◯女官宿坊前廊下・夜
宿坊の様子を廊下から見る男の足元。くらい緑の袴を着ていて、足袋も履いている。きちんとした身分と思われる男。廊下から見える部屋の様子は、御簾の隙間に見える分厚い辞書とスマホくらい。お松はただただ涙を流している。
お松(なんで笑われんのが『◯ナ雪』なの…?)(なんで平安時代なんかに来ちゃったの?)
男「そち、後の世より来ること、決して他言するでないぞ。」
お松「え、なんでわかったの?」
お松が廊下を見上げると、月明かりに照らされる男の顔。塩顔イケメン。眉は細く、髪は黒く、黒い烏帽子を被っている。
男「見ればわかる。」「言うでないぞ。わかったか?」
お松「わかりました。」※小声
男「さよう、さらば。」
男の後ろ姿。ブルーの着物を着ている。ピンとした背筋。廊下を歩いていく。すれ違う梅と桜。
お松(誰だったんだろう?)(あの人も未来から来たのかな?)
梅と桜が小さめの風呂敷包を持って帰ってくる。
梅「お松、さっきはごめんなさい。」
桜「やっぱり大切なものを勝手に見て笑って、私たちが悪かったわ。」
お松「わかった。これから、よろしくね。」
3人並んで布団を敷き始める。
お松「そういえば、2人がいない間に男の人が通ったんだけど、そういうことってあるの?」
梅・桜「あーあ。」※顔を見合わせて
梅「侑人(ゆうじん)さんね。」
桜「官吏の人で、見回りをよくしてくれてるの。悪い人じゃないから安心して。」
お松「そうなんだ。」(この時代の人なのか。)(じゃあなんであんなこと言ったんだろう?)(ま、いいか。)
お松・梅・桜「おやすみ。」

◯蒼の宮寝殿・朝
寝殿の外から朝日が差し込む。
医官「ご懐妊にございます。」
布団から身体を起こして座っている呉竹さま。嬉しそうに恥ずかしそうに、頬を紅潮させて、手を口に当てている。
医官「御子の誕生は2月半ば頃かと。」
桜「おめでとうございます!」
百合さま「では、御子の誕生までは上の間にてお過ごしいただきます。」「体調はいかがですか?」
呉竹さま「はい。まぁ。」「本当に御子が?」
医官「ええ。間違いございませぬ。」
百合さま「では、移動してしまいましょう。」「桜、お支度を。」
桜「かしこまりました!」
廊下から梅とお松がのぞいている。
お松「『ご懐妊』って、妊娠したってこと?」
梅「そうそう。忙しくなるわよ〜!」
お松「誰の子?」
梅、ずっこー! とずっこける。
梅「蒼の宮さまに決まってるじゃない。」「お引っ越しだから、また忙しいなるわよ!」
お松「えー! またー!」
百合さま「梅は桜と荷物をお運びなさい。」「お松は呉竹さまに手をお貸しして、上の間までご案内なさい。」
お松「はい!」(上の間ってどこ?)
お松と呉竹さまは画面手前の方に向かって進み始める。その様子を画面奥、廊下の奥から侑仁が青い着物を着てお松の方を見ている。
侑仁「違う! 上の間はこちらだ。」
お松「は、はい!」(また侑仁さん? なんか親切だけど高圧的だなぁ…)
侑仁は心の声をキャッチし、怖い顔でお松をギロッと睨みつける。
お松「すみません、ありがとうございますぅ。」
頭を下げるというか、腰を低くしながら侑仁の前を通り過ぎるお松。

◯蒼の宮上の間・昼
上の間の壁には鶴や亀や縁起のいい絵が描いてある。本棚に本と土産の小物たちが置いてあり、部屋の真ん中に布団が敷いてある。「おばあちゃん家」という感じの和柄が目立つ感じのアットホームな布団。
百合さま「他に必要なものはございますか?」
呉竹さま「そうね、暖をとる火鉢が欲しゅうございます。」
百合さま「梅、持ってきてくれる?」
梅「はい!」
梅が小走りに席を外す。
百合さま「呉竹さまのお世話係、このお松にお願いしようと思うのですが。」
お松「え、ええ!?」
桜の後ろでビックリ顔を赤らめているお松。
桜「梅は女御さま付きで、私は医官さまに付いているから、できるのはお松しか居ないと思うわ。」※小声で
呉竹さま「お松、とな。見覚えのない女官にございますね。」
百合さま「最近入った新入りにございます。」
呉竹さま「さようか。では、お稽古事は?」
お松(お、お稽古??)
百合さま「まだ何も。お世話を通して色々と教えてあげてください。」「ね! お松?」
百合さまはお松の方をギロッと睨み、ご挨拶を促す。
お松「よ、よろしくお願いします!」

◯蒼の宮上の間・午後
廊下の雑巾掛けをするお松。その様子を上の間の布団から見ている呉竹さま。
呉竹さま「ふむ。板の間はだいぶ物になってきましたの。」
お松(だって10回もやり直し食らってるもん。上手になってなきゃ困るでしょ。)(てか掃除に上手いも下手も無くない?)
呉竹さま「では次にこの畳を。」
お松「先ほどホウキをかけたばかりですが…。」
呉竹さま「綺麗にならないと、気持ちよく食べられないわ!」※怒り気味に
お松「はぁーい。」
呉竹さま「返事は短く!」
お松「はい!」
呉竹さまの布団の周りにはお饅頭やお団子や、和三盆のような干菓子やら、羊羹やら。とにかくたくさんの和菓子が並んでいる。
呉竹さま「どうも食べていないと、気持ちが悪いのだ。」
お松「それ、つわりの一つですよ。吐き気が一般的だけど、食べないと落ち着かない人も同じくらい居るって家庭科で…あっ!」
お松、頭痛で頭を抱える。
お松(マジか。未来の話をしてもダメなの?)
呉竹さま「どこでそれを?」
お松(学校で、って言いたいけど、無理よな。)「本で読みました。」
呉竹さま「なんと、お松は文字が読めるのか。お父さまは貴族さまか? それともどこかの宮さまか?」
お松「公務員ですよ。フツーの。窓口に居る人。…ンガー!」
さらに頭が痛く、頭を抱え込む。何も動じない呉竹さま。
呉竹さま「コームインとな。聞いたことがございませんのぉ。」「女御更衣ではなくとも、宮中に仕えるなら、それなりのご身分かと。」「ちなみにうちは左大臣。帝の右腕にございます。」
お松「親ってそんなに大事っすか?」※ちょっと怒っている
呉竹さま「はて?」
お松「左大臣ってどれだけすごいか知らんですけど、それってお父さんですよね? 呉竹さまじゃないっすよね? なんで親が関係してくるんすか?」※だいぶ怒っている
呉竹さま「はぁー、わかってないのね。」
呉竹さまは大きなため息をついて、そのまま布団に横になる。横向きに寝て、お松の方を見ながら話を続ける。
呉竹さま「いい? 私と百合は幼なじみにございますの。百合のほうが可愛いし、物覚えもいいし、掃除もできる。」「同じく宮中にお仕えして、女御に選ばれたのは私。なぜだかわかる? 百合のお父さまはただの書庫部の役人だからにございます。」「女子(おなご)は殿方の後ろ盾なくしてこの宮中では生きていけぬのですよ。お分かり?」
お松はまた反論しようとするが、頭痛に邪魔され、何も言えず頭を抱え込んでいる。
呉竹さま「そうね、明日はお団子やらの仕込みをお稽古しましょうか。」
お松「は、はい…。」(ま『明日には未来に帰っているけどね!』って思い続けて1か月、かぁ。いつ帰れるんだろ?)

◯廊下・夕方
上の間から宿坊に戻る途中の廊下をお松は下を向きながら歩いている。侑仁はいつもの青い着物に深緑の袴を履いて、上品に書物を抱えて歩いてすれ違う。
侑仁「そち、前を向いて歩きたまえ。」
お松「私、『そち』じゃないです! お松って言います!」
侑仁「ほう。こちらでの名を名乗るのだな。」※イケメンがズル賢そうにニヤリとしながら
お松「あっ! 本当は、本当の名前は!」「…ってなんだっけ?」(え、コレ、◯と千尋じゃん。)
侑仁「ほらな。こちらの名しか名乗れぬのだ。さ、この後ろ盾社会には慣れたか? 後ろ盾なく生きていく術を身につけたか?」※お松の頭一つ上から見下すように下目遣いでニヤッとしている
お松「ちょうど今日、呉竹さまに後ろ盾を問い詰められたばかりで。」※小さくなって口を尖らせ下を向いている
侑仁「呉竹さまは後ろ盾でのし上がる典型だからな。」「それだけじゃないけど。」※小声
お松「後ろ盾ってそんなに大事なんですか?」「お父さんが何だからって…。勘違い主婦にも程がある。」
侑仁「ではそなたに何があるのだ、お松。」「英語なぞ、こちらでは何の役にも立たぬぞ。」
お松(掃除も料理も苦手だし、お裁縫なんてやったことないし。ってかずぅーっと「勉強しなさい!」って育てられて、「そんなの役に立ちませーん!」って意味わかんないんですけど! あーん、もう! なんで平安時代に飛ばされたの!?)
侑仁「無いのなら、見つけるしか無いのでは? 後ろ盾をの。」
侑仁は再び歩き始めて、お松の横を通り過ぎる。侑仁が手に持っていた書物には「Future 」と書いてあった。
お松(『Future』って英語? 未来!?)
お松は侑仁のほうに振り返り2、3歩追いかける。
お松「ねえ! 侑仁さん! あなた、何者?」※叫ぶ