幼い頃から、甘いものが好きだった。
だけどそれを好んで手にする姿は次第に、『らしくない』だの、『案外子供っぽいところがあるんだね』だのと言われるようになった。
なのにいつの間にか当たり前みたいになった、『王子様』の愛称。
それが大路という名字からきているのだと分かってはいても、いつまでたっても慣れることはない。
なぜなら本当の自分は王子様などからは程遠い、粗野でがさつな人間なのだから。
それでもそこそこ勉強も運動もできた上、母方の祖母譲りの青い目と金髪のせいで、どうやら人々の意識は補正されてしまうらしい。
そのため俺のことを詳しく知らない人間までもが、王子様扱いする始末。
告白されて、嫌いじゃないからなんていう最低な理由から、なんとなく付き合うことになった女の子も過去に何人かいた。
だけど彼女たちは皆、『いざ付き合ってみたらイメージと違う』と言って、あっさり離れていった。
だからある意味、お互い様と言えるかもしれない。
本当の自分をちゃんと見てくれる友だちもいるにはいるが、それはほんの一握り。
……こんな毎日は息が詰まりそうになるし、勘弁してほしいというのが正直な心境だ。
そんな時たまたま目にした、『PM3時の魔法使い』という淡々とお菓子を作る手元だけを映した動画。
そのサイトではりとると名乗る顔出し不可の男子が、毎週金曜の午後3時に、スイーツのレシピを配信していた。
彼の作る洋菓子はめちゃくちゃ華やかというわけではないのに、見ているだけでよだれが垂れそうになるほどおいしそう。
画面越しだというのに、その甘い香りまでもがこちらに伝わってくるみたいだった。
いつもりとる君は簡単に作り上げていくし、レシピもシンプルなものが多いため、もしかしたら自分にも作れるかもななどと考えないでもない。
しかし、なんていうか。……聖域を侵してしまうような気がして、なんとなく俺は作ることができないまま、ただ彼がスイーツを作っていく様子を見ることだけが楽しみとなっている。
今では器用に解説もできるようになったが、最初の頃のりとる君の配信は、ぶっちゃけかなりひどいものだったように思う。
緊張のあまり声だけでなく、手まで震えてしまうこともしばしば。
だけどうまくシュー生地が膨らみきらず、ちょっと失敗してしまった時、彼は言ったのだ。
『うーん……。ちょっと今日のシュークリームは、不格好になっちゃったかもですね。だけど、見た目はそこまで気にしなくて大丈夫。中身が、大事ですから。おいしくできたから、大優勝です!』
撮り直したりせずに、そのままその映像を使う彼に、逆に好感が持てた。
シュークリームに対しての見た目はそこまで気にしなくて大丈夫、中身が大事というそのひとことが、まるで自分に向けられた応援のように思えてしまったのだ。
そのためこの日から俺は、りとる君の大ファンになってしまった。
とはいえ俺が最初に見つけた時には、まだフォロワーはたったの5人のみだった。
なのにあれよという間に人気は広がり、今ではすっかり有名人になってしまった。
俺のほうが先に見つけたのになどというつもりは毛頭ないが、古参のファンを気取ってしまいそうになるのは自分でもどうにかせねばと思うところだ。
そして、そんな中。2年になった俺はクラス内に、いつも甘い匂いが漂っていることに気付いた。
その匂いの元が分からず、なんとなくもやもやし続けること数ヶ月。
しかしつい先日、ついにその匂いの元が誰なのか気付いた。
同じクラスの男子、佐藤。彼とすれ違った瞬間感じた、甘い芳香。
どうやら彼が放っているらしいと分かると、居ても立ってもいられなくなってしまった。
観察すること、数日。
彼はかなりおとなしい性格みたいだから、それまでほとんど声らしい声を聞いたことがなかった。
そして隣のクラスの中西に彼が匂いの元と思われる紙袋を手渡すのを目にして、我慢できなくなり声をかけてしまった。
あの時の、あいつの顔ときたら。
普段はあまり大きいとはいえない三白眼をカッと大きく見開き、俺のことを凝視する佐藤。
『えっと、はい……。なんでしょう? 大路君』
声を震わせながら、彼は答えた。
なんで同じクラスの野郎相手にこいつは、こんなにも緊張しているのか?
人見知りなんだとしても、あれはさすがに動揺しすぎだったと思う。
あの時の彼の表情を思い出し、またつい吹き出した。
あまりにも緊張しているその様子を見て、少しかわいそうになってしまった。
だけどそれ以上に、彼のことがもっと知りたいと思った。
だって佐藤はこれまで俺の周りに、あまりいないタイプの人間だったから。
それにやっぱりあの匂いの元も、気になるし。
そう思ったから、俺はその欲求に忠実になることにした。
こそこそと隠すようにして中西に紙袋を手渡していたようだから、おそらく佐藤はその中身について、あまり誰にも触れられたくなかったのだろう。
それが分かっていたから、あえて逆に直球で聞くことで、逃げ場を奪った。
そして、話してみた結果。あの袋の中身は彼の母親が作った、クッキーであること。
それから彼の母親が、俺同様、りとる君の作るレシピ動画の視聴者であることが判明したのだ。
これまで俺は、同志に出会ったことがなかった。
そのため彼の母親に実際に遭遇したわけでもないのに、一気にテンションが上がってしまった。
そんな俺を見て、彼はプッと小さく吹き出した。
その仕草は、いつもおとなしくて静かな彼からは想像もつかないくらいかわいくて。
……男相手だというのに俺は、ちょっとドキッとしてしまった。
でもそのおかげで、思わぬ収穫があった。
なんと佐藤は彼の母親にお願いして、俺のためにスイーツを作ってもらえるよう取り計らってくれることになったのだ。
実際に、りとる君の作ってくれるお菓子を、食べられるわけじゃない。
それでもお菓子作りが趣味な人が作ってくれるのであれば、きっとそれに近いものが仕上がるに違いない。
俺は、迷った。おおいに、迷った。
ひねり出したオーダーは、シュークリーム。
だってこれは俺にとって、特別なレシピだったから。
あのあとさらにレシピは改良され、誰でもびっくりするくらい簡単に作れるようになったと、りとる君は語っていた。
その声はいつになく得意げで、見たこともない彼のドヤ顔を想像して、思わず爆笑してしまったからよく覚えている。
佐藤は俺のオーダーを快く受け入れてくれた上、翌日にはさっそく完成したシュークリームを持ってきてくれた。
だけどさすがに昨日の今日で作ってきてもらえるとは考えていなかったから、お礼の品をなにも用意できていなかった。
そんな俺に対して彼は、食べた感想だけ聞かせてくれたらそれでいいと、笑って言ってくれた。
なのでちょっと心苦しくはあったけれど、素直にその好意を受け入れることにした。
彼は保冷剤でしっかり冷やして持ってきてくれたから、昼休みまで待ってもきっと大丈夫だったと思う。
しかし渡された中身が手作りのシュークリームなのだと思うと、居ても立っても居られなくなってしまった。
なので結局昼休みを待つことなく、一限の途中でこっそり袋を開けた。
その甘い芳香を嗅いだら、ますます我慢できなくなった。
立てた教科書で視界を遮るようにして、ひとつ取り出す。
それをひとくち口にした瞬間、口内に一気に甘いクリームの幸せな味が広がった。
シュー生地はさっくりしているのに、適度な甘さの中のカスタードクリームはしっとりなめらか。
濃厚なバニラの香りの元はきっと、バニラエッセンスじゃない。
黒いつぶつぶが断面から覗いているから、以前りとる君がオススメしていた、バニラビーンズを使っているに違いない。
貪るようにして、シュークリームを頬張る俺。
1個だけのつもりが、気付くと2個目に手を伸ばしていた。
その現場をおさえられ、先生に叱られてしまったが、悔いはない。
休憩時間になり、我慢できずにまたしても佐藤に声をかけた。
いかにシュークリームがうまかったか、熱く語る俺。
さすがに少し引かれてしまっただろうかと途中で不安になったが、彼はおかしそうにクスクスと笑ってくれた。
そこで調子に乗った俺は、りとる君について触れると、佐藤はなぜか一瞬チベットスナギツネみたいな虚無顔になってしまった。
その理由が気にはなったけれど、そんな疑問は一瞬のうちに霧散した。
というのも彼の母親もまた、りとる君の配信の視聴者だったからだ。
なのでもらった激ウマシュークリームも、もしかしたらりとる君のレシピにそって作られたものだったのかもしれない。
そう思うと、一気に2個食いしてしまったことが悔やまれる。
……もっと、味わって食えばよかった。
これまでまったくといっていいほど絡みのなかった佐藤にさすがに連続でお願いするのは図々しすぎると思うし、それに作ってくれるのは彼本人ではなく母親なのだ。
もう二度と食べられないかもしれないと思うと、さっきまで幸せだった分、ダメージもでかい。
そんなふうに、ちょっと落ち込んでいたというのに。
その翌週の、月曜日。彼は俺が頼むまでもなく、手作りのサブレを俺にプレゼントしてくれた。
というのも彼の母親に俺の感想を伝えてもらったところ、たいそう喜んでくれたのだそうだ。
むしろキモがられても仕方がないかもしれないと思うほどの熱量で語ったのが、かえって功を奏したらしい。
だけど手渡された際、ひとつ条件をつけられてしまった。
今回は生菓子じゃないから、家まで食べるのを我慢すること。
まるで小さな子どもに諭すように言われてしまったが、これに関しては仕方あるまい。
なぜなら俺は、前科持ちだからである。
なのでその条件は、素直に飲むことにした。
とはいえもらいっぱなしというのはさすがに申し訳ないから、そのうちなにかお礼の品を用意したほうがいいかもしれない。
スイーツ作りが好きな人なら、やっぱりそれに関するものがいいだろうか?
それともすでにひと通り持っているはずだから、今さらもらっても困るだろうか?
お礼の品を渡すのは彼の母親に対してだというのに、気付くと俺は、なぜか佐藤が喜びそうなものばかり考えてしまっていた。
そういえば彼は今日、目の下に大きなクマができていた。
もしかしたら何か、大きな悩み事でもあるのだろうか?
……だったら俺に、相談してくれたらいいのに。
そこまで考えて、苦笑した。
なんであいつが俺なんかに、悩み事を打ち明けてくれると思うんだよ?
……俺と佐藤は、友だち以下の存在だっていうのに。
改めてその事実に思い至り、その瞬間なぜか胸がチクリと痛んだ。
だけどそれを好んで手にする姿は次第に、『らしくない』だの、『案外子供っぽいところがあるんだね』だのと言われるようになった。
なのにいつの間にか当たり前みたいになった、『王子様』の愛称。
それが大路という名字からきているのだと分かってはいても、いつまでたっても慣れることはない。
なぜなら本当の自分は王子様などからは程遠い、粗野でがさつな人間なのだから。
それでもそこそこ勉強も運動もできた上、母方の祖母譲りの青い目と金髪のせいで、どうやら人々の意識は補正されてしまうらしい。
そのため俺のことを詳しく知らない人間までもが、王子様扱いする始末。
告白されて、嫌いじゃないからなんていう最低な理由から、なんとなく付き合うことになった女の子も過去に何人かいた。
だけど彼女たちは皆、『いざ付き合ってみたらイメージと違う』と言って、あっさり離れていった。
だからある意味、お互い様と言えるかもしれない。
本当の自分をちゃんと見てくれる友だちもいるにはいるが、それはほんの一握り。
……こんな毎日は息が詰まりそうになるし、勘弁してほしいというのが正直な心境だ。
そんな時たまたま目にした、『PM3時の魔法使い』という淡々とお菓子を作る手元だけを映した動画。
そのサイトではりとると名乗る顔出し不可の男子が、毎週金曜の午後3時に、スイーツのレシピを配信していた。
彼の作る洋菓子はめちゃくちゃ華やかというわけではないのに、見ているだけでよだれが垂れそうになるほどおいしそう。
画面越しだというのに、その甘い香りまでもがこちらに伝わってくるみたいだった。
いつもりとる君は簡単に作り上げていくし、レシピもシンプルなものが多いため、もしかしたら自分にも作れるかもななどと考えないでもない。
しかし、なんていうか。……聖域を侵してしまうような気がして、なんとなく俺は作ることができないまま、ただ彼がスイーツを作っていく様子を見ることだけが楽しみとなっている。
今では器用に解説もできるようになったが、最初の頃のりとる君の配信は、ぶっちゃけかなりひどいものだったように思う。
緊張のあまり声だけでなく、手まで震えてしまうこともしばしば。
だけどうまくシュー生地が膨らみきらず、ちょっと失敗してしまった時、彼は言ったのだ。
『うーん……。ちょっと今日のシュークリームは、不格好になっちゃったかもですね。だけど、見た目はそこまで気にしなくて大丈夫。中身が、大事ですから。おいしくできたから、大優勝です!』
撮り直したりせずに、そのままその映像を使う彼に、逆に好感が持てた。
シュークリームに対しての見た目はそこまで気にしなくて大丈夫、中身が大事というそのひとことが、まるで自分に向けられた応援のように思えてしまったのだ。
そのためこの日から俺は、りとる君の大ファンになってしまった。
とはいえ俺が最初に見つけた時には、まだフォロワーはたったの5人のみだった。
なのにあれよという間に人気は広がり、今ではすっかり有名人になってしまった。
俺のほうが先に見つけたのになどというつもりは毛頭ないが、古参のファンを気取ってしまいそうになるのは自分でもどうにかせねばと思うところだ。
そして、そんな中。2年になった俺はクラス内に、いつも甘い匂いが漂っていることに気付いた。
その匂いの元が分からず、なんとなくもやもやし続けること数ヶ月。
しかしつい先日、ついにその匂いの元が誰なのか気付いた。
同じクラスの男子、佐藤。彼とすれ違った瞬間感じた、甘い芳香。
どうやら彼が放っているらしいと分かると、居ても立ってもいられなくなってしまった。
観察すること、数日。
彼はかなりおとなしい性格みたいだから、それまでほとんど声らしい声を聞いたことがなかった。
そして隣のクラスの中西に彼が匂いの元と思われる紙袋を手渡すのを目にして、我慢できなくなり声をかけてしまった。
あの時の、あいつの顔ときたら。
普段はあまり大きいとはいえない三白眼をカッと大きく見開き、俺のことを凝視する佐藤。
『えっと、はい……。なんでしょう? 大路君』
声を震わせながら、彼は答えた。
なんで同じクラスの野郎相手にこいつは、こんなにも緊張しているのか?
人見知りなんだとしても、あれはさすがに動揺しすぎだったと思う。
あの時の彼の表情を思い出し、またつい吹き出した。
あまりにも緊張しているその様子を見て、少しかわいそうになってしまった。
だけどそれ以上に、彼のことがもっと知りたいと思った。
だって佐藤はこれまで俺の周りに、あまりいないタイプの人間だったから。
それにやっぱりあの匂いの元も、気になるし。
そう思ったから、俺はその欲求に忠実になることにした。
こそこそと隠すようにして中西に紙袋を手渡していたようだから、おそらく佐藤はその中身について、あまり誰にも触れられたくなかったのだろう。
それが分かっていたから、あえて逆に直球で聞くことで、逃げ場を奪った。
そして、話してみた結果。あの袋の中身は彼の母親が作った、クッキーであること。
それから彼の母親が、俺同様、りとる君の作るレシピ動画の視聴者であることが判明したのだ。
これまで俺は、同志に出会ったことがなかった。
そのため彼の母親に実際に遭遇したわけでもないのに、一気にテンションが上がってしまった。
そんな俺を見て、彼はプッと小さく吹き出した。
その仕草は、いつもおとなしくて静かな彼からは想像もつかないくらいかわいくて。
……男相手だというのに俺は、ちょっとドキッとしてしまった。
でもそのおかげで、思わぬ収穫があった。
なんと佐藤は彼の母親にお願いして、俺のためにスイーツを作ってもらえるよう取り計らってくれることになったのだ。
実際に、りとる君の作ってくれるお菓子を、食べられるわけじゃない。
それでもお菓子作りが趣味な人が作ってくれるのであれば、きっとそれに近いものが仕上がるに違いない。
俺は、迷った。おおいに、迷った。
ひねり出したオーダーは、シュークリーム。
だってこれは俺にとって、特別なレシピだったから。
あのあとさらにレシピは改良され、誰でもびっくりするくらい簡単に作れるようになったと、りとる君は語っていた。
その声はいつになく得意げで、見たこともない彼のドヤ顔を想像して、思わず爆笑してしまったからよく覚えている。
佐藤は俺のオーダーを快く受け入れてくれた上、翌日にはさっそく完成したシュークリームを持ってきてくれた。
だけどさすがに昨日の今日で作ってきてもらえるとは考えていなかったから、お礼の品をなにも用意できていなかった。
そんな俺に対して彼は、食べた感想だけ聞かせてくれたらそれでいいと、笑って言ってくれた。
なのでちょっと心苦しくはあったけれど、素直にその好意を受け入れることにした。
彼は保冷剤でしっかり冷やして持ってきてくれたから、昼休みまで待ってもきっと大丈夫だったと思う。
しかし渡された中身が手作りのシュークリームなのだと思うと、居ても立っても居られなくなってしまった。
なので結局昼休みを待つことなく、一限の途中でこっそり袋を開けた。
その甘い芳香を嗅いだら、ますます我慢できなくなった。
立てた教科書で視界を遮るようにして、ひとつ取り出す。
それをひとくち口にした瞬間、口内に一気に甘いクリームの幸せな味が広がった。
シュー生地はさっくりしているのに、適度な甘さの中のカスタードクリームはしっとりなめらか。
濃厚なバニラの香りの元はきっと、バニラエッセンスじゃない。
黒いつぶつぶが断面から覗いているから、以前りとる君がオススメしていた、バニラビーンズを使っているに違いない。
貪るようにして、シュークリームを頬張る俺。
1個だけのつもりが、気付くと2個目に手を伸ばしていた。
その現場をおさえられ、先生に叱られてしまったが、悔いはない。
休憩時間になり、我慢できずにまたしても佐藤に声をかけた。
いかにシュークリームがうまかったか、熱く語る俺。
さすがに少し引かれてしまっただろうかと途中で不安になったが、彼はおかしそうにクスクスと笑ってくれた。
そこで調子に乗った俺は、りとる君について触れると、佐藤はなぜか一瞬チベットスナギツネみたいな虚無顔になってしまった。
その理由が気にはなったけれど、そんな疑問は一瞬のうちに霧散した。
というのも彼の母親もまた、りとる君の配信の視聴者だったからだ。
なのでもらった激ウマシュークリームも、もしかしたらりとる君のレシピにそって作られたものだったのかもしれない。
そう思うと、一気に2個食いしてしまったことが悔やまれる。
……もっと、味わって食えばよかった。
これまでまったくといっていいほど絡みのなかった佐藤にさすがに連続でお願いするのは図々しすぎると思うし、それに作ってくれるのは彼本人ではなく母親なのだ。
もう二度と食べられないかもしれないと思うと、さっきまで幸せだった分、ダメージもでかい。
そんなふうに、ちょっと落ち込んでいたというのに。
その翌週の、月曜日。彼は俺が頼むまでもなく、手作りのサブレを俺にプレゼントしてくれた。
というのも彼の母親に俺の感想を伝えてもらったところ、たいそう喜んでくれたのだそうだ。
むしろキモがられても仕方がないかもしれないと思うほどの熱量で語ったのが、かえって功を奏したらしい。
だけど手渡された際、ひとつ条件をつけられてしまった。
今回は生菓子じゃないから、家まで食べるのを我慢すること。
まるで小さな子どもに諭すように言われてしまったが、これに関しては仕方あるまい。
なぜなら俺は、前科持ちだからである。
なのでその条件は、素直に飲むことにした。
とはいえもらいっぱなしというのはさすがに申し訳ないから、そのうちなにかお礼の品を用意したほうがいいかもしれない。
スイーツ作りが好きな人なら、やっぱりそれに関するものがいいだろうか?
それともすでにひと通り持っているはずだから、今さらもらっても困るだろうか?
お礼の品を渡すのは彼の母親に対してだというのに、気付くと俺は、なぜか佐藤が喜びそうなものばかり考えてしまっていた。
そういえば彼は今日、目の下に大きなクマができていた。
もしかしたら何か、大きな悩み事でもあるのだろうか?
……だったら俺に、相談してくれたらいいのに。
そこまで考えて、苦笑した。
なんであいつが俺なんかに、悩み事を打ち明けてくれると思うんだよ?
……俺と佐藤は、友だち以下の存在だっていうのに。
改めてその事実に思い至り、その瞬間なぜか胸がチクリと痛んだ。

