◯産屋・夜
蝋燭の灯りを頼りに、呉竹さまが出産に臨んでいる。
呉竹さま「ああ!」
呉竹さまは全力でいきむ。その様子を障子の外から見ている女がいた。
ある女の口元ズーム。ニヤついている。
百合さま「代わりなさい。」
桜「え、でも、もう御子が…。」
百合さま「皇子さまの姫君に足をかけるような者に、御子を取り上げる資格はございませぬ。」
医官「では、百合さま、こちらへ。」
百合さまは医官のもとに行くと、呉竹さまの腹に馬乗りになり、子を出そうとする。
呉竹さま「百合! あなた、何を。」
百合さま「いきみだけでは足りぬのです。早く御子を出さねば、呉竹さまも…。」
呉竹さま「イヤー!!!」
御子が産まれるが、産声はない。呉竹さまの腕はダラんと横たわっていて、誰も何も音を出さず、シーンとしている。
お松「え? 呉竹さま、呉竹さま!」
お松が呉竹さまの肩をたたく。返事はなく上を向いて目をつぶっている。おかしいと感じたお松は心臓マッサージをし始める。
お松「呉竹さま、お願い、戻って…!」
◯産屋外・早朝
外に見える山々には霞がかかっていて、幻想的な景色。色とりどりの紅葉に加え、ゆっくりと雪も降ってきた。
外に出たお松は何も持たず、ただぼーっとその景色を眺めていた。横から侑仁が産屋を通りかかる。
侑仁「やっぱ、冬はつとめて、だな。」
お松「へぇ?」
侑仁「はぁ、枕草子だよ。『春はあけぼの』ってやつ。中学校で暗記させられたろ?」「なんか、こう、古典の本物の景色を見ると、じーんとくるものがあるよな。」「お松はどうか、知らんが。」※小声
お松「うん、そうだね。本物って…。」「本物の命って…。」※泣き崩れる
お松がしゃがみ込んで泣いていて、侑仁もその隣に寄り添って立っている。くっつきそうなくらい近い距離。
侑仁「では、あのウワサは…。」
お松「…。」※うなずく
白い小鳥が葉っぱをくわえて、産屋の屋根から飛び立つ。
◯女官宿坊・昼
仕事中だった女官たちが、宿坊に続々と集まってくる。
梅「お松! 大変だったわね。」
お松「うん、そうね。でも、呉竹さまのほうが…。」
梅「お松だって十分大変だったわ。もう5年も勤めてる私でも、こんなこと経験したことないもの。」
お松「そうよね。こんなこと、誰も、予想できやしなかったんだから…。」
梅「そういえば、桜はどうしたのかしら? お産の時から見てないけど…。」
お松「…。」※困った顔
その裏で、百合さまと侑仁が百合さま椅子のところに厳かにやって来る。
侑仁「皆に集まってもらったのは、他でもない。人事の動きがあるからにございます。」
百合さま「まず、去る者から。長く医官付きとして働いていた桜にございますが、都合により宮中を去ることとなられた。」「もう参内することは永久にございませぬゆえ、言付けや別れの品などあれば私まで。」「次に…」
梅「ちょっと待ってください! 都合によりって、どんな都合ですか? 何も聞いてなかったのに…。」「まさか、このお産がうまくいかなかったから…。」
百合さま「そこまで! 呉竹さまの死産と、桜のこととは、関係ございませぬ。」「なにより、御子さまを取り上げたのは、この私ぞ。」
梅「そうなの?」※小声
お松「うん。桜は…。」
百合さま「お松。それ以上言うでない。私の申し上げることがすべてであり、それ以上でもそれ以下でもない。」
お松は生唾を飲み込み、お口チャックの口で話を聞き続ける。
百合さま「では、続けよう。次に新たに迎える者にございますが、先の歌会で選ばれた姫君が来週より女官としてお勤めすることとなられた。なにとぞ。以上。」
◯奥の間呉竹殿・昼
1週間後。
奥の間呉竹殿で呉竹さまは1人、布団を敷いてそこに座って外の雪を眺めている。お松は床の間の一輪挿しの花を入れ替えている。
呉竹さま「もう1週間にございますか。」
お松「へえ。お嬢さまの初七日にございます。」
呉竹さま「ああ、この雪が充分積もる頃にお生まれとなるはずが。」「私のせいで…。」
お松「呉竹さまのせいではございませぬ。」
お松は呉竹さまの隣に寄り添い、肩に手を添える。奥の間の庭に、白い小鳥が1羽やってきてとまる。
呉竹さま「お松、そなたは見事であった。医官の話では、そなたの行動がなければ、私の命も…。」
お松「なにも、身体が勝手に動いただけです。」(うわぁ、マジで。保健の心配蘇生の話、ちゃんと聞いてて助かったぁ。)
呉竹さま「お松、これを。」
呉竹さまがお松に赤い帯締めの紐を手渡す。
お松「え!? 赤の帯締めって、たしか…。」
呉竹さま「いかにも。女御付きの女官、達人の証にございます。」
お松「そんなぁ、うち、そんなに仕事できないし。」
呉竹さま「何をおっしゃる。私の命を助け、こうして悲しみに寄り添ってくださる。充分達人にございます。」
お松「でもでもでも、私には、後ろ盾とかないし、出自も上手くいえないし…。」※小声 「そんな私にもったいないです。」
呉竹さま「もう、まったく。何をおっしゃるのか。」「…。」
お松、泣きながらうなずく。
◯廊下・夜
皆は寝静まっている中、お松は呉竹さまにもらった赤い紐を両手に持ち、月明かりに照らして、その紐を見つめている。
侑仁「おお、お松殿。ついに後ろ盾を手に入れられたか。」
お松「後ろ盾だなんて、そんな。」
侑仁「はぁ? 確かに呉竹さまは、そう、おっしゃられたぞ?」
◯回想:奥の間呉竹殿・昼
呉竹さま「この紐を後ろ盾に、登り詰めていらっしゃい!」
◯廊下・夜 に戻る
侑仁「な。」
お松「はぁ。」(ってかどこにでも現れんだよな、侑仁め。)※ちょっとイラついている
侑仁「私のように後ろ盾を得て、のびのびと過ごすのも良いが、帰る方法も見つけてもらわぬとなぁ。」
お松「え? 侑仁さんにも後ろ盾、いらっしゃるんですか?」
侑仁「気づいておらぬか。」
侑仁はお松から目を背け、女官宿坊のほうに目をやる。寝ている百合さまの様子。
百合さま「ハックシュン!」
お松「あぁ。通りでいつも一緒にいると思った。」
侑仁「まぁ、話せば長くなるが、私も仕事で百合さまに認められてな。それ以来、百合さまの指示で自由に仕事をさせてもらえてる。」
お松「あぁ、そう言うことね!」「なんか型にハマらない! って感じですもんね。」
侑仁「私のやりたいことと、百合さまがやって欲しいことをやっていると、このようになるのだ。」「夜の見回りもだし、女官には厳しい力仕事も、お主のような未熟者への指南も。百合さまって本当に気が効くと言うか仕事ができると言うか。」「できるやつに、仕事は来るからなぁ。」※ニコニコ嬉しそう
対照的にお松の顔は暗くなっていく。
侑仁「どうした? 気分でも。」
お松「ええ、悪いです。悪いですよ。」
侑仁「では、早く休まれたほうが…。」
お松は侑仁のあごを親指と人差し指をV字にしてつかみ、侑仁にタコの口をさせる。
お松「休むよりもはっきりさせましょう。」
侑仁「へにゃ?」
お松「『百合さま百合さま』って、侑仁さんは百合さまが好きなんですか?」「この、私の秘めたる思いは、無駄なのですか!?」
◯平安に来てからの回想
女官宿坊、夜。
侑仁「後の世より来ること、決して他言するでないぞ。」
お松(ずっと、私のそばにいた。)
蒼の宮寝殿、昼。
侑仁「違う! 上の間はこちらだ。」
お松(間違えたときも、)
宮中中庭、夕暮れ。
侑仁「やあ、女御さまのことを願う仕事人間。」
お松(からかうときも、)
蒼の宮上の間、朝イチ。
侑仁「さあ、私がお連れしますゆえ、早う。」
お松(真剣なときも。)
◯廊下・夜 に戻る
お松(こんなに一緒に居られたら、勘違いしちゃうよ?)
お松「私、侑仁さんが、好きです!」
蝋燭の灯りを頼りに、呉竹さまが出産に臨んでいる。
呉竹さま「ああ!」
呉竹さまは全力でいきむ。その様子を障子の外から見ている女がいた。
ある女の口元ズーム。ニヤついている。
百合さま「代わりなさい。」
桜「え、でも、もう御子が…。」
百合さま「皇子さまの姫君に足をかけるような者に、御子を取り上げる資格はございませぬ。」
医官「では、百合さま、こちらへ。」
百合さまは医官のもとに行くと、呉竹さまの腹に馬乗りになり、子を出そうとする。
呉竹さま「百合! あなた、何を。」
百合さま「いきみだけでは足りぬのです。早く御子を出さねば、呉竹さまも…。」
呉竹さま「イヤー!!!」
御子が産まれるが、産声はない。呉竹さまの腕はダラんと横たわっていて、誰も何も音を出さず、シーンとしている。
お松「え? 呉竹さま、呉竹さま!」
お松が呉竹さまの肩をたたく。返事はなく上を向いて目をつぶっている。おかしいと感じたお松は心臓マッサージをし始める。
お松「呉竹さま、お願い、戻って…!」
◯産屋外・早朝
外に見える山々には霞がかかっていて、幻想的な景色。色とりどりの紅葉に加え、ゆっくりと雪も降ってきた。
外に出たお松は何も持たず、ただぼーっとその景色を眺めていた。横から侑仁が産屋を通りかかる。
侑仁「やっぱ、冬はつとめて、だな。」
お松「へぇ?」
侑仁「はぁ、枕草子だよ。『春はあけぼの』ってやつ。中学校で暗記させられたろ?」「なんか、こう、古典の本物の景色を見ると、じーんとくるものがあるよな。」「お松はどうか、知らんが。」※小声
お松「うん、そうだね。本物って…。」「本物の命って…。」※泣き崩れる
お松がしゃがみ込んで泣いていて、侑仁もその隣に寄り添って立っている。くっつきそうなくらい近い距離。
侑仁「では、あのウワサは…。」
お松「…。」※うなずく
白い小鳥が葉っぱをくわえて、産屋の屋根から飛び立つ。
◯女官宿坊・昼
仕事中だった女官たちが、宿坊に続々と集まってくる。
梅「お松! 大変だったわね。」
お松「うん、そうね。でも、呉竹さまのほうが…。」
梅「お松だって十分大変だったわ。もう5年も勤めてる私でも、こんなこと経験したことないもの。」
お松「そうよね。こんなこと、誰も、予想できやしなかったんだから…。」
梅「そういえば、桜はどうしたのかしら? お産の時から見てないけど…。」
お松「…。」※困った顔
その裏で、百合さまと侑仁が百合さま椅子のところに厳かにやって来る。
侑仁「皆に集まってもらったのは、他でもない。人事の動きがあるからにございます。」
百合さま「まず、去る者から。長く医官付きとして働いていた桜にございますが、都合により宮中を去ることとなられた。」「もう参内することは永久にございませぬゆえ、言付けや別れの品などあれば私まで。」「次に…」
梅「ちょっと待ってください! 都合によりって、どんな都合ですか? 何も聞いてなかったのに…。」「まさか、このお産がうまくいかなかったから…。」
百合さま「そこまで! 呉竹さまの死産と、桜のこととは、関係ございませぬ。」「なにより、御子さまを取り上げたのは、この私ぞ。」
梅「そうなの?」※小声
お松「うん。桜は…。」
百合さま「お松。それ以上言うでない。私の申し上げることがすべてであり、それ以上でもそれ以下でもない。」
お松は生唾を飲み込み、お口チャックの口で話を聞き続ける。
百合さま「では、続けよう。次に新たに迎える者にございますが、先の歌会で選ばれた姫君が来週より女官としてお勤めすることとなられた。なにとぞ。以上。」
◯奥の間呉竹殿・昼
1週間後。
奥の間呉竹殿で呉竹さまは1人、布団を敷いてそこに座って外の雪を眺めている。お松は床の間の一輪挿しの花を入れ替えている。
呉竹さま「もう1週間にございますか。」
お松「へえ。お嬢さまの初七日にございます。」
呉竹さま「ああ、この雪が充分積もる頃にお生まれとなるはずが。」「私のせいで…。」
お松「呉竹さまのせいではございませぬ。」
お松は呉竹さまの隣に寄り添い、肩に手を添える。奥の間の庭に、白い小鳥が1羽やってきてとまる。
呉竹さま「お松、そなたは見事であった。医官の話では、そなたの行動がなければ、私の命も…。」
お松「なにも、身体が勝手に動いただけです。」(うわぁ、マジで。保健の心配蘇生の話、ちゃんと聞いてて助かったぁ。)
呉竹さま「お松、これを。」
呉竹さまがお松に赤い帯締めの紐を手渡す。
お松「え!? 赤の帯締めって、たしか…。」
呉竹さま「いかにも。女御付きの女官、達人の証にございます。」
お松「そんなぁ、うち、そんなに仕事できないし。」
呉竹さま「何をおっしゃる。私の命を助け、こうして悲しみに寄り添ってくださる。充分達人にございます。」
お松「でもでもでも、私には、後ろ盾とかないし、出自も上手くいえないし…。」※小声 「そんな私にもったいないです。」
呉竹さま「もう、まったく。何をおっしゃるのか。」「…。」
お松、泣きながらうなずく。
◯廊下・夜
皆は寝静まっている中、お松は呉竹さまにもらった赤い紐を両手に持ち、月明かりに照らして、その紐を見つめている。
侑仁「おお、お松殿。ついに後ろ盾を手に入れられたか。」
お松「後ろ盾だなんて、そんな。」
侑仁「はぁ? 確かに呉竹さまは、そう、おっしゃられたぞ?」
◯回想:奥の間呉竹殿・昼
呉竹さま「この紐を後ろ盾に、登り詰めていらっしゃい!」
◯廊下・夜 に戻る
侑仁「な。」
お松「はぁ。」(ってかどこにでも現れんだよな、侑仁め。)※ちょっとイラついている
侑仁「私のように後ろ盾を得て、のびのびと過ごすのも良いが、帰る方法も見つけてもらわぬとなぁ。」
お松「え? 侑仁さんにも後ろ盾、いらっしゃるんですか?」
侑仁「気づいておらぬか。」
侑仁はお松から目を背け、女官宿坊のほうに目をやる。寝ている百合さまの様子。
百合さま「ハックシュン!」
お松「あぁ。通りでいつも一緒にいると思った。」
侑仁「まぁ、話せば長くなるが、私も仕事で百合さまに認められてな。それ以来、百合さまの指示で自由に仕事をさせてもらえてる。」
お松「あぁ、そう言うことね!」「なんか型にハマらない! って感じですもんね。」
侑仁「私のやりたいことと、百合さまがやって欲しいことをやっていると、このようになるのだ。」「夜の見回りもだし、女官には厳しい力仕事も、お主のような未熟者への指南も。百合さまって本当に気が効くと言うか仕事ができると言うか。」「できるやつに、仕事は来るからなぁ。」※ニコニコ嬉しそう
対照的にお松の顔は暗くなっていく。
侑仁「どうした? 気分でも。」
お松「ええ、悪いです。悪いですよ。」
侑仁「では、早く休まれたほうが…。」
お松は侑仁のあごを親指と人差し指をV字にしてつかみ、侑仁にタコの口をさせる。
お松「休むよりもはっきりさせましょう。」
侑仁「へにゃ?」
お松「『百合さま百合さま』って、侑仁さんは百合さまが好きなんですか?」「この、私の秘めたる思いは、無駄なのですか!?」
◯平安に来てからの回想
女官宿坊、夜。
侑仁「後の世より来ること、決して他言するでないぞ。」
お松(ずっと、私のそばにいた。)
蒼の宮寝殿、昼。
侑仁「違う! 上の間はこちらだ。」
お松(間違えたときも、)
宮中中庭、夕暮れ。
侑仁「やあ、女御さまのことを願う仕事人間。」
お松(からかうときも、)
蒼の宮上の間、朝イチ。
侑仁「さあ、私がお連れしますゆえ、早う。」
お松(真剣なときも。)
◯廊下・夜 に戻る
お松(こんなに一緒に居られたら、勘違いしちゃうよ?)
お松「私、侑仁さんが、好きです!」



