○廊下・夜
侑仁が歩いてお松の横を通り過ぎる。侑仁が手に持っている書物には「Future 」と書いてあった。
お松(『Future』って英語? 未来!?)
お松は侑仁のほうに振り返り2、3歩追いかける。
お松「ねえ! 侑仁さん! あなた、何者?」※叫ぶ
お松のほうへ振り向いた侑仁はニヤッと意地悪な笑みを浮かべている。
侑仁「Time travelerとだけ言っておくかな。ハハッ!」
お松「侑仁さんはどの時代から来たの? 私は令和。」
侑仁「個人情報ー! オレは言わねぇよ。」
侑仁は片手で持っていた書物をヒョイとかざして、お松の前に見せる。
侑仁「これはこちらの世の者には見せてはならぬ。約束できるか?」
お松「はい。もちろん。」
侑仁「では、そなたに託そう。もとの時代に帰る方法がわかったら教えてくれ。」
侑仁は書物をお松に渡し、そのまま背を向けて手を振りながら去る。
お松(何が『託そう』だ。自分で読まねぇのか。人のこと小馬鹿にしておいて、馬鹿にした英語力を借りようなんて、卑怯者め!)
侑仁「あ、心の声、聞こえてるよー。」
お松「えー!?」※慌てふためき、自分の身体中ペチペチ叩きまくる。
侑仁「うっそーん。じゃ、よろしく!」
侑仁は廊下の角を曲がり、手を振って見えなくなる。
お松「また私のことを馬鹿にして…! このヤロー!」※侑仁には聞こえていない

◯宮中中庭・七夕まつり
中庭に大きな笹が用意されて、縁側に仙台七夕飾りが飾ってある。縁側に御膳が用意されていて、星型に切られた野菜や素麺が立食パーティーのように食べられるようになっている。
呉竹さま「こんな日に、申し訳ありませぬ。」「うぅ…。」
お松「大丈夫ですか!?」
◯蒼の宮上の間・昼ごろ
呉竹さまが桶に嘔吐し、お松が背中をさすっている。
お松「うちの母も、つわりキツそうでしたもん。」「10歳下の弟が居て、その頃の記憶もあるんっすよ。」
呉竹さま「本当なら、宮中で初めての七夕。中庭のお支度のお稽古を付けたかったところにございますが、眺めるので精一杯にございます。うぅ…。」
呉竹さま、また吐く。背中をさするお松。そこに蒼の宮さまが短冊を扇形に広げて持って、やってくる。
蒼の宮さま「呉竹さま、体調はいかがにございますか?」
呉竹さま「蒼の宮さま…。」※涙目でウルウルしている
お松「今日だけで5〜6回お戻しでいらっしゃいます。中庭に行くのは難しいかと。」
蒼の宮さま「そうか。いつも見てくださるお松がそう言うなら、そうであろうの。」
蒼の宮さまがトランプを出すように、短冊を1枚抜いて呉竹さまの枕元に置く。その短冊は薄緑色だった。
呉竹さま「こ、これは、どうして。」
蒼の宮さま「竹の汁では竹色にならず、その辺の草のお色をお借りしました。呉竹さまの竹色にございます。」
呉竹さまは横向きに寝て、短冊に手を触れて目をつぶっている。
呉竹さま「あぁ、宮さま。」
蒼の宮さまは呉竹さまの肩に手を添えて優しく肩をさすっている。
蒼の宮さま「今日も御子さまをお守りいただき、ありがとうござりまする。書けたらお松に持って来てもらいましょう。」「では私はみなさまのもとに。」

◯宮中中庭・昼下がり
縁側には七夕飾りが飾られていて、立食パーティーのように食事も用意されている。中庭の真ん中に笹が飾られていて、お松、梅、桜3人で短冊を飾っている。それぞれの短冊には次のように書いてある。
お松:呉竹さまが安産でありますように
梅:素敵な殿方と結ばれますように
桜:上に上がっていけますように
梅「お松はお願い事までお仕事なの?」
お松「うん、まぁ…。」※頭をかいて困った様子
お松(だって、『未来に帰りたい』とか、書けないじゃん!)
桜「梅は夢のようで現実的なお願い事ね。」
梅「いずれはね! 私たちもそろそろ適齢期だし。嫁ぎ先は素敵なほうがいいわ。」※ニコニコハートマークを浮かべながら
3人で話す後ろに、蒼の宮さまと呉竹さまがやってくる。呉竹さまは蒼の宮さまの腕に捕まって歩いている。
桜「嫁ぎ先といえば、今度、歌会があるんだって! 弟皇子さまのお嫁さん探しみたい。」
梅「きゃー! でも女官の私たちに出る幕あるのかな?」
桜「一般募集してるんだから、全然ありでしょ! お松もどう?」
桜と梅がキャッキャキャッキャ浮かれて話している横で、お松は蒼の宮さまと呉竹さまのことを見ている。
お松「あ、うん。」←生返事
桜「じゃあ応募しておくね!」
梅「歌も考えなくちゃ!」

◯宮中中庭・夕暮れ
中庭の池の周りに提灯が灯り、幻想的な雰囲気になってきている。女官たちは夜のパーティーに向けて、縁側に料理をお出ししている。
そんな中、お松は一人で笹に下げてある短冊を観入っている。風呂に入ったようなまったり朗らかな顔で微笑んでいる。
侑仁:世が安寧でありますように
呉竹さま:宮さまの世が繁栄しますように
蒼の宮さま:民が幸せでありますように
お松(あのお二人(・・・・・)、マジLOVEやん。)(侑仁も世のことを願うなんて…、仕事人間め…。)
侑仁「やあ、女御さまのことを願う仕事人間。」
お松がビクッと驚くと、侑仁が見透かしたようにニヤつきながら、お松の短冊をつまんでお松の方を見ている。
お松「もう! 仕事人間に言われたくないですぅ!」
侑仁「世が安寧でなくては、我々の世まで持たないかも知れないからな。仕事だけじゃねぇーし。」
お松「くぅー!」※着物の袖を歯で引っ張って悔しそう
侑仁「呉竹さまたちの短冊を見て、何を考えておったのだ?」
お松「いや、え? 見てたんすか?」「やー、マジ、リア充だなぁって思って。」
侑仁「へー。」

◯回想:中庭・昼下がり
呉竹さまと蒼の宮さまが笹の前で短冊を見ている。
お松の短冊:呉竹さまが安産でありますように
呉竹さま「まあ、お松ったら。」
蒼の宮さまは、呉竹さまの手をとり、見つめあって、2人とも目をキラキラさせている。
蒼の宮さま「そうにございます! この状況で妻を思わぬ夫など、父親失格にございます。」
下を向いてしょぼくれる蒼の宮さまの胸に、呉竹さまが顔を寄せ、安らかに微笑んでいる。
呉竹さま「何をおっしゃいます。民があっての宮さまでございますから、私と子はお松が願ってくれれば、それで良いのです。」
呉竹さまと蒼の宮さまの様子を遠目に見ているお松に侑仁が声をかける。

◯宮中中庭・夕暮れ
お松「こんなんマジリア充やん。尊すぎる…。」※頭をかかえてしゃがみ込む
侑仁「もしや、思い人も居らぬのか?」
お松(片想いすらしたことねぇー!)※胸に両手を当てて、グサっと刺された感じ
侑仁「つまんねーヤツ。」
お松、白目をむいて、その場に倒れ込む。
侑仁「そういう話は、まだ早そうだな。ま、仕事頑張るんだな。」「あと、例の件も、よろしく〜!」
侑仁は笑いながらその場をあとにする。お松はずっと胸を刺されたポーズをしている。

◯宿坊・深夜
女官宿坊で、他の女官たちは寝静まっている中、お松の布団は乱れてそこに居ない。宿坊と廊下の境目で、月明かりを頼りに書物と英和辞典を両手で持ち、半紙を広げている。
お松「あとは、これを調べればっと。」(まったく! 侑仁のヤツ、英語が読めないからって押し付けたな! もう!)「あ、あった!」
お松が床に広げていた半紙に筆を走らせる。
お松「できたぁ!」
声が出てしまったことに驚いて、両手で口を塞ぐ。
お松(危ない危ない。誰も起きなくて、よかったぁ。)
胸を撫で下ろしていると、手に持っていた英語の書物が落ちる。裏表紙には「TO BE CONTINUE」と書いてあった。