「待って!」

 彼が腕を伸ばし、僕の手首を掴む。
 こうして彼に触れられるのは初めてのことだったから、驚きすぎて完全に身動きが取れなくなってしまった。

 彼の顔をちゃんと見るのが、こわくてたまらない。
 そのため彼が何を考えているのかまったくわからなくて、不安な気持ちがますます大きくなっていく。
 
「佐藤。……ちゃんと、こっちを向いて」

 彼の言葉に従い、ゆっくり彼のほうを向く。
 すると彼は僕の手首から手を離し、代わりに鼻の頭を思いっきりぎゅっと摘んだ。

「!?」

 あまりにも予想外な行動に驚き、じっと大路君の顔を凝視する僕。
 すると彼はククッとおかしそうに笑い、僕の体を強く抱き寄せた。

「よかった、やっと目が合った」

 さらなる意味不明な展開に、大パニックに陥る僕。
 でもびっくりしすぎたせいで逆に、やっぱり指先ひとつ動かすことができない。

「佐藤、メリークリスマス。それって俺あての、バースデーケーキだよな?」

 耳元で、笑いながら甘く囁かれた。
 だから僕はまるで魔法にかけられたみたいに、ただ小さくコクリとうなずいた。

 すると彼はようやく僕の体を解放してくれて、片手を僕に向かい差し出した。
 脳が完全にショートしてしまっていたから、その行動の意図が分からず、ただポカンと口を開けてもう一度彼の顔を見上げた。
 
「そのケーキ、俺にくれるんじゃねぇの?」

 ようやくその意図を理解したから、あわてて紙袋を彼に手渡した。

「ありがと、佐藤。めちゃくちゃ嬉しい。でもお前、俺になにか言わないといけないことがあるんじゃね?」

 ……にっこりと笑っているけれど、圧がすごい。
 だから僕は観念して、ギュッと目を閉じたまま告げた。

「大路君。……僕は君のことが、好きです。大好きです!」

 訪れた、無言の時間。いたたまれなくなり、そっと目を開けた。
 すると彼は夜目にも分かるくらい真っ赤な顔でうつむき、口元に手を当てたまま、なぜか悶絶していた。

「あのぉ……、大路君? 大好き……です」

 恐る恐る再び口にした、愛の告白。
 すると彼は赤い顔のまま僕を見下ろし、いつになく早口で答えた。

「聞こえてる。……ちゃんと全部、聞こえてるから!」

「そっか、よかった。ありがとう、聞いてくれて。ハッピーバースデー、大路君。……じゃあ僕は、これで失礼します」

 ぺこりと大きく、お辞儀をして。脱兎のごとく、その場から逃げ出そうとする僕。
 すると大路君は、あわてた様子で再び僕の手首を掴んだ。

「待て待て、佐藤! なんでこの流れでお前は、とっとと帰ろうとするんだよ!?」

 だから僕は彼の問いにたいして、思ったとおり答えた。

「だってもう、目標は達成できたから。ケーキも渡せたし、告白もしたもん」

「もんってなんだよ、もんって! 俺のことを、キュン死させる気か! ……天然、まじで恐ろしいな」

 その言葉の意味が分からず、首をかしげる僕。
 僕から手を離し、がっくりと脱力する大路君。

「俺が聞きたかったのは、もっと別のこと! もちろん告白は嬉しかったけど、いろいろとすっ飛ばしすぎじゃね?」

 その発言で、ようやく理解した。

「あぁ……、うん。たしかに。えっと……。僕がりとるだってこと、ずっと隠しててごめんなさい」

 もう一度大きく頭を下げると、彼の大きな手のひらが僕の髪に触れ、くしゃくしゃとやや乱暴に撫でてくれた。

「たいへんよくできました。俺のほうこそ、あの日、酷い態度をとってごめん。……それから俺も佐藤のことが、好き。りとる君なお前も、そうじゃないお前も」

 そのまま僕の長い前髪をかきあげて、軽く触れた柔らかな感触。

 ……今のってまさか、大路君の唇!?

 その正体に気付き、全力で後退した。

「おーい、佐藤? その反応、さすがにちょっと傷付くんだけど。俺とお前は、両想いだよな?」

 じっと顔を、のぞき込まれて。……今度は彼の唇が、僕の唇に触れた。

「へ……?」

 あまりにも耳慣れないワードに、おおいに困惑する僕。
 すると大路君は、あきれたように解説を始めた。

「順を追って、確認しよっか? 佐藤は、俺のことが好き。俺も、佐藤のことが好き。両想いなんだから、お付き合いしましょうって流れが普通じゃね?」

 あまりにも意外な言葉に、再び困惑する僕。
 そんな僕の手を引き、そのまま彼は家へと連れ込んだ。

 促されるがまま靴を脱がされ、ソファーに座らされる僕。

「今日は俺の両親、クリスマスデートでいないんだよね。かわいいひとり息子の誕生日だってのに、ひどくね?」

 拗ねたように、唇をとがらせる大路君。

「あぁ、うん……。たしかにそれは、ちょっと酷いね」

 まだかなり戸惑いながらも僕が素直に答えると、彼はクスリと笑った。

「だよな? だからさ、佐藤。これからお前が、祝ってよ。俺の、誕生日」

 いうが早いか、再びキスで唇をふさがれて。
 これまで悩んでいたのが馬鹿らしくなるくらい、グダグダに彼に甘やかされ、蕩けさせられてしまった。

***

「本日もご視聴いただき、ありがとうございました。また来週も、よろしくお願いします!」

 いつものように締めの言葉を口にして、撮影停止のボタンを押す。
 するとそれまでその様子をすぐそばで楽しそうに見ていた清雅君が、ソファーから立ち上がった。

「配信、お疲れ様! 今日のも、すげぇうまそう。……理人、もう食べていい?」

 できたてのパンプディングを前にきゅるんと青い瞳を輝かせ、僕の愛しい恋人が問う。
 だから僕はいつもみたいに、クスクスと笑いながら答えた。

「もちろん! あったかいうちに、食べよっか」

 あれからいくつもの季節が流れ、僕らは大学生になった。
 だけどこの夢のような魔法は、今でも続いている。
 そしてこれからもきっと、ずっと、永遠に……。

                   【了】