抱き上げ、姿を消す。

○黒羽邸・庭園・青紫side
青紫が庭園に来ると、そこには誰の姿もない。

青紫(優子さんは、どこへ……)

池の前には、青紫があげた紫色のスカーフが落ちている。
スカーフを拾い上げ、じっと見る青紫。

青紫「……」