○屋敷・青紫書斎・昼
おぼんに湯呑みを乗せ、エプロン姿の優子。
優子「青紫さん、お茶です」
青紫「ありがとございます」「ちょうど休憩しようと思っていたところです」「さすがは優子さん」
優子は青紫が座るデスクの上に湯呑みを置く。
優子「今日は、紅葉さんからいただいた緑茶を淹れました」「秋の和栗を彷彿させる、優しくまろやかな味わいですよ」
青紫は緑茶を一口飲むと、頬を緩ませる。
青紫「うん、美味しいですね」「今度、紅葉さんにお礼の品を送らなくてはなりませんね」
青紫がそう言うと、優子はパッと華やかな笑みを見せる。
優子「青紫さんなら、そう言ってくださると思っていました」「午後から、多江さんと帝都にお買い物に行くのですが、その時、紅葉さんへのお礼の品を買ってもいいでしょうか?」
青紫「もちろんです」「優子さんはセンスがいいでしょうし任せても?」
優子「はい!」
目を合わせ、笑みを浮かべて話す二人をソファに座っていた薊が訝しげに見ている。
薊「なんだお前ら、いつにも増してキモチわりーな」「それに、いつの間に下の名前で呼び合う仲になったんだ」
優子「失礼な人ですね、気持ち悪いなんて」「大体、あなたはここに入り浸りすぎです」「先週だって、来たばかりではありませんか」
薊「友人の家に来て茶を飲んで何が悪いんだ」
優子「お茶ならここでなくとも飲めるではありませんか」
青紫「分かってねぇーな」「ただの茶ほど美味いものはねーんだよ」
そう言って、ニヤリとした笑みを優子に向け、湯呑みに口をつける薊。
優子(まったくもう…… )
優子「では、私はお買い物に行く準備をしてきます」
青紫「ええ、気をつけて」
書斎を出る優子。
それを横目で見送ると、薊はスラックスのポケットから一枚の封筒を取り出す。
薊「そういえば、これが届いてたぜ」
指先で挟んで青紫にひらひらと掲げ見せる薊。
真ん中には、黒刻印が押されていて、すでに開封済みになっている。
薊「お前にも届いてんだろ?」「美月のバースデーパーテの招待状」
青紫「ええ、きてましたよ」「すでに返事は出しています」「不参加と」
薊はやれやれと言った様子でソファから立ち上がる。
薊「おい、正気か?」「弟の誕生日だろ? 行ってやれよ」
青紫「私が言っても、あの子は喜ばないでしょう」
薊「そんなことねぇーだろ」「お前たち、仲良かっただろ? 青紫兄さんって呼ばれて、懐かれてただろ」
青紫「子供の頃の話です」「もう随分と家にも帰っていませんし、あの子も私のことなど忘れているでしょう」
薊「そんなわけねぇーだろうよ」
青紫「……薊」「私があの家からよく思われていないことは、あなたも知っているはずです」
薊「……」
青紫「私が言ったところで、せっかくのパーティーを潰すだけです」「そんなことはしたくない」
そう言うと、青紫は椅子から立ち上がる。
青紫「この話はもう終わりにしましょう」「私はこれから仕事がありますから、あなたも帰りなさい」
青紫は羽織を着ると、書斎から出ていく。一人書斎に残った薊は、パーティーの招待状を見つめると封筒を開け、中の紙を取り出す。
薊「チッ……」「カッコつけやがって」
薊はデスクの上に叩きつけるように紙を置くと、近くにあったペンを乱暴に取り、出席の欄に丸をつけ、封筒の中に紙を戻す。
ペンを投げるようにテーブルの上に置くと、機嫌悪が悪そうに、ズカズカとした足取りで、書斎を出ていく。
○帝都・昼
賑わう帝都で買い物をする優子と多江。
多江「あ、一つ用事を思い出しました」「すいませんが、ここで少しお待ちいただけますか?」
優子「分かりました」
優子は近くにあった茶屋のベンチに腰を下ろす。
優子(お天気がよくて良かったわ)(青紫さんは、お仕事に行ったかしら)
優子の目の前を杖をついた老紳士が通り過ぎようとする。
老紳士は小石に躓き、前を歩いていた男の人にぶつかってしまう。
身分の高い男「爺さん、何してくれてるんだよ」
老紳士「す、すまんのぉ」「足が悪いもので」
身分の高い男「たくっ……」「最近の老人は、年寄りだからってなんでも許されると思っている」「長生きしているだけで偉いと思えるなんて、いいご身分だな」
優子(何なのあの人……!)
ベンチから腰を上げた優子は、急いで老紳士に駆け寄る。
優子「お爺さん、大丈夫ですか」
老紳士「あ、ああ……」
優子は老紳士にを支えながら、一緒に立ち上がる。
優子「お怪我はありませんか?」
老紳士「ああ、大丈夫だ」
身分の高い男「おいおい」「爺さんの心配より、俺の心配をしてくれよ、ぶつかられたんだよ」
優子はで身分の高い男を睨む。
優子「もう謝ったではありませんか」
優子の強気な態度に、身分の高い男は気に食わなさそうに顔を顰める。
身分の高い男「ちょっと顔が良いからって、調子に乗りやがって」「女のくせに生意気な」
優子「っ……!」
身分の高い男は優子に詰め寄ると、乱暴に優子の片腕を掴む。
周りには何事かと人が集まる。
力強く腕を掴まれ、優子は顔を歪めるが、すぐに気丈な態度を見せる。
優子「これ以上、事を荒立てるのは、あなたの品格を下げるだけかと」
身分の高い男は周りを見まわし、自分が軽蔑な眼差しを向けられていることに気づく。
身分の高い男「チッ……」
身分の高い男は舌打ちをすると、優子の腕を離し、苛立った様子で人混みの中に消えていく。
優子「ふぅ……」
深呼吸をした優子は、老紳士に向き直る。
優子「もう大丈夫ですよ」
老紳士「ありがとう」「お嬢さん、かっこいいいね」「あっ、女性にかっこいいは、良くないのかな?」
優子「いえ、そんなことありません」「嬉しいです」
老紳士「そうか、なら良かった」
老紳士は優しげな笑みを浮かべる。
二人で、ベンチに並んで座る。
優子「そうでしたか、お孫さんい会いに行く途中だったんですね」
老紳士「うん、実は、孫とはもう随分会ってなくて、一目で言いから顔を見たいと手紙を送っているんだけど、いつも返事がないんだ」
優子「それは、寂しいですね……」
老紳士「でも、最近、結婚したと聞いてね、相手の人がどんな人なのか気になっていたんだ」
優子(お孫さんのことが、心配なのね)
老紳士「それにしても、素敵なスカーフだね」
老紳士の視線は、優子の肩にかけられたスカーフに向いている。
優子「ありがとうございます」「……夫に、プレゼントしてもらったんです」
嬉しそうに微笑み、スカーフに触れる優子。
老紳士「優しいご主人なんだね」
優子「はい、とっても」
優子の無邪気な笑みに、老紳士の瞳の奥が、僅かに見開かれる。
優子「よろしければ、道案内をさせてください」「帝都は人が多いですし、電車も多くて分かりずらいでしょう」
老紳士「ありがとう」「でももういいんだ」「知りたかったことが知れたから」
優子「え……?」
そう言って、老紳士は優子を見てにっこりと笑う。
そんな老紳士に、優子は首を傾げながらも笑みを返す。
そこに多江が戻ってくる。
多江「お待たせいたしました」
優子「多江さん」
多江「一人にしてしまってすいません」「大丈夫でしたか?」
優子「平気です」「この方が、お話相手になってくださいましたから」
振り向くと、もうそこに老紳士はいない。
優子「あれ……?」
辺りを見回す優子。しかし、老紳士の姿はどこにもない。
優子(どこに行ったのかしら……)
○帝都・路地裏
スーツを着た男のエスコートで、黒塗りの車に乗り込む老紳士。
老紳士「素敵な人だったよ」
運転席に乗り込んだスーツの男は、鏡越しに老紳士を見る。
スーツの男「左様ですか」
老紳士「また会えるのが楽しみだ」「優子さん」
○屋敷・玄関前・夕方
優子が屋敷に戻ると、玄関の前に、だるそうに壁に寄りかかっている薊がいる。
優子「まだいらっしゃったんですか」
薊「お前を待っていたんだ」
優子「……私を?」
薊「頼みがあんだ」
真剣な薊の表情。
薊は多江を一瞥する。
優子「先に入っていてください」
多江「分かりました」
多江が玄関に入ると、優子は問う。
優子「それで、頼みとは?」
○屋敷・居間・夜
食事をする優子と青紫、多江の三人。
優子「……」
正面に座る青紫の様子を伺う優子。
青紫は流れるような美しい所作で、食事をしている。
○優子・過去回想シーン
薊「弟の誕生日パーティーに行くように、あいつを説得してほしいんだ」
優子「弟さんの誕生日パーティーですか……?」
優子(青紫さん、弟がいたんだ)
薊「あいつが一門の連中に良く思われていないのは、お前も知っているだろ?」
優子「……はい」
優子モノ『半妖である青紫さんは、異端な存在とみなされ、一門からは孤立している』
薊「でも、弟とは仲が良かったんだ」「あいつだって、本当は弟の誕生日を祝いたいって思っているはずだ」「俺の言うことには耳を貸さないが、お前の話なら別だろ?」
○現在に戻る
青紫「この鮭、とても美味しいです」
多江「その鮭、魚屋さんで優子さんが見つけてくださったんです」「ねえ、優子さん」
優子(何て切り出せば……)
考え込む優子。
多江「優子さん……?」
優子「え?」
優子が顔を上げると、青紫と多江が不思議そうに優子を見ている。
多江「どうしました?」「ぼーっとしているようですか」「もしかして、熱でもあるんじゃ……」
優子の額に片手を伸ばし、熱を測ろうとする多江。
優子「い、いえ!」「なんでもありません」
そう言い、優子は食事をする。
そんな優子を青紫は気にしている様子。
○優子の寝室・夜
布団の上に体を倒し、天井を見上げる優子。
優子(結局、言えなかった)
寝返りをうち、横を向く優子。※ドアがある方とは反対側。
優子(薊さんはああ言っていたけど、青紫さんは本当のところ、どうしたいんだろう……)
優子「はぁ……どうしよう」
言いながら、再び天井を見上げる。
青紫「何がですか?」
いきなり、真上に青紫の顔が見え、優子は驚いて上体を起こす。
青紫はさっと顔を避ける。
優子「青紫さん……!」「い、いつの間に……!?」
驚く優子に、青紫は笑みを浮かべている。
青紫「声をかけたのですが、返事がないので入りました」
優子「そ、そうでしたか……」
胸に片手を当てる優子。
優子(心臓に悪い……)
青紫「考え事ですか」
言いながら、優子の目の前に正座をする青紫。
青紫「食事の時も浮かない顔をしていましたが、何かありましたか?」
自分を気にかけてくれる青紫に、優子は徐に口を開く。
優子「……九条さんから、弟さんの誕生日パーティーのこと、聞きました」
優子の言葉に、青紫は腑に落ちた顔をする。
青紫の顔色を伺いながら、優子は聞く。
優子「行かなくて、いいんですか……?」
青紫は少し考えた様子を見せると口を開く。
青紫「優子さんには、黒羽一門のことについて、あまり詳しく話していませんでしたね」
「黒羽一門は、四百年ほど前からあやかし祓いをして、この地を治めてきました」「現当主は、私の祖父である黒羽一縷」「本来であれば、祖父の跡を継ぐのは娘である私の母でしたが、母は一族から波紋とされました」「妖怪である父を愛したから」
優子(これは、前に九条さんも言っていた)
青紫「黒羽一族は古くからの慣わしで、継承者候補である者が十八の誕生を迎えた際、現頭首により、次の当主が決められる」
優子「……もしかして、今回の誕生日パーティーは……」
青紫は頷く。
青紫「私か弟の美月、どちらかが当主候補ですが、禁忌をおかした母の子で、半妖である私は、頭首の座には相応しくない。それが一族の考えです」「ですので、次期頭首は弟に決まっているようなものです」
優子「そんな……」
優子(妖怪の血を引くことが、そんなのにもダメなことなの……?)
青紫「……家を出たのは、自分の居場所がそこにはないことを知っていたからです」「だから独立して、一人で仕事をすることにした」「祖父からは屋敷に来るようにと手紙をよこされていますが、気が進まず、家を出てから、一度も屋敷へ戻っていません」
優子(家族の誕生日だから行った方がいい。そう思っていたけど、青紫さんにとって家族は、自分に敵意を向けてくる存在)(……私だって、血の繋がりがあっても、幸せではなかった)(気が進まないのは、当然のこと……)
青紫「弟を祝いたいという気持ちはあります。もう随分会っていませんし、成長したあの子を、一目見てみたい」「それに、祖父にも顔を見せてやらねばと思ってはいます」
複雑そうな顔をしながらも、どこか寂しげな青紫。
そんな青紫に、優子はハッとする。
優子(青紫さん……もしかして、一人で行くのが心細いのでは)(本当に行きたくないのなら、こんなこと、言わないはず)
優子「あ、あの……!」「よかったら、一緒に行きませんか?」
青紫「え?」
優子「ほら、私も一度、お祖父様にご挨拶しないといけないなと思っていましたし、せっかくなので、弟さんの誕生日もお祝いしたいです」
青紫「でも、私をよく思っていない連中の中に行くのは、少なからず、妻であるあなたにも、嫌な思いをさせてしまうかもしれません」
優子「私はそんなこと気にしません」「知っているでしょう? 私は悪意なんかに負けるような、やわな女じゃない」「それに……青紫さんがいれば、何も怖くない」
青紫「優子さん……」
優子「行きましょう青紫さん、一緒に」
優子が笑顔でそう言うと、青紫は少し照れたように優しい笑みを浮かべ頷く。
青紫「……はい」
優子モノ『かくして、私たちは、黒羽一門の本邸に行くことになった』
○黒羽家・本邸・昼
庵の運転で黒羽家の本邸を訪れる優子と青紫。
格式高い門構えに、優子は思わず気迫負けしそうになる。
優子(これは……なんというか、すごい迫力ね……)(名門一族とは知っていたけど、ここまで風格のあるお屋敷に住んでいたとは)
隣に立つ青紫は、少し強張った表情をしているように優子には見える。
優子はそっと青紫の片手を握る。
青紫が優子を見ると、優子は微笑む。その笑みに、青紫は安心したような笑みを浮かべると、優子の手をぎゅっと握り返す。
大きな門が音を立て開かれると、中にスーツを着た若い男性が立っている。スーツの男は丁寧に背中を丸め、優子たちに向かって一礼する。
鶴岡「お待ちしておりました。青紫様、優子様」
青紫「彼は鶴岡といい、頭首の側近をしている者です」
鶴岡(つるおか)青紫の祖父、一縷との側近 美月の世話係
会釈をする鶴岡に、優子も会釈を返す。
鶴岡「どうぞこちらへ」
鶴岡の案内で、優子たちは敷地に足を踏み入れる。
屋敷の敷地には和の庭園が広がっていて、紅葉が辺りを彩る。鯉がいる池、その上は橋がかけられている。
門から屋敷まで距離があり、優子は青紫に手を引かれながら橋を渡る。
屋敷内に入り、連絡通路を歩いていると、後ろからドタバタと誰かが走ってくる音がする。
?「青紫兄さん……!」
すらっとした背の高い、細い少年が後ろから青紫に抱きつき、二人の手が離れる。
青紫は驚いたように振り向く。
青紫「美月……?」
優子(美月……ということは、この人が、青紫さんの弟さん)
美月は愛らしい笑みを浮かべながら、青紫に抱きつく。
美月「会いたかったよ兄さん!」
青紫は少し困惑したように、美月を見る。
青紫「美月……本当に美月なのですか?」
美月「そうだよ」
大人っぽい見た目とは相まって、幼い笑みを浮かべる美月。
青紫「……驚きました」「背もすっかり伸びて」
二人の身長はほぼ同じ。
美月「兄さんの弟だからかな。背はぐんぐん伸びたよ」
黒羽美月(くろば みづき)青紫の弟 雰囲気のある美形
スーツの男「美月様、廊下を走るのは危ないです。おやめください」
手を後ろで組むと、美月は照れ臭い笑みを浮かべる。
美月「ごめんごめん、兄さんが来てるって聞いて嬉しくて」「招待状は欠席だったから、会えないと思っていたから」
そう言うと、美月は優子を見て目を丸くする。
美月「ねぇ、もしかして、この人が兄さんの奥さん?」
青紫「ええ、あなたにも紹介します」「妻の優子さんです」
優子「はじめまして、優子と申します」
美月「はじめまして、弟の美月です」「会えて嬉しいです」
笑顔で片手を出され、優子は美月の手を握り握手をする。
鶴岡「美月様、そろそろお着替えを」
美月「あ、そうだね」
美月は部屋着の着物を着た自分の姿を見て、思い出したように言う。
青紫「じゃあ、兄さんまたあとで!」「優子さんも!」
美月は笑顔で青紫と優子に手を振り去っていく。
鶴岡「では行きましょう」
○黒羽家・当主別邸
連絡通路を抜けると、屋敷の一角にある部屋の前で、鶴岡の足は止まる。襖の前に跪くと、頭を垂れ下げる。
鶴岡「頭首、お見えになりました」
一縷「入りなさい」
一縷の声に、鶴岡は襖を開ける。
青紫と優子は部屋の中に入り、鶴岡は襖の外で待機する。
一縷「久しぶりだね、青紫」
青紫「お久しぶりでございます、お祖父様」
座布団の上にあぐらをかき、座る一縷。膝の上には、ふわふわとした毛並みの可愛らしい猫がいる。
優子(この方が、青紫さんのお祖父様で、黒羽一門を率いるご頭首)
黒羽一縷(くろはね いちる)青紫と美月の祖父、黒羽一門の頭首。白髪で小柄な穏やかなお爺さん。
一縷「優子さんも、元気だったかい?」
優子「……え?」
一縷の言葉に、優子は拍子抜けしたようになる。
優子(まるでどこかで会ったことあるような言い方……)
優子はじっと一縷のことを見る。
優しく微笑む一縷。その姿に、優子はハッと思い出す。
優子「あの時のお爺さん……!」
一縷「思い出してくれたかな」
青紫「二人は知り合いなのですか?」
隣で首を傾げる青紫。
優子「多江さんと帝都に行った時にお会いして……」
一縷「転んでしまった私を、優子さんが助けてくれたんだよ」「あの時はありがとうね」
優子「いえ……」
優子(なんて偶然なの。あの時、助けたお爺さんが、青紫さんのお祖父様だったなんて)
一縷「立ち話もなんだから座って」「二人と話がしたくて、パーティーの時間よりも少し早く呼んだんだ」
青紫と優子は一縷の正面に腰を下ろす。一縷の膝の上に座っていた猫が青紫と優子の元に来て、交互に二人に擦り寄る。
一縷「ミミも二人を歓迎しているみたいだね」
ミミ 一縷の愛猫。青紫が屋敷いる頃から飼っている。首に鈴がついたリボンをしている。
優子がミミの頭を撫でると、ミミは気持ちよさそうに目を細める。
青紫「ご体調はいかがですか」
一縷「うん、最近は調子がいいよ」「昨日はミミと庭園を散歩もしたしね」「今日は青紫たちが来てくれたから、もっと元気が出たよ」
優子(お祖父様、本当に青紫さんに会いたかったのね)(あの時も、そうおっしゃっていたし)
一縷「今日はゆっくりしていけるのかな?」
青紫「ええ、美月の誕生日ですし」
青紫がそう言うと、一縷は嬉しそうに笑う。
青紫を見ながら、ミミが鳴く。
一縷「散歩に付き合ってほしいみたいだね」
青紫「仕方がありませんね」
青紫は立ち上がると、ミミの後を追って、部屋を出てく。
優子「あの、ご挨拶が遅くなってしまい、申し訳ありません。もっと早くに、こちらにお伺いするべきだったのですが」
謝る優子に、一縷は優しい笑みを浮かべる。
一縷「優子さん、ありがとね」
優子「……え?」
一縷「優子さんが、青紫を連れてきてくれたんだよね」
優子「い、いえ、私は何も」
一縷「あの子は変わった。以前のあの子は、誰も寄せつけず、いつも一人だった」※屋敷で一人、本を読んだり、どこか遠くを見つめる青紫。そんな青紫を心配そうに見つめる一縷の絵。
「その背中はとても寂しそうで、この子は生涯、ずっとこうして生きていくのかと、不安だったんだ」
昔の青紫を思い出して、一縷は思い詰めたような表情をする。
優子「……お会いしたばかりで、こんな質問は不躾だと承知なのですが……」「私、ずっと気になっていたことがあるんです」「青紫さん本人には、聞きづらくて」
一縷「なんだい?」
優子は膝に置かれた両手をぎゅっと握る。
優子「青紫さんのご両親は、今、どちらに」
一縷は間を空けると答える。
一縷「亡くなったんだ」
その言葉に優子は目を見開く。
優子「……そう、でしたか……」
大きく落胆する優子。
優子(心のどこかでは分かっていた)(きっともう、青紫さんのご両親はこの世にはいないのだと)(だけど、その言葉を聞くまでは信じてなかった)(信じたく、なかった……)
一縷「あの子の母親である恵は、八咫烏の妖怪と一緒になって、家を出たんだ」「でも、あの子を身籠もってから、屋敷を訪ねてきたんだ」
○一縷・過去回想シーン
雨の中、大きなお腹を抱え現れた恵に、一縷は驚きを隠せない。
屋敷の中に招き入れると、緊迫した空気で向き合う一縷と恵。
恵「私はこの子を産みます」
一縷「何だって?」
一縷モノ『耳を疑った』『妖怪の子を、人間である娘が産めるはずがないからだ』『妖力の強さに、母体は耐えきれない』
一縷「そんなことをすれば、お前は死んでしまう」
一縷の言葉に、恵は小さく悲しげな笑みを浮かべる。
恵「彼にも同じことを言われました」
一縷はハッとした顔をする。
一縷「彼はどうしたんだ」「大きなお腹を抱えたお前を一人にして、何をしているんだ」
一縷がそう尋ねると、恵は今にでも泣き出してしまいそうな弱々しい顔で、懸命に笑って見せる。
一縷「恵……」
一縷モノ『強気な娘が初めて見せた弱気な顔に、私は悟った』『お腹の子の父親は、もうこの世にいないのだと』
恵「私はこの子を産まない選択をするつもりはありません」
大事そうに、慈しむような眼差しを向け、お腹に両手を当てる恵。
恵「わがままばかり言って、親不孝な娘でごめんなさい」「だけど、この子だけは、お願い……」「この子は、私たちが愛しあった証……」「彼と……私の子……」「だから、何があっても守りたい」
そう、恵は幸せそうにも、切なく笑う。
一縷モノ『その顔が、今も胸に焼き付いて離れない』
○現在に戻る
一縷「あの子を産み、恵は亡くなった」「それから、あの子は黒羽家の者として、私が育てた」「しかし、一門の者は、あの子を黒羽の者と認めなかった」「幼いなりに、あの子も周りからよく思われていないことを分かったのだろう」※幼い青紫がみなの輪を外れ、一人立ち尽くす絵。「段々と心を閉ざし、笑うことすらしなくなった」
家を出たのは自分の場所がないと分かっていたから。そう言っていた青紫を、優子は思い浮かべる。
一縷「あの子は、なぜ自分が生まれたのかをいつも自問自答しているようだった」「その問いに悩まされ続けたせいで、生きる意味すらも失っているように見えた」
心を痛める優子に、一縷は俯けていた顔を上げると、優子を見て微笑む。
一縷「だけど、あの子は君を愛した」「君の存在が、あの子の生きる意味なんだ」「ありがとう、優子さん、あの子の傍で生きると決めてくれて」「ありがとう、あの子を愛してくれて」
優子「お祖父様……」
一縷の言葉に、優子は涙腺が熱くなるのを感じる。
優子「私の方こそ、青紫さんの傍で生きられて、幸せです……」
優子の言葉に、一縷は微笑みながら、何度か頷く。
そこに、青紫とミミが戻ってくる。
優子は急いで、浮かび上がってきていた涙を払う。
青紫「散歩はやめだそうです」「相変わらず、気分屋な猫ですね」
青紫のその言葉に答えるように、ミミは鳴き声を上げ、優雅に歩きながら、一縷の膝の上に戻る。
青紫「結局、そこがいいのですね」
青紫は肩を落とし笑うと、優子の隣に座る。優子を見ると、少し赤くなった瞼にそっと指先で触れる。
青紫「大丈夫ですか?」「もしや、アレルギーをお持ちで?」
優子「い、いえ」「ちょっと擦ってしまっただけです」「大丈夫ですから」
青紫「そうですか?」
青紫は触れていた指先で、優しく優子の瞼を撫でる。
そんな二人を、一縷は微笑ましそうに見つめる。
優子(青紫さんのご両親が亡くなっていたことは、とても悲しい)(だけど、青紫さんは、お二人に愛されていた)(それを知れて、よかった)
優子は愛おしそうに自分を見つめる青紫に微笑みを返す。
○庭園・パーティー・昼・青紫side
庭園は多くの人と妖怪で賑わって、立食型のパーティーを楽しんでいる。
少し離れたところには美月がいて、招待客に囲まれている。
そんな美月を青紫が見ていると目が合う。美月はニコッと笑う。青紫も笑みを返す。
優子「美月くん、人気者ですね」
青紫「昔から、愛嬌もあって社交的ですから、目上の者にも可愛がられるタイプです」
美月の周りには、同じ歳くらいの女の子たちもいる。
優子「それに、女性にもモテるみたいですね」
そっと青紫に耳打ちをする優子。
招待客一「どうして青紫様がいるの」
招待客二「美月様が呼んだそうよ」「美月様、お優しいから」「それに、今日は次期頭首の発表もあるし」「まあ、次の頭首は美月様に決まっているようなものだけど」
招待客一「青紫様も不運なものよね、名門一族である黒羽家の血を引いて、祓い屋としても美月様と肩を並べるぐらいご優秀なのに、お父上が妖怪であるばかりに……」
青紫「……」
青紫モノ『物心ついた時から、自分の噂話は、影のように付き纏っていた』
青紫(今回もされるだろうと思ってはいた)(以前なら耳に入れたくなくて、来なかっただろうに)
青紫は隣にいる優子を見ると、優子は背筋を伸ばし前を向いている。
青紫(気後れせず、堂々としている)(その自信ある姿勢に、いつも助けられている)
優子「どうかされましたか?」
青紫の視線に気づき、青紫を見上げる。
首を傾げる優子に、青紫は優しい笑みを浮かべる。
青紫「いえ、なんでもありませんよ」
青紫モノ『幼き日、孤独を感じていたこの場所、それはもう過去』『今、この場所は、彼女との美しい人生の一ページとなる』
青紫(彼女の存在が、想像以上に、私を強くしている)
優子「私、飲み物、とってきますね」
青紫「ええ」
青紫の傍を離れる優子。
入れ違いで、一縷がやって来る。後ろには鶴岡も一緒にいる。
一縷「どうだい、パーティーは楽しんでいるかい?」
青紫「それなりに」
一縷「そうかいそうかい」
穏やかな笑みを浮かべる一縷。
一縷「お前は優子さんの前では、優しく笑うのだな」
青紫「……」
青紫(ずっと見てたんだな)
冷めた青紫の目に、一縷はおかしそうに笑う。
青紫「あなたが帝都に行くなんて、珍しいこともあるんですね」「ミミとお屋敷で過ごすのが、何よりも穏やかな時間でしょうに」
微笑みを浮かべ何も答えない一縷。
青紫「優子さんに会いに来たのでしょう?」
一縷「バレたかい?」
素直すぎる一縷に、青紫は面食らう。
青紫「まったく……」「あなたと言う人は……」
言いながら、小さくため息をつく青紫。
一縷「お前が結婚したと聞いて、相手がどんな人なのか、見てみたかったんだ」
青紫「それで、彼女を調べたんですね」
一縷「まさか、見える側のお嬢さんとは、思わなかったけどね」
飲み物を取りに行った優子は、妖怪たちと談笑している。そんな優子を見る二人。
一縷「でもだからこそ、お前の苦しみも悲しみも、理解してくれるのかもしれないと思った」
青紫「……それで、あなたの目に、彼女はどう映ったのですか」
一縷「そうだね……」「強気で、物怖じしない。それでいて、脆く繊細な一面もある」
優子を見つめたまま、懐かしそうに目を細める一縷。
一縷「お前の母親に、よく似ている」
青紫モノ『表面上では屈託のない笑みを浮かべ、心の中は憎しみと悲しみに暮れていた』『そんな私を、彼女の愛が癒してくれた』
青紫「ずっと……自分が生まれた意味を探し求めていました」「彼女に出会って、それがようやく何か分かった」「きっと私は……彼女を愛するために、生まれてきたのでしょう」
一縷「青紫……」
青紫がそんなことを言うとは思わず、一縷は驚く。
快晴の空を見上げた一縷は、何かを決心したような表情を見せる。
○庭園・パーティー ・昼・優子side
薊「作戦は成功したんだな」
優子が振り向くと、そこには正装姿の薊がいる。
優子「薊さん」「姿がないので、来られないのかと思いましたよ」
薊「来る前に、仕事を一本片付けてたんだ」
言いながら、薊は素手で料理を掴んで食べる。
優子「お行儀が悪いですよ」「それでも旧家のご当主ですか」
薊「堅苦しいのは嫌いなんだよ」「この服も早く脱ぎたい」
苦しそうにネクタイを緩める薊。そんな姿に、優子は肩をすくめると、お皿と箸を取って薊に渡す。薊は礼を言いお皿を受け取ると、料理を取っていく。
薊「青紫、楽しそうじゃねーか」
薊の視線を追うと、そこには一縷と話す青紫がいる。青紫の表情は穏やか。
優子「久しぶりにお祖父様に会えて、嬉しいのでしょう」
薊「まあ、なんだかんだ言って、あいつもこの家に戻ってこられたのは、よかったんじゃねーの」
料理を食べ進める薊の隣で、優子は一縷と談笑する青紫を見つめる。
優子(本当に、そうね)
美月「優子さん」
優子の前に、笑みを浮かべた美月が立つ。
優子「美月さん」
美月「さっきはバタバタだったから、改めて話がしたくて」
優子「お気遣いありがとうございます」「遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます」
美月「ありがとうございます」「優子さんにも祝ってもらえるなんて、今日は本当に良い日だな」
そう言い、美月はにっこりと笑うと、優子の隣にいる薊に気づく。
美月「薊さん、来てくださったんですね」
薊「ああ……誕生日おめでとう」
美月「ありがとうございます」
そう言うと、薊は背を向けどこかへ行こうとしてしまう。すかさず優子は薊の腕を掴む。
優子「二人にしないでくださいよ」
薊「なんだお前、人見知りするタイプだったのか」
優子「そういうわけではないですけど……」
優子(どうしてか、美月さんを前にすると、落ち着かなくなってしまう)
優子「いいではありませんか、少しくらい居てくれても」
薊「嫌だね、お前の護衛は夜会の時に懲りた」
そう言われ、仕方がなく薊の腕を離す優子。
薊「……俺、あいつ苦手なんだよ」
優子「あいつって、美月さんのことですか?」「……どうして?」
薊「なんていうか、いつも笑顔で、腹の中じゃ何考えてるのか分かんねー感じがして」「青紫の弟だから、大目にみてるが」※声を顰め、話す二人。
後ろを向き、美月を一瞥する優子。
美月は笑みを浮かべ優子と薊を見ている。
優子(あんな可愛らしい人が?)
薊「どうしても二人が嫌なら、青紫にでも一緒にいてもらえばいいだろ」
優子「あっ」「薊さん……!」
そう言うと、薊はどこかに行ってしまう。
美月「話は終わった?」
優子「えっと……」「はい……」
優子がそう答えると、美月は優子の横に回り、自分の両腕で優子の腕をぎゅっと掴む。
美月「ねぇ、せっかくだから少し散歩しない?」「優子さんから兄さんの話が聞きたい」
そう言うと、優子の返答を待つ間もなく、美月は優子の腕を引き、庭園を離れていく。
○庭園・橋の上
橋に向かいながら、腕を組み歩く優子と美月。
美月「優子さん、歳はいくつ?」
優子「十八になります」
美月「同じ年だ!」「じゃあ、僕のことは美月って呼んで」
優子「えっ」「ですが……」
優子(次のご頭首になられる方を、そんな気安く呼ぶなんて)
美月は優子から腕を離すと、前に回り込み、両手を合わせお願いのポーズをする。
美月「お願い!」「同じ年の人なんて、滅多にいないんだ」「僕、祓い屋の家業を継ぐために学校にも通ってないから、友達だって言える人もいなし……」「僕たちは家族だけど、友達みたいに気軽な関係でいたい」
懇願の眼差しを向けてくる美月に、優子は折れる。
優子「私でよければ」
美月「ありがとう優子!」
そう言い、美月は優子に抱きつく。
橋に両腕をかけ、池の中にいる鯉に視線を向ける美月。優子はその隣に立っている。
美月「へーじゃあ、優子からしたら、兄さんはヒーローみたいなものだね」
優子「そ、そうね……」
優子モノ『まさか、馴れ初めを聞かせてほしいと言われるとは思わなかった』※青紫が火の中から優子を助けたことを知り、美月は目を輝かせている絵。
美月「兄さんって、昔からそうなんだよね」「正義感が強くて、努力家、一人でなんでもできちゃう天才肌」
優子「確かに、青紫さんは一人でなんでもできる人だけど」「時々、私を頼って甘えてくれることもあるの」
美月「へー……」「兄さんは、優子さんを信頼しているんだね」
優子「信頼……」
優子(そうだったら、いいな)
美月「……僕の助けなんて、必要としたことないのにな」※優子には聞こえていない。
優子「え?」
美月の表情には影が落ち、その瞳は孤独を抱えているよう。
優子(美月……?)
優子が伺うように美月を見ていると、パッと笑顔になる。
美月「なんでも一人で抱え込んでしまうような人だから、優子のように優しそうな人が傍にいてくれて、僕も安心だよ!」
美月は優子の両手を握る。
美月「兄さんと結婚してくれて、ありがとう」
にっこりとした笑みを浮かべる美月。
優子(一瞬だけ垣間見えたあの表情は、気のせい……?)
青紫「優子さん」
その声にハッとして振り向くと、いつの間にか、青紫が立っている。
優子「青紫さん」
青紫に気づいた優子は、パッと美月から両手を離し、青紫の元へ。
美月は離れていく優子の手に視線を落としている。
青紫「ここにいらしたんですね」「姿が見えないので、心配しました」
優子「すいません」
優子(一言、声をかけるべきだった)
美月「ごめん兄さん、僕が彼女をここへ連れてきたんだ」「二人で話がしたくて」「ね、優子」
そう言い、美月は親密そうに後ろから優子の肩に片手を置く。
優子「は、はい」
青紫は優子の肩に乗せられた美月の手を見る。
そして、切り替えるように笑みを浮かべる。
青紫「そうでしたか」「お祖父様からお話があるそうなので、戻りましょう」
美月「はーい」
返事をすると、美月は先を歩く。
優子もその後を追う。そんな優子を青紫は横目で見ている。
○庭園・パーティー会場
一縷「本日は、孫の美月の誕生日パーティーにお越しくださいまして、ありがとうございます」「半世紀近く頭首として一門を率いてきましたが、私ももうすでに老耄の身」「美月も十八になり、一つの節目を迎えた今日、次の世代にバトンを繋ぎたいと思います」「この場を借りて、皆さんにご報告を」
一縷の言葉に、会場にいる全員が息を呑む。
一縷「次の頭首は__青紫」「彼にお願いしようと思います」
一縷の言葉に、会場は一気にどよめきだす。
招待客三「どうして青紫様を」
招待客四「美月様はどうされたんだ」
優子(一体、何がどうなって)
青紫「お祖父様」
青紫も驚きを隠しきれず動揺する。
招待客五「やっぱり、ご自分のお孫さんを選んだんだわ」
招待客六「美月様、お可哀想に」
優子(……え?)
近くに立っていた招待客の言葉に、優子は反応する。
優子「あの、それって、どういうことですか」
招待客の二人は顔を見合わせると話す。
招待客三「美月様は、ご頭首様が引き取った養子なのよ」
優子「養子……」
美月は発表を受け止めきれず、呆然と立っている。
招待客五「でも、青紫様は妖怪の血を引いてられるのよ」
招待客六「それさえなければ、適任なんだけどな……」
パーティーの参加者たちは混乱し、みな口々に話だし、騒がしくなる。
青紫「お祖父様、一体、どういうことですか」
一縷「言った通りだよ」「次の頭首は青紫、お前だ」
その場にいるのが耐えられず、美月は走り去ってしまう。
青紫「美月……!」
青紫は美月を追おうとするが、鶴岡と共に会場を後にしようとする一縷に足を止める。
青紫「お祖父様、お待ちください……!」「話はまだ終わっていません」
言いながら、美月を気にする青紫。
そんな青紫の腕に片手を置く優子。
優子「美月は私が」
青紫「優子さん……」
優子「大丈夫です」「行ってください」
青紫「……分かりました」「お願いします」
青紫は一縷を追い、パーティー会場を後にする。
○黒羽家・本邸・廊下
屋敷の廊下に腰を下ろす美月を優子は見つける。
優子「……」
優子はできるだけ明るく、美月に声をかける。
優子「美月」
俯いていた美月が優子を見て、無理に笑みを浮かべる。
美月「優子……」「僕を追いかけに来てくれたの?」
優子「そうよ」
言いながら、優子は美月の隣に腰を下ろす。
美月「次の頭首が兄さんだなんて、やっぱり、血の繋がりがない僕なんて、お祖父様は好かないよね」
優子「そんなこと……」
美月「いいんだ」「分かっていたことだし」
優子「美月……」
美月は両足を折り曲げ、体を丸める。
美月「僕には祓い屋の才能があるって、お祖父様は言ってくれた」「みんなも、僕が次の頭首になるんだって」「兄さんは優秀だけど、半妖だからなれないって」「……僕は、期待に応えるために、ずっと頑張ってきた」「なのに……これはあんまりだ……」
優子「美月……」
塞ぎ込む美月に、優子はかける言葉が見つからず、その横顔を見つめることしかできない。
○黒羽家・本邸・寝室・夜
寝室に戻ると、青紫の姿がある。
青紫「美月は」
優子は首を横に振りながら、青紫の正面に座る。
優子「かなり落ち込んでいて、なんと言葉をかけていいのか……」「すいません、何もできず」
青紫「いえ、優子さんが謝ることではありません」「今夜は、ここに泊まることになりそうなのですが、大丈夫ですか」
優子「はい、多江さんには、後で連絡しておきます」「それで、お祖父様の方は」
青紫「お前が次の頭首だ……との一点張りで」
優子「そうですか……」
優子(お祖父様には、お祖父様のお考えがあるのだろうけど……)
優子の頭には、落ち込んでいる美月の姿が思い浮かぶ。
優子「あの……」「美月が養子だっていうのは、本当なんですか」
青紫は少し間を開けると、目を伏せ話す。
青紫「ええ、本当です」
優子「……そうなんですか」
青紫「美月は妖怪が見えることで、両親から気味悪がられ捨てられた」「食べ物を探し森を彷徨っていたところ、妖怪に襲われ、居合わせたお祖父様に助けられ、黒羽家に来ました」※一縷に助けられる美月の絵。「当時、美月は五歳と幼く、小さく弱いあの子は、この世界の全てに絶望し、その瞳は空っぽでした」※虚な小さな美月の絵。「……しかし、美月は妖力が強く、良くも悪くも祓い屋としての才能を開花させた」「それからはのめり込むように、妖術を学んでいきました」
優子モノ『見えることで、周りから厄介者使いされる……その辛さは、痛いほどよく分かる』
青紫「力があの子を救った」「でも同時に、力に支配されている」「私は、いつかあの子が、その大きな力に飲み込まれてしまうのではないかと心配です」
優子モノ(血の繋がりが全てではない。青紫さんが美月を思う気持ちは本物……美月はああ言ってけど、お祖父様だって、美月を大切に思っている)
青紫は伏せていた目を優子に向け笑みを浮かべる。
青紫「今日は疲れたでしょう」「早めに休みましょう」
そう言うと、青紫は寝室を出て行こうとする。
優子「え、ここで寝ないんですか?」
優子の問いに、襖を開けようとしていた青紫は一時停止する。振り向くと、優子の前にしゃがみ込み、優しく微笑む。そして、優子の額に触れるだけの優しいキスをする。
優子は恥ずかしくて俯く。
青紫「これでも一応、嫉妬しているんですよ」
優子「……え?」
優子(嫉妬……?)
青紫「婚約者であった誠一郎さんのことや、親しくしている美月」「あなたが、私、以外の誰かと仲良くしているのを見ると、こう……胸がモヤっとするんです」
言いながら、青紫は片手で胸の辺りを抑える。
青紫「……こんな気持ちも、初めてです……」
優子(青紫さんが嫉妬しているなんて……)(なんか……嬉しい、かも)
青紫「一緒に来てくださって、ありがとうございます」「あなたがいなければ、今日を迎えることはできなかった」
優子「……私は何も……」「でも、青紫さんのために何かできているのだとすれば、それは、とても嬉しいことです」
頬を染めた優子は、花が満開に咲き誇るような笑顔を青紫に向ける。
青紫はそんな優子に心奪われたかのような表情をすると、ぐっと気持ちを堪えるように背中を丸め、優子の肩にトンっと額を置く。
優子「あ、青紫さん……?」
青紫の顔がすぐ近くにあり、優子の体には力が入り、心臓を高鳴らせる。
青紫「これ以上、私を煽らないでください。我慢しているんですから」
優子「え……?」
優子(あ、煽る……?)
青紫「……昔……一度だけ、妖力が暴走して、自我を忘れたことがあるんです」※妖怪化した青紫が、一門に取り押さえられている絵。「あなたとの関係をもっと先に進めたいと思っています」「ですが、妖怪化した私が、あなたを傷つけてしまうかもしれないと思うと怖い」
優子(青紫さんは、私を失うことを、一番、恐れている……)
優子「青紫さん……」「あなたは私を傷つけたりしないです」
青紫「そんなこと、分からないじゃないですか」
優子「いいえ、分かるわ」「あなたは私を傷つけない」
優子は青紫の片手を掴むと、両手でぎゅっと握り、自分の頬に添える。
優子「あなたのこの手は、いつも私を守ってくれている」
真っ直ぐに青紫を見る優子。
優子「あなたのその眼差しは、いつも私を優しく見つめてくれる」
言いながら、優子は青紫の額に自分の額を合わせる。
優子「だから、怖がらないで、私を拒絶しないで」
青紫「優子さん……」
二人は少しの間、見つめ合う。青紫に微笑む優子。そして、どちらともなく唇を重ね合う。
おぼんに湯呑みを乗せ、エプロン姿の優子。
優子「青紫さん、お茶です」
青紫「ありがとございます」「ちょうど休憩しようと思っていたところです」「さすがは優子さん」
優子は青紫が座るデスクの上に湯呑みを置く。
優子「今日は、紅葉さんからいただいた緑茶を淹れました」「秋の和栗を彷彿させる、優しくまろやかな味わいですよ」
青紫は緑茶を一口飲むと、頬を緩ませる。
青紫「うん、美味しいですね」「今度、紅葉さんにお礼の品を送らなくてはなりませんね」
青紫がそう言うと、優子はパッと華やかな笑みを見せる。
優子「青紫さんなら、そう言ってくださると思っていました」「午後から、多江さんと帝都にお買い物に行くのですが、その時、紅葉さんへのお礼の品を買ってもいいでしょうか?」
青紫「もちろんです」「優子さんはセンスがいいでしょうし任せても?」
優子「はい!」
目を合わせ、笑みを浮かべて話す二人をソファに座っていた薊が訝しげに見ている。
薊「なんだお前ら、いつにも増してキモチわりーな」「それに、いつの間に下の名前で呼び合う仲になったんだ」
優子「失礼な人ですね、気持ち悪いなんて」「大体、あなたはここに入り浸りすぎです」「先週だって、来たばかりではありませんか」
薊「友人の家に来て茶を飲んで何が悪いんだ」
優子「お茶ならここでなくとも飲めるではありませんか」
青紫「分かってねぇーな」「ただの茶ほど美味いものはねーんだよ」
そう言って、ニヤリとした笑みを優子に向け、湯呑みに口をつける薊。
優子(まったくもう…… )
優子「では、私はお買い物に行く準備をしてきます」
青紫「ええ、気をつけて」
書斎を出る優子。
それを横目で見送ると、薊はスラックスのポケットから一枚の封筒を取り出す。
薊「そういえば、これが届いてたぜ」
指先で挟んで青紫にひらひらと掲げ見せる薊。
真ん中には、黒刻印が押されていて、すでに開封済みになっている。
薊「お前にも届いてんだろ?」「美月のバースデーパーテの招待状」
青紫「ええ、きてましたよ」「すでに返事は出しています」「不参加と」
薊はやれやれと言った様子でソファから立ち上がる。
薊「おい、正気か?」「弟の誕生日だろ? 行ってやれよ」
青紫「私が言っても、あの子は喜ばないでしょう」
薊「そんなことねぇーだろ」「お前たち、仲良かっただろ? 青紫兄さんって呼ばれて、懐かれてただろ」
青紫「子供の頃の話です」「もう随分と家にも帰っていませんし、あの子も私のことなど忘れているでしょう」
薊「そんなわけねぇーだろうよ」
青紫「……薊」「私があの家からよく思われていないことは、あなたも知っているはずです」
薊「……」
青紫「私が言ったところで、せっかくのパーティーを潰すだけです」「そんなことはしたくない」
そう言うと、青紫は椅子から立ち上がる。
青紫「この話はもう終わりにしましょう」「私はこれから仕事がありますから、あなたも帰りなさい」
青紫は羽織を着ると、書斎から出ていく。一人書斎に残った薊は、パーティーの招待状を見つめると封筒を開け、中の紙を取り出す。
薊「チッ……」「カッコつけやがって」
薊はデスクの上に叩きつけるように紙を置くと、近くにあったペンを乱暴に取り、出席の欄に丸をつけ、封筒の中に紙を戻す。
ペンを投げるようにテーブルの上に置くと、機嫌悪が悪そうに、ズカズカとした足取りで、書斎を出ていく。
○帝都・昼
賑わう帝都で買い物をする優子と多江。
多江「あ、一つ用事を思い出しました」「すいませんが、ここで少しお待ちいただけますか?」
優子「分かりました」
優子は近くにあった茶屋のベンチに腰を下ろす。
優子(お天気がよくて良かったわ)(青紫さんは、お仕事に行ったかしら)
優子の目の前を杖をついた老紳士が通り過ぎようとする。
老紳士は小石に躓き、前を歩いていた男の人にぶつかってしまう。
身分の高い男「爺さん、何してくれてるんだよ」
老紳士「す、すまんのぉ」「足が悪いもので」
身分の高い男「たくっ……」「最近の老人は、年寄りだからってなんでも許されると思っている」「長生きしているだけで偉いと思えるなんて、いいご身分だな」
優子(何なのあの人……!)
ベンチから腰を上げた優子は、急いで老紳士に駆け寄る。
優子「お爺さん、大丈夫ですか」
老紳士「あ、ああ……」
優子は老紳士にを支えながら、一緒に立ち上がる。
優子「お怪我はありませんか?」
老紳士「ああ、大丈夫だ」
身分の高い男「おいおい」「爺さんの心配より、俺の心配をしてくれよ、ぶつかられたんだよ」
優子はで身分の高い男を睨む。
優子「もう謝ったではありませんか」
優子の強気な態度に、身分の高い男は気に食わなさそうに顔を顰める。
身分の高い男「ちょっと顔が良いからって、調子に乗りやがって」「女のくせに生意気な」
優子「っ……!」
身分の高い男は優子に詰め寄ると、乱暴に優子の片腕を掴む。
周りには何事かと人が集まる。
力強く腕を掴まれ、優子は顔を歪めるが、すぐに気丈な態度を見せる。
優子「これ以上、事を荒立てるのは、あなたの品格を下げるだけかと」
身分の高い男は周りを見まわし、自分が軽蔑な眼差しを向けられていることに気づく。
身分の高い男「チッ……」
身分の高い男は舌打ちをすると、優子の腕を離し、苛立った様子で人混みの中に消えていく。
優子「ふぅ……」
深呼吸をした優子は、老紳士に向き直る。
優子「もう大丈夫ですよ」
老紳士「ありがとう」「お嬢さん、かっこいいいね」「あっ、女性にかっこいいは、良くないのかな?」
優子「いえ、そんなことありません」「嬉しいです」
老紳士「そうか、なら良かった」
老紳士は優しげな笑みを浮かべる。
二人で、ベンチに並んで座る。
優子「そうでしたか、お孫さんい会いに行く途中だったんですね」
老紳士「うん、実は、孫とはもう随分会ってなくて、一目で言いから顔を見たいと手紙を送っているんだけど、いつも返事がないんだ」
優子「それは、寂しいですね……」
老紳士「でも、最近、結婚したと聞いてね、相手の人がどんな人なのか気になっていたんだ」
優子(お孫さんのことが、心配なのね)
老紳士「それにしても、素敵なスカーフだね」
老紳士の視線は、優子の肩にかけられたスカーフに向いている。
優子「ありがとうございます」「……夫に、プレゼントしてもらったんです」
嬉しそうに微笑み、スカーフに触れる優子。
老紳士「優しいご主人なんだね」
優子「はい、とっても」
優子の無邪気な笑みに、老紳士の瞳の奥が、僅かに見開かれる。
優子「よろしければ、道案内をさせてください」「帝都は人が多いですし、電車も多くて分かりずらいでしょう」
老紳士「ありがとう」「でももういいんだ」「知りたかったことが知れたから」
優子「え……?」
そう言って、老紳士は優子を見てにっこりと笑う。
そんな老紳士に、優子は首を傾げながらも笑みを返す。
そこに多江が戻ってくる。
多江「お待たせいたしました」
優子「多江さん」
多江「一人にしてしまってすいません」「大丈夫でしたか?」
優子「平気です」「この方が、お話相手になってくださいましたから」
振り向くと、もうそこに老紳士はいない。
優子「あれ……?」
辺りを見回す優子。しかし、老紳士の姿はどこにもない。
優子(どこに行ったのかしら……)
○帝都・路地裏
スーツを着た男のエスコートで、黒塗りの車に乗り込む老紳士。
老紳士「素敵な人だったよ」
運転席に乗り込んだスーツの男は、鏡越しに老紳士を見る。
スーツの男「左様ですか」
老紳士「また会えるのが楽しみだ」「優子さん」
○屋敷・玄関前・夕方
優子が屋敷に戻ると、玄関の前に、だるそうに壁に寄りかかっている薊がいる。
優子「まだいらっしゃったんですか」
薊「お前を待っていたんだ」
優子「……私を?」
薊「頼みがあんだ」
真剣な薊の表情。
薊は多江を一瞥する。
優子「先に入っていてください」
多江「分かりました」
多江が玄関に入ると、優子は問う。
優子「それで、頼みとは?」
○屋敷・居間・夜
食事をする優子と青紫、多江の三人。
優子「……」
正面に座る青紫の様子を伺う優子。
青紫は流れるような美しい所作で、食事をしている。
○優子・過去回想シーン
薊「弟の誕生日パーティーに行くように、あいつを説得してほしいんだ」
優子「弟さんの誕生日パーティーですか……?」
優子(青紫さん、弟がいたんだ)
薊「あいつが一門の連中に良く思われていないのは、お前も知っているだろ?」
優子「……はい」
優子モノ『半妖である青紫さんは、異端な存在とみなされ、一門からは孤立している』
薊「でも、弟とは仲が良かったんだ」「あいつだって、本当は弟の誕生日を祝いたいって思っているはずだ」「俺の言うことには耳を貸さないが、お前の話なら別だろ?」
○現在に戻る
青紫「この鮭、とても美味しいです」
多江「その鮭、魚屋さんで優子さんが見つけてくださったんです」「ねえ、優子さん」
優子(何て切り出せば……)
考え込む優子。
多江「優子さん……?」
優子「え?」
優子が顔を上げると、青紫と多江が不思議そうに優子を見ている。
多江「どうしました?」「ぼーっとしているようですか」「もしかして、熱でもあるんじゃ……」
優子の額に片手を伸ばし、熱を測ろうとする多江。
優子「い、いえ!」「なんでもありません」
そう言い、優子は食事をする。
そんな優子を青紫は気にしている様子。
○優子の寝室・夜
布団の上に体を倒し、天井を見上げる優子。
優子(結局、言えなかった)
寝返りをうち、横を向く優子。※ドアがある方とは反対側。
優子(薊さんはああ言っていたけど、青紫さんは本当のところ、どうしたいんだろう……)
優子「はぁ……どうしよう」
言いながら、再び天井を見上げる。
青紫「何がですか?」
いきなり、真上に青紫の顔が見え、優子は驚いて上体を起こす。
青紫はさっと顔を避ける。
優子「青紫さん……!」「い、いつの間に……!?」
驚く優子に、青紫は笑みを浮かべている。
青紫「声をかけたのですが、返事がないので入りました」
優子「そ、そうでしたか……」
胸に片手を当てる優子。
優子(心臓に悪い……)
青紫「考え事ですか」
言いながら、優子の目の前に正座をする青紫。
青紫「食事の時も浮かない顔をしていましたが、何かありましたか?」
自分を気にかけてくれる青紫に、優子は徐に口を開く。
優子「……九条さんから、弟さんの誕生日パーティーのこと、聞きました」
優子の言葉に、青紫は腑に落ちた顔をする。
青紫の顔色を伺いながら、優子は聞く。
優子「行かなくて、いいんですか……?」
青紫は少し考えた様子を見せると口を開く。
青紫「優子さんには、黒羽一門のことについて、あまり詳しく話していませんでしたね」
「黒羽一門は、四百年ほど前からあやかし祓いをして、この地を治めてきました」「現当主は、私の祖父である黒羽一縷」「本来であれば、祖父の跡を継ぐのは娘である私の母でしたが、母は一族から波紋とされました」「妖怪である父を愛したから」
優子(これは、前に九条さんも言っていた)
青紫「黒羽一族は古くからの慣わしで、継承者候補である者が十八の誕生を迎えた際、現頭首により、次の当主が決められる」
優子「……もしかして、今回の誕生日パーティーは……」
青紫は頷く。
青紫「私か弟の美月、どちらかが当主候補ですが、禁忌をおかした母の子で、半妖である私は、頭首の座には相応しくない。それが一族の考えです」「ですので、次期頭首は弟に決まっているようなものです」
優子「そんな……」
優子(妖怪の血を引くことが、そんなのにもダメなことなの……?)
青紫「……家を出たのは、自分の居場所がそこにはないことを知っていたからです」「だから独立して、一人で仕事をすることにした」「祖父からは屋敷に来るようにと手紙をよこされていますが、気が進まず、家を出てから、一度も屋敷へ戻っていません」
優子(家族の誕生日だから行った方がいい。そう思っていたけど、青紫さんにとって家族は、自分に敵意を向けてくる存在)(……私だって、血の繋がりがあっても、幸せではなかった)(気が進まないのは、当然のこと……)
青紫「弟を祝いたいという気持ちはあります。もう随分会っていませんし、成長したあの子を、一目見てみたい」「それに、祖父にも顔を見せてやらねばと思ってはいます」
複雑そうな顔をしながらも、どこか寂しげな青紫。
そんな青紫に、優子はハッとする。
優子(青紫さん……もしかして、一人で行くのが心細いのでは)(本当に行きたくないのなら、こんなこと、言わないはず)
優子「あ、あの……!」「よかったら、一緒に行きませんか?」
青紫「え?」
優子「ほら、私も一度、お祖父様にご挨拶しないといけないなと思っていましたし、せっかくなので、弟さんの誕生日もお祝いしたいです」
青紫「でも、私をよく思っていない連中の中に行くのは、少なからず、妻であるあなたにも、嫌な思いをさせてしまうかもしれません」
優子「私はそんなこと気にしません」「知っているでしょう? 私は悪意なんかに負けるような、やわな女じゃない」「それに……青紫さんがいれば、何も怖くない」
青紫「優子さん……」
優子「行きましょう青紫さん、一緒に」
優子が笑顔でそう言うと、青紫は少し照れたように優しい笑みを浮かべ頷く。
青紫「……はい」
優子モノ『かくして、私たちは、黒羽一門の本邸に行くことになった』
○黒羽家・本邸・昼
庵の運転で黒羽家の本邸を訪れる優子と青紫。
格式高い門構えに、優子は思わず気迫負けしそうになる。
優子(これは……なんというか、すごい迫力ね……)(名門一族とは知っていたけど、ここまで風格のあるお屋敷に住んでいたとは)
隣に立つ青紫は、少し強張った表情をしているように優子には見える。
優子はそっと青紫の片手を握る。
青紫が優子を見ると、優子は微笑む。その笑みに、青紫は安心したような笑みを浮かべると、優子の手をぎゅっと握り返す。
大きな門が音を立て開かれると、中にスーツを着た若い男性が立っている。スーツの男は丁寧に背中を丸め、優子たちに向かって一礼する。
鶴岡「お待ちしておりました。青紫様、優子様」
青紫「彼は鶴岡といい、頭首の側近をしている者です」
鶴岡(つるおか)青紫の祖父、一縷との側近 美月の世話係
会釈をする鶴岡に、優子も会釈を返す。
鶴岡「どうぞこちらへ」
鶴岡の案内で、優子たちは敷地に足を踏み入れる。
屋敷の敷地には和の庭園が広がっていて、紅葉が辺りを彩る。鯉がいる池、その上は橋がかけられている。
門から屋敷まで距離があり、優子は青紫に手を引かれながら橋を渡る。
屋敷内に入り、連絡通路を歩いていると、後ろからドタバタと誰かが走ってくる音がする。
?「青紫兄さん……!」
すらっとした背の高い、細い少年が後ろから青紫に抱きつき、二人の手が離れる。
青紫は驚いたように振り向く。
青紫「美月……?」
優子(美月……ということは、この人が、青紫さんの弟さん)
美月は愛らしい笑みを浮かべながら、青紫に抱きつく。
美月「会いたかったよ兄さん!」
青紫は少し困惑したように、美月を見る。
青紫「美月……本当に美月なのですか?」
美月「そうだよ」
大人っぽい見た目とは相まって、幼い笑みを浮かべる美月。
青紫「……驚きました」「背もすっかり伸びて」
二人の身長はほぼ同じ。
美月「兄さんの弟だからかな。背はぐんぐん伸びたよ」
黒羽美月(くろば みづき)青紫の弟 雰囲気のある美形
スーツの男「美月様、廊下を走るのは危ないです。おやめください」
手を後ろで組むと、美月は照れ臭い笑みを浮かべる。
美月「ごめんごめん、兄さんが来てるって聞いて嬉しくて」「招待状は欠席だったから、会えないと思っていたから」
そう言うと、美月は優子を見て目を丸くする。
美月「ねぇ、もしかして、この人が兄さんの奥さん?」
青紫「ええ、あなたにも紹介します」「妻の優子さんです」
優子「はじめまして、優子と申します」
美月「はじめまして、弟の美月です」「会えて嬉しいです」
笑顔で片手を出され、優子は美月の手を握り握手をする。
鶴岡「美月様、そろそろお着替えを」
美月「あ、そうだね」
美月は部屋着の着物を着た自分の姿を見て、思い出したように言う。
青紫「じゃあ、兄さんまたあとで!」「優子さんも!」
美月は笑顔で青紫と優子に手を振り去っていく。
鶴岡「では行きましょう」
○黒羽家・当主別邸
連絡通路を抜けると、屋敷の一角にある部屋の前で、鶴岡の足は止まる。襖の前に跪くと、頭を垂れ下げる。
鶴岡「頭首、お見えになりました」
一縷「入りなさい」
一縷の声に、鶴岡は襖を開ける。
青紫と優子は部屋の中に入り、鶴岡は襖の外で待機する。
一縷「久しぶりだね、青紫」
青紫「お久しぶりでございます、お祖父様」
座布団の上にあぐらをかき、座る一縷。膝の上には、ふわふわとした毛並みの可愛らしい猫がいる。
優子(この方が、青紫さんのお祖父様で、黒羽一門を率いるご頭首)
黒羽一縷(くろはね いちる)青紫と美月の祖父、黒羽一門の頭首。白髪で小柄な穏やかなお爺さん。
一縷「優子さんも、元気だったかい?」
優子「……え?」
一縷の言葉に、優子は拍子抜けしたようになる。
優子(まるでどこかで会ったことあるような言い方……)
優子はじっと一縷のことを見る。
優しく微笑む一縷。その姿に、優子はハッと思い出す。
優子「あの時のお爺さん……!」
一縷「思い出してくれたかな」
青紫「二人は知り合いなのですか?」
隣で首を傾げる青紫。
優子「多江さんと帝都に行った時にお会いして……」
一縷「転んでしまった私を、優子さんが助けてくれたんだよ」「あの時はありがとうね」
優子「いえ……」
優子(なんて偶然なの。あの時、助けたお爺さんが、青紫さんのお祖父様だったなんて)
一縷「立ち話もなんだから座って」「二人と話がしたくて、パーティーの時間よりも少し早く呼んだんだ」
青紫と優子は一縷の正面に腰を下ろす。一縷の膝の上に座っていた猫が青紫と優子の元に来て、交互に二人に擦り寄る。
一縷「ミミも二人を歓迎しているみたいだね」
ミミ 一縷の愛猫。青紫が屋敷いる頃から飼っている。首に鈴がついたリボンをしている。
優子がミミの頭を撫でると、ミミは気持ちよさそうに目を細める。
青紫「ご体調はいかがですか」
一縷「うん、最近は調子がいいよ」「昨日はミミと庭園を散歩もしたしね」「今日は青紫たちが来てくれたから、もっと元気が出たよ」
優子(お祖父様、本当に青紫さんに会いたかったのね)(あの時も、そうおっしゃっていたし)
一縷「今日はゆっくりしていけるのかな?」
青紫「ええ、美月の誕生日ですし」
青紫がそう言うと、一縷は嬉しそうに笑う。
青紫を見ながら、ミミが鳴く。
一縷「散歩に付き合ってほしいみたいだね」
青紫「仕方がありませんね」
青紫は立ち上がると、ミミの後を追って、部屋を出てく。
優子「あの、ご挨拶が遅くなってしまい、申し訳ありません。もっと早くに、こちらにお伺いするべきだったのですが」
謝る優子に、一縷は優しい笑みを浮かべる。
一縷「優子さん、ありがとね」
優子「……え?」
一縷「優子さんが、青紫を連れてきてくれたんだよね」
優子「い、いえ、私は何も」
一縷「あの子は変わった。以前のあの子は、誰も寄せつけず、いつも一人だった」※屋敷で一人、本を読んだり、どこか遠くを見つめる青紫。そんな青紫を心配そうに見つめる一縷の絵。
「その背中はとても寂しそうで、この子は生涯、ずっとこうして生きていくのかと、不安だったんだ」
昔の青紫を思い出して、一縷は思い詰めたような表情をする。
優子「……お会いしたばかりで、こんな質問は不躾だと承知なのですが……」「私、ずっと気になっていたことがあるんです」「青紫さん本人には、聞きづらくて」
一縷「なんだい?」
優子は膝に置かれた両手をぎゅっと握る。
優子「青紫さんのご両親は、今、どちらに」
一縷は間を空けると答える。
一縷「亡くなったんだ」
その言葉に優子は目を見開く。
優子「……そう、でしたか……」
大きく落胆する優子。
優子(心のどこかでは分かっていた)(きっともう、青紫さんのご両親はこの世にはいないのだと)(だけど、その言葉を聞くまでは信じてなかった)(信じたく、なかった……)
一縷「あの子の母親である恵は、八咫烏の妖怪と一緒になって、家を出たんだ」「でも、あの子を身籠もってから、屋敷を訪ねてきたんだ」
○一縷・過去回想シーン
雨の中、大きなお腹を抱え現れた恵に、一縷は驚きを隠せない。
屋敷の中に招き入れると、緊迫した空気で向き合う一縷と恵。
恵「私はこの子を産みます」
一縷「何だって?」
一縷モノ『耳を疑った』『妖怪の子を、人間である娘が産めるはずがないからだ』『妖力の強さに、母体は耐えきれない』
一縷「そんなことをすれば、お前は死んでしまう」
一縷の言葉に、恵は小さく悲しげな笑みを浮かべる。
恵「彼にも同じことを言われました」
一縷はハッとした顔をする。
一縷「彼はどうしたんだ」「大きなお腹を抱えたお前を一人にして、何をしているんだ」
一縷がそう尋ねると、恵は今にでも泣き出してしまいそうな弱々しい顔で、懸命に笑って見せる。
一縷「恵……」
一縷モノ『強気な娘が初めて見せた弱気な顔に、私は悟った』『お腹の子の父親は、もうこの世にいないのだと』
恵「私はこの子を産まない選択をするつもりはありません」
大事そうに、慈しむような眼差しを向け、お腹に両手を当てる恵。
恵「わがままばかり言って、親不孝な娘でごめんなさい」「だけど、この子だけは、お願い……」「この子は、私たちが愛しあった証……」「彼と……私の子……」「だから、何があっても守りたい」
そう、恵は幸せそうにも、切なく笑う。
一縷モノ『その顔が、今も胸に焼き付いて離れない』
○現在に戻る
一縷「あの子を産み、恵は亡くなった」「それから、あの子は黒羽家の者として、私が育てた」「しかし、一門の者は、あの子を黒羽の者と認めなかった」「幼いなりに、あの子も周りからよく思われていないことを分かったのだろう」※幼い青紫がみなの輪を外れ、一人立ち尽くす絵。「段々と心を閉ざし、笑うことすらしなくなった」
家を出たのは自分の場所がないと分かっていたから。そう言っていた青紫を、優子は思い浮かべる。
一縷「あの子は、なぜ自分が生まれたのかをいつも自問自答しているようだった」「その問いに悩まされ続けたせいで、生きる意味すらも失っているように見えた」
心を痛める優子に、一縷は俯けていた顔を上げると、優子を見て微笑む。
一縷「だけど、あの子は君を愛した」「君の存在が、あの子の生きる意味なんだ」「ありがとう、優子さん、あの子の傍で生きると決めてくれて」「ありがとう、あの子を愛してくれて」
優子「お祖父様……」
一縷の言葉に、優子は涙腺が熱くなるのを感じる。
優子「私の方こそ、青紫さんの傍で生きられて、幸せです……」
優子の言葉に、一縷は微笑みながら、何度か頷く。
そこに、青紫とミミが戻ってくる。
優子は急いで、浮かび上がってきていた涙を払う。
青紫「散歩はやめだそうです」「相変わらず、気分屋な猫ですね」
青紫のその言葉に答えるように、ミミは鳴き声を上げ、優雅に歩きながら、一縷の膝の上に戻る。
青紫「結局、そこがいいのですね」
青紫は肩を落とし笑うと、優子の隣に座る。優子を見ると、少し赤くなった瞼にそっと指先で触れる。
青紫「大丈夫ですか?」「もしや、アレルギーをお持ちで?」
優子「い、いえ」「ちょっと擦ってしまっただけです」「大丈夫ですから」
青紫「そうですか?」
青紫は触れていた指先で、優しく優子の瞼を撫でる。
そんな二人を、一縷は微笑ましそうに見つめる。
優子(青紫さんのご両親が亡くなっていたことは、とても悲しい)(だけど、青紫さんは、お二人に愛されていた)(それを知れて、よかった)
優子は愛おしそうに自分を見つめる青紫に微笑みを返す。
○庭園・パーティー・昼・青紫side
庭園は多くの人と妖怪で賑わって、立食型のパーティーを楽しんでいる。
少し離れたところには美月がいて、招待客に囲まれている。
そんな美月を青紫が見ていると目が合う。美月はニコッと笑う。青紫も笑みを返す。
優子「美月くん、人気者ですね」
青紫「昔から、愛嬌もあって社交的ですから、目上の者にも可愛がられるタイプです」
美月の周りには、同じ歳くらいの女の子たちもいる。
優子「それに、女性にもモテるみたいですね」
そっと青紫に耳打ちをする優子。
招待客一「どうして青紫様がいるの」
招待客二「美月様が呼んだそうよ」「美月様、お優しいから」「それに、今日は次期頭首の発表もあるし」「まあ、次の頭首は美月様に決まっているようなものだけど」
招待客一「青紫様も不運なものよね、名門一族である黒羽家の血を引いて、祓い屋としても美月様と肩を並べるぐらいご優秀なのに、お父上が妖怪であるばかりに……」
青紫「……」
青紫モノ『物心ついた時から、自分の噂話は、影のように付き纏っていた』
青紫(今回もされるだろうと思ってはいた)(以前なら耳に入れたくなくて、来なかっただろうに)
青紫は隣にいる優子を見ると、優子は背筋を伸ばし前を向いている。
青紫(気後れせず、堂々としている)(その自信ある姿勢に、いつも助けられている)
優子「どうかされましたか?」
青紫の視線に気づき、青紫を見上げる。
首を傾げる優子に、青紫は優しい笑みを浮かべる。
青紫「いえ、なんでもありませんよ」
青紫モノ『幼き日、孤独を感じていたこの場所、それはもう過去』『今、この場所は、彼女との美しい人生の一ページとなる』
青紫(彼女の存在が、想像以上に、私を強くしている)
優子「私、飲み物、とってきますね」
青紫「ええ」
青紫の傍を離れる優子。
入れ違いで、一縷がやって来る。後ろには鶴岡も一緒にいる。
一縷「どうだい、パーティーは楽しんでいるかい?」
青紫「それなりに」
一縷「そうかいそうかい」
穏やかな笑みを浮かべる一縷。
一縷「お前は優子さんの前では、優しく笑うのだな」
青紫「……」
青紫(ずっと見てたんだな)
冷めた青紫の目に、一縷はおかしそうに笑う。
青紫「あなたが帝都に行くなんて、珍しいこともあるんですね」「ミミとお屋敷で過ごすのが、何よりも穏やかな時間でしょうに」
微笑みを浮かべ何も答えない一縷。
青紫「優子さんに会いに来たのでしょう?」
一縷「バレたかい?」
素直すぎる一縷に、青紫は面食らう。
青紫「まったく……」「あなたと言う人は……」
言いながら、小さくため息をつく青紫。
一縷「お前が結婚したと聞いて、相手がどんな人なのか、見てみたかったんだ」
青紫「それで、彼女を調べたんですね」
一縷「まさか、見える側のお嬢さんとは、思わなかったけどね」
飲み物を取りに行った優子は、妖怪たちと談笑している。そんな優子を見る二人。
一縷「でもだからこそ、お前の苦しみも悲しみも、理解してくれるのかもしれないと思った」
青紫「……それで、あなたの目に、彼女はどう映ったのですか」
一縷「そうだね……」「強気で、物怖じしない。それでいて、脆く繊細な一面もある」
優子を見つめたまま、懐かしそうに目を細める一縷。
一縷「お前の母親に、よく似ている」
青紫モノ『表面上では屈託のない笑みを浮かべ、心の中は憎しみと悲しみに暮れていた』『そんな私を、彼女の愛が癒してくれた』
青紫「ずっと……自分が生まれた意味を探し求めていました」「彼女に出会って、それがようやく何か分かった」「きっと私は……彼女を愛するために、生まれてきたのでしょう」
一縷「青紫……」
青紫がそんなことを言うとは思わず、一縷は驚く。
快晴の空を見上げた一縷は、何かを決心したような表情を見せる。
○庭園・パーティー ・昼・優子side
薊「作戦は成功したんだな」
優子が振り向くと、そこには正装姿の薊がいる。
優子「薊さん」「姿がないので、来られないのかと思いましたよ」
薊「来る前に、仕事を一本片付けてたんだ」
言いながら、薊は素手で料理を掴んで食べる。
優子「お行儀が悪いですよ」「それでも旧家のご当主ですか」
薊「堅苦しいのは嫌いなんだよ」「この服も早く脱ぎたい」
苦しそうにネクタイを緩める薊。そんな姿に、優子は肩をすくめると、お皿と箸を取って薊に渡す。薊は礼を言いお皿を受け取ると、料理を取っていく。
薊「青紫、楽しそうじゃねーか」
薊の視線を追うと、そこには一縷と話す青紫がいる。青紫の表情は穏やか。
優子「久しぶりにお祖父様に会えて、嬉しいのでしょう」
薊「まあ、なんだかんだ言って、あいつもこの家に戻ってこられたのは、よかったんじゃねーの」
料理を食べ進める薊の隣で、優子は一縷と談笑する青紫を見つめる。
優子(本当に、そうね)
美月「優子さん」
優子の前に、笑みを浮かべた美月が立つ。
優子「美月さん」
美月「さっきはバタバタだったから、改めて話がしたくて」
優子「お気遣いありがとうございます」「遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます」
美月「ありがとうございます」「優子さんにも祝ってもらえるなんて、今日は本当に良い日だな」
そう言い、美月はにっこりと笑うと、優子の隣にいる薊に気づく。
美月「薊さん、来てくださったんですね」
薊「ああ……誕生日おめでとう」
美月「ありがとうございます」
そう言うと、薊は背を向けどこかへ行こうとしてしまう。すかさず優子は薊の腕を掴む。
優子「二人にしないでくださいよ」
薊「なんだお前、人見知りするタイプだったのか」
優子「そういうわけではないですけど……」
優子(どうしてか、美月さんを前にすると、落ち着かなくなってしまう)
優子「いいではありませんか、少しくらい居てくれても」
薊「嫌だね、お前の護衛は夜会の時に懲りた」
そう言われ、仕方がなく薊の腕を離す優子。
薊「……俺、あいつ苦手なんだよ」
優子「あいつって、美月さんのことですか?」「……どうして?」
薊「なんていうか、いつも笑顔で、腹の中じゃ何考えてるのか分かんねー感じがして」「青紫の弟だから、大目にみてるが」※声を顰め、話す二人。
後ろを向き、美月を一瞥する優子。
美月は笑みを浮かべ優子と薊を見ている。
優子(あんな可愛らしい人が?)
薊「どうしても二人が嫌なら、青紫にでも一緒にいてもらえばいいだろ」
優子「あっ」「薊さん……!」
そう言うと、薊はどこかに行ってしまう。
美月「話は終わった?」
優子「えっと……」「はい……」
優子がそう答えると、美月は優子の横に回り、自分の両腕で優子の腕をぎゅっと掴む。
美月「ねぇ、せっかくだから少し散歩しない?」「優子さんから兄さんの話が聞きたい」
そう言うと、優子の返答を待つ間もなく、美月は優子の腕を引き、庭園を離れていく。
○庭園・橋の上
橋に向かいながら、腕を組み歩く優子と美月。
美月「優子さん、歳はいくつ?」
優子「十八になります」
美月「同じ年だ!」「じゃあ、僕のことは美月って呼んで」
優子「えっ」「ですが……」
優子(次のご頭首になられる方を、そんな気安く呼ぶなんて)
美月は優子から腕を離すと、前に回り込み、両手を合わせお願いのポーズをする。
美月「お願い!」「同じ年の人なんて、滅多にいないんだ」「僕、祓い屋の家業を継ぐために学校にも通ってないから、友達だって言える人もいなし……」「僕たちは家族だけど、友達みたいに気軽な関係でいたい」
懇願の眼差しを向けてくる美月に、優子は折れる。
優子「私でよければ」
美月「ありがとう優子!」
そう言い、美月は優子に抱きつく。
橋に両腕をかけ、池の中にいる鯉に視線を向ける美月。優子はその隣に立っている。
美月「へーじゃあ、優子からしたら、兄さんはヒーローみたいなものだね」
優子「そ、そうね……」
優子モノ『まさか、馴れ初めを聞かせてほしいと言われるとは思わなかった』※青紫が火の中から優子を助けたことを知り、美月は目を輝かせている絵。
美月「兄さんって、昔からそうなんだよね」「正義感が強くて、努力家、一人でなんでもできちゃう天才肌」
優子「確かに、青紫さんは一人でなんでもできる人だけど」「時々、私を頼って甘えてくれることもあるの」
美月「へー……」「兄さんは、優子さんを信頼しているんだね」
優子「信頼……」
優子(そうだったら、いいな)
美月「……僕の助けなんて、必要としたことないのにな」※優子には聞こえていない。
優子「え?」
美月の表情には影が落ち、その瞳は孤独を抱えているよう。
優子(美月……?)
優子が伺うように美月を見ていると、パッと笑顔になる。
美月「なんでも一人で抱え込んでしまうような人だから、優子のように優しそうな人が傍にいてくれて、僕も安心だよ!」
美月は優子の両手を握る。
美月「兄さんと結婚してくれて、ありがとう」
にっこりとした笑みを浮かべる美月。
優子(一瞬だけ垣間見えたあの表情は、気のせい……?)
青紫「優子さん」
その声にハッとして振り向くと、いつの間にか、青紫が立っている。
優子「青紫さん」
青紫に気づいた優子は、パッと美月から両手を離し、青紫の元へ。
美月は離れていく優子の手に視線を落としている。
青紫「ここにいらしたんですね」「姿が見えないので、心配しました」
優子「すいません」
優子(一言、声をかけるべきだった)
美月「ごめん兄さん、僕が彼女をここへ連れてきたんだ」「二人で話がしたくて」「ね、優子」
そう言い、美月は親密そうに後ろから優子の肩に片手を置く。
優子「は、はい」
青紫は優子の肩に乗せられた美月の手を見る。
そして、切り替えるように笑みを浮かべる。
青紫「そうでしたか」「お祖父様からお話があるそうなので、戻りましょう」
美月「はーい」
返事をすると、美月は先を歩く。
優子もその後を追う。そんな優子を青紫は横目で見ている。
○庭園・パーティー会場
一縷「本日は、孫の美月の誕生日パーティーにお越しくださいまして、ありがとうございます」「半世紀近く頭首として一門を率いてきましたが、私ももうすでに老耄の身」「美月も十八になり、一つの節目を迎えた今日、次の世代にバトンを繋ぎたいと思います」「この場を借りて、皆さんにご報告を」
一縷の言葉に、会場にいる全員が息を呑む。
一縷「次の頭首は__青紫」「彼にお願いしようと思います」
一縷の言葉に、会場は一気にどよめきだす。
招待客三「どうして青紫様を」
招待客四「美月様はどうされたんだ」
優子(一体、何がどうなって)
青紫「お祖父様」
青紫も驚きを隠しきれず動揺する。
招待客五「やっぱり、ご自分のお孫さんを選んだんだわ」
招待客六「美月様、お可哀想に」
優子(……え?)
近くに立っていた招待客の言葉に、優子は反応する。
優子「あの、それって、どういうことですか」
招待客の二人は顔を見合わせると話す。
招待客三「美月様は、ご頭首様が引き取った養子なのよ」
優子「養子……」
美月は発表を受け止めきれず、呆然と立っている。
招待客五「でも、青紫様は妖怪の血を引いてられるのよ」
招待客六「それさえなければ、適任なんだけどな……」
パーティーの参加者たちは混乱し、みな口々に話だし、騒がしくなる。
青紫「お祖父様、一体、どういうことですか」
一縷「言った通りだよ」「次の頭首は青紫、お前だ」
その場にいるのが耐えられず、美月は走り去ってしまう。
青紫「美月……!」
青紫は美月を追おうとするが、鶴岡と共に会場を後にしようとする一縷に足を止める。
青紫「お祖父様、お待ちください……!」「話はまだ終わっていません」
言いながら、美月を気にする青紫。
そんな青紫の腕に片手を置く優子。
優子「美月は私が」
青紫「優子さん……」
優子「大丈夫です」「行ってください」
青紫「……分かりました」「お願いします」
青紫は一縷を追い、パーティー会場を後にする。
○黒羽家・本邸・廊下
屋敷の廊下に腰を下ろす美月を優子は見つける。
優子「……」
優子はできるだけ明るく、美月に声をかける。
優子「美月」
俯いていた美月が優子を見て、無理に笑みを浮かべる。
美月「優子……」「僕を追いかけに来てくれたの?」
優子「そうよ」
言いながら、優子は美月の隣に腰を下ろす。
美月「次の頭首が兄さんだなんて、やっぱり、血の繋がりがない僕なんて、お祖父様は好かないよね」
優子「そんなこと……」
美月「いいんだ」「分かっていたことだし」
優子「美月……」
美月は両足を折り曲げ、体を丸める。
美月「僕には祓い屋の才能があるって、お祖父様は言ってくれた」「みんなも、僕が次の頭首になるんだって」「兄さんは優秀だけど、半妖だからなれないって」「……僕は、期待に応えるために、ずっと頑張ってきた」「なのに……これはあんまりだ……」
優子「美月……」
塞ぎ込む美月に、優子はかける言葉が見つからず、その横顔を見つめることしかできない。
○黒羽家・本邸・寝室・夜
寝室に戻ると、青紫の姿がある。
青紫「美月は」
優子は首を横に振りながら、青紫の正面に座る。
優子「かなり落ち込んでいて、なんと言葉をかけていいのか……」「すいません、何もできず」
青紫「いえ、優子さんが謝ることではありません」「今夜は、ここに泊まることになりそうなのですが、大丈夫ですか」
優子「はい、多江さんには、後で連絡しておきます」「それで、お祖父様の方は」
青紫「お前が次の頭首だ……との一点張りで」
優子「そうですか……」
優子(お祖父様には、お祖父様のお考えがあるのだろうけど……)
優子の頭には、落ち込んでいる美月の姿が思い浮かぶ。
優子「あの……」「美月が養子だっていうのは、本当なんですか」
青紫は少し間を開けると、目を伏せ話す。
青紫「ええ、本当です」
優子「……そうなんですか」
青紫「美月は妖怪が見えることで、両親から気味悪がられ捨てられた」「食べ物を探し森を彷徨っていたところ、妖怪に襲われ、居合わせたお祖父様に助けられ、黒羽家に来ました」※一縷に助けられる美月の絵。「当時、美月は五歳と幼く、小さく弱いあの子は、この世界の全てに絶望し、その瞳は空っぽでした」※虚な小さな美月の絵。「……しかし、美月は妖力が強く、良くも悪くも祓い屋としての才能を開花させた」「それからはのめり込むように、妖術を学んでいきました」
優子モノ『見えることで、周りから厄介者使いされる……その辛さは、痛いほどよく分かる』
青紫「力があの子を救った」「でも同時に、力に支配されている」「私は、いつかあの子が、その大きな力に飲み込まれてしまうのではないかと心配です」
優子モノ(血の繋がりが全てではない。青紫さんが美月を思う気持ちは本物……美月はああ言ってけど、お祖父様だって、美月を大切に思っている)
青紫は伏せていた目を優子に向け笑みを浮かべる。
青紫「今日は疲れたでしょう」「早めに休みましょう」
そう言うと、青紫は寝室を出て行こうとする。
優子「え、ここで寝ないんですか?」
優子の問いに、襖を開けようとしていた青紫は一時停止する。振り向くと、優子の前にしゃがみ込み、優しく微笑む。そして、優子の額に触れるだけの優しいキスをする。
優子は恥ずかしくて俯く。
青紫「これでも一応、嫉妬しているんですよ」
優子「……え?」
優子(嫉妬……?)
青紫「婚約者であった誠一郎さんのことや、親しくしている美月」「あなたが、私、以外の誰かと仲良くしているのを見ると、こう……胸がモヤっとするんです」
言いながら、青紫は片手で胸の辺りを抑える。
青紫「……こんな気持ちも、初めてです……」
優子(青紫さんが嫉妬しているなんて……)(なんか……嬉しい、かも)
青紫「一緒に来てくださって、ありがとうございます」「あなたがいなければ、今日を迎えることはできなかった」
優子「……私は何も……」「でも、青紫さんのために何かできているのだとすれば、それは、とても嬉しいことです」
頬を染めた優子は、花が満開に咲き誇るような笑顔を青紫に向ける。
青紫はそんな優子に心奪われたかのような表情をすると、ぐっと気持ちを堪えるように背中を丸め、優子の肩にトンっと額を置く。
優子「あ、青紫さん……?」
青紫の顔がすぐ近くにあり、優子の体には力が入り、心臓を高鳴らせる。
青紫「これ以上、私を煽らないでください。我慢しているんですから」
優子「え……?」
優子(あ、煽る……?)
青紫「……昔……一度だけ、妖力が暴走して、自我を忘れたことがあるんです」※妖怪化した青紫が、一門に取り押さえられている絵。「あなたとの関係をもっと先に進めたいと思っています」「ですが、妖怪化した私が、あなたを傷つけてしまうかもしれないと思うと怖い」
優子(青紫さんは、私を失うことを、一番、恐れている……)
優子「青紫さん……」「あなたは私を傷つけたりしないです」
青紫「そんなこと、分からないじゃないですか」
優子「いいえ、分かるわ」「あなたは私を傷つけない」
優子は青紫の片手を掴むと、両手でぎゅっと握り、自分の頬に添える。
優子「あなたのこの手は、いつも私を守ってくれている」
真っ直ぐに青紫を見る優子。
優子「あなたのその眼差しは、いつも私を優しく見つめてくれる」
言いながら、優子は青紫の額に自分の額を合わせる。
優子「だから、怖がらないで、私を拒絶しないで」
青紫「優子さん……」
二人は少しの間、見つめ合う。青紫に微笑む優子。そして、どちらともなく唇を重ね合う。
